ぼっち in アインクラッド   作:稀代の凡人

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何故かすごく手間取った……。
そして攻略会議までたどり着かなかったという。


第6話

自由行動となったその日の夕方以降を使い、俺は足りなくなった物資を補給していた。

ついでに剣も研ぐ。

 

「この剣もそろそろ限界か……」

 

俺が使っている剣はスモールソード。

始まりの街で買った、いわゆる初期装備だ。

当然ながら性能はお察しで、正直かなりしょっぱい威力しか出ない。

 

そんな剣をなぜまだ使っているのか、アニールブレード取ってただろ、そう思うかもしれない。

 

だが悲しいかな、俺の筋力値だと装備は出来るが剣に振り回されて全然うまく扱えないのだ。

これまでのパーティでの役割もダメージディーラーは他にいたので、だったらダメージ叩き出せなくても取り回しがいい方が良いかと思って、これを使い続けている。

 

他の武器に変えた方が良いんじゃないか、という意見もあるかもしれない。

変えるとしたら短剣か細剣、あるいは曲刀といったところか。

だが、片手直剣がこれらの中で断トツに扱いが楽なのだ。

そこそこにリーチがあり、斬るだけでなく突いたりパリィも出来るし、両刃なので向きに気を払う必要もない。

俺の戦闘は基本高速機動を前提としているので、武器の取り回しは出来るだけ楽な方が良い。

 

とはいえ一番軽々と扱えるスモールソードは、NPCの鍛冶屋で強化してもらって騙し騙し使ってきたのだが、それでもいい加減限界だな……。

どうにか重いなりにアニールブレードを扱えるように練習するか……?

 

まあ、そんな付け焼き刃でボスに挑む気はないからやるとしても二層以降だが。

 

さて、あとは適当に飯でも買って寝るかな。

ああ、ラーメン食いてぇ……ん?あれは……。

 

咄嗟に隠蔽を発動させ、木陰に隠れる。

 

「――そのパン、美味いよな」

 

「……本気で言ってるの?」

 

俺の視界に入ったのは、キリトと見知らぬフード(恐らく女)が逢引(?)しているところだった。

あのフード女は前にキリトが言っていた迷宮区で倒れたというプレイヤーだろう。

 

しかしあそこまで話し掛けないでオーラを全開で出しているやつに話し掛けるとは、キリトめ意外とコミュ力高(ぼっち力低)いな……。

 

取り敢えず記録結晶を……とストレージを弄っていると。

 

「――どうしたの?」

 

後ろから突然話し掛けられる。

すんでのところで声を抑えて振り返ると、そこにいたのはハルさんだった。

まあ俺に話しかけるようなプレイヤーなんて、目の前にいるキリトを除けばこの人かアルゴぐらいなものだが。

 

「驚いた……ビックリさせないでくださいよ」

 

「ハチマンが勝手に驚いたんでしょ?警戒薄すぎだよ。で?何をそんなに一生懸命になってたのかな?」

 

問われた俺は、無言でベンチの方を指差す。

そちらを見て、面白そうにへぇ、と言う。

 

「あれはキリトくんと、前に言ってた、助けた女の子かな?」

 

「恐らくは。せっかく面白いネタを見つけたので、アルゴに売っ払おうかと思ったんですけど。半々でどうですか?」

 

「乗った。じゃあ、撮り終わったら声掛けに行こうか。珍しい女の子のプレイヤーだからね、優しくしてあげないとね」

 

優しく、と言っている割には、その顔はまるで獲物を見つけて舌舐めずりする捕食者のようだった。

 

(あの人はどうでも良い人には何もせず、好きな人を構い過ぎて殺すか、嫌いな人を徹底的に潰すかのどちらかだ)

 

葉山の声が脳裏に蘇る。

 

あのフード女が嫌われず好かれすぎず、程よい立ち位置になることを願わざるを得ない。

 

「……ハチマン?」

 

「……あ、はい。何ですか?」

 

声を掛けられて我に帰ると、目の前に不思議そうな顔をしたハルさんがいた。

思わず仰け反りそうになるのを我慢する。

 

「どうしたの、ボーッとして」

 

「ああ、いえ。ちょっとあいつら爆発しないかなと呪詛を唱えてました」

 

俺の適当な答えに、ハルさんはクスッと笑う。

そして、俺の顔を覗き込む。

 

「ハチマンも私とああいうことやってみる?」

 

「全然気が休まりそうにないので遠慮させてください」

 

ちょっと食い気味で即答すると、ふふっとおかしそうに笑う。

 

「じゃ、じゃあ証拠はバッチリとったんで行きますか」

 

持てる隠蔽の技術を全て使ってキリトの背後まで忍び寄り、声を掛ける。

 

「楽しそうだな?」

 

「うわっ――!!」

 

予想通り、良い反応を見せてくれるキリト。

次いで後ろからハルさんがフード女に声を掛ける。

 

「大丈夫?キリトくんに何かされなかった?」

 

「何もしてませんよっ!」

 

遠くからツッコミより、そのフード女が気になったのは別のところだったらしい。

 

「……女の人?」

 

「そ。私はハル。女同士、よろしくね〜」

 

「……アスナ、です」

 

まあ、当然か。

この最前線にいる女性プレイヤーなど、知られているのは精々アルゴぐらいなものだ。

 

「へぇ、アスナちゃんって言うんだ〜。お、結構可愛い」

 

フードの中を覗き込んで、感嘆の声を漏らすハルさん。

めっちゃ気になって覗き込みたくなるんでやめてくれませんかねぇ。

 

「……そっちの、目が腐った人は?」

 

「おい、流石に初対面で目をどうこう言われる筋合いはないと思うんだが」

 

「仕方ないでしょ、事実なんだし」

 

「俺の目はちゃんと血が通ってるんですけど……。俺はハチマンだ。それで、そっちのお前をナンパしてた奴が――」

 

「――ナンパじゃないよ!……そういえば自己紹介もしてなかったな。キリトだ、よろしく」

 

「……よろしく」

 

まだ警戒心は拭えないか。

まあ、当然だろう。

女性が一人いるとはいえ、男も2人いるのだ。

しかも、うち一人は街を歩いているだけでも通報されかねない目の腐った不審者なのだ。

……自分で言っててちょっとグサっときた。

 

「キリト、明日の話はしたのか?」

 

「え?あ、いや、これからするつもりだったんだよ。だったんだけど……」

 

ジトッとした目で睨んでくるキリト。

いや、なんかすまん。

 

「明日って……?」

 

「明日の正午、あっちの広場でボス攻略会議があるんだって。アスナちゃんも、良かったら顔出してみない?」

 

「……そうですね。ハルさんも行くなら、行ってみます」

 

「そっか。それじゃまた明日、かな?アスナちゃんってどこに泊まってるの?」

 

「えっと、あっちの通りにある宿屋ですけど……他に無いですよね?」

 

ああ、なるほど。

ネトゲ初心者にありがちなやつだな、これは。

 

「俺とキリトはトールバーナからちょっと離れたところにある村の農家の二階を借りてる。料金はここの宿屋と一緒なんだが、広さは4倍くらいか?一つしか無い上に一部屋だからプライバシーは無いけどな」

 

まあ、βテスターでもなければ場所なんかそう分からないだろうけどな。

この第1層だと普通に格安で快適なだけなのだが、第2層とか行くと風呂がついてたり搾りたての牛乳飲み放題が付いていたりする。

 

「……あ、そうそう。あとは搾りたての牛乳が飲み放題だな。それとお風呂」

 

「おいバカ――」

 

「――お風呂?」

 

案の定、アスナが食いついた。

だから言わなかったのに。

入らせろ云々で面倒なことになるから二層でそういうところを教えてあげれば良いと思っていたんだが。

 

俺にはよくわからんのだが、小町が言うには年頃の女子にお風呂の無い環境は厳しいものがあるらしい。

 

ハルさんは既にこのことを知っていて、使わせろと言ってきたので

 

「鍵は閉まりませんけど、それでも入る勇気があるならどうぞ」

 

と言ったら、

 

「覗く勇気があるなら覗いても良いよ」

 

と仰っていた。

 

そんなん覗けるわけないじゃないですかー。

キリトは男としての本能と理性の狭間で葛藤していたようだが、俺には一切そんなものはなかった。

 

風呂を覗く、そこまでは良い。

あれだけスタイルが良くて大人の色気も十二分に兼ね備えているのだから、さぞや眼福な光景だろう。

男として覗かないわけにはいかないぜ!となるのもまあ分からんでもない。

 

だが、その後に待っているのは想像を絶する地獄だ。

死ぬことこそ無いだろうが、死ななければ良いというものではないし、寧ろ死んだほうが楽になれるようなことになるんじゃないだろうか。

 

ちょっと怖すぎて俺には無理です。

想像だけで鳥肌が立つまである。

 

改めてあの人の恐ろしさに想いを馳せている間に、話はトントン拍子で進んでいた。

なんでも交代で見張りをして片方が入る、という方法でいくらしい。

そこまでしても入りたいのかよ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

しばらくして。

俺とキリトは各々ソファに寝転がったりベッドに倒れこんだりして、心に浮かぶ煩悩と必死に戦っていた。

 

現在、風呂を使っているのはアスナだ。

ハルさんは先に入り、既に上がって浴室の扉の前に陣取っていた。

 

いや、確かにハルさんの時覗くのは地獄行き待ったなしだ。

だが、アスナならば報復も常識の範疇で済む気がする。

未だに俺は顔を拝んだことすらないが、雰囲気が普通だったし。

 

チラリと浴室の扉に目をやると、見張り役のハルさんとバッチリ目が合う。

ニッコリと笑うハルさん。

全力で目を逸らす。

ヤバい、あの目は殺る気だ。

 

が、目を逸らしたぐらいでは追及は免れなかったらしい。

 

「ハチマン。私の時には目も向けなかったのに、アスナちゃんが入ってる時はその反応ってどういうことかなー?もしかして年下好きなのかな?」

 

「……そもそもアスナって年下なんですね」

 

「え?まさか年上だと思ってたのか?」

 

「俺はまだあいつの顔を見てないんだよ」

 

風呂入る時もフード被ってたし、その中をわざわざ覗くほど失礼ではないぞ、俺は。

え、風呂の覗きは良いのかって?

いや、なんかそこはむしろ覗かないほうが失礼かなって。

いや、覗く気はこれっぽっちもないけれども。

 

そんな頭の悪いことを考えていると、索敵スキルが一つの反応を捉える。

 

「キリト」

 

「ああ。多分アルゴだな」

 

キリトは苦々しい顔をしていた。

きっと、俺も同じ顔だったに違いない。

なんでこんな時に来るんだよ、鼠のやつ。

 

「ハルさん、扉の死守とアスナに事情を伝えてもらえますか。あのアルゴのことなんで無理して覗きに行く可能性も考えられますし」

 

「大丈夫。ここは通さないから」

 

まあハルさんならば大丈夫だろう。

俺の速度でも抜ける気がしないしな。

 

一通り対策を立てたところで、アルゴがその姿を見せる。

 

おそらく最近よく訪れる用件だろう。

とするとキリトが応対すれば良いだろ。

 

「……なんか大歓迎だナ。タイミングが悪かったのカ?」

 

「お世辞にも最高とは言えないな。まあ仕方ないだろ、そっちも仕事なんだし」

 

「そう言ってくれると助かるヨ。依頼主から今日中に返事を貰って来いって言われてるからナ」

 

アルゴの用件は、キリトの愛剣である何段階か強化済みのアニールブレードを欲しいという依頼主の代理人だ。

既にあちらさんは相当な額を積んでいるのだが、まあこのタイミングで売れるわけもないし、強化はただでさえ手間がかかる上に絶対の成功などない。

もう一度同じものを作るのにはそれなりの金と、何より時間がかかる。

 

しかし、一応時間をかければ今提示している金額で作れなくはないんだが、急ぎで欲しいとかそういうことなのか?

或いは、剣を手に入れる以外の目的が……?

 

考えているうちに、商談は終わったらしい。

勿論キリトは断った。

 

「……ところでハルっち。さっきからそこから動かないけど、そっちには何があるのかナ?」

 

「乙女の秘密。100億コル払うなら何があるか教えてあげてもいいけど?」

 

現時点で100億コルは、おそらく全プレイヤーの所持金を集めても足りない。

つまりは絶対教えないということだ。

 

「残念だナ。まあ女の秘密を覗くのはオレっちの趣味でもないし、今日は帰るとするヨ」

 

そう言って、アルゴは去っていった。

 

「……行ったぞ」

 

アルゴの反応が索敵範囲から出たことを確認し、浴室に声を掛ける。

 

「……そう、ありがとう」

 

そう言って浴室から出てきたのは、1人の美少女だった。

顔立ちからして、歳は一つか二つ下だろうか。

長い栗色の髪をなんか独特の髪型に編み込み、背中に垂らしている。

顔立ちは綺麗系より可愛い系か?

非常に整っており、容姿という点では隣のハルさんにも引けを取らない。

 

と、そこまで観察したところで、髪色と同じヘイゼルの瞳が俺を射抜く。

 

「何かしら」

 

「いや、フードの中から美少女が出てきたんで、ちょっとびっくりしてたところだ。気を悪くしたなら謝るが」

 

「別に、気にしてないわよ」

 

別にどうでも良かったようで、素っ気なく答えるアスナ。

ウインドウを操作してお馴染みのフーデッドケープを装備する。

 

「ハルさん、行きましょう?もう夜も遅いですし」

 

「そうだね、行こっか。それじゃハチマン、キリトくん、また明日〜」

 

そう言って2人も去っていった。

 

「……俺たちも寝るか」

 

「そうだな」

 

明日はボス攻略会議か。

もう一ヶ月近くもこの第1層に足止めされてしまっている。

おそらくここを突破できれば勢いもつくだろう。

ボス攻略が上手くいってくれるといいのだが。




お読みいただき、ありがとうございました。

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