「――ハチマンが、女の人をナンパしてきた……!?」
帰ってきた俺を見て放った第一声がそれだった。
「おいバカやめろ、人聞き悪すぎるだろ」
「迷宮に出会いを求めるのは間違ってなかったのか……!」
「だからもうちょっと落ち着け!」
「でもナンパっていうのもあながち間違いじゃないかなー。だって私、ハチマンに口説かれて付いてきたんだもん」
「ハチマン、お前やっぱり――!」
「雪ノ――ハルさんも、燃料を投下しないでくださいよ!」
というか、断じてそんなことはしていな……あれ?
確かに、俺が陽乃さん――ハルさんが無茶をするのを説得して止めたから、確かに間違ってはいない……?
でも言い方に悪意がありすぎる!
笑顔も生き生きしてるし!
なんでこの姉妹はこんなに楽しそうに俺を弄るんですかね!
「この人は俺のリアルの知り合いだっつーの!」
「ハチマンの彼女のハルでーす。よろしく」
「だから話をややこしくしないで下さいよ!」
なんかもう泣きそうだった。
そんな俺を見て満足したのか、今度はキリトにちょっかいを出しにいくハルさん。
「君、結構格好良いね。キリトくん、だっけ?」
美人のお姉さんにいきなり絡まれて対応に困ったのか、スッとこっちに寄ってくる。
「おいハチマン、なんであの人とあんな普通に喋れるんだよ。俺眩しくてまともに見れないんだけど」
「いや、説明が難しいんだが……」
キリトの親が俺の親父レベルのクズ人間で、尚且つ俺のように碌でもない英才教育を受けていなければこの人の強化外骨格みたいな外面は見抜けないだろうしなぁ。
だが、中身の黒さを知ってしまうと眩しくて見れないなんてことはなくなる。
怖くて見れなくなる可能性は十分にあるが。
ほら、今も笑顔の裏で「余計なことを言ったら……分かるよね?」と目が言ってる。
一体俺は何をされちゃうのかしら。
怖い。
いや、マジで。
「と、とにかく。この人は俺たちを殺したりはしない。今日はもう遅いから明日になると思うが、パーティを組んで戦ってみる。構いませんか?」
「うん。じゃあ、明日ここに9時に集合ね。じゃあね」
「お疲れ様です」
「ま、また明日お願いします」
ひらひらと手を振って、ハルさんは宿屋へと去っていった。
それを見送ったキリトが、こっちを振り向いて肩を掴む。
「な、何だよ……」
「今日、何があったか聞かせてもらうぞ」
「あ、ああ」
◆ ◆ ◆
宿屋に戻る前に、町の広場にあるベンチに腰掛けて俺はキリトに今日の出来事を語った。
「ふーん、そうか……あの子と同じ感じだな……」
ん?
ちょっと今おかしな言葉を耳にしたんだけど。
俺はさっきとは逆にキリトの肩をがっしりと掴んだ。
「ちょっと待てキリト。今聞き捨てならない単語が聞こえたぞ」
「え?俺何か言った……あっ」
「さあ話してもらおうか、あの子とは一体誰だ。場合によっては起訴も視野に入れて置こうか」
「話が大袈裟になってる!?ハチマンと大して変わんないよ。俺は……」
かくかくしかじか。
キリトの話を聞き、それを咀嚼して吟味した結果。
「……
むしろ面識がなかっただけ俺よりも業が深いだろ。
そう思っていると――。
「――オレっちも
バッ、と音が聞こえそうな勢いで振り返ると、そこにはβ時代から付き合いのある情報屋――鼠のアルゴがいた。
これはマズイ。
一番聞かれてはマズイ奴に聞かれてしまった。
「おい、アルゴ。お前どこから聞いていた?」
「そうだナ……確か、キー坊が『……あの子と同じ感じだな……』って言ったところからだヨ」
っしゃセーフ!
思わずガッツポーズをする俺とは正反対に、キリトは頭を抱えていた。
「いや、待て。俺ばっかり
「フム……中々興味深い話だナ。よし、取り敢えず話してみ――」
「――ちょっと待て!いいかキリト、事は俺に関することだけではない。これが俺しか被害を被らないんだったら良い。……いや、良くはないんだが、まだマシだ。でも、ハルさんの弱みになりかねない話を金次第で何でも話すこいつに聞かせてみろ。最低でも俺たちは厳しい折檻を受けるし、最悪口封じのためにアルゴの心にトラウマを植え付けるなんてこともやりかね――」
「――ハチマンは私をなんだと思ってるのかな♪」
「いたっ!?」
アルゴへの情報漏洩を防ぐためにあることあること話していると、突然後頭部にアンチクリミナルコードが発動しないギリギリの強さで小突かれる。
「は、ハルさん……?もう寝たんじゃ……」
「そう思ったんだけど、食べ物が何にもなくてね?何か買おうと思って出てきたんだけど……お姉さん悲しいなぁ。ハチマンが私のことそんな風に思っていたなんて……」
「いや、これは、その……」
「まあ良いけど」
ふふっ、と笑う陽乃さん。
「それより、そっちの人は?まさかハチマン、私というものがありながら、浮気?」
「……なあキー坊、まさかあのハチに春が来たのカ?」
「ああ、どうやらそうらしい。まさか、プロぼっちを名乗るあのハチマンに春が来るとは……」
「もうどっから突っ込めば良いのか分かんねえよ……」
ねぇほんとどうすれば良いのこれ。
ちょっと経験値が少なすぎて分かんないんだけど。
「……取り敢えず、そっちの怪しげな女はアルゴです。頬のヒゲのペイントから通称は鼠。β時代から一番有名な情報屋ですね。ハルさんなら多分大丈夫ですけど、気付かんうちにとんでもない情報を握られてることもあるので要注意です」
「にゃハハハ、どんな情報もコレ次第で売るのがオレっちの流儀だからナ」
そう言って人差し指と親指で輪っかを作るアルゴ。
それを聞いてハルさんは面白そうに笑う。
あれ?
この人とアルゴって、もしかしなくても史上最悪の組み合わせなんじゃ……。
「ねえ、それってハチマンの情報も買えるの?」
「勿論、売れる情報なら何でも売るヨ?今はないけど、良いネタが上がったら連絡するヨ」
「お願いねー」
もう遅かったらしい。
思わずがっくりと膝をつく。
慰めるように肩を叩いてくれるキリトの優しさがつらい……。
こうして夜は更けていくのだった。
◆ ◆ ◆
そして次の日。
俺たちはハルさんと連携を組むべく、迷宮区に潜っていた。
潜っていたのだが。
「もうこれ俺たちいらないんじゃないかな……」
「俺もそう思うよ……」
ハルさんの無双っぷりが予想を超えてヤバかった。
言葉を失っている間に最後の一体をあっさり片付け、こちらへ帰ってくる。
「ふぅ……どうだった?」
髪をかき上げながらこちらへ向かってくるその姿には、戦乙女の名すら足りないのではないかと思わせるほど。
「……めっちゃ強いっすね、ハルさん」
隣でうんうんと頷くキリト。
「はは、ありがとう。でも、君達もそんなに弱くはないと思うよ?」
何も考えずに聞くと褒めているように聞こえるが、それは言外に強くもないと言ってますよね?
キリトはあはは、どうもと照れているが、俺はげんなりとした顔をしているに違いない。
今のは結構分かりやすい方だろ。
ハルさんも思わず苦笑いしているし。
キリトよ、お前はもう少し言葉の裏を読んだほうがいいと思うぞ?
まあ、このまま純粋でいてくれと思わんでもないが。
ハルさんは、流石は雪ノ下陽乃と言うべきか、曲刀なのに上手く立ち回ればタンクまでこなせるオールラウンダーらしい。
めちゃくちゃ器用になって少し敏捷に多めに振っているキリトみたいなものか。
敵の攻撃を容易く受け流し、あまつさえ武器を巻き取って弾き飛ばしてしまうその技量には唖然としたが。
結局、俺のステータスが尖りすぎてるので前と同じように俺がひたすら牽制、撹乱して2人が決めるという戦闘スタイルになった。
そしてこの3人で迷宮区の攻略を続けていたある日。
俺たちは、アルゴからある情報を聞いた。
「――ボス攻略会議?」
「とあるパーティが最上階の一つ前の階へと向かう階段を見つけたらしい。そのパーティに、実力あるプレイヤーには声を掛けといてくれって頼まれたからナ。明日の正午に一回集まるらしいゾ?」
「ありがとうアルゴ。行ってみるよ」
「いやいや、仕事だからナ」
それじゃあ、と言って去っていった。
「取り敢えず、行ってみますか」
「そうだね。どんなプレイヤーがいるのかも気になるし」
場合によっては指揮をとることも考えなきゃねー、と笑うハルさん。
リーダーが及第点に達していなかったら即引き摺り下ろして自分がその座につくのだろう。
今はその人目を惹く容姿を隠す為に渋々フーデッドケープを被っているが、そうやって自分が制限されることがあまり好きではないらしいこの人だ。
そのうち実力が知れ渡ってその地位が確固たるものとなるまでは我慢して欲しいものなのだが。
「それじゃ、明日の昼までは自由行動としますか」
昼に広場に集合することを約束し、俺たちはそれぞれ別れた。
お読みいただき、ありがとうございました。
あと、感想大募集中です。
何もこないのは寂しい……。
前作は出来が良かったんだなと改めて思いました。