死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

111 / 179
第91話「最強と最強」

「あはははははははは!」

「ぐぅっ!?」

 

 拳と拳がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が吹き荒れ足下に巨大なクレーターが発生する。

 サツキは狂ったように歓喜の声を上げ、ジークリンデは力負けして顔を歪めた。

 それを皮切りに、二人は残像が生じるほどのスピードで動きながら拳と蹴りのラッシュを自身が出せる最高の速度で繰り出していく。

 

「がは……!」

 

 一瞬だけ動きが止まったことで腹部にサツキの拳が深く突き刺さり、視界が揺らぐほど息が詰まると同時に吐血してしまうジークリンデ。

 倒れそうになるも歯を食いしばって耐え抜いた彼女は、お返しと言わんばかりにサツキの顔面を左の拳で殴りつけるが、サツキはその一撃を意に介さず、迫り来る左脚を右腕で受け止め、左のハイキックをジークリンデに浴びせた。

 今の二人が行使しているのは競技選手のように相手を倒すための一撃ではなく、相手への配慮を一切考えない殺すための一撃だった。

 

  今度は脚と脚がぶつかり合い、再び凄まじい衝撃波が吹き荒れる。

 待機していたファビア達は吹き飛ばされそうになるもどうにか踏ん張っていた。

 そんなことを知るよしもない両者の戦いは熾烈を極めていき、拳と蹴りのラッシュを繰り出す速度も上がっていく。

 ジークリンデの右拳が掬い上げるようにサツキの鳩尾へ直撃するも、彼女は口元から血を吐きながら前蹴りをブチかました。

 

「くふふ……最高だぜ、エレミアァッ!」

 

 一度顔を俯かせたかと思えばすぐに顔を上げ、無邪気な子供のように笑うサツキ。

 それに釣られてジークリンデも微笑む。本当はそんな余裕などないのだが、それでもサツキの笑顔を見ると微笑まずにはいられなかった。

 互いの右拳と左拳をぶつけ合い、間髪入れずにジークリンデは左のカウンターを打ち込もうと構えたが、サツキが放ったハイキックに構えた拳ごと一蹴されてしまう。

 

 手足が痺れ、視界が混濁する中、ジークリンデは両手両脚に魔力を流し込み、そのしびれをかき消す。そして棒立ちするサツキに肉薄すると右手を突き出し、そこから射撃魔法を撃ち出した。

 サツキは零距離から放たれたそれをあっさりとかわし、軽く跳び上がって事前に振り上げた左拳を顔面へ叩き込む。

 あまりの威力に思わずよろけたジークリンデの左腕を掴み、背負い投げを繰り出す。

 

「あーらよっとぉっ!」

 

 なす術もなく地面に叩きつけられ、息が詰まって悶絶しそうになるジークリンデ。その一瞬が仇となり、サツキの左脚に踏みつれられてしまう。

 彼女も今が好機と判断し、動く隙を与えずに何度も何度もジークリンデを踏みつけた。

 次に首を踏みつけようと左脚を上げたところへ射撃魔法を放ち、それをサツキが避けた一瞬の間に立ち上がって距離を取る。

 

「く、首はあかんやろ……」

 

 もしも踏みつけられていたら首が折れていた可能性が高い。何気に命の危険が迫っていたにも関わらず、エレミアの神髄は発動しなかった。

 だが、今はその事に疑問を抱く暇はない。いつ身体が動かなくなってもおかしくないのだから。

 サツキが一瞬で目の前に現れたが、事前に予測していたジークリンデは膝蹴りを彼女の鳩尾へ打ち込み、少し間が開いたところで、

 

「シュペーア・ファウスト!」

 

 握り込んだ左拳を顔面に突き刺す。

 またしても吹き飛びそうになるサツキだが、今度は下半身に力を入れることで踏ん張った。

 体勢を整えると目を見開いて驚くジークリンデの顔面を右拳で殴りつけ、続いて力を一点に集中させた左の拳で思いっきりぶん殴った。

 必死に踏ん張るも数十メートルほど後ろへ引きずられ、ようやく踏み止まるもサツキが放った飛び蹴りを胸部に食らってしまう。

 

「――甘いッ!」

 

 しかし、ジークリンデも負けてはいまい。胸部に打ちつけられたサツキの右脚をガッチリと掴むと、顔面から叩きつけるように背負い投げた。

 見事に顔面から叩きつけられ、顔を歪めるサツキ。すかさず立ち上がるもジークリンデに捕まり、取っ組み合いに持ち込まれる。

 これを逆に好機と見たサツキだったが、そうは問屋が卸さなかった。

 

 ジークリンデはサツキの脇腹を蹴りつけると、彼女がその衝撃で後退したところを狙って右腕を軽く捻り上げ、握り締めた右の拳を放つ。

 サツキは彼女が放った拳を迎え撃とうとするも、いきなり全身が赤紫色に輝き始めたことに気づき、構えを解いて微笑む。

 思わずサツキに訝しむような視線を向けたが、時すでに遅しだった。

 

「――終わらせるかよ……こんなところで終わったら一生後悔しちまうじゃねえか!」

 

 全身を包み込んでいた赤紫色の光は流し込まれるようにジークリンデが捻り上げていた右腕へ集束されていき――放せと言わんばかりに彼女の左手を爆発させたのだ。

 突然の出来事に驚愕し、尋常でない痛みに顔をしかめて思わず左手を押さえる。

 当然、サツキはその一瞬を見逃さない。顔面を粉砕する勢いで頭突きを浴びせてから右のハイキックを繰り出し、前屈みになったジークリンデの鼻っ面を左の膝で二度も蹴り上げ、最後は豪快に振りかぶった右の拳で彼女を殴り飛ばした。

 

「あぐ……っ!」

 

 しばらく宙を泳いだあと地面に叩きつけられ、ゴロゴロ転がっていくも両手の爪を地面に食い込ませて勢いを殺していく。

 完全に勢いを殺すとすぐさま立ち上がり、静かに佇むサツキと真正面から向き合う。

 気づけばお互いすでにボロボロで、顔や口元を始め身体の至るところに無数の傷跡がある。

 

「……やってみる価値はあるな」

 

 そう呟くと、ジークリンデは腹をくくって両手に魔力を纏わせていく。

 この技を自分の意思で使用したことはほとんどないし、できれば使いたくない。けど、今回は相手が相手だ。使わないと勝てない。

 サツキがジークリンデのただならぬ雰囲気に対抗するかのように身構えた瞬間、自身の身体強化に回していた魔力の量をさらに増やし、黒い弾丸となってサツキに迫った。

 

「ガイスト・クヴァール――!」

 

 サツキとの距離を二メートルに縮めたところで、あらゆる命を無価値にする鉄の爪をサツキ目掛けて振り下ろす。あれだけ使うことを拒んでいた殲撃を、自分の意思で使用したのだ。

 放たれたガイストをサツキは何の苦もなく回避し、四足獣のように跳ね上がる。だが、それこそジークリンデの狙い通りだった。

 彼女はエレミアの一族でありながら、壊すことを望まない。倒すべき相手であるサツキへの配慮をやめた今でも、その意思は変わらない。

 

 ガイストが当たって壊れてしまうのなら、当てなければいい。

 

 そんな人を傷つけることを望まないジークリンデが導き出した、シンプルな結論。

 どんなに強力な技も、当たらなければどうと言うことはないのだ。

 

「このぉっ!」

 

 地面を蹴って跳ね上がり、サツキの頭上に到達したところで踵落としを繰り出す。

 サツキは咄嗟に両腕を交差させてガードし、ジークリンデの右脚を掴むと地面に向かって投げ飛ばした。

 宙を泳ぎながら体勢を整え、華麗に着地するジークリンデ。

 

「エレミアァ――ッ!!」

 

 同じく無事に着地したサツキは腹の底から叫ぶと、地面を陥没させて姿を消し、彼女の背後から跳び上がって左の拳を振り下ろすも、そう来るのがわかっていたジークリンデは拳を両手で受け止め、背負うようにしてサツキを投げ飛ばした。

 今のサツキの速度には全く反応できないジークリンデだが、今までの経験から彼女の動きを読み取ることはできるのだ。

 

「…………ここやっ!」

 

 決めるなら今しかない。彼女はそう判断すると再び黒い弾丸となり、何の迷いもなくサツキに向かっていく。

 サツキも同じことを考えていたのか、ありったけの力を一点に集中させた左拳を構えていた。

 右の鉄腕を振り上げ、刈り取るように振り下ろす。そしてサツキが迫り来るガイストをかわしたところへ先回りし、彼女の懐に魔力で強化された後ろ回し蹴りを打ち込む。

 

「ブチ抜けえええええっ!」

 

 サツキは噛み締めるように痛みを堪え、溜めに溜め込んだ左の拳を繰り出した。

 全てを粉砕せんと迫る最速にして最強の一撃。

 魔法は一切使わず、ただ全力の力を一点に集中させただけのシンプルかつ絶対的な一撃。

 迫り来る死の鉄拳を前に、極限まで全神経を稼働させたジークリンデは一つの答えを叩き出す。

 

 直撃したら死ぬ。

 

 今のジークリンデにこの一撃を避けられるほどの実力はない。仮にエレミアの神髄が発動したとしても直撃は免れない。

 その刹那、彼女の脳裏に走馬灯が走る。

 ご先祖様から受け継いだ力に振り回された日々、いろんな人に導いてもらった日々、楽しくも穏やかな日々、そして――目の前にいるサツキと過ごしたお茶目な日々。

 そこへ戻る道はすでに閉ざされた。彼女に残された選択は進むことだけ。

 

(……痛そうやなぁ)

 

 ここに来て、ジークリンデはもう一つの答えを導き出す。しかし、それは大きな賭けでもあった。成功すれば勝算はあるが、失敗すれば死ぬ。

 ……そんなの関係ない。直撃すればどのみち死んでまう。やるしかないんよ。

 覚悟を決めた彼女はありったけの魔力で右腕を強化し――

 

「止まれぇぇ――ッ!!」

 

 ――その腕を犠牲にすることで、死の一撃を受け止めた。

 腕から骨が砕ける音と血が噴き出すような音が聞こえ、激痛のあまり涙が出そうになるも、歯を食いしばって必死に耐え抜く。

 ジークリンデが拳を受け止めた際、衝撃波が発生して辺り一面をごっそりと削るように吹き飛ばしたが、待機していたファビア達は驚愕しながらも吹き飛ばされないよう必死に踏ん張った。

 

「――ッ!?」

「これで……」

 

 ボロボロになった右腕をだらんとさせ、腕の痛みを堪えるジークリンデ。

 一瞬の間もなく目を見開いて驚愕するサツキの顔面へ、全身の魔力を込めた左拳を、

 

 

「チェックメイトやあぁ――ッ!!」

 

 

 腕の骨が砕ける勢いでブチ込んだ。

 

「…………」

 

 拳をノーガードで食らったサツキはしばらく立ち尽くしていたが、止まっていた時が動き出したかのようにふらつき、仰向けに倒れた。

 それをしっかりと確認したジークリンデも少し遅れて力尽き、その場に倒れ込む。

 しばらく呆気に取られていたヴィクトーリア達だったが、ハッとしてすぐにジークリンデの元へと駆け寄っていった。

 

 

 □

 

 

「…………」

 

 負けた。全力を出して、初めて負けた。

 サツキは呆然とするように空を見上げていたが、その顔に悔しさというものは一切感じられず、むしろ憑き物が取れたようにも見える。

 これで悔いはない。何一つ心配もなく、安心して故郷に帰ることができる。

 ――しかし、どんな物事にも誤算は付き物だ。

 

「……生きてる?」

 

 皆がジークリンデの元へ駆け寄る中、ファビアだけはサツキの元に駆け寄っていた。

 心配そうな顔で自分を覗き込んでくる彼女を見て、思わずため息が出そうになる。

 どこまで健気なんだコイツは。いや、これはもう健気というよりお人好しだな。

 

「…………」

 

 彼女の問いには答えず、ただ空を見上げるサツキ。視線の先にはさっきまで降る気配すらなかった雪が降り始めていた。

 彼女はそれを目に焼きつけると、空を見上げたまま力なく微笑んで口を開く。

 

 

「はは……ホワイトクリスマスじゃねえか……」

 

 

 この呟きを最後に、その日は一言も喋ろうとしなかったという。

 彼女の近くではジークリンデの腕の骨が何やらとヴィクトーリア達が騒いでいたが、サツキはそれを気にすることなく空を見上げ続ける。敗北という事実を胸に刻みながら。

 

 

 最強選手と最強ヤンキー。限界を越えた二人の対決は、今ここに幕を閉じた。

 

 

 

 




 次回で完結です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。