完全に日が暮れ、空がお星様でいっぱいになった頃。“ヒュドラ”のリーダー格の一人でボーイッシュな外見のカマロについていったアタシは、ようやく連中の拠点らしき廃墟のような溜まり場に来ていた。
まさか歓楽街のど真ん中にこんなところがあったとはね。よくバレなかったものだ。
しかしまだ拠点に着いたわけではないらしく、そこへ続いているであろう道を歩いている。
「着いたよ」
少し開けた場所に着いた途端、奥の方にバイクを停め、こっちへ振り向くカマロ。
アタシも立ち止まって周りを見渡してみる。
広場の隅っこには木製のテーブルと椅子がいくつか配置されており、ドラム缶のようなものもある。そして数十人はいるであろう女子校生が一定の距離を保ちながらアタシを囲っていた。
「――へぇ、意外と子供なんだね」
「あ?」
妙にのほほんとした声が聞こえた方へ視線を向けると、アタシに勝るとも劣らない体格のカマロよりさらに一回り体格の良い女がちょっとした高台に座っていた。めっちゃ見下ろしてやがる。
銀髪のポニーテールをしたその女はカマロと同等の雰囲気を纏っており、他とは明らかに格が違うというのがよくわかる。
つまり……アイツが“ヒュドラ”のリーダー格二号のクロマで間違いないだろう。
「お前がクロマか」
「私の名前を知ってる君が“死戦女神”~?」
とりあえず「そうだ」と適当に返す。なぜ自分の名前を知っているだけでアタシが“死戦女神”だと判断したのだろうか。
そういや拉致られたクロはどこにいるんだ? まさかデマだったり――
「おっ?」
もう一度周りを見渡してみると、カマロが停めたバイクの近くに金髪の幼女が倒れていた。
拉致られる前よりも顔の傷が多くなっているけど、見間違うわけがない。あれはクロだ。意識はないようだが、お腹の動きが寝ているときのそれなので死んではいないようだ。
クロの無事を確認したところでカマロを一瞥し、クロマへ視線を戻す。
「カマロから聞いたが、テメエらの狙いがアタシってのはどういうことだ?」
「“死戦女神”はこの界隈じゃその名を知らない者はいないほどの有名人でさ……畏怖を抱く奴もいれば、敬意を払う奴もいるんだよ」
そいつは驚きだ。アタシのような奴に敬意を払うバカがいるなんて。
一旦言葉を句切ったクロマは、両足をブラブラと動かしながら「でもね」と続ける。
「――私達“ヒュドラ”が黙って道の真ん中を歩くには邪魔でしかないの。目障りなんだよ、君」
「……それはこっちのセリフだボケ。だからこうして終わらせに来たんだろうが」
アタシの返答を聞いて嬉しそうにケラケラと笑うクロマ。何が嬉しいんだ?
「活きがいいねぇ~。それでこそ殺り甲斐ってものがあるんだよ」
胆が座っているのか、あるいはただのバカなのか。クロマは余裕の笑みを崩さない。
もうお喋りはいいだろう。こうしている時間がもったいなくて仕方がねえんだわ。
「――全部壊してゼロにしてやるよ」
その一言が引き金となった。
拳を振るってきた女子の一人を鋭い蹴りで吹っ飛ばした直後、恐るべき正確さで繰り出された左のハイキックを咄嗟に右腕で防いだ。
危ねえな。防いでなかったら右の頬が真っ赤に腫れて大変なことになってたぞ。
アタシは静かに蹴りを放った張本人、カマロへ視線を向ける。
「あんたの相手はこっちよ」
そう言ってアタシの意識を自分へと向けさせるカマロ。……なるほど、タイマンか。
「少しはマシな奴が“ヒュドラ”にもいたか」
「一人で戦う自分はカッコいいってやつかしら? 形はどうであれ、人は助け合うものよ」
一瞬だけ迷ったが、ムカついたので彼女の挑発に乗ることにした。強そうな奴と殴り合うのは久々だからちょっと楽しみだぜ。
少し足を開き、胸元で小さく構えるカマロ。周りの奴らは……手を出してくる気配はない。
手を出してくるならまとめてブチ殺すところだが、そうでないなら後回しだ。
「ふぁ~……テメエらの場合は『群れなきゃ生きれねえ』ってやつだろうが」
アタシはあくびし終えると同時にカマロへ殴り掛かった。
手加減なしで繰り出した右拳がカマロの顔面に突き刺さり、続いて放った右フックも命中する。
カマロは少しふらついたものの、それらを余裕で耐えていた。お返しだと言わんばかりに腹部へ蹴りを入れ、アタシが怯んだところを狙ってアッパーカットをご丁寧に顎へ打ち込んできた。
一瞬倒れそうになるもどうにか持ちこたえたアタシは負けじと頭突きを浴びせ、胸元へ繰り出した前蹴りでカマロを張っ倒す。
次にマウントを奪ってタコ殴りにしようと右脚を掴んだ瞬間、顔に何か熱い弾丸のようなものが直撃。思わず掴んだ右脚を離してしまう。
「よいしょっ!」
その隙に立ち上がるとすぐさまアタシの身体を両腕で持ち上げ、数メートルほどの位置に置いてあるドラム缶目掛けて投げ飛ばすカマロ。投げ飛ばされたアタシは頭からドラム缶に激突した。
身体に乗っかったドラム缶をどかし、ダメージで重くなった身体を起こして額から流れ出る血を拭き取る。
それにしても顔が火傷したかのように熱い。この季節にしては異様に熱い。
「…………炎熱か」
某砲撃番長やバトルジャンキーのおっぱい剣士と同じ変換資質だ。その手の属性としてはメジャーな方である。
しかし、今の季節に暖房よりも熱いものは温度差的な問題で危ない。下手すれば心筋梗塞や脳梗塞を引き起こしかねないのだから。
体勢を整え、もう一度胸元へ前蹴りを叩き込もうとするも今度は軽くいなされる――が、間髪入れずに懐へ後ろ蹴りを入れる。
次に振り返って左腕を薙ぐも、炎熱を纏った右腕でガードされた。チッ、当たっていれば首が刈れていたかもしれないのに。
薙いだ左腕を引っ込めると同時にカマロの顔面へ右拳を打ち出す。これは当たるかと思ったが見事に受け止められ、空いていた右の拳に炎熱を纏った一撃を食らわされた。
「全く、熱いったらありゃしねえ……」
凍結ならまだしも、季節的には暖房の代わりになるからご褒美に……なるわけがなく、ダメージにしかなっていない。
切れた口元を拭き、握り込んだ左の拳を少し大振りで繰り出す。
カマロは上体を軽く反らして拳を回避し、そのまま膝蹴りの連打を懐へ叩き込んできた。なす術もなくそれを食らったアタシは退かすように投げ出され、豪快な炎熱の空中蹴りで地面に叩きつけられてしまった。
「がは……」
伸し掛かるように叩きつけられたので息が詰まり、思わず吐血してしまう。
ただでさえ熱いのに空中蹴りかますかよ。お腹の部分が焼けて素肌丸出しになっちまったじゃねえか。風邪引いたらどうすんだよ。
「もう終わり?」
息を切らしながらも、余裕のある笑みを浮かべるカマロ。まだ余裕だと言いたいが、次に控えているであろう集団とクロマのことを考えると余裕とは言い難い。
まあ、今はコイツをブチのめすことだけ考えよう。なるようになれ。
アタシは立ち上がるとハイキックを左右ほぼ同時にぶつけ、空中蹴りを食らわされたお返しに跳び後ろ回し蹴りを顔面へ繰り出した。ハイキックは完璧に防いだカマロだったが、この蹴りだけは防げずガードごと吹っ飛んだ。
……あのハイキックを防ぐか。あれ防いだ奴は今まで一人もいなかったのに。
(……もう少しだけ本気でやるか)
この調子だと持久戦になりそうだ。かといって短期戦には持ち込めそうにもない。
体勢を整えたカマロの懐へ突っ込むが受け止められ、膝蹴りからの右ストレートを打ち込まれるもまずは二発目を左腕でガード。続いて右のボディブローを二発ブチ込み、左拳を一発顔に入れてから前蹴りを鳩尾へ叩き込んだ。
やられ過ぎて腹が立ったのか、踏ん張ったカマロはどこか怒った感じで炎熱の右拳を繰り出す。
その拳を受けきるところまでは良かったが、一瞬たりとも反撃させたくないのか炎熱の左腕とハイキックをほぼ同時に放ってきた。
さすがのアタシもこれは防ぎようがなく、ガードの上からあっさり押されて再びドラム缶目掛けて蹴飛ばされてしまい、三つほどドラム缶を巻き込んでぶっ倒れた。
「……お前は、アタシをドラム缶とくっつける趣味でもあんのか?」
ちょっと呆れながらまた乗っかったドラム缶をどかし、さっきよりも軽快に起き上がる。
カマロは怒りの表情を浮かべているが、動きは至って冷静だ。そんな彼女の懐目掛けてタックルを繰り出すも、やっぱり受け止められてしまう。
そのまま膝蹴りをぶつけてきたが、二度も同じ手を食うのはごめんなので左腕で防ぐ。すると今度は肘打ちらしき攻撃を三連続で打ち込まれ、呆気なく引き剥がされてしまった。
急いで上半身を起こし、握り込んでいた左の拳を手加減なしで叩き込む。カマロもそれに応えるかのように微笑み、炎熱の拳を振るってきた。
それを耐えきったアタシも休む暇を与えまいと頭突きをお見舞いし、右の掌底をブチ込んだ。
「んなろ――!?」
テンポよく放った左の蹴りを右腕で受け止められ、右拳からのハイキックというコンビネーションをモロに食らってしまった。
見事にぶっ倒れたアタシはすかさずカマロが繰り出した蹴りを受け止め、立ち上がると同時に彼女をドラム缶目掛けて投げ飛ばす。
上半身を起こしたカマロの胸ぐらを掴んで持ち上げ、頭突きを二発浴びせてから顔面に膝蹴りを叩き込んだ。
「この……!」
「一生喋んなクソが!」
カマロがやっと口を開くもすぐに黙らせるべく横から膝蹴りを叩き込み、お返しのハイキックをこれまたテンポよくぶつける。
そして口元の血を拭きすらしないカマロを殴りつけるも意に介しておらず、逆に鳩尾へ膝蹴りをひたすら連続でブチ込まれ続けた。
十発ほどブチ込まれたところで引き剥がされて息ができるようになったのも束の間、今度は炎熱を纏った左の踵落としを鼻っ面に叩き込まれた。
「いってぇ……」
鼻っ面に叩き込まれたことで必然的に倒れたアタシは鼻が折れていないか確かめる。
……よし。感触的に顔は傷だらけだが折れてはいない。整形は必要なさそうだ。
せっかくなので両腕も確認してみると、炎熱によって長袖が半袖になっていた。
「まあいいか……」
そろそろマジでブチのめすとしよう。