ガーリーエアフォース PMCエースの機動   作:セルユニゾン

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作戦46 我儘の代償

乗用車が遅くも早くもない速度で小松の街を走る。ステアリングを握っているのはバレリーナの様な痩身を黒衣で包んだ女性だ。そして、助手席には少しくすんだ白の肌を持つ白人男性が座っている。2人のその表情は感情が読み取れない物で会話は無い。

 

フロントウィンドウには当たった雨と屋根から流れる水が合わさって、薄く広い滝の様に流れる。

ドアウィンドウにはこの悪天候を憂う様にしな垂れた街路樹が映っている。

 

乗用車は一軒の家の前に止まるとステアリングを握っていた女性はエンジンを切る事なく家の呼び鈴を鳴らし、男性もその横で待つ。

外は雨だが傘を差さずに家主が出て来るのを待っている為か女性の前下がりのボブからは直ぐに水滴が流れ始め、それを気にしていないのか濡れた眼鏡の奥で黒い瞳をまたたかせる。

男性も肌を伝って来る水を感じているが拭う様な事はせずにずっと待っている。その顔には何かの決意の様な物が車に乗っていた時とは違って漂わせている。

 

そして、玄関の扉が開けられると開けた少女が小さく悲鳴を上げる。その悲鳴を聞きつけたのか一瞬の間を置いて、女性が待っていた人物が廊下の奥に現れる。

 

「ラファール?」

「ムッシュ鳴谷」

 

どうして此処に居るんだという様に疑問に満ちた鳴谷の声とラファールのしわがれ声が雨の中に虚しく響く。

 

「電話が繋がらないので直接来た」

「何か……あったんですか?」

「ありましたよ」

「グレアムさん?」

 

ラファールと鳴谷の言葉の後にグレアムが口を開いた。

 

下手な受け答えをすればこの場で殺すとでも言いたげな目で告げる。

 

「ファントムと……バトラが墜ちました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

集中治療室(ICU)は奇妙な静寂で満ちている。と言えるのは窓の向こうで治療を受けている2人を見ている無関係者だけだ。

IUCの中では医療スタッフが矢継ぎ早に大声で指示を出し合っている。だが、治療に参加が出来ない無関係な人間には分厚いガラスで中の喧騒が遮られている為に無声映画を見ている様な感覚に襲われている。

 

ICUの中央に置かれた簡易ベットには人形の様に整った顔立ちの男女が1人づつ寝かされて薄手のシーツを掛けられている。手足に繋がれた幾つものチューブとコードと女性には赤い染みがついた包帯とガーゼが男性から取り出される金属光を放つ破片が抜けられて、抜けられた場所と破片に赤い液体が流れる光景が寝かされているのが生き物なのだと否応無く思い知らされる。

 

左にはRF-4EJ-ANM。独飛最強の権謀術数主義者にして空戦の女王はその長い睫毛をピタリと閉じて目元に幽かな影を落として、美しかったエメラルドグリーンの輝きは今は生気と共に失せている。

 

右にはアンタレス02。MS社の最高戦力の一翼を担う空戦の王者は白い髪とは正反対の黒い睫毛を閉じて目元に影を作り出し、右足の太腿からはガーゼからは赤い血がシーツに滴り落ちて赤く染めている。

 

詩苑と詩鞍は手摺を握り潰しかねない程に強く握り、ベルクトは窓の手前で祈る様に手を組んでいる。

 

「2人の容体は?」

 

ラファールが着くなりバーフォードに縋るような声で問う。

壁にもたれかかっていたバーフォードは壁から背中を離すと首を振る。

 

「ファントムはいつEGGが止まっても可笑しく無く、バトラもいつ死んでも不思議では無いらしい」

 

バーフォードの答えに慧がふらりと数歩下がる。

 

「なんで……こんな、事に……」

 

その言葉に詩鞍が涙目に怒りを滲ませて慧の襟首を掴んで叫ぶ。

 

「貴方が逃げたからよ! 貴方がグリペンに乗って戦ってくれれば! こんな事にはならなかった!」

 

詩苑とベルクトは詩鞍を慧から引き剥がすと詩鞍は納得がいかないと2人に怒鳴り散らすと詩苑のビンタが詩鞍の頬に放たれる。

 

パチンと心地良い音が響くと静寂が訪れる。

 

「私だって……私だって慧さんの事を憎んでいます! それは殺したい程に! でも、慧さんに怒鳴ろうと殺そうとお兄様が帰ってくる訳じゃないです!」

 

ベルクトは荒い息をする2人を抱き寄せる。その瞳からは大粒の涙が流れて床を濡らす。

 

「私の口から説明するわ」

 

遅れて入ってきた京香が撃墜される瞬間を辛そうな表情で慧に語り始める。

 

事の顛末の始めは管制装置をつけた状態でファントムがザイにドックファイトを挑んだ事が原因のエンジン損傷だった。

バトラはファントムのエスコートと護衛について戦域からの離脱をしようとしていると追撃をして来た新型のザイ3機を撃墜してから直ぐにレーダーが上空からパワーダイブを敢行する機体を見つける。

 

ロックオンをしても放つミサイルが無い状況ではガンで撃墜をするしか無いが機首向けが間に合わないと判断するとバレルロールをしながらファントムよりも上の高度を取り、ザイの砲撃からファントムを守る為に機体の腹を使って盾になった。だが、ザイの砲弾は貫通力に富んだ弾丸でバトラの機体の主翼を貫通した砲弾がファントムの機体の各所にも突き刺さってしまう。

 

<<バトラさん!>>

 

悲痛なファントムの声が通信機からバトラの耳に届く。

 

バトラは答える余力が無いのかファントムの前で水平飛行に移るが機体の各所から白煙や黒煙が細く出ており、機体も大小のふらつきが目立ち、いつ海面に吸い込まれても可笑しく無い。

 

<<だい……じょう、ぶ……>>

 

血を吐く様な音を通信機が拾い、それを聞いたファントムが悲痛な声で呼びかける。

バトラはファントムの声を聞きながら朦朧とする頭と視界で自身の状態を黙したまま確認する。

 

ザイの機関砲がコクピット付近に着弾した際に装甲の内側が剥離してパイロットに襲い掛かる。

 

身体に突き刺さる装甲キャノピーの内側の装甲。咄嗟に首を振った事で躱せた頭部へと迫っていた破片。

 

深刻なのは右足の太腿だ。一際大きな破片が突き刺さり、右足は太腿から流れ出た血により赤く染め上げられている。左足には被弾で吹き出した油圧系部品の油が噴水の様に吹き出して左足がその油を被る。しかも、細かな破片が上半身に命中していた事もあって血液量不足から身体を震え、朦朧とする意識と視界の中で必死に機体を水平にしていた。

 

バトラが死に掛けた声で現状報告をすると意識が乱れたファントムは更にバランスを悪くする。

 

「まずい!」

 

ラファールが素早く機体制御をダイレクトリンクで奪うと管制装置を投棄してバランスを整えさせて事無きで終えるが深刻なのはバトラの方だった。

遂にはふらつきが大きくなりもう直ぐハードポイントが海に触れると言う所まで下がる。

 

これにはベルクトがダイレクトリンクで操縦権を奪い、ハードポイントが水面に触れた瞬間に機首を上げられた事で墜落を免れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「元々はロシア機を相手にした時のダメージが癒えていない状況での出撃です。戦力不足なのだから多少の不具合で戦線離脱は出来ないしこの仕事が出来るのは自分だけだからと」

 

京香の後にグレアムが続けて語り始める。

 

「バトラはアンタレス隊唯一の第1期メンバーにして、ヴァラヒア事変、ゴールデンアクス事件を戦い抜いたアンタレス隊唯一の生き残り。その分だけ仲間を失った瞬間を見て来ました。護衛任務は苦手らしいですが、その姿勢はMS社でも1、2を争う物です」

 

グレアムが息を整えて慧に告げる。

 

「本当はこんな事を言いたく無いですし、大人として言って良い物では無いですが言わせて貰います。貴方の我儘で命の灯火が2つも消えようとしているんです」

 

暗に状況を打破したいならグリペンに乗って戦えとグレアムは告げていると慧は感じ取る。応対を間違えれば比喩でもなんでも無く殺される。

今の慧がしている選択肢が間違っていると此処に居る全員が、物言わず横たわるファントムとバトラの身体も告げている。

 

「俺は……乗りません」

 

だが、慧の考えは変わらない。

結果が一緒なのだ。それを慧は望まない。

結局は遅いか早いか。全てを流れに任せると告げた慧の顔に拳が叩き込まれて文字通り慧の身体が吹き飛ぶ。

 

殴った姿勢で残心を取るのはマイケルだ。

楽天家で豪快な彼が珍しく涙を流しながら怒っている。

 

「お前は! お前はどうして恵まれていると気付かない! 何も出来ない私よりも守りたい物を守れる力があるのに! 如何してそんな選択が出来るんですか! お前は大切な人が何も出来ない場所で死ぬのがどんな気持ちが想像も出来ないのか!」

 

再び殴ろうとするマイケルをバーフォードが力強く腕を掴んで止める。マイケルは腕の痛みで我に返り、弱々しく2人に謝る。

 

「いい。私1人で出る」

 

やがて、グリペンが無表情のまま告げるとその表情のまま慧の存在を必要無いと言い切り、ベルクトが戦闘力の事を問いただせば、自動操縦プログラムと併用すればギリギリではあるが必要最低限は確保できると断言する。

 

それは1人でも戦うという宣言。それは慧にとっては許せない言動だった。

慧は無理だと告げるがグリペンは今出来る最善をこなすのは当然だと告げて慧の言葉を一蹴する。

 

「わかったよ」

 

何か諦めたような声で慧が告げる。

 

「じゃあ、俺はもう小松の街を出て行く。限界まで離れてEGGロックの発動を早めてやる。そうすればお前は飛べなくなるだろ」

 

グリペンが息を飲む。それを見た慧が歪んだ笑みを向ける。

 

「EGGロックは距離と時間に比例して強くなるんだよな? つまりはいつもの調整と逆の手順を踏めば、あっという間に機能を停止させられる。戦闘どころか離陸させままならなくなるかもな」

 

グリペンの眉が震え、次いで急角度に吊り上がる。奥歯がぎりっと食いしばる音が嫌に響く。

 

「……慧が私の選択を気に入らない事も目指すべき場所が違うのもよくわかっている。でも」

 

初めてだろう強烈な怒気が瞳に宿る。

 

「邪魔するのはおかしい! 人の選択肢を潰すのは全然思いやりじゃない! ただのわがまま! 間違っている!」

「な」

 

固まる慧。

 

「慧の馬鹿! 石頭! 分からず屋!」

 

今までのグリペンからは予想出来ない剣幕に慧は怒りを増やした顔でつかみかかりかけた瞬間に鋭いサイレンの音が降り注ぎ、ICUの中も慌しくなる。

 

「例のザイか!」

 

バーフォードの言葉で全員が頷き合った。




と言うわけでファントムは蓄積したダメージによりEGGが停止、バトラはお約束というべきかコクピット被弾で負傷からの離脱です。

滑走路クラッシュも考えたけど、多分操縦を変わる機能があるなら変わるだろうからしないだろうと滑走路クラッシュは見送りました。

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