第81話「相談は前置き」
「おい、なんだこれは」
「そんなことはどうでもええ。脚の怪我が治ってなかったこと、なんで黙ってたんや?」
誰か教えてくれ。どうしてアタシは帰るなりジークに緊縛と正座をさせられているんだ。ヒモが食い込んでめちゃくちゃ痛いんだけど。
一度はクロに助けを求めてみたが、アイツは何を思ったのか今までにないほどスルーをかましやがった。これにはさすがのアタシもどっかのパンツみたいな反応をしてしまったよ。
さてと、まずはこの状況をなんとかしねえといい加減食い込んでいるヒモがヤバイ。あっちの動画みたいになるかと思ってたらひたすら痛いという結果だぜこんちくしょう。
「答えて」
「黙れ変態」
変態に言うことなど何もない。
「…………もう一回言うてみ」
「死ね変態」
「サッちゃんのドアホッ!!」
もう一度言えと言われたのでちょっぴりアレンジして言ってみたらビンタが飛んできた。少し頬がヒリヒリするな。
当然カチンときたアタシはジークを思いっきり睨みつけるが、らしくないほどお怒りっぽいジークはそんなことはお構い無しと言わんばかりに涙目でこう怒鳴ってきた。
「
その言葉に一瞬だけ動揺しかけるも、冷静になって今の状況を考えるとアホらしくなった。
ちゃんとした姿勢で話し合っているのならまだしも、緊縛された状態で真面目なことを言われても全然しっくりこない。
さすがに何様だと思ったアタシは身体に食い込んでいたヒモを力ずくで解き、未だ涙目のジークにアイアンクローをかました。
「あだぁ……っ!?」
「何を言うかと思えば――」
勝手に居候したのを皮切りに、風呂場で人の背中を切り裂く、飯は食い散らかす、ほぼ毎日添い寝してくる、貞操狙いでセクハラしてくる、人の家を破壊しようとする、挙げ句の果てには人を緊縛して正座させてビンタときた。
「今まで散々好き勝手してきたくせに……都合のいいときだけ保護者面してんじゃねえよ!!」
これで何度目だろうか、思い出したらまた腹が立ってきた。コイツが居候してからろくなことがない。しかも食料関連は居候してなかったときから酷い。ホント、よく一緒にいられたものだ。
「保護者やない、友達や……!!」
アイアンクローをかましている右手を両手でガシッと掴み、反抗的な態度で言い返すジーク。
へぇ……お前が真っ向から反抗するなんて珍しいな。けど――
「いつアタシがお前の友達になったよ……!?」
「あ、あんたをサッちゃんって呼び始めたときからや! あだだだだ……っ!」
「勝手に決めてんじゃねえよ!」
「決めるも何も決まってるんよ!」
「アタシは認めてねえ!」
「いい加減に認めたらどうや!?」
「お断りじゃボケ!」
「そのツンデレも大概にあだぁああああっ!!」
ジークの頭を掴む力を一気に強める。クソッタレが……いつもならこの辺で引っ込むくせになぜ今回はここまで出しゃばるんだ? ていうかマジで心配してるなら緊縛する必要がどこにあるんだボケぇ! テメエの趣味かあれは!?
このままだとキリがないと判断し、ジークをアイアンクローを掛けていた右手で投げ捨てた。
「おぶっ!? さ、サッちゃん?」
なんで解いた? という感じで声を掛けられるも聞き流し、自分の部屋に入って鍵を閉めた。
しかもさっきから右脚がズキズキと痛む。どうやら知らないうちに負担を掛けてしまっていたようだ。これじゃ治らねえな……
『サッちゃん開けて! まだ話は終わってへんし始まったばかりなんよ!』
「……………………チッ、アホらし」
扉越しにジークの声が聞こえる中、絞り出すように呟けた言葉はそれだけだった。
「――ってことがあったんよ」
「緊縛ってなんだ?」
サツキに負けた次の日。オレ達はどういうわけかジークに呼び出されていた。どうも昨日の夜、サツキと大喧嘩したらしいんだけど……。
つーか他に相談相手いなかったのかよ。なんでオレも含まれてるんだよ。負かされた相手に関する相談事とかめちゃくちゃ気まずいんだけど。
「えーっとな、とりあえず説教の仕方が間違ってると思うぞ、それ」
「そんなアホな!? 一昨日ちゃんとネットで調べたんよ! 説教の際は相手を緊縛する必要があるって掲示板にも書いてたし!」
なぜだろう。こいつの話を聞いてるとオレの中にある常識という定義が崩されつつあるのだが。
「そうね……」
「まずその掲示板自体が間違ってることに気づこうか」
ジークからの相談ということもあってか真剣に考えているのはヘンテコお嬢様、オレと同じ結論にたどり着いて単刀直入にそれを言ったのはミカ姉だ。二人とも年長者らしく振る舞ってはいるが、表情は完全に呆れたときのそれである。
ちなみに今回、ジークのセコンドであるエルスは呼ばれていない。ジークが言うには真面目だから呼ばなかったとのことだ。哀れエルス。
それならなぜオレは呼ばれたのだろうか。オレとしては今すぐ帰って練習したいんだけど。今回負けたからって終わるわけじゃない。インターミドルは来年もあるからな。次こそサツキやヘンテコお嬢様に勝って世界戦へ行ってやる。
「それでジーク。ヘンテコお嬢様やミカ姉はともかく、なんでオレまで呼んだんだよ?」
「あっ、そうやった。まだ本題に入ってへんかったわ」
「今のが本題じゃなかったのか!?」
てっきりその相談が本題かと思ってた。というか相談を前置きにするほどの本題ってなんだよ。
オレが聞こうとするよりも先に、ずっと考え込んでいたヘンテコお嬢様が口を開いた。
「本題って?」
「サッちゃんの弱みを握ろうと思うんよ」
この上なく最低だ。
「そんなの一人でやれよ……」
「今さら感が凄いけど、なぜかしら?」
さっきよりも呆れた顔になるミカ姉とヘンテコお嬢様。そんなことでオレ達を巻き込むなよ。ヘンテコお嬢様の問いに対し、ジークは試合のそれと同じレベルの真剣な表情になって一言。
「最近
「確かにそうだが……」
「言われてみれば……」
ジークの言葉に思わず納得する年長者二人。オレもそれには同意せざるを得ないが、やっぱり今さら感が凄いな。オレ達がサツキに振り回されるなんて今に始まったことじゃねーし。だからそこまで悔しくはない。ああそうさ、もう慣れっこだから全然悔しくなんかねーぞ!
……それにしても、あの温厚なジークからこんな提案を持ち掛けられるとは思わなかった。とりあえず確認はしておくか。
「理由は?」
「そろそろサッちゃんにも痛い目にあってもらおうと思ってるんよ」
オレがサツキから聞いた話だと、最近お前のせいで何度も痛い目にあっているそうだが?
なんでもかなりの頻度でセクハラされたり飯を食い荒らされたりしてるとか。そこまでやっといてまだ懲りないのかお前。
「てなわけで今度、サッちゃんについて調査しようと思うんよ。まだ謎もあるし」
「「乗った!」」
乗るな年長者二人。
「番長はどうなん?」
「却下。そんなことする暇があるなら練習する時間を増やした方がマシだ」
やっと呼ばれた理由がわかった。オレが一番サツキに近いからだ。クラスメイト的な意味で。
要は学校でのサツキがどんな感じなのか知りたかったのだろう。だからクラスメイトであるオレに白羽の矢が立った。なんて単純なんだ……。
「じゃあオレはこれで――」
「どこへ行くんや?」
帰ろうとしたらジークに肩を掴まれた。心なしか肩から骨が軋むような音も聞こえてくる。
「は、離せジーク。オレはこれから練習に行くんだ……っ!」
「離したいのは山々なんやけど、番長だけ綺麗なままなんてあかんと思うんよ」
「離す気ねーだろお前!? それならエルスはどうなるんだよ!? あいつも綺麗なままだぞ!」
「言うたやん。いいんちょは生真面目やから呼ばんかったって」
助けを求めようとミカ姉とヘンテコお嬢様へ視線を向けるも、ミカ姉は学院祭で見せた合掌を披露し、ヘンテコお嬢様は諦めろという感じで首を横に振りやがった。
しかし、このまま放っておくとオレの肩が無惨に砕け散ってしまう。仕方がねえ……!
「わ、わかった! オレも話に乗るからその手を放してくれ! 肩の骨が砕けちまう!」
「交渉成立や♪」
脅迫の間違いだろう。
「大丈夫か?」
「これが大丈夫に見えるか……?」
心配してくれたミカ姉には悪いが、あと一歩でも遅れていたらオレの肩骨は粉々になっていた。
げんなりとしているオレやミカ姉をよそに、ジークは満面の笑みを浮かべている。ヘンテコお嬢様も笑ってはいるが作り笑顔だ。あいつですら今のジークにはついていけないらしい。
「……あのさ、二人ともさっきまでノリノリだったじゃねーか」
「ノリノリではない。日頃の恨みからつい乗ってしまっただけだ」
「右に同じよ」
「キリッとした顔で言うな」
このあとジークも入れていつサツキについて調べるのか話し合ったが、無駄に溜まった疲れのせいでまったく集中できなかった。
……右肩を犠牲にしてでも断るべきだったかもしれない。
《今回のNG》TAKE 3
「番長はどうなん?」
「却下。そんなことする暇があるにゃら練習する時間を増やした方がマシだ…………あ」
「「「…………っ!!」」」
誰かこいつらの記憶を消してくれ。