ぼっち in アインクラッド   作:稀代の凡人

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だんだんと遅れていく更新……。



第7話

そして、次の日の正午。

俺たちは迷宮区に最も近い町トールバーナの広場に集まっていた。

 

少し離れたところにアスナを見つけ、ハルさんが手招きして呼び寄せる。

 

「……46人、か」

 

「欲を言えばあと2人欲しかったな」

 

「ああ」

 

俺とキリトの会話にアスナが首をひねる。

 

「多い方がいいのは分かるけど、あと2人?」

 

「一つのパーティは最大人数6人だ。これは知ってる?」

 

頷くアスナを見て、キリトは言葉を続ける。

 

「それで、パーティ8つでレイドっていうのが組めるんだ。レイドを組むとシステム的にも色々恩恵があるから、ボス戦では必須かな。理想はレイドを二つ組んで交代で攻撃することなんだけどそれは無理そうだから、せめて1レイドの上限人数ぐらいは欲しかったなってこと」

 

腑に落ちたようで、納得したように頷くアスナ。

 

「……それにしても、少ないよな」

 

「ああ。1レイドは間違いなく埋まると思ってたんだが」

 

1000人しかいなかったβの時ですら2レイド組むのに選抜しなければならないほど人が集まったのだ。

幾ら何でも少なすぎるんじゃないか?

 

俺たちはそう思っていたのだか、2人は違う意見だったらしい。

 

「そうかな?結構集まった方だと思うけど」

 

「私も、もっと少ないと思ってたわ」

 

2人が言うには、βテストを経験していない正式サービス組がこの状況で前線へ赴くのはすごい勇気がいることらしい。

アスナが始まりの街を出た時点でもまだかなりの人数が街から出ることが出来ていなかったという。

 

確かに、今の環境はいきなりサバンナに放り込まれて武器を渡されて「それじゃあ頑張って」とでも言われているようなものだ。

安全地帯から出たくない人も多いことだろう。

 

そこに先日アルゴから聞いたβテスターと思しきプレイヤーの死者の数を合わせて考えると、この結果も頷ける。

アルゴから聞いたβテスターの死者の数は、概算で250人。

 

俺が正式サービスが始まってから最初にアルゴに会った時にβ版とは違う可能性について示唆しておいたのだが、それでもこの数だ。

 

その理由は、βテスターの過信だった。

そもそもこんな状況で攻略に乗り出そうとするβテスターは、皆自分の持つ情報に自信があった奴だ。

 

ならば情報屋であるアルゴと繋がる必要は無い。

アドバンテージを持っているうちにとスタートダッシュを急ぐ奴らは、アルゴを探す手間すら惜しんだのだろう。

そうして連絡を取る前に死んだのだ。

 

更に、死んではいなくても情報の差異に気が付いて自分が支えにしているものが頼れないことを知り、引きこもってしまったプレイヤーもそれなりにいることだろう。

 

それらが重なり合った結果が、この人数というわけか。

 

そんなことを考えていると、広場にあるステージの近くで談笑していた一人のプレイヤーが、壇上に上がる。

 

「それじゃあ、そろそろ始めます!」

 

武器はオーソドックスな盾持ち片手直剣。

顔は爽やかイケメン系だった。

驚くことに、髪を青く染めている。

髪を染めるアイテムは決して手が届かないほど高価ではないが、それでもその負担は所持金の少ない序盤では負担になるはずだ。

 

ただ単にアホなのか、それとも何か理由があるのか。

まあアホではなさそうだから、後者だろうな。

 

「皆さん、今日は集まってもらってありがとうございます!俺はディアベル。職業は、気分的に騎士(ナイト)やってます」

 

ディアベルの言葉に、主に彼の取り巻きから笑いが起こる。

しかし、驚いたことに関係の無さそうなプレイヤーも大抵は笑っている。

流石はイケメンだな。

俺がやっても場の空気は悪くしかならねえぞおい。

 

因みに俺の周りはというと、キリトが苦笑いするのみでアスナとハルさんは無言だった。

 

「今日皆に集まってもらったのは、他でもなくボスを攻略するためだ。実は昨日、俺たちはボス部屋のある最上階へと続く階段を発見した」

 

あちこちから感嘆の声が上がる。

まあ数日前にその一つ手前に辿り着いたと言っていたそうだから、そんなものだろうか。

俺たちがアルゴから聞いたのは昨日だが、それより前に依頼はしておいただろうし。

 

「近いうちにボスの討伐隊が組まれることになる。皆で力を合わせてボス討伐に挑めるように、今日はその為の顔合わせをしようと思ったんだけど――」

 

「――ちょっと待ってくれへんか、ディアベルはん!」

 

ディアベルの声に割って入ってきたのは、サボテン頭の小男だった。

おいおい、正式に選出したわけでは無いとはいえ一応あいつはリーダーって体でいるんだぜ?

そのリーダーの言葉を遮って突然出てくるとか、どんな礼儀知らずだよ。

 

流石にディアベルも困惑しているようだ。

 

「君は……?」

 

「わいはキバオウっちゅうもんや。早速やけど、こん中にわいら正式サービス組に詫びを入れなきゃいかん奴がおるはずや!」

 

……こいつが言っているのは、俺たちのことか。

 

「キバオウさん、だったかな?君が言っているのは、βテスターのことかい?」

 

「勿論や!βテスターの奴らが美味い狩場や情報を独り占めにしたせいで、他のプレイヤーがぎょーさん死んだんや!そん中には他のゲームで頭張っとった奴もおる。本来ならここにはもっと多くのプレイヤーが、いやもしかしたらもう第1層は突破してたかもしれん!そんな奴らを見殺しにしたβテスターには、頭下げて溜め込んだアイテムやらコルやらをこん討伐の為に吐き出して貰わな、わいはそいつらの命は預かれんし預けられん!」

 

キバオウの主張に、一部のプレイヤーは同調して合いの手を打つ。

 

しかし、こいつは何がしたいんだろうな。

そもそもこんな言い方でβテスターが自己申告するんだと思っているとしたらおめでたいにもほどがある。

 

それに、これから俺たちは自分たちの命を懸けてボスを討伐しなきゃいけない。

その為には出来るだけプレイヤー同士の結束を固めなければいけないというのに、間違いなくこれで亀裂が入った。

 

いや、βテスター憎しとする他のプレイヤーの言い分も分からんでもない。

確かに彼らからすればその言い分は正しいんだろうし、事実間違っていない部分もある。

 

だが、ここでそれを言って何になるのか。

これでそうは思っていなかったプレイヤーもβテスターに少なからず敵意を持つようになるし、逆にβテスターも後ろから刺されないか疑心暗鬼のまま戦うことを余儀なくされる。

 

隣では、キリトが拳をギュッと握って震えている。

おそらく薄れていた罪悪感が今強烈な重しとなってこいつの心にのしかかっているのだろう。

こいつは優しいからな。

 

俺はというと、まあ全く悪くないとは言わないが、ある程度仕方のない面もあるのではないかと思っている。

 

ネットゲームは限られたリソースの奪い合いだ。

もし仮にβテスターが最初から情報を公開して全員でそれを共有する体制をとったとする。

初めのうちはいいだろう。

だが、今行けるフィールドは限られている。

自然、リソースは枯渇して中途半端なレベルのプレイヤーが大量に現れることになる。

当然、その中でボス討伐に必要なレベルまで上げるのは大変だし、何より時間がかかる。

おそらくこの時期ですらまだほとんど迷宮区の攻略が始まっていないんじゃないだろうか。

 

これは一つの極論にすぎないが、あったかもしれない一つの未来の形でもあるのだ。

 

そんなことを考えながらふと横に目をやって――そちらを見たことを後悔した。

 

そこには、目を細めて冷徹な眼差しをキバオウに向けるハルさんがいたのだ。

 

「……また随分と頭の悪いプレイヤーもいたんだねぇ。討伐を失敗させたいのかな、アレ」

 

アレ呼ばわりとは、随分とハルさんはご機嫌斜めらしい。

まあ、俺もそう思うが。

 

このままハルさんが切り込むか、そう思って身構えていると、一人のプレイヤーが手を挙げた。

 

「ちょっといいか」

 

ディアベルに許可を取って立ち上がったのは、褐色の肌にスキンヘッドという如何にもいかつい見た目の大男だった。

 

何というか、発言する前に既に程度の差が分かるな。

 

その男は一つの小さな――見覚えのある冊子を掲げた。

 

「皆、これは当然持っているよな?」

 

それは、アルゴ印の攻略本だった。

モンスターなどの情報が分かりやすくまとめてあり、俺も知識の穴を埋めるのに重宝した。

さすがアルゴ印とだけあって、お値段はそれなりにしたが。

 

「これは、道具屋で無料で配布していたものだ」

 

……ん?

ちょっと待て。

無料、だと?

 

キリトを見ると、俺も金を払ったと言うように首を振る。

 

そんな俺らの様子にアスナが怪訝そうに尋ねる。

 

「何を不思議そうな顔をしてるのよ」

 

「いや、だってあのアルゴだぞ?」

 

「天地がひっくり返ってもタダで他人にものはやらないと思ってたんだが……」

 

「確かに無料だったよ、これ」

 

私もお世話になったし、と言うハルさん。

 

アルゴにどんな心境の変化があったのか……あるいは、βテスターとしてってとこか。

今度礼を言っておかなきゃな。

 

「この本はβテスターの有志によって集められた情報で出来ている。つまり、情報はあったんだ」

 

その反論を許さない言葉と男の強面に圧されたのか、キバオウは大人しくなる。

 

これで話を戻せるか、というわけにもいかないだろう。

既に場は白けてしまっている。

ディアベルもそれを感じ取ったのか、苦笑する。

 

「それじゃあ、今日はこれで解散で。次は、ボス部屋を発見した時ですね」

 

ディアベルのその言葉を区切りに、プレイヤーたちは三々五々散っていった。

 

「俺たちはどうします?」

 

「うーん。アスナちゃん、私たちと一緒に組んで戦ってみない?多分、ボス討伐の時は一緒のパーティでしょ?」

 

「そうですね。一回連携してみるのも良いかもしれないです」

 

「そういうことなら、分かりました。よろしくお願いします」

 

ぺこりと頭を下げるアスナ。

 

「よし、それじゃあ行きましょうか」

 

俺たちは、迷宮区に向けて足を踏み出した。




お読みいただき、ありがとうございました。


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