「……それで、負け犬のあんたはノコノコと逃げ帰ってきたわけ?」
「やかましい」
アイツとの決闘から一週間後。今日は元日だ。
故郷である第97管理外世界――地球へ里帰り中のアタシは、海鳴市にある喫茶店【翠屋】で懐かしのショートケーキを頬張っていた。
今回はたまたま隣で紅茶を飲んでいたアリサ・バニングス、月村すずかの二人と実に三、四年ぶりの再会を果たしたので、土産話として一週間前の出来事を話していたところだ。
ちなみに着物姿ではない。コイツら、初詣はどうしたのだろうか。
もう一度言うが今日は元日。まあ、アタシ以外にも里帰りをしている奴はいるわけで……
「――はーいサツキちゃん。紅茶だよー」
そう言って注文していた紅茶を持ってきたのは高町なのはだ。この【翠屋】はコイツの実家でもある高町家だからな。こうして鉢合わせしても何ら不思議じゃない。
ついでに言うと、さっき八神と愉快な仲間達にも出会った。テスタロッサはあのクソガキと一緒にのんびり過ごしてるんじゃねえか? 多分。
そのクソガキで思い出したが、アイツも戦技披露会とやらで一波乱あったらしい。何があったかまではさすがに知らんけど。
「……また随分と派手にやったんだね」
紅茶を飲み終えたすずかが、包帯が巻かれたアタシの両腕を見て思わず苦笑いする。
アタシが負った怪我はそれほど大きいものじゃないらしく、あと数日経てば治るとのこと。
「それにしても、サツキちゃんがケンカで負けるなんて正直驚いたよ」
「あれだけやんちゃしたバチが当たったのね」
「それならまだバチは当たると思うけど……」
「お前らアタシに恨みでもあるのか!?」
「恨みしかないわよ」
ひでえ。
「ダメだよ二人とも。サツキちゃんはこう見えても私達と同じ女の子なんだから」
限界が来ていたのでキレようかと震えていたら、珍しくなのはが助け船を出してくれた。ありがとう。この恩は二日だけ忘れない。
二人もからかいすぎたと思ったのか、いつもの明るい笑顔になった。なんかムカつくな。
紅茶を飲み終えたところで時間がなくなってきたことに気づき、店から離脱しようと席を立つ。
「サツキ」
「あ?」
すると何を思ったのか、アタシを引き止めたアリサとすずかは互いの顔を見合わせると姉のように微笑み、ゆっくりと口を開いた。
「お帰り」
「明けましておめでとう」
「…………おう」
故郷ってのはいいもんだ。
□
「ここに帰ってくるのも何年ぶりかな……」
今、アタシの目の前に建っているのはそこそこ立派な一軒家……実家だ。海鳴市の隣町にある懐かしの我が家である。
家は五人家族ということもあって結構広く、親父によれば三、四年経った今でもアタシ達の自室がそのまま残っているらしい。
タバコを吸いながら突っ立っていても仕方がない。とりあえず入るとしますか。
「たでーまー」
「おう。帰ってきよったか」
出迎えてくれたのは、首の後ろで束ねられている赤みがかった黒の長髪が目立つ、アタシのおふくろだった。相変わらず若々しいババアだぜ。
うちの母親はかつて関西で極悪ヤンキーとして名を馳せるほど有名だったらしく、アタシと姉貴はこの人の気質を色濃く受け継いでいる。ちなみに親父は優しさの塊と言っていいほど温厚な人で、泥酔していても他人を気遣える凄い奴だ。
……まあ、それでも資質は自前だがな。あくまでも受け継いだのは気質だけだし。
「親父は? おらんのか?」
「今ビールを買いに行かしとる。もうすぐで帰ってくるはずや。タバコは灰皿な」
「わかってるわ」
親父はいないのか。てっきり毎度のごとくおふくろとイチャついてるのかと思ったが……。
アタシを出迎え終わると、おふくろは台所へ走っていった。何かパーティーでもするのか?
考えても仕方がないので、さっそく吸っていたタバコを携帯灰皿に押しつけながら自分の部屋へ向かうことにする。
「おおっ、マジでそのままじゃねえか」
二階の突き当たりにある扉を開き、掃除されている点を除けば当時とほとんど変わりのない部屋を見て素直に感心してしまった。
未だに貼られている怪獣の古くさいポスター、棚に積み込まれた大量の漫画と小説とDVD、旧型の冷暖房とテレビ、勉強机の上に置かれた昔のタバコと灰皿とライター、窓側のベッド、中央にポツンと置いてあるテーブル、そして――
「あっ、サッちゃん!」
「遅かったね」
――バタンッ
おかしいな。今、変態乞食と魔幼女がいたように見えたんだけど。嬉しさのあまり幻覚でも見てしまったんだな。きっとそうだ。
これは気のせいだ。そう何度も内心で復唱しつつ、もう一度扉を開ける。ははっ、こんなところにアイツらがいるわけ――
「扉の前で何してるんや?」
「この漫画面白いね、サツキ」
「不審者だぁああああああーっ!!」
なんでいるんだよ!? お前らミッドチルダで適当に過ごすとか言ってなかったか!?
「待つんやサッちゃん! 誤解や! ほら、
「私はファビア・クロゼルグ」
「知っとるわボケッ!」
いくら約束を守ったからってここまで押し掛けてくるか普通!? 頼むから一人で故郷を満喫させてくれ! ホント頼むから!
不審者を抹殺するべく、急いで一階に下りておふくろからアレを借りることにした。
「おふくろ! 不法侵入してきた輩と不審者が二人いるからフライ丁と包パン頂戴!」
「落ち着け。ここは日本やぞ。包丁なんぞ使ったら銃刀法違反で御用になってまうわ。ていうかちゃんとした言語で話せや」
そんなの大したことじゃない! アイツらをぶっ殺すことに比べたら優しいもんや!
「それに初めての友達を不審者呼ばわりはあかんやろ。少しは自重せい」
「ちょー待てい! いつからアタシとアイツらが友達になったんよ!?」
関係が今まで通りに戻ったのは認める。けど友達になった覚えはない!
わからず屋なおふくろをぶん殴ろうと左の拳を握り込み――
「たっだいまー!」
――振り上げようとしたところで姉貴のあっけらかんとした声が聞こえてきた。
「あれ? おふくろとサツキじゃないの。二人して何やってんのさ」
「私はこのイカれたクソガキを黙らせようとしてたところや」
「アタシはイカれてねえ! これ以上にないほど正常だっつの!」
楽観的に話しかけてきた姉貴に事情を説明すると、何かを思い出したかのように呟いた。
ていうか何さっきからケラケラと笑ってやがる。人の不幸を楽しみやがって。
「それ、八神ちゃんの差し金だと思うよ?」
「八神いぃいいいいっ!!」
今ほどあの狸を殺したいと思ったことはない。
「あ、そう言えば二時間前にタヌキちゃんが家を訪ねてきたわ。知り合いを二人ほどこちらに置いてもいいかって」
「断れよ!」
「ついノリで承諾してもうたわ」
「なおさら断れよ!?」
せっかく実家に帰ってきたというのになんでこんなに疲れなければならんのだ。そもそもこうなったのはアイツらのせいだ。
その後も何とかならないかと必死に相談したが最終的におふくろの鉄拳を食らわされ、話すらさせてもらえなかった。
□
「クソッ、加減ってものを知らんのかあのババアは……」
殴られた頬がめちゃくちゃ痛い。どうなってんだあの人の拳は。
親父もたまに照れ隠しと自業自得で殴られてたけど、よく生きてられるよなあの人も。
部屋の前まで戻ってきたのはいいが、二人が何か言い争っているな。一体何を――
「魔女っ子! それはあかんて!」
「大丈夫。サツキならツンとした態度で許してくれる。私は信じてる」
「許すわけないやろ」
このクソガキ、人のテレビで勝手に青春映画を見てやがる。あとドヤ顔で信頼されても困る。
乞食は乞食で人が地道に集めた漫画を勝手に読んでやがるし……コイツらには人の家でのマナーというものがないのだろうか。
「そーいやサッちゃん。喋り方変わった?」
「変わるも何も、アタシは元々こういう喋り方なんだが?」
関西弁を使わなくなったのは初めて鑑別所にブチ込まれてから……だな。
それまでは普通の口調に関西弁を思いっきり混ぜたもので話していた。故郷へ帰ってこれた安心感と嬉しさで弾けちゃったのかもしれない。
……数日くらいは泊まらせてもいいか。経験上、追い出した方が面倒なことになりそうだし。
「……なあエレ――ジーク」
「んー?」
「そんな腕で大丈夫か?」
「大丈夫や。問題あらへ――大ありや! 右腕だけで全治四ヶ月なんよ!?」
「治るだけマシだと思う」
ノリツッコミをかますジークの厚みのある包帯が巻かれた右腕と、左腕と頭にも一応巻かれた包帯に目をやる。
ジークがあの決闘で払った代償はかなり大きかった。アタシに勝ったんだから当然だけど。
なんでも右腕は粉砕骨折、左腕も日常生活をするに当たっては特に問題はないが、それでも不全骨折しているとのこと。
あとコイツの防護武装である鉄腕も原型がなくなるほど破損していたらしく、しばらくは使えないと聞いている。
「責任、取ってもらうからな?」
「やだ」
「なんでや!? 責任取るって言うたやん!」
「言ってねえよ! 勝手に捏造設定を作るな! クロゼ――クロも何とか言ってくれ!」
「諦めが、肝心だよ……!」
「聞いたアタシがバカだったよこんちくしょう! てか笑うな! 殺すぞ!」
『サツキちゃん……相手は女の子なのに……』
『感性は人それぞれや、スミレ』
「ほら見ろ言わんこっちゃねえ! テメエらのせいで誤解されちまったじゃねえか!」
「ッ……そんなに喋ってて疲れないの?」
「疲れるに決まってるやろがあぁあああっ!!」
コイツらとアタシの間にあった溝は完全に消えた。認めたくないが、次にこの二人と友達だって言われたら否定はできねえかもな。
アタシははっちゃけるバカ共に全力でツッコミながらそう思い――
「――くたばれアホがぁっ!」
「ごふっ!?」
一本締めをするようにジークへ今年最初の一発をブチ込んだ。
その直後、クロは腹を抱えながら心底嬉しそうに爆笑したのだった。
こうしてアタシは歩き出す。これからも訪れるであろう、面倒で退屈しそうにない日々へ。
死戦女神は退屈しない、これにて完結です。
あらすじに書いてある通りこの作品はリメイクです。それでも、無事に完結できたのは作者として非常に喜ばしいことだと思っています。
しばらくは現在執筆しているバカテスの二次と今作の外伝に集中していくつもりです。
最後まで読んでくださった読者様、ありがとうございました。