作戦20 イヌワシの記憶を開始する。各機、空域に突っ込め!
バトラの前を担架に乗せられたベルクトが通り過ぎて行く。
バトラはその光景を見慣れた事の様に見ていた。
「ん?」
バトラの視界の先で慧とファントムが話し合っていた。
バトラは近付こうと歩みだした瞬間に慧が技本の執務棟へと走って行き、ファントムが後を追う様に走る。
「何があった……!?」
何度も命の危機に瀕する時に味わった後ろの首筋を蜘蛛が這う様な感覚。
バトラは直感を信じて、執務棟へと走った。
(嫌な予感がする……)
今、ここで行かなければ後悔する。
バトラには直感でわかっていた。
執務棟に行ったが良いが、八代通も慧も席を外していて、ここだと言われた場所に赴くが、入って良い理由の様な物が浮かばない俺は扉を音も無く開けて、会話を盗み聞きする。
内容は八代通が何かのメリットと必然性がどうとか言っている。
着くのが遅かった所為で何の事なのかさっぱり、わからない。
「ん? どうしたグリペン、覗く様にして」
「慧を探していた。技本の人に聞いたらここだって。後、私だけじゃ無くてバトラも居る」
「いつの間にいたし!?」
グリペンの登場に気付かない位に集中していた様だった。
その後も慧と八代通で会話するが前がわからない分だけ置き去りを喰らっている。
そして、慧が八代通だからこそ頼めると言うが、八代通も好きでベルクトを廃棄する訳じゃ無いと言っている。
……ん?
「「廃棄?」」
グリペンの言葉と被ったが、気にするのはそこじゃ無い。
八代通が溜め息を吐いた。
「お人好しが集まると収集がつかなくなる、良い見本ですね。何故、こんなにもややこしくしてしまうのでしょう」
「何でって、ベルクトは立派とは言えないが、それなりの戦力にはなっていると思っている。それを捨てる理由がわからないんだが?」
いや、俺の場合は感情論も入っている。だが、戦力ダウンも事実。
ファントムの言葉に俺が質問するとファントムがあるデータを見せてきた。
「……何だこれは?」
「ハァーー。これはスクランブルのデータです。小松に集中し過ぎています。ここ1週間では22回ですよ」
「ヴァラヒア全盛期ではスクランブル対応は週に30回あったぞ。戦争中なら普通より少し少ない数値だ」
「それは比べる相手が異常なだけです」
「今回の戦争はドンパチしている相手が異常だろうが!」
ファントムと睨み合うがグリペンの言葉で終わりを告げた。
「ベルクトの記憶を回復させる方法は存在する。私と慧、もしくはベルクトと脳波パターンが似ているバトラなら可能」
「「どうすればいい」」
八代通と同時に詰め寄っていた。
ベルクトの記憶が今回の鍵なのは察しがつく。そこに俺が関係できるなら何でもやってやる。
「短時間でも良いから、ベルクトのEGG同期に私達かバトラを加えればいい。プロテクトは外側にしか効果を発揮しないから、内側からのアクセスには効果がない」
「根拠は」
「根拠」
グリペンが言葉を考えようとするが、俺が遮る。
「根拠なんてどうでもいい! それはやったら、成功するんだな?」
「する」
「やるぞ! 時間が無いんだろう?」
八代通に聞けば、珍しく狼狽している。
「だが、どっちが「俺がやる」……即答か」
「仲間が根拠も無く成功すると言った。それを成功させるのがエースの仕事だ。違うか?」
「いけるのか?」
最後の確認の様に八代通が訊く。
「やるよ。奇跡を起こすのがエースだ」
片眉が歪に持ち上がる。眼鏡の奥の瞳が鈍く輝く。
「いいだろう、バトラ、付き合ってやる。共にパンドラの箱を開こうではないか。何が出てきても後悔するなよ」
白い部屋の脇にさらに白い少女が居る。
周りよりも白い所為か、溶け込まずにぼんやりと浮き上がっている様だ。
「ベルクト」
白い少女の正面に身体を動かして、語りかける。
衛生棟から運ばれた故か車椅子に座り、包帯を巻いている。
包帯が赤くないから止まっているようだ。
「バトラさん……あまり余裕がないんですよね? 私の生存が許される時間が」
何かを悟った様な顔で告げるベルクト。
「奇跡でも、起きないとな。だが、奇跡は起こす。俺もエースだ。エースの条件に奇跡を起こすっていうのがあるんだ。必ず、起こす。起こさなきゃならない」
「バトラさん……」
「俺は……健気で素直で働き者で、仲間の為なら自分を厭わない。けど、戦う事に恐怖心がある。そんな、ベルクトっていう仲間の姿しか知らないんだよ。でも、仲間だからこそ救いたいんだ……」
目を閉じて、あの時の戦争を思い出す。
そして、目を開けてベルクトのルビーの様な瞳を見つめる。
「敵という人間を殺しても、俺は笑って、喜んで、人殺しを胸を張って自慢もした。戦争という狂気の中で正気が薄れていって、戦争の狂気に飲まれる事が俺の正気になっていた」
拳を握り閉まる。
「狂気に飲まれるのが楽しく感じる様になった。人間のままで居られなかった弱い化物になった。だけど……」
思い出したのは仲間は失いたくないって言う痩せ細った人間の心がまだ、あった……その心の自己満足の為にお前の記憶を覗こうとしている。いいか?」
「構いません」
ベルクトが俺を真っ直ぐに見つめ返す。
「私も自分の正体を知りたいと思っていました。たとえどういう結果が出るにしろ、私はそれを受け入れます。後悔はしません。ただ」
「なんだ?」
「もし私が人間の敵だったら、バトラさんはどうしますか? MS社や自衛隊という組織がでどう動くかでは無く、あなた個人がです」
その質問に薄っすらと笑ってしまう。
「お前は人間の敵な訳がないと信じているが、もし敵だったら、お前はどうされたい?」
「……星空の中で殺して下さい。1人の……戦闘機パイロット……として……」
「わかった。時間がないんだ、始めよう」
「はい」
私物を預けて、ベットに無造作に横たわると電極などが取り付けられて行く。
八代通が何かを言っているが良く聞き取れなかった。
「バトラさん。
1人の研究員の言葉を最後に意識が暗転した。
目を覚ますと視界を白く濁った何かが覆っていた。
「うお!」
手で払い退けて、同時にブレイクダンスの要領で回ってから立ち上がる。
(何しきたんだここへは……)
靄がかかった様にはっきりと思い出せず、頭を強めに叩くと思い出した。
「ベルクトの記憶をブロックするプロテクトの解除だ……何処だここは?」
白く濁った物は霧だと直ぐにわかった。異様に濃い霧だ。
腰からDA45Cリボルバーを抜き取る。
何かが動いた気配がして、素早く銃口を向けるが視界に入ったのは豪奢な木馬が目立つメリーゴーランドだ。
「何処かで、見た光景だな……」
何処か最近で見た光景に近いと思いながら、銃を構えつつレンガ造りの道をゆっくりと歩き出す。
こんな霧の中だ狙撃はサーモが無ければ難しいが、訓練された兵士がいればその限りではないだろう。
「看板……キリル文字か……」
茶色い立て看板に白いキリル文字が書かれている。
「マクシム・ゴーリキー記念文化と休息の記念公園……思い出した」
取引の受け渡し期間中は暇だったから近場の観光をしたんだ。
その時に何気無く訪れた場所。
「そして、ベルクトを始めてみた場所だな」
そんなことはどうでもいいから、プロテクトを解除してしまおう。
何かヒントがあるかも、探してみよう。
と思って10分程、探してみたけども何も見つからない。
遊具や池と言った物しか見つからず、不自然な物や不思議な物などありゃしない。
「どうしたものか……」
そう思って視線を上げて、歩き出したら、あるものが見えた。
「スペースシャトル……あれってアメリカのじゃ無かったか?」
とりあえず、何かがありそうだと思った俺は近付こうとした瞬間に『興味があるのかな』と呼びかけられ、咄嗟に銃口を向けた。
「誰だ!」
「その物騒な物を下ろしてくれるかな? 別に敵じゃない」
トレンチコート姿の白人男性が手を上げていた。青年の様な顔付きで銃口を見ているのに柔和な目を細めるだけだ。
「敵かどうかは俺が決める。敵じゃないと納得させてみせろ」
銃を両手で持ちながら告げるとトレンチコートの男が手を上げたまま話す。
「困ったな……僕には君を納得させられる材料がない」
困ったと笑う男に目を細める。
「ここの何処に何があるか把握しているか?」
「それは勿論だ。ここは僕にとっても庭の様な物だしね」
「記憶の回復を阻害しているプロテクトを解除できる場所を教えてくれ」
その言葉にまたもや困った言って笑う。
「それは、僕にはできないしできる人や物もないだろう」
「じゃあ、敵だな」
銃を構え直して、頭に銃口を向ける。
「それも、困る。というよりかは僕は人間の残滓に過ぎない。外からの働きかけで行動が変わるなどありえない」
「じゃあ、邪魔者だな。消えて貰おうか」
再び、銃口を頭部へ移動させる。
「話を聞くという思考回路が無いのかい?」
「時間があればな。だが、今は無い。ベルクトが生きるか死ぬかの瀬戸際だ。お前の訳のわからない言動に付き合う余裕もつもりもないのでな」
その言葉に慌てだしたトレンチコートの男。
「どういう事だ? 日本人は記憶喪失というだけで人を犯罪者扱いするのか? 死刑台に送るのか」
その言葉の後に説明した。
その説明を聞くたびに『ありえない』と言いながら何かを考える素振りをする。
そして、空を仰ぎ見ながら『馬鹿な』と呟く。
「そんな筈はない……あり得ない……」
「あり得ないなんて事はあり得ません。それが実際に起きた以上はあり得る事態なんです。さっきも説明した通り、情報が欲しい。その情報はベルクトの記憶にしかない状況です。手段を選んでいる暇もありません」
沈黙と霧だけが空間を支配する。
トレンチコートの男の表情は霧と伏せられていて、確認ができない。
「何故、そこまでベルクトに肩入れするんだ。他国のアニマだろう。命を懸けてまで助ける義理はない筈だ。ロクな戦力にもなっていないのだろう」
「ロクな戦力……当たり前です。新兵の頃からエース級の働きをされたら、俺たちエースやベテランが立つ瀬がないじゃないですか。それにMS社の軍人なら仲間を見捨てませんよ。それに……ベルクトとの約束を果たしていない」
その言葉に1歩ずつゆっくりと近づく。
「君は彼女に居場所を作ってあげられるのか」
「多少の無茶を通せる武力と発言力はあります」
「彼女は災厄なんかじゃない。ただ、与えられた役割が異常だっただけだ。僕はそれをなんとか変えようとした。待ち受ける破滅に抗おうとした。だけど、上手く行かなかった。もし君達が彼女に救いを与えられるのなら、まだ見ぬ世界を示してあげられるのなら……」
そこから先を言おうとして、苦笑する。
「おかしいな。記憶の中の存在がオリジナルの方針を覆すなんて。映画の登場人物が予定外の台詞を喋り出すようなものだ」
その言葉に俺も笑顔で答えた。
「監督通りに動く役者は3流、良いアドリブ入れだして2流、監督に物申す様になって1流の役者らしい。あんたは1流の役者だよ。それに、ベルクトを本当の意味で助けてくれる人が現れるのもあんたの願いじゃないかな?」
「君の様な人にベルクトが会えて良かった。安心してここから立ち去れるよ。ありがとう、名も知らぬパイロットよ。君とベルクトの武運長久を祈っているよ」
男が言うと霧が晴れて行き、朝焼けの気持ちの良い朝日が霧を突き抜けて、どんどん強くなって行く。
堪らず、視界を手で隠す様にする俺に男が告げる。
「『彼女』に伝えてくれ。僕は何1つ後悔して居なかった。君といた時間は黄金の様に光り輝いていたのと。だから自分を責めずに、これからは自分の為だけに歩んで欲しいと。そう伝えてくれ」
あちら側で待っているから
優しげな声と共に男の影が光に溶け込む様に消えて行く。
必ず、伝えます
そう言うと徐々に視界の全てが光に飲まれて消えていく。
男の顔が少し笑った様に見えた……
目を開けると白い天井が視界一杯に映り込む。さっきまで、野外にいた筈なのだが……
「白い天井? ……そうか……ベルクトのプロテクト解除……」
思い出した。ベルクトの廃棄をなんとかする為にベルクトとEGG調整をしたんだったな。
何があった……男に会って、会話した。何をしたのかはたった一部としか思えない程のことしか覚えていない。
『彼女』とはベルクトの事だろう……そして、あの男はベルクトの隣を歩いていたあの男に違いない……
「随分と遅いお目覚めだな。色々、大変な事になってるぞ」
その言葉で俯き気味だった顔を上げると、大急ぎで走り回る白衣の男達。
「相当な緊急事態か?」
「ああ、ベルクトの記憶が戻った。そして今のことのあらましを確認したところだ。全く、とんでもない話だぞ。ロシア人共は頭がイカれてるとしか思えん」
「イワンが考える事だ。紅茶足りてない紳士よりかはマシだ」
「今回は、紅茶足りてない紳士の方がマシだぞ。MS社のメンバー全員も読んだ。全員でどんな状況に俺たちが置かれているのか共有しておくぞ」
俺は即座に動き出した。
ベットから滑り降りる様に降りて、立ち上がる。
俺の勘はかなりやばい状況だと警鐘を鳴らす。
「腰抜かすぞ」
八代通が嘲笑う様に言った。
さぁ、次回は面倒だぜ。コンチクショウ!
友人からの指摘で書き直しだよ!
プランD 所謂、ピンチです。