ぼっち in アインクラッド   作:稀代の凡人

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2話目を投下。
次は未定です。


第2話

気がつくと、俺たちは始まりの街にある巨大な広場にいた。

 

「今のは……?」

 

「おそらく、運営による強制転移だ。今回の不具合に関して説明があるんじゃないか?」

 

「だろうな」

 

周りに目を向けると、次々とプレイヤーが転移してきていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

そしてしばらく後。

突如宙に赤色が広がり、そこから顔のない紅いフードの顔のない巨大なアバターが現れた。

 

『――プレイヤー諸君。私の世界へようこそ』

 

「私の世界?運営が私の世界だなんていうか?」

 

「ただの運営じゃなくて、あいつなんだろ」

 

『私は「ナーヴギア」並びにこの「ソードアート・オンライン」を開発した茅場晶彦だ』

 

周囲がざわつく。

 

その一方で俺はますます嫌な予感を強くしていた。

いくら重大なミスだからって、茅場自らが謝罪に現れるか?

 

『プレイヤー諸君はもう気付いているだろうが、メニューからログアウトボタンが見当たらないことだろうと思う』

 

そして、茅場晶彦はとんでもない事を言い出した。

 

『――これは、バグではない。この「ソードアート・オンライン」本来の仕様である』

 

ログアウト不可能なのが、本来の仕様……?

 

呆然とするプレイヤー達を他所に、茅場は説明を続けていく。

 

外部からのあらゆる干渉は意味が無く、電源を落とされたりネットワークが切断されたりすると、ナーヴギアによって脳が焼かれることになること。

 

この情報は早い段階でマスコミに公開したためナーヴギアを外される可能性は低くなったものの、それでも現時点で既に数百人の死者が出ていること。

 

そして、何より――HPが全損すると、この鋼鉄の城からだけではなく現実世界からも永久退場することになること。

 

そして。

 

『――最後に、この世界が現実だと認識出来るようにあるプレゼントをアイテムストレージに入れておいた。確認してくれたまえ』

 

その言葉通り、アイテムストレージを開くと……。

 

「手鏡?なんだこれ……え?」

 

取り出した瞬間、アバターが光に包まれる。

が、特に何か変化は感じない。

何だったんだ、と首を捻っていると。

 

「……もしかしてキリトとハチマンか?」

 

「何言ってんだ、当たり前……誰?」

 

顔を上げると、そこにいたのはやや女顔のおそらく俺より幾つか年下の少年と、野武士っぽい面の男だった。

 

「この少年がクラインってのはあり得ないから、こっちがクラインか」

 

「おいテメェどういう意味だよ!?」

 

「今の方がクラインっぽい面してるってことだよ」

 

なんというか、しっくりきた感はある。

キリトにせよクラインにせよ、何処と無く言動とアバターが噛み合ってなかったからな。

 

しかし。

全国のネカマ諸君は涙目だな、これは。

そしてそれに騙されていた無垢なる男共も。

 

『――さて、私のプレゼントは気に入って貰えたかな?』

 

見た目がリアル準拠に変化するという事態に半ば現実逃避しかけていたプレイヤーを、しかし響き渡るその声が現実に引き戻す。

 

『それでは、諸君の健闘を祈る』

 

その言葉を最後に顔のない男は消え――広場は阿鼻叫喚の地獄へと化した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

ふと辺りを見回すと、運営や茅場晶彦への怨嗟の声を上げ泣き叫ぶ者、絶望のあまり呆然とする者の2種類に大きく分けられた。

 

その一方で、俺は冷静さを保っていた。

いや、保たされていた。

 

本音を言えば、俺も崩れ落ちたかった。

泣き叫びたかった。

唯一のクリア条件が、100層の攻略。

βを経験したからこそ、そのあまりの先の長さ、そして厳しさが分かるのだ。

 

――だが。

俺の中に巣食う理性の化け物が。

悍ましい自意識の化け物が。

ここで絶望に埋め尽くされて思考停止することも、人前で崩れ落ちて泣き叫ぶなどという醜態を晒すことも許さない。

 

そして何より、この俺自身が。

ここで何もせずに死ぬことを是としなかった。

 

ぐちゃぐちゃな感情とは反対に、理性は現実を受け止め、次の一手を考え出す。

 

まずは攻略に参加すべきかどうか。

ボス戦はともかくとして、レベルは最前線にいる奴らと同じぐらいでいる必要がある。

 

この仮想世界(ゲーム)現実世界(リアル)とを分かつ唯一の機能であり、誰もがその存在を当たり前だと思っていたログアウト機能ですら、ゲームマスター茅場晶彦のせいで廃されたのだ。

ならば、あらゆる機能を疑ってかかるべきだ。

無駄に疑って便利な機能を使わないのは愚かしいことだが、それに頼りきりになってしまうことは避けなければならない。

アンチクリミナルコード圏内だって、いつなくなってしまうか分からないのだ。

もしそうなってしまった時のために、レベルは上げておく必要がある。

 

それはソードスキルにも言えることだ。

ソードスキルに頼りきりの戦闘スタイルだったならば、もしそれが無くなった時に窮地に陥る。

 

そして何よりも信用すべきでないのは、やはり人間(プレイヤー)だ。

この無政府状態の世界で一万人が全員その倫理を保てるかと言われると、首を振らざるをえない。

脅して略奪だけならまだいいが、PK(プレイヤーキラー)が出る可能性も視野に入れなければならない。

 

取り敢えず、此処を出るか。

 

「クライン」

 

丁度キリトが今すぐ次の村に向かうこと、そして付いてこないかと誘い、それをクラインが断ったところだった。

 

「悪いが俺も先に行くから、幾つか忠告を伝えておく」

 

そして伝えたのは、PKが出現するという可能性。

圏内という安全圏が失われる可能性。

それらの示唆だった。

 

特に後半にはキリトもハッとしたようで、二人とも深く考え込んでいる。

 

「……しかし、幾ら何でもよお。この状況でPKやる奴が現れるのか?だって殺したら死んじまうんだぞ」

 

「法で縛られ、己の力で出来ることなんて限られていた現実世界ですら殺人事件は無くならなかったんだ。縛る法はなく、己の力一つで大抵のことが解決できるこの世界で現れないと考えるのは、ちょっと楽観的すぎる」

 

というかこの場合、現れなかった時のことはどうでもいいのだ。

対策が無駄に終わったところで、ああ良かったね、で終わる。

 

だが逆の場合。

多くのプレイヤー達が、無抵抗に殺されることになるのだ。

 

「とはいえ戦えない奴も一定数いるだろう。そういう奴らは生産なりなんなりでコルを得る手段だけは確保しておいて、戦えるプレイヤーを雇うという選択肢だってある」

 

尤も個人による伝手では限界があるから、それには信用できるなんらかの組織による仲介が必要かもしれないが。

 

そこから先は俺に出来ることはない。

冷たいように思えるかもしれないが、俺も自分の身を守る為に強くならなければならないのだ。

あとは自分たちでなんとかしてくれ。

 

「あと、正式サービス組で戦おうという奴は街から外へ出る前にまずソードスキルだけでも練習しておくことをお勧めする。それだけでかなり違うものだからな」

 

βテストを経験していなくとも、攻略の為には1人でも多くのプレイヤーが欲しい。

右も左も分からない内に死なせるわけにはいかなかった。

 

「……俺が思いついたのはこんなもんだな。あとは自分たちで頑張れ」

 

「いや、色々参考になった。ありがとよ」

 

敢えて別れの言葉は告げない。

少しの時間の付き合いだが、クラインは信用の置ける人間だったと思う。

――また会おう。

そう言外に込めて俺は背を向けて歩き出した。

 

少しして、クラインと何かを話していたキリトも追いついてきた。

 

「……俺たちは、強くならなきゃな」

 

「ああ。……そうだ、お前にも言っておこう」

 

そしてキリトに告げたのは、茅場晶彦が仕掛けたかもしれない、全体の1割にすぎないごく一部へ向けた巧妙な罠。

 

β時代との情報の差異だった。

 

「……βの時と変更があるかもしれない、ということか」

 

「ああ。逆に、そうでなければ今の状況はβテスターに有利すぎる。寧ろそれでもβテスターの優位は変わらない」

 

だが、βテスターである事に胡座をかいて油断しているとあっさり死んでしまう可能性は十分あり得るだろう。

 

βテスターというアドバンテージを持ったプレイヤーをそんな事で失うのはあまりにも惜しい。

出来るだけ早く鼠とコンタクトを取って広めてもらわなければならないのだが。

 

しかし、まさかゲームの中で真剣に頭を使うとは思わなかった。

ソードアート・オンラインの宣伝文句として様々な紙面に踊っていたあの言葉が脳裏に浮かぶ。

 

『これは、ゲームであっても、遊びではない』

 

まさしくその通りだ。

そう思いつつ、俺たちは次の村へと駆けていった。




お読みいただき、ありがとうございました。

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