各機。準備と覚悟が出来次第円卓と最悪に突っ込め!
モンゴル科学技術大学の駐車場でバトラはベルクト・自衛隊メンバーとの合流を果たした。
駐車場での合流となったのはバトラ達は大学内に入らず、周辺警戒を行っていたからだ。
ベルクトから八代通が研究に没頭し始めた事とご飯を食べようという事になり、在モンゴル日本大使館書記官の朝倉と簡単な自己紹介を行い、MS社陸上戦力部隊は狙撃班や車両待機での護衛を残し、去って行った。
慧と朝倉が何か話している間にバトラは街並み……街の地形を覚える様に視界を張り巡らせる。
ここでは陸上からの襲撃が考えられ逃げ道や攻撃ルートを予め知っておくのが自衛する上で重要である。相手はここを庭の様に駆け巡るので、闇雲に走るのは時に悪手になるのをバトラは知っている。
そんなバトラに敵が現れる。
「これはまた、インド並みに無秩序だな」
前方に平然と信号無視をする車達を前にバトラはクラウチングスタートの体勢をとる。
そして、車の流れが途切れた瞬間に一気に走り抜けようと走り出す。
背後で慧とベルクトが絶叫を上げているが、気にせず走るバトラに猛スピードで突っ込むトラックが現れる。
バトラは慌てずにトラックと自身の速度を計算し、ぶつかる前に渡り切るのは無理と判断して、身体がトラックと水平になる様に地面を滑りながら横になり、トラックの下でトラックをやり過ごし、乗用車が突っ込むでくる前に身体を丸太が転がる様に回して向こう岸へと渡った。
「やってみろ」
「「「出来ませんよ!」」」「出来るか!」
朝倉・ファントム・ベルクト・慧の4人から突っ込みを受けるがバトラは車が走る道路を挟んで叫ぶ。
「どうしてやる前から諦めるんだよ! やれるかもしれないだろう! やる前からやれないなんて決めつけるなよ! もっと熱くなれよぉおおおおおおお!!」
この時の叫びは騒音がうるさすぎる車に遮られ、完全に聞き取れなかった対岸側のメンバーだが、体感温度が2度上がった事と背後に某元プロテニスプレイヤーにして炎の妖精が召喚されていたことから何を言ったかを感じ取れていた。
その後は朝倉の誘導の元無事に危なげなく渡り切った。
全くの余談だが、バトラはこの時かなりの汗をかいており、炎の妖精を召喚するには相当な体力や何かを使うのだろう。
炎の妖精を無意識に召喚してしまったバトラをスルーして朝倉の案内の元、目的であるモンゴル料理の店に着く。
しかし、店構えはロシア圏らしい角ばった作りだが、店内は汚くはないが小綺麗でもない。
「……朝倉さん。疑う訳ではないが大丈夫か?」
海外派遣を多く経験してきたバトラは当たりの店の条件を上手く見つけている。
当たりの店は少し値が張るが小綺麗以上の店内の店やチェーン店が当たり。少し冒険するが屋台ならお値段手頃で行ける。今回、朝倉が紹介した店は当たればでかいが外れはもっとでかい綺麗でも小綺麗でもない店だ。しかも、値段は観光地価格から少し低い位のお値段だ。
バトラは来て早々に博打は打ちたくはない為に朝倉に確認の為に視線を向ける。
「大丈夫です。ガイドブックにも載るお店ですし、私も食べましたが観光客向けの味付けです。比較的」
「「比較的って言いました? 今」」
「まぁ、地元民向けと比べると言う意味です。抵抗があるなら他のもご紹介します。中華とか和食とか。どうします?」
「……他の店は予想だが、10分は掛かるだろう?」
バトラの問いかけに朝倉は頷く。
「すまんが却下だ。軽戦闘機は航続距離が少ないんだ」
そう言った瞬間にグリペンの腹から少女に似つかわしくない程の音がなる。
「どんな腹の虫を飼ってるんだよ。まあ、外れだったらファストフード店逃げ込めばいい。外れは早々引かない筈だ」
「ぶっちゃけそうした方が安全かもしれませんが、らしさも味わうならこの店です。因みにファストフードレストランはここから20分ですよ」
バトラと朝倉の言葉に頷くベルクトと自衛隊メンバー。海外派遣が最も多いバトラの口から保険が示された為に店内に入る。
席は40席と一般的で円卓と円卓の間は衝立で仕切られ、壁には格子状の模様は刻まれ、天井には円形のオブジェクトとそのオブジェクトを中心に放射状に伸びる梁が何となく遊牧民のテントを連想させ、おしゃれだが小綺麗でも汚くもない店内の為にバトラの不安は晴れない。
耳に響く民族色豊かなBGMがモンゴルに来た事を再度、認識させる。
「朝倉が思う難易度低めのおすすめを幾つか頼む」
奥の席に着くなり、バトラが口を開き、全員が頷く。朝倉はメニューを開き、少し考えて3品を注文した。
暫くして料理が到着する。
小麦で作ったであろう生地のでかい揚げ物。
麺に油が固まっているのか少しテカっている料理で汁なし。
黄色と緑が混じった独特な色合いのスープに野菜と肉らしき物が入ったスープ。
この3品がトライアングルフォーメンションで置かれる。
バトラとベルクトは迷う事無く小麦の生地であろう物を上げた料理に手を伸ばす。
バトラが真っ先に伸ばした料理がこれだった為にベルクトは2番機を務める故に得た1番機と動きを合わせるという技術を使い、2番手でバトラと同じ料理を手に入れる。
慧も遅れて同じ物を手に取り、3人は同時に齧り付く。
「……何でしょう……焼き餃子の皮を厚くした感じの皮ですね」
「中身は肉で肉汁が多いな」
「案外、さっぱりとした味付けだな」
「ホーシュールと言うこちらのファストフードみたいなやつです。屋台などで手軽に買えますので日本人にも人気です。麺料理はツォイワン、スープはノゴートイシュル。要は焼きうどんと野菜スープですね。食感も見た目通りですね」
その話を聞きながら慧が野菜スープへと手を伸ばすが寸前の所でファントムが連れ立っての食事に置いて、とある1品で腹の空き具合を多く占めてしまうが他人にその料理を渡さないというある種dr最強の一手である『KAKAEKOMI』を発動し、慧からノゴートイシュルを手に入れる。
「おい」
「はい?」
だが、その程度で引っ込む慧ではない。『KAKAEKOMI』を発動したファントムに話術によるノゴートイシュル解放の交渉を即座に決断する。
「中身がわかった瞬間、食べ始めるのってズルく無いか? 俺は一応、1品は挑戦してみたぞ」
「バトラさんが真っ先に手を伸ばした料理で且つ、3番手ではそれ程のリスクを被ったとは言い難い気がするのですが?」
ファントムの反撃に交渉材料が無くなったのか引き下がり、別の物を手に取ろうとしたが、ホーシュールは既に無くなり、ツォイワンも最後の1口がグリペンの胃に撃墜される所だった。
「……次行きましょう」
慧の玉砕交渉が3分にも満たない時間とは言え、料理を全員が目を離した瞬間には全ての料理がグリペンが食べるという怪奇現象染みた光景に朝倉は考えるのを止めて、新しい料理を頼む。
シュウマイや小籠包に似た料理のポーズや肉入りのシチューと言って良いであろうバンタンやボダータイ・ホラーガという肉入りの炒め飯などが並べられる。
朝倉が気を気を効かせたのか大盛りだったが、その内の6割は有翼獅子に飲み込まれ、残りの4割を亡霊・犬鷲・青蠍・民間人が均等に分けるという配分が出来上がる。
だが、食している者達がそんな有翼獅子優勢の状況を黙って見過ごしている訳では無い。ここにいる全員がパイロット。つまりは何方が強いかを決める瞬間に多く立ち会う人種。つまり、無意識の内に対抗心が出て来る物で有る。
全員の無言の圧力が円卓の上空で空中戦を演じ、掴む食器が
全ての
全員が片手で静止ながら置かれた皿から店員の手が離れると同時に食器というミサイルが
「う」「ん……」「え……」「お」
慧・ファントム・ベルクト・バトラが1秒の何万分の1秒という時間差で出現した
出てきたのは肉塊。それだけならモンゴルの食文化は肉塊を好むというのを食べて来て分かってきた4人には問題は無い。
だが、その肉塊が問題だった。
ココナッツを思わせる球体が4つ。それだけならまだいい。だが、そこに黒く変色した皮らしき物に骨としか言えない白い部分や球体の先端には形はかなり残した状態の草食動物の様な鼻と口と思しき部分が有った。
「ヤギの……頭……モンゴルだから、塩茹でに……しただけだな。塩茹でのヤギの頭だ」
「名物ですよ」
バトラが何かを言い当て、朝倉が補足する。
「朝倉さんありがとう。ベルクト、海外派遣の醍醐味である名物を食すだ。今回初めてのお前の1番手という名誉をやろう」
「食べていいぞファントム」
バトラと慧が同時にアニマ2人に降る。
「ヤギの頭は勘弁して下さい。それなら2番機は私ですから1番機のバトラさんからどうぞ」
「いえいえ、慧さんこそお腹が空いてるんじゃ無いんですか。どうぞ、召し上がって下さい。名物というお話ですし」
ベルクトもファントムも同時に当たり障りなく勧める。
「陸上では平等だ。教官に階級が低い者に譲るのも部下達から信頼を得る上官の行いらしいしからな。その教えを実行するだけさ」
「いや、悪いよ。俺は別の料理で我慢するからさ。お前は遠慮すんなって、バトラも海外派遣の醍醐味だって言ってるんだしさ」
「その心遣いだけで胸が一杯です。感謝の気持ちも込めて是非、慧さんに名物一番槍の名誉と共に進呈させて下さい」
「私もバトラさんには信頼と感謝で胸が一杯ですから、海外派遣の醍醐味を私よりも速く味わって下さい。なので、これを贈呈しますね」
不毛過ぎる押し付け合い。もし、これがあるパイロットが見かければこう言うだろう。
『ジャン・ルイとPJの死亡フラグでどっちがやばい死亡フラグか言い争う位に不毛な争い』だと。
その不毛過ぎる押し付け合いの横から白く細い腕がヤギの頭を1つ掴むと無表情のまま、一切の抵抗無く白骨遺体へと変貌させて行く。
「「「「…………………」」」」
バトラ・ベルクト・ファントム・慧がグリペンを畏敬の視線を送る。送られたグリペンは何かを可笑しな物でもあったのか疑問に思い質問するが、慧が答えた事に理解出来ないと可愛く小首を傾げた後に残りの頭も白骨化して行く。
「多分だが、このメンバーでサバイバルしたら、1番生き残るのはグリペンだな」
その言葉にファントム・慧・ベルクトが頷く。
その光景に朝倉がくつくつと声を押し殺した笑いを浮かべる。
視線を受けていると気付いた朝倉は片手を上げながら『失礼』と謝る。
「まさか、こんなにも人間らしいやり取りを見せて貰えるとは思って無かった所為か、余りにも面白くて。いやはや、アニマと言うものについて少し認識を改めた方が良さそうですね」
「やはり、ロボットの様な心が無い、希薄な物を?」
「そうですね。技本が秘密主義何もありますが、『制御ユニットを女の子にした』これだけ聞けば、《一体、何を言っているんだ?』と思いますよね。実際、さっきまでは得体の知れない物としてみてましたから」
朝倉の言葉を聞きながら茶を啜っていたバトラが茶を置いて、語りだす。
「まあ、俺も実物を見るまでは同じ感情が有った様な覚えはありますよ。真っ当な感性ですね。私は彼女らを見て、俺たちと同じ出生や背後、過去に何か有るパイロットなのだと思うとアニマだどうだなんて関係無くなって、今じゃ俺たちと同じパイロットなのだと心から思って接してますよ」
ベルクトを横目に見ながら語るバトラにベルクトは恥ずかしげに手を足で挟み、身を縮める。
「そうですね。虫の居所が悪かったら喧嘩するし、お互いに譲れない所では意見がぶつかり合う。でも、それって人間にもある事でしょう?」
朝倉とバトラに目を向けながら話す慧にバトラは頷くだけで、朝倉は『確かに』と相槌を打つ。
「だから、俺もバトラと同じで同じ部隊の仲間として、接する。変な遠慮は無しだけでも、気を遣う部分は気を遣う。当たり前の所を当たり前にやろうって」
『な?』と同意を求めるとファントムは冷ややかな目線を慧に送る。
「気を遣って頂けましたっけ?」
「え?」
慧の呆気に取られた表情を見て顔を綻ばせていた朝倉が真剣な顔になって話す。
「普通の女の子が普通のメンタリティを持っているのとすれば、よく恐怖に押しつぶされ無い物ですね。貴方方も含めてですが。僕なら幾ら凄い戦闘機に乗っていようとあんな大量の敵とやり合いたく無いですが。1対10とか1対20の空戦になったりするんですよね?」
「まあな。だが、俺としては1対10や20よりかは手練れとの1対1と言った少数精鋭の方が怖いがな」
「え? そうなのか?」
「慧。お前俺が怖いもの知らずとでも思ったのか? 俺だって怖い物は有る。それどころか怖いモノが無いと言う事の方がパイロットとして不味い」
バトラの言葉にベルクトと慧が呆気に取られる。
バトラは茶で喉を潤してから語り始める。
「怖い。つまり、恐怖という感情は時に己の命を助ける助けになる。自分よりも遥かに強い相手だと悪寒や悪感を感じるだろう? 怖い物知らずという奴はそれが無くなる。いい事だという奴も居るが俺の場合は引き際見極めたり、逃げるという生存戦略を使えなくさせる物だと考えている。強い奴というのはその恐怖を我が物として完全に制御下に置ける奴や恐怖を感じながらも闘志にその恐怖を変えても尚、その恐怖を忘れない奴の事を言うのかもな」
その言葉にベルクトが口を開いた。
「じゃあ、バトラさんはどっちですか?」
バトラは手をベルクトに向けながら語る。
「強い人間は3つに分けられる。恐怖を我が物にできる奴、恐怖と闘える奴、恐怖を忘れない奴。この3つだ。逆に弱い奴も3つに分けられる。恐怖に怯え続ける奴、恐怖を前に何も動けない奴、恐怖を忘れられる奴だ。俺も弱い奴の3つ目だ」
「どうしてそれが弱い人に区切られるんですか?」
「恐怖を忘れる。それはつまり、恐怖から感じられなくする事と同意だ。言っただろ? 恐怖を制御出来る奴が強いと感じ無くなれば制御も出来ない。だから、弱い。だから……死ぬんだ」
その言葉にベルクトは心配そうな視線をバトラに送るが、バトラは笑いながら話す。
「まあ、ロシア軍も前の紛争でエースを多く失っているし、アニマとドーターが来ない限り大丈夫じゃないかな? ザイは手練れでも5機までは全然、対応できるし、大軍なら、『アレ』でベルクトとファントムが如何にかしてくれるだろうし」
「あ!」
「あ、あれですか?」
ベルクトが何かを思い出した様に、ファントムは丁度良いタイミングを見つけたばかりに話し始める。
「パラレル・マインズなら持ってきてませんよ」
「パラレル・マインズは今回、非搭載なんです」
「マジかよ」
慧が頭を抱えている間に慧にしか聞こえない音量で何かを言って慧が言い訳を始めた時にベルクトが補足を入れる。
「試作品の段階で全開運用した所為で現在は
「カーミラの装備があればな〜〜。まあ、無い物ねだりしても意味が無い」
「それに、あれ使うとまた見られるじゃ無いですか」
小さく紡がれたベルクトの言葉にバトラが頭を捻る。
「は? また? 一体、なんだ……よ……」
文句を紡ごうとするバトラだが、何を言っているのか途中で理解してしまった。
それを思い出したバトラは初心な少年の様に顔を赤くする。
「待って! あれは助けようとした時の事故だぞ! やりたくてやった訳じゃない事をお前も知ってるだろ!」
「でも、見た事に変わりは無いじゃないですか?」
「ないな」
「開き直らないで下さい」
無言の圧力を掛けられるバトラだが、ベルクトの方から口を開かれ、圧力は消える。
「謝ってくれましたから、それ程、気にしてませんが、カーミラの武装ってなんですか?」
「ああ、カーミラって奴は俺のスプイリの同型機のバリエーションの1つで3号機の事なんだが、UAVの同時操作能力が有る機体だな。簡単に言うならば、スライスを自前で用意して、全部を自分1人で制御するパラレル・マインズ。より簡単に言うならパラレル・マインズの劣化版だな」
説明を終えた瞬間に朝倉が電話が来ている事を店員から聞き、立ち上がる。
慧は置いていかないでくれという様な顔をするが、止める訳にも行かない為かそのまま朝倉を見送る。
慧が深呼吸をして、ファントムからの抗議を受け入れる覚悟をした瞬間にバトラの首筋を大型の蜘蛛が這う様なハッキリとした不快感を味わうのと慧が冷気を感じ、首筋に匕首を突き付けられた感覚を味わうのはほぼ同時だった。
慧が肩越しに振り返り、硬直する。
テーブル脇にクロームオレンジ・アクアマリン・フレンチベージュに髪を輝かせる3人の少女が冷ややかな目付きで此方を見下ろしていた。
言ったでしょう。
円卓(食卓的な意味)で空戦(ただし、食器類と圧力)するって。嘘は言って無いです。
ロシア娘も出しました。最後に少しですけどね。これも嘘は言ってないですよ。
だから、ロックオンするのだけはやめて下さい。