死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第90話「反撃と全力」

 

「な、なんで……」

 

 サツキのアッパーカットを食らって吹っ飛び、エレミアの神髄を解除されたジークリンデはただ驚いていた。

 何か特殊な小細工をされたわけでもなく、純粋な一撃で解除されたのだ。驚くのも無理はない。

 受けたダメージで重くなった身体を動かし、何とか立ち上がって構える。

 

「なんでってそりゃお前――実力だよ」

 

 きょとんとした顔で答えると、サツキは目にも止まらぬ速さでジークリンデに肉薄し、彼女の上半身へ猿のように飛び乗った。

 すぐに両手で振り落とそうとするジークリンデだが、素早くサツキが繰り出した頭突きを顔面に食らってしまう。

 頭というより、鉄球をぶつけられたような感覚を覚えるジークリンデ。しかもその頭突きを一発だけではなく、何発もぶつけられていく。

 

「この――っ!?」

 

 ジークリンデは苦しげに握り込んだ右の拳を放とうとするも、サツキはそれを察したのか少しだけ体勢を変えると両腕をジークリンデの首に巻きつけ、捻るように彼女を投げ倒す。

 すかさずマウントを奪い、ジークリンデの顔面に拳の連打を打ち込むサツキ。ジークリンデも鉄腕を装着した両腕でガードしてはいるが、マシンガンのように打ち出される連打を防ぎきれず、放たれた拳の大半を食らってしまった。

 

「離れて……やっ!」

 

 拳の連打が一旦終わると同時に、突き出した左手から射撃魔法を放つ。サツキはこれをかわし、ジークリンデから距離を取った。

 一方のジークリンデもその隙に立ち上がって構え、サツキから目を離さないようにしつつ酷く乱れた息を整える。

 一瞬でも目を離せば今のような攻撃を食らうことになる。それだけは避けないと。

 

「っ……」

 

 骨こそ折れてはいなかったが、ダメージ自体はかなり受けていたこともあり痛みで顔を歪める。

 あれだけの連打を食らっといて、鼻の骨が折れなかったのは奇跡に等しい。

 口内で出血していたのか、口から痰を吐くように吐血してしまう。

 

「加減ってものを知らんのか……?」

「何を今さら」

 

 喧嘩と試合は違う。試合が決められたルールに従って競い合うように行うものであるのに対し、喧嘩には最低限の流儀こそあるものの試合のようにちゃんとしたルールは存在していない。

 何か打つ手はないか。必死に考えるジークリンデだが、これといった策は浮かんでこなかった。

 

「どないすれば……」

 

 どうすればサツキを倒せる? どうすればサツキにダメージが通る?

 彼女の頭はその事でいっぱいになっていた。しかし、サツキは考える時間すらくれない。彼女がいきなり繰り出した前蹴りに合わせ、ハッとしながらジークリンデも前蹴りを繰り出す。

 両者の蹴りは互いの腹部に命中。それを皮切りに、蹴撃の応酬が始まった。

 右、左、右、左、右、右、左、左とひたすら蹴り技をぶつけ合う。前蹴り、ハイキック、ミドルキック、ローキック、後ろ回し蹴り、膝蹴りなど、繰り出された蹴りの種類も様々だった。

 

「オラァッ!」

 

 その応酬を制したのは、やはりと言うべきかサツキだった。ハイキックをかわすと同時に、ジークリンデを足払いで転ばせたのだ。

 急いで立ち上がろうとするジークリンデの顔面目掛けてサッカーボールキックを放ち、彼女がそれを防御したと見るや否や右脚で踏みつける。

 腕の痛みを堪えながら、迫り来るサツキの右脚を転がるようにかわして立ち上がった。

 

「…………そや」

 

 口元から流れる血を拭き取り、何かを思い出したようにサツキを見つめる。

 サツキはバリアジャケットを装着しておらず、魔法による身体強化も全くしていない。さっき手刀を打ち込んだときは痛がっていた。もしかしなくても自分の攻撃は通るんじゃないか?

 ジークリンデはある事を決意すると、身体強化に使っていた魔力の量を増やした。

 

「……いくで」

 

 地面を蹴り、さっきのサツキに勝るとも劣らない速度で彼女の懐へ潜り込む。

 すぐに察知したサツキもそうはさせまいと接近するジークリンデを受け止める体勢になるが、彼女の狙いは別にあった。

 タックルを受け止める体勢――それはつまり、タックル以外には無防備になった瞬間でもある。

 

「お返しやっ!」

 

 サツキの鳩尾へ握り締めた左の拳を打ち込み、間髪入れずに右のアッパーで彼女の顎を殴り飛ばし、伸びきっていた右腕を掴んで一本背負いのような投げ技を繰り出した。

 怒濤の攻撃に思わず顔を歪めるサツキだが、ジークリンデは手を緩めない。

 関節技を極めようと掴んでいた右腕を捻るも、逆立ちの要領で立ち上がったサツキに馬乗りされてしまい、左のエルボーを打ち込まれる。

 

「クソがぁ……!」

 

 ジークリンデの顔を押さえたサツキは噛み締めるように声を出し、怒りを露にする。

 一昨年の都市本戦決勝の時とほとんど同じシチュエーションになっているが、両者にとってはどうでも良いことだった。

 サツキが右の拳を振り上げた瞬間、二度も同じ手を食らってたまるかと言わんばかりに右手を上に向けて射撃魔法を放ち、がら空きだった彼女の顔へ命中させた。

 

「まだまだ……!」

 

 すぐさま立ち上がると、痛そうに顔を押さえているサツキをハイキックで蹴り飛ばす。

 ジークリンデは自身の出世と性格上、試合中は常に相手が大きな怪我をしないように気遣っている。だがそれは、自分の実力に蓋をしているのとほとんど同じことだった。

 彼女は今回、サツキを倒すためにそのリミッターを外したのだ。

 

 

(ほんまはこんなことしたくない。けど、それでも……今ここで負けるよりはマシなんよ)

 

 

 心中でそう呟くと、体勢を整えたサツキに牽制として射撃魔法を放ち、彼女が視界から消えると迷わず右側へ拳を打ち出す。

 拳が打ち出された先には回り込んでいたサツキがおり、動きを先読みされているとは思っていなかったのか避けられずに拳を食らっていた。

 次にジークリンデは左の拳を構え、よろめくサツキの懐に、

 

「シュペーア・ファウスト!」

 

 渾身の一撃をブチ込む。

 サツキは驚きのあまり目が点になり、血反吐を吐いて数メートルほど吹っ飛んだ。

 吹っ飛んだサツキから目を離さず、安心したように息を整える。

 

「ふぅ……」

 

 舞っていた砂煙が晴れ、震えながら立っているサツキが目に入る。

 息の乱れや脚の震えなどお構いなしに歩み始めるサツキ。少なからずダメージは受けているようだが、あれだけ打ち込んだのに膝すらついていない事には驚きを隠せない。

 放っておくと何をしてくるかわからない。そう思ったジークリンデは周囲に高密度の弾幕陣を生成し、サツキへ撃ち込む。そしてジークリンデ自身も速度を落とし、彼女に接近していく。

 

「――くたばれカスがぁっ!」

 

 弾幕陣を全て受け止め、一つに束ねたそれを怒鳴りながら掌底で弾き返すサツキ。

 そう来ると思っていたジークリンデはあっさりと弾丸を避け、左の手刀を右肩に叩き込み、右の地獄突きを鳩尾へとブチ当てた。

 未だに踏ん張るサツキだが、彼女はそれさえも見越して――

 

「もう一発っ!」

 

 ――腹部に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。

 さすがのサツキも身体をくの字に曲げ、それでもなお踏ん張っていたがとうとう膝をついた。

 言うまでもなく、サツキが膝をつかされたのは今回が初めてだった。

 

 

 □

 

 

「…………スゲえ……」

 

 ハリー・トライベッカはただ驚愕し、戦慄していた。緒方サツキとジークリンデ・エレミアの、次元の違う戦いを目の当たりにして。

 しかもサツキが初めて膝をつき、ジークリンデが初めて相手への配慮を完全に捨てた。

 一瞬理解が追いつかないほどの出来事が二つ同時に、それも目の前で起きているのだ。驚くのも無理はないだろう。

 

「まさかこれほどレベルが違うとはね……」

 

 そんな彼女に同意するかのようにボソリと呟いたのはミカヤだ。

 表向きこそ冷静そのものだが、彼女もまた驚愕のあまり目の前の出来事に実感が持てていないうちの一人だった。

 ヴィクトーリアも二人と同じ心境にあったが、それでも娘を心配するようにジークリンデを見つめていた。

 

「は、ハリー選手!? どうして泣いているんですか!?」

 

 目が覚めるようなエルスの叫び声で戦っている二人以外の皆がハリーの方へと視線を向ける。ハリー自身も違和感を感じ、自分の目を拭って初めて涙を流していることに気づいた。

 その涙は悲しみによるものではない。嬉し涙でもなければ、怒りによるものでもなかった。

 

「わ、わかんねえ……けど」

「けど?」

 

 なんで泣いているのか自分でもわからない。しかし、これだけははっきりと言える。

 

 

「――アイツらを見てると、涙が止まんねーんだよ……!」

 

 

 その涙が一体何を意味しているのか。それは誰にもわからなかった。

 

 

 □

 

 

「あ、が……っ!」

 

 関節が外れたであろう右腕をだらんとさせ、口から血を吐くサツキ。

 彼女のそんな姿を見て思わず顔を背けそうになるが、こうでもしなきゃ自分が彼女と同じ状態になっていたと割り切る。

 血を吐いて落ち着いたのか、サツキは右肩の関節をハメて立ち上がり、その場で考え込む。

 

 

 自分よりケンカの強い奴などいやしない。表向きは楽しむためと一つの本音を言いながらも、心のどこかでずっとそう思っていた。

 

 エレミアだってそうだ。一度はもしかしたらと希望を抱けるほど強かった。だが、ちょっと本気で戦ってみたら負けはしたものの、終始押していたのはアタシの方だった。

 

 でも、今は違う。これこそ、コイツとのケンカこそが、アタシがずっと待ち望んでいた勝つか負けるかわからない――極限のクロスゲームだ。

 

 

「ふふっ……あはははは……」

 

 顔を俯かせ、不気味な笑い声を上げるサツキ。ジークリンデは警戒して構えるが、すぐに顔を上げた彼女は口元を愉しそうに歪ませて一言。

 

 

「――全開だ」

 

 

 直後。ジークリンデの身体が派手に吹っ飛び、きり揉み回転しながら宙を泳いだ後、地面に叩きつけられる前に先回りしたサツキの踵落としで、力が加算される形で叩きつけられた。

 ジークリンデは何が起こったのかわからず唖然としていたが、叩きつけられた衝撃で自分が攻撃されたのだと理解する。

 追撃が来る前に急いで立ち上がり、できるだけ距離を取る――が、サツキはその距離を音も気配もなく一気に縮めると左手で胸ぐらを掴み、力を一点に込めた右の拳でジークリンデの顔を何度も殴りつけた。

 

「あはははははははは!」

 

 心の底から、それこそ子供のように嬉しそうな笑い声を上げ、赤みがかった瞳に殺意を灯す。

 傍から見れば狂気に満ちたものでしかないが、ジークリンデはジークリンデなりに、サツキが心から笑っているのだと解釈する。

 すぐに左の拳を握り締めるも、今までのそれとは比べ物にならない反応速度で右の肘打ちを叩き込まれ、そのまま右の裏拳でぶん殴られて吹き出すように吐血してしまった。

 

「はぁ……はぁ……ごふっ」

 

 ウォーミングアップと同じ感覚で攻撃していたのか、サツキが一旦離れたことで事なきを得たジークリンデ。しかし、あまりにもダメージが大きかったのか再び口から相応の血を吐いた。

 これがサツキの本気。正真正銘の全力全開。

 身を持って思い知らされる事実に戦慄し、さらに蓄積されたダメージで視界が薄れていく。

 しかし、アドレナリンでも出ているのか痛みはあんまり感じられない。

 

「こ、ここまで来たんや……」

 

 やるしかない。サツキが本気を出した以上、もう勝つしか道はない。

 口元を拭き終え、己を奮い立たせるように両手で頬を叩いて気合いを入れ直すジークリンデ。

 ――不思議なことに、命の危機を感じることはなかった。

 

 

 

 


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