それから、俺はキリトとパーティを組んで攻略を進めていた。
まずするべきだったのは、俺のレベル上げだった。
あんまり記憶がないのでなんとも言えないがどうもレベル上げなんかはせずに突き進んでいたらしく、キリトとのレベルの差が3ほど開いていた。
いや、本当に申し訳ない。
申し訳なさすぎて攻略をやめようかと思ったのだが、生産スキルを何一つ持っていない今、俺の溢れる専業主夫スキルを生かすことができずにヒモになる未来しか見えないので泣く泣く断念した。
ネックだった火力不足もキリトの加入によりどうにかなったので、俺は有り余る敏捷値を生かしてひたすら敵を翻弄してキリトがソードスキルを叩き込む隙を作ることに専念している。
だって俺が苦労して隙を作って自分でソードスキルを二発叩き込むのより短い時間で一撃叩き込んでダメージ量は同じなんだぜ?
ちょっとそれはズルすぎるでしょう。
そんなことをキリトに言ったら、
「ハチマンの速さこそ反則だろ。今の俺じゃ当てられる気がしないぞ」
と言っていた。
まあ、図らずもPvPの初撃決着モードならそこそこ強いビルドなんじゃないかとは思うが。
プレイヤーと戦う機会なんぞほぼないこのゲームで対人戦に強くなってどうするのかと。
まあ、戦闘はサクサク進んでいる。
キリトは比較的パワーに偏ってはいるものの、敏捷値にもそれなりに振っているバランス型の為に完全素早さ特化の俺の速度にも最低限付いてこれるので、案外上手くハマっているのだ。
俺のレベルも低かったとはいえこの辺の敵と戦えないほとではなかったのでわざわざ戻る必要がなかったこともあり、キリトのレベルも上がっているし先にも進めていた。
そして、ようやく迷宮区にたどり着いて数日。
今日はお互い別行動を取ろうということで話が付いていた。
俺も最近の戦闘には少々楽さを感じていたので、ちょうどよかった。
このままだとソロになってから多少なりとも培ったプレイヤースキルが鈍ってしまう。
一人でないとあの一見無茶苦茶な戦い方は出来ないので、錆び付かないように鍛え直さなくてはいけない。
そうして迷宮区に入って、およそ半分くらい進んだときだった。
俺は、あの人に出会った。
◆ ◆ ◆
それはさながら、清らかな水の流れのようであり、天女の舞のようでもあった。
武器は曲刀。
流れるような動きは一つの完成された芸術のようでありながら、無駄なく敵MobのHPゲージを削っていく。
そして最後の一体が結晶となり砕け散ることで、その舞は終わる。
そして下ろされるかと思った右手の曲刀は即座にこちらへ向けられる。
そしてお互い凍りついた。
「――雪ノ下、さん?」
それは、妹の雪ノ下雪乃をも超える完璧超人、雪ノ下陽乃だった。
さすがは彼女だけあって動揺も一瞬だったようで、すぐに立ち直る。
「――ああ、比企谷くんだったの。君もここに来てしまったんだね」
そして、
え?
予想外の出来事に、思わず混乱してしまう。
固まった俺を他所に、陽乃さんは身を翻した。
「それじゃ、私は先に行くから。またどっかで会えたらいいね」
俺はその焦るような様子を見て、悟った。
――ああ、この人は俺と似たようなことになっている。
おそらくその要因や心理状態は俺なんかの比ではないほど複雑なはずだ。
そうでなければ、あの雪ノ下陽乃が自分で処理できずに
俺のときは、キリトが引き上げてくれた。
本来ならばキャラも立場も似つかわしくないが、この場には俺しかいない。
ならば俺がやるしかないだろ。
今の陽乃さんでは、論理的な説得は難しい。
その張り詰めた心に隙間を作ってから、そこを突く。
まずは、インパクトの大きい一言でその足を止める。
……あぁ、後で酷い目にあうかもしれない。
「雪ノ下さん、どうしたんですか。笑顔が不自然ですよ?」
俺の意図の通り。
陽乃さんはピタリ、と足を止めた。
「……いきなり、何?」
「言葉の通りの意味ですよ。今のあなたの笑顔は、偽物にしか見えない」
「……今更じゃない?君は、初対面のときから私が仮面を被っていることを分かってたでしょ」
「それは、俺だからです。小さい頃から親父に『美人を見たら美人局と思え』と教わり、何よりあなたとそっくりな雪ノ下の笑顔を何度か見たことがあった、俺だから。でも、今のあなたの笑顔は誰が見てもそれと分かるような紛い物です。まるであなたらしくもない。だから聞いたんですよ。どうしたんですかと」
雪ノ下陽乃の仮面に綻びが生じている。
それは、かなりの異常事態だ。
意図的である場合を除き、少々のことじゃまるで感情を表情に出さないこの人が、誰にでも分かるほどに表情を繕えていない。
焦燥感を、隠しきれていなかった。
振り返った陽乃さんが浮かべていたのは、疲れた微笑みだった。
「君がそう言うなら、確かに私の仮面にはヒビが入っているのかもしれないね。でも、だから何?そんなことが、この
「……ただ突っ走るだけだと、いつか破綻しますよ」
「……へぇ。比企谷くん。知った風な口を利くじゃない。君が私の何を知っているの?」
俺の言葉に、陽乃さんは目を細める。
「そうですね……大したことは知りません。あなたが雪ノ下雪乃の姉で、雪ノ下家の長女であり跡取りで、あらゆる面において非常に高い能力を有する、ということぐらいしか」
「だったら私の邪魔を――」
「――ですが。いくらあなたが凄い人でも、まだ20歳の女の子であることに変わりはないでしょう」
自分が少女と呼ばれたことに驚いたのか、目を丸くする陽乃さん。
心の隙間は作った。
あとは、理詰めで畳み掛けるだけだ。
「大体、いくら強かろうと一人のプレイヤーがクリア出来るような難易度ならば、それはMMORPGとして破綻しています。あの茅場晶彦がそんな
MMORPGは多人数同時参加型のゲームだ。
そのプレイヤーがいくら優秀だとしても、一人でクリア出来るのならば、人数が集まればそれは簡単にクリア出来る難易度でしかないだろう。
「それに、あなたが凄いのは重々承知していますが、やっぱり人間にはどうしても限界があります。無茶をしてあなたが壊れたり、或いは死んでしまっては何の意味もないし、悲しみますよ、あなたの妹も」
「そうねぇ……」
陽乃さんは、落ち着いたようだった。
表情を覆う仮面こそ取り去ったままだが、恐らく被ろうと思えばすぐに被れるだろう。
一見すれば、先ほどのような焦燥感は無くなったように見える。
一安心か。
「女の子なんて言われたの、いつ振りかなぁ……」
嬉しそうにふふっ、と微笑み、その後何か思いついたかのように悪戯っぽく笑う陽乃さんに、背筋を悪寒が走る。
一安心、か?
ぐいっと一歩近付いてきて、俺の顔を覗き込んだ。
「もし私が死んじゃったら、比企谷くんも悲しんでくれる?」
……これは随分恥ずかしいことを聞いてくれる。
さっき一安心だとしたのは早まったかもしれん。
この状況では正解であろう答えぐらい流石の俺にも分かってはいるのだが。
いかんせんそれを言うのは勇気がいるというか、こういう時は敢えて斜め上の回答をしたくなるのが俺のキャラなのだが……。
まあ――。
「もちろんですよ」
――たまにはいいか。
俺の予想通りの返事が予想外だったのか一瞬呆気に取られる陽乃さんだったが、すぐに笑みを浮かべる。
「ありがと。嬉しい」
初めて見る素の笑顔に少し見惚れてしまったのは内緒だ。
尤も、陽乃さんには気付かれているみたいだったが。
お読みいただき、ありがとうございました。
というわけで、ヒロインは陽乃さんでした。
SAO×俺ガイルの二次は数多存在するが、ヒロイン陽乃さんなのは、あんまりない……はず!
陽乃さんは俺ガイルキャラの中でも結構好きです。
あの内面の黒さとヒロインっぽさを両立させられたら良いなぁ、と思ってます。
あと、タグに雪ノ下陽乃を追加しました。