「んにゃろっ!」
カマロに渾身の頭突きをお見舞いし、彼女が大きくよろけたところで今度は軽くジャンプして頭突きを食らわせる。
倒れそうになるもギリギリ踏ん張ったカマロは懐へ前蹴りを入れてきた。が、これを余裕で耐えたアタシは再度頭突きを浴びせ、炎熱の拳を放とうとしていたカマロをラリアットで張っ倒す。
彼女の懐を一撃踏みつけ、次に本気で顔面を踏み潰そうとした瞬間、視界が真っ赤に染まって火傷を負ったかのような痛みが走った。
「隙……ありっ!」
視界が元に戻ったかと思えばいきなり炎の拳を叩き込まれ、炎熱の魔力弾を至近距離から腹部へ撃ち込まれてしまう。
数メートルほど引き下がるも壁に激突する寸前で踏み止まり、その壁を蹴って跳ね上がることで宙を切り裂く。そして開いていた距離をゼロへと縮め、力いっぱい左腕を振り下ろす。
振り下ろした左腕は炎熱を纏った右腕でガードされるも、その隙をついてボディブローを打ち込み、怯んだカマロを近くにあったテーブルへ顔面から思いっきり叩きつける。
何度も何度も手加減なしで叩きつけ、途中で拳を二発打ち込み、そしてまた何度も叩きつける。それをひたすら繰り返し、テーブルが負荷に耐えきれず壊れたところでぐったりとしたカマロを投げ捨て、助走をつけてから右の拳をブチ込んだ。
彼女の顔面は血だらけになっていたが、そんなことに構うようなアタシではない。
「うぐ……こはっ!」
血反吐を吐き、痛みでガクガク震えながらも必死に立ち上がろうとするカマロ。
口内に溜まっていた痰を吐き、荒れていた息を落ち着いて整える。
立ち上がったカマロは右手を突き出すと、そこから炎熱の弾幕を連射してきた。
その一つ一つを丁寧に弾いていき、拳が届く距離へ到達する。そしてトドメの一撃をブチ込もうと左の拳を振り上げたが、それを振り下ろす前にカマロの、おそらく全力の一撃であろう炎熱の拳が顔面へモロに直撃してしまった。
「ッ!?」
さっきよりも吹っ飛ばされるはめになり、ドラム缶や椅子を巻き込んで今度こそ壁に激突する。
いってぇなおい……奥歯がおかしくなっちまったじゃねえか。頬も切れてるっぽいし、お腹にはちょっとだけ焦げ跡のようなもんがあるし。
身体の上に乗っかったドラム缶――ではなく、椅子をどかして立ち上がり、
「――ウオラァッ!」
渾身の飛び蹴りをカマロへ叩き込んだ。
これを食らったカマロは仰向けにぶっ倒れ、ついにその場から動かなくなった。
ヤベェ、あの野郎が予想以上に強かったせいで疲れた。ちょっとフラフラするわ……。
「……カマロ~?」
倒されたカマロへのほほんとした声を掛けたのはもう一人のリーダー格、クロマだ。
アタシが乱れた息を整えている間にも、両足をブラブラさせながらマイペースに「おーい、カマロってば~」と呟くクロマ。
手っ取り早く終わらせるならリーダー格のアイツを潰せばいいか? けど周りの雑魚共も邪魔だしなぁ……まっ、しょうがねえや。
「おいゴラァ――ッ!?」
クロマを潰すべく一歩踏み出すも、背後から鉄パイプのようなもので殴打された。
後ろを振り向くと、さっきまでじっとしていた下っ端の女たちがそれぞれ武器を持って動き出していた。獲物は弱らせてから仕留めるってか?
再度振るわれた鉄パイプを受け止め、ふらつきながらもそれを振るった女を殴り飛ばす。続いて別の女が脇腹へ繰り出した蹴りを左腕でガードし、エルボーでその脚を潰してから前蹴りを女の鳩尾へ叩き込む。
しかし連中は休ませてくれず、次々と湧いてくる。お前らは黒ツヤかっての。
「落ちなさいっ!」
「クソが……!」
右から振り下ろされた鉄パイプを受け止めようとするも失敗して両腕に直撃してしまったが、鉄パイプを振り下ろした張本人へ拳を打ち込んだ。
数が多いって厄介だな。この感覚、長い間忘れていたよ。
さらに間髪入れず殴り掛かってきた短髪の女をハイキックで沈め、近くまで迫っていたロングヘアーの女に頭突きをお見舞いし、もう一発ブチかまそうと胸ぐらを――
「おぶふっ!?」
――掴んだ瞬間、左から電撃を纏った強烈な蹴りがアタシを襲った。
その蹴りをモロに食らい、踏ん張ることすらできずに倒れてしまう。
チィッ、ただ痛いだけならまだしも炎熱の次はビリビリかよクソッタレ……。
ぎこちない動きでどうにか立ち上がると、さっきまでのんびり座っていたクロマが目の前に立っていた。今の蹴りを食らうまでこれっぽっちも気配を感じなかったぞ……。
「お返し~」
「お返し……何の?」
「カマロの」
「…………おぅ、そうかいそうかい」
とりあえずぶっ殺すか。そう思って若干大振りの拳を放つもあっさりと避けられ、電撃の拳を顔面に打ち込まれる。
顔中が痺れ、思わず膝をつきそうになるもすぐさま体勢を整えてハイキックを放つ――が、これも軽々と受け止められてしまい、電撃を纏った拳の連打を素肌丸出しの腹部へ叩き込まれた。
血反吐を吐いて視界がぼやけながらも倒れまいと必死に踏ん張り、拳の連打を繰り出す。
「ありゃりゃ~遅い遅い」
しかし、クロマは楽しそうに笑いながら最小限の動作で拳を回避していき、電撃の肘打ちからの右ストレートでアタシを壁まで吹っ飛ばした。
左手で額から流れる血を拭き取り、歯を食い縛ってめり込んだ右腕を引き抜く。
フラフラしながらクロマへ近づいたが、今度は立ち止まったところを前蹴りで張っ倒され、電撃を纏った右の拳でひたすら顔面を殴られた。
「チッ――がぁっ!?」
ゆっくりと起き上がろうとしたら踏みつけられ、再び右拳で殴られ続ける。
このままじゃ顔面の原型がなくなる。いや、それどころか死ぬ。
とうとう焦りを感じたアタシは口内に溜まっていた血をクロマへ吐きかけ、彼女がそれを拭いている間に立って鋭い蹴りを放つ。足の甲がクロマの鳩尾を捉えた――かと思いきや、惜しくも当たる寸前で空を切っていた。
どこに消えたのか確かめるべく視野を広げ、気配を感じ取ろうとしたが……
「女の子の顔に血を吐くなんて失礼だよっ!」
そんな声が聞こえると同時に後ろから蹴りらしき攻撃をかまされ、アタシが振り向いたところをクロマはどこからともなく取り出した短めの鉄パイプでぶん殴ってきた。
異様な速さで迫る鉄パイプをどうにか受け止めるも、その隙にスタンガンを強化したかのような一撃を叩き込まれて少し悶絶してしまう。
「こんにゃろ……」
それでも諦めずに持ちこたえ、電撃による痺れを我慢しつつ握り込んだ左の拳を――
「へやぁっ!」
振り上げる前に掌底を打ち込まれて数メートルほど引き下がってしまい、何とか踏み止まると同時に豪快な空中蹴りが、アタシの懐へ炸裂した。
「…………さ、サツキ……?」
金髪金眼の
それもそのはず、おそらく自分を助けに来たであろう友達――に近い関係の緒方サツキが、たった今目の前で倒されたのだから。
出会ってから二週間も経っていないので把握していないこともあるが、映像越しで見たサツキの強さは自分なりにわかっているつもりだ。インターミドルをほぼ魔法抜きで勝ち上がり、本戦の決勝ではあのエレミアをも圧倒した。
そんな彼女が倒される姿を、ファビアは意識を取り戻すと同時に目撃したのだ。
「……ピース~」
呑気に下っ端の女子へ二本の指を立てているのはサツキを仕留めた張本人であり、女子校生だけで構成された集団“ヒュドラ”のもう一人のリーダー格でもあるクロマだった。
せめてサツキの安否を確認するために起き上がろうとするも、身体に蓄積されたダメージと恐怖心のせいで動くことができない。
使い魔のプチデビルズはファビアのそばでぐったりとしている。使役は難しいだろう。
「健気だねぇ~」
「ごは……っ!」
そう言ってファビアの小さな身体を容赦なく蹴りつけるクロマ。爪先が腹部を抉るように食い込み、反射的に嘔吐しそうになる。
目に涙を溜め、咳き込みながらクロマを睨みつけるも全く意に介されない。
少し震えながらも残った力で動こうとするが、やはり身体が言うことを聞いてくれなかった。
「はぁ~……もういいや」
「が――!?」
興醒めしたらしいクロマはため息をつくと、片手でファビアを持ち上げ、愉しそうに微笑みながら首を絞め出した。
親指で気管を、人差し指で頸動脈を、中指で頸静脈を圧迫し、真正面から喉を潰す。
最初はできるだけ抵抗したものの、次第に肺から酸素がしぼり出されていき、視界がぼやけ始めたところでそれをやめてしまう。
ぼやけた視界に浮かんできたのは継承された古代ベルカの記憶、そして――先ほどクロマに倒されたサツキの姿だった。
まだだ。やり残したことがたくさんある。やりきるまでは死ねない……!
「ぐ……ぁ……!」
「へぇ~、まだそんな力があるんだ」
再び抵抗を始めたファビアに少しばかり感心するクロマだが、首を絞める手を緩めはしない。
いよいよファビアの息の根を止めるべく、手っ取り早くするため両手を使おうと――
「ぎゃぁっ!?」
――左手に力を込めた瞬間、突如吹っ飛んできた下っ端の女がドラム缶に激突した。
何事かと思い、ファビアを解放して一旦扼殺を中断するクロマ。
呼吸が自由を取り戻したものの身体が地面に落下し、叩きつけられるファビア。
「…………マジか」
何かを見て信じられないといった感じで呟くクロマ。そんな彼女の視線を追ってみると、さっきまで倒れていた少女の姿が目に入った。
「…………」
その少女――緒方サツキは拳を突き出したまま微動だにせず、意識があるのかも疑わしい。
だが、むせ返るファビアからすればサツキの意識があることを願わずにはいられなかった。
そしてそれは、不審に思った別の下っ端が彼女に近寄ったことで確信へと変わる。
「ごはっ!?」
下っ端がサツキに触れた瞬間、殴り飛ばされたかのように吹っ飛ばされ、拳を繰り出したであろう彼女がこちらに向かってきたのだ。
正直信じられないとは思うが、それ以上に安心してしまうファビア。
だが、サツキとの付き合いがそんなに長くない彼女はまだ知らなかった。
「やっと動けるようになったわ~……」
――サツキの本当の強さを。