死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第86話「魔女とヤンキー」

 

「……田中が言うことを聞いてくれない」

「だからなんだよ」

 

 まだ早朝でしかも今日は学校が休みだ。こんなときぐらい寝かせてくれよ全く。

 ていうかあの千手観音、なんだかんだで名前は田中になったのか。アタシ的にはアレックスかピエール辺りが妥当だと思うが……まあいいや。

 ベッドから起き上がり、服を着替える。早くしないとジークが起きてしまうからな。こないだなんて下着姿を見られた挙げ句、どういうわけか千手観音――田中が加勢したせいで貞操が危なかった。思い出すと身体が震えちゃうね。

 

「ふわぁ……」

 

 起きてしまったからには仕方がない。さっそく暴れに行こう。飯は帰りにコンビニで買えばいいや。イチイチジークに作る必要もないし。

 お気に入りのパーカーを着て、クロにジークが起きてないか確認させる。今見つかったらまたうるさくなるのが目に見えてるからな。

 

「……大丈夫。イビキをかくほど熟睡してる」

 

 それは女性としてどうかと思うが、どうでもいいのでスルーしておく。

 さぁーて、後始末はクロに任せて今日も派手にやってやりますか!

 

 

 □

 

 

「あがぁっ!?」

 

 クラナガンの路地裏にて、ちょうど四人の不良グループがいたので相手してもらっている。

 二人目を思いっきり壁に叩きつけ、背後から殴りかかってくる三人目の動きを後ろ蹴りで止めミドルキックをブチかます。ふぅ、狭い路地裏とはいえ人数が少ない分、意外と対処しやすいな。

 四人目をどうしようかと考えていると、起き上がった一人目に脇腹を蹴りつけられ、二人目に裸締めを掛けられる。これちょっとヤバイかも。

 

「しゃら、くせえっ!」

「おぐぅ!?」

 

 二人目の足を踏みつけ、腕の力が緩んだ隙に右のエルボーを叩き込む。

 コイツら……一人一人は大したことねえがなかなか粘り強い。まるでゾンビだ。

 鳩尾を押さえている二人目を上から両脚で踏んづける。続いて一人目が繰り出した蹴りを受け止め、頭突きを浴びせて顔面に裏拳をブチ込む。例え歯が抜けようと、拳に血が付こうと、後ろから殴打されようと関係なく何度も殴りつけた。

 そうして一人目の顔が血だらけになったところで彼を壁へ叩きつけるように投げ捨て、鉄パイプを振り上げた三人目に前蹴りをかました。

 

「が……!?」

 

 その直後、後ろから髪を引っ張られる。誰かと思えばまだ一発も殴っていない四人目だった。

 髪が抜けそうな勢いで後ろへ引っ張られていくが、それでもアタシの顔を鉄パイプで殴りつけた三人目をハイキックで沈め、無理やり振り返って四人目の懐へひたすら拳の連打を叩き込む。

 そして壁側へ追い詰め、ジャンプからの肘打ちを顔面に打ち込んだ。

 

「あら、あらら?」

 

 四人目が額から血を流して倒れたのを確認し、タバコを取り出そうとしたら急に身体がふらついた。目眩かと思ったが、頭から何か液体のようなものが流れ出るのを感じて後頭部に触れてみると、手に赤い液体――血が付着していた。

 どうやら髪を引っ張られた際に無理やり振り返ったことで、髪が皮膚ごと抜けてしまったようだ。なんてこったい。

 とりあえずそれを隠すためにフードを被り、路地裏を後にする。バレなきゃいいけど……

 

「……血が出てるから頭を見せて」

 

 バレた。近くの街灯でアタシを待っていたクロに一発で見抜かれた。なぜだ。

 周りに人がいないうちにフードを取る。どうやって止血するのだろうか。

 

「……頭をこっちへ」

 

 言われた通りに後頭部をクロに見せ、その間にズボンのポケットからタバコを取り出す。

 頭にひんやりとした感触が伝わると、少しずつ流血の感触がなくなっていく。アタシの後頭部で一体何が起きているんだ。

 多少の不安を感じながら一服していると、唐突にクロが口を開いた。

 

「……もういいよ」

 

 そう言われて彼女の方へ振り向き、謎の感触があった後頭部に触れる。

 ……血が止まってるな。インクリースタイプの補助魔法でも使ったのか? にしちゃあそういう類いの気配は感じなかったが。

 

「……お手製の消毒薬を塗ってみた」

「貴様アタシを実験台にしやがったな!?」

 

 もしも失敗して変な化学反応でも出ちゃったらどうするつもりだったんだこのクソガキ。治ったからよかったものの……!

 

「……頑強な身体のサツキは実験台にしやすい」

「泣き喚くまでぶん殴ってやるから目を閉じて歯を食いしばれ」

 

 今ほどクロにムカついたことはない。

 

「…………チッ、コンビニへ行くぞ。殴るのは帰ってからだ」

「……どうせなら今のうちに殴ってほしい」

「なんでだ? もしかして目覚めたか?」

「……違うし目覚めもしてない。やるならさっさと済ませてほしいってことだよ」

 

 野郎、平然としてやがる。もう少し怯えてくれてもいいはずなのに。

 ていうか怯えろ。歯をガチガチ鳴らして涙目で怯えろ。鼻水も出せ。

 

 

 □

 

 

「……サツキ」

「なんだ」

「…………どうしてケーキを買わないの?」

「いつでも買うと思ったら大間違いだ」

 

 服に返り血が付いていることもあり、買い物を珍しく三分で終わらせた。そのせいでケーキを買い損ねたことをクロに責められている。

 コイツってこんなに自分勝手だったか? なんかアタシの影響を少なからず受けているような気がしてならない。

 ……それを言うとハリーやヴィクターも受けてそうだな。しかしウェズリーとジークはあれだ、アイツらが自分で勝手に目覚めただけだ。

 

「……聞いてるの?」

「いでで、痛い痛いっ! 引っ張るなバカヤロー! アタシの脇腹はお餅じゃいでででっ!」

 

 痛い! さっき蹴られた箇所というのもあって余計に痛い!

 

「…………」

「なんで膨れっ面になってんだよ」

 

 膨れっ面になりたいのはアタシの方なんだよこんちくしょう。ていうかお前の膨れっ面カワイイな。男子に見せたら昇天ものだぞ。

 そうだ、たまにはミネラルウォーターでも買おう。いつもビールかお茶の二択だったしな。

 

「……今度はどこに行くの?」

 

 そんなクロの呟きをスルーし、ミネラルウォーターを買うために自動販売機を手当たり次第に調べていく。探してみるとないもんだなぁ。

 ……そういやこれ、一般的には親子か姉妹が仲良く歩き回っているように見えなくないぞ。

 そうこうしてるうちに一時間が経ち、諦めかけたところでクロが静かに声を出した。

 

「……あれがそうじゃない?」

「どれどれ……」

 

 彼女が指差す先には一台の自動販売機があった。まだ調べてないやつだ。それをよく見てみると、商品の一覧に探し求めていたミネラルウォーターが含まれていた。

 すぐさまミネラルウォーターを購入し、そばに置いてあったベンチに腰を掛ける。やっと買うことができたよ……まさか一時間も掛かるとは。

 クロもアタシの隣に座ると、いつの間にか購入していた栄養ドリンクを飲み始めた。ドッピングでもするつもりか?

 

「……一つ言いたいことがあるんだけど」

「内容次第だ」

 

 内容次第でお前の口を縫い合わせてやる。

 

「……地球に帰らないで」

 

 その言葉を聞いて一瞬理解が追いつかなかった。帰らないで? なぜ? どうして故郷に帰っちゃいけないんだ?

 驚きのあまり呆然としているうちに、静かな怒りが心の底から湧いてきた。とはいっても感情に任せて怒鳴り散らすほどのものではない。ほんの少しイラッとする程度のものだ。

 やっと言葉の意味を理解できたアタシは、一息ついてからゆっくりと口を開く。

 

「無理に決まってんだろ」

 

 今さら考えを改めるつもりはない。鳥だって帰巣本能で自分の巣に帰るんだぞ。人間が同じような感じで帰ってもなんの問題もないはずだ。

 言葉だけ聞くと自分勝手に思えるが、実際そうなのだろう。クロだってまだ子供だ。ワガママの一つや二つ言ったって不思議じゃない。

 アタシの返答にクロはやっぱりと言わんばかりに唇を噛みしめ、顔を俯かせた。わずかな望みでもあると思ったのだろうか?

 

「はぁ……そんなすぐに帰るわけじゃねえよ」

 

 重い雰囲気に耐えられず、どうにか和ませようとクロの頭を撫でる。

 せっかく朝っぱらから暴れて気分が有頂天だったというのにこの始末だ。次からこういう真面目な話も家に帰ってからさせよう。タイミングが悪すぎなんだよテメエ。

 

「…………もう一暴れするかぁ」

「……次はこの内出血を治せる薬を使わせてほしい。それかこの切り傷に塗る薬を――」

 

 なんかクロが軽いマッドサイエンティストになりつつあるんだが。

 今までジークやウェズリーに何度かビビったことはあるが、クロに対してガチでビビったのは今回が初めてかもしれない。

 ……まさかとは思うがこれもアタシの影響だったりする? 絶対にあり得ねえけど。

 

 

 

 




 ちょっと行き詰まったなぁ……これと次回しかネタが思いついてない。


《今回のNG》TAKE 5

「……鈴木が言うことを聞いてくれない」
「知らん奴の名前を出されても困る」

 それにしてもなぜ鈴木?



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