ぼっち in アインクラッド   作:稀代の凡人

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第19話

「〔月夜の黒猫団〕?」

 

聞き返すとキリトは頷いた。

 

「中層プレイヤーたちのギルドの一つだよ」

 

中層プレイヤー、ねえ。

 

俺とキリトが話しているのは、第28層の主街区にあるNPC経営のレストラン。

第27層突破を祝い、うちのギルドで祝杯を上げることにしたのだ。

勿論、ハルさんとアスナもいる。

 

今の話題は、最近姿を消しがちなキリトがどこでなにをしているのかだった。

最初は中々口を割らなかったが、

「気紛れに釣りでも始めてみたものの、あまりにも釣れなさすぎて意固地になってレベル上げもそこそこに釣りをしている」

「下層の女性プレイヤーと仲良くなってそのプレイヤーの下に通い詰めている」

などと、俺とハルさんに散々な推測を次々と打ち立てられて(特に2つ目の推測を聞いて機嫌を急降下させたアスナに)困ったキリトはとうとう白状した。

 

それが

「偶然出会った中層プレイヤーのギルドを指導している」

というもので、そのギルドの名前が冒頭の〔月夜の黒猫団〕なのだという。

 

「学生――多分俺と同い年ぐらいのプレイヤー5人だけの小さなギルドなんだ。リアルでの知り合いらしくてさ、仲は良いんだけど危なっかしくて」

「放っておけないってか」

「ああ」

 

なるほどねえ。

取り敢えず理由は分かったのでふんふんと頷いていると、ハルさんが正面で本当に楽しそうな笑みを見せた。

 

「それでさ、キリトくん」

 

ああ、この人またなんか言う気だ。

そんな予感をキリトも感じたのか、表情を引きつらせながら「なんですか」と促すと。

 

「そのギルドにいる女の子が、キリトくんがご執心の子なの?」

 

予想に違わず爆弾を投下した。

途端に俺の斜め前が急激に冷え込み、キリトは慌てて弁明する。

 

「ち、違いますよ!サチはそんなんじゃ――」

 

いや、そこで口を塞いでも遅いだろ。

案の定、アスナが口を開く。

 

「へえ……キリト君はサチって子が好きなんだ」

 

まるで地獄の底から聞こえてきたかのような声に、関係無いはずの俺まで震えが走る。

 

「ち、違うんだアスナ、これはその――」

 

そこで、慌てふためくキリトを見ていい加減満足したのかハルさんが助け舟を出した。

 

「まあまあアスナちゃん。そんなにキリトくんが心配なら、今度からアスナちゃんも一緒に行ったら?」

「べ、別に心配ってわけじゃ……それに、私とキリト君が別行動してしたらハルさんは?」

「私はほら、ハチマンと行動するから」

「え?」

 

なんか急に巻き込まれたんだが。

 

「ね、アスナちゃん」

「……あ、そうですね。分かりました、そうします」

 

ハルさんがアスナに目配せすると、アスナはハッと何かを思い出したような反応を見せてから頷いた。

何を察したんだあいつは。

 

というか、俺たちの意見はまるで無視で今後のことが決まってるんですが。

 

「え、ちょっ、何がどうなったんですか!?」

 

話についていけなかったキリトが慌てるのも無理はない。

 

「だから、これからキリトくんはアスナちゃんと一緒に行動すること。で、ハチマンは私とね」

「ええ!?」

 

キリトが叫ぶと、アスナが不満そうな表情で睨んだ。

 

「何よ、嫌なの?」

「別にそういうわけじゃ……」

「それとも何よ、私が一緒に行ったら都合が悪いことでもあるの?」

「そういうことでもないけど……」

「じゃあ良いじゃない」

 

困ったキリトは俺に活路を求めたのか、こちらの方を縋るような目で見てきた。

 

「ハチマンは良いのかよ!?」

 

ったく、仕方ないな。

 

「キリト、お前は一体何を言ってるんだ?」

「ハチマン!」

 

キリトがその目を輝かせる。

 

「俺たちに拒否権があるわけないだろ?」

「ハチマン!?」

 

キリトは希望を失い、ガクッと崩れ落ちた。

 

「大体、何でそんなに嫌がるんだよ。美少女が付きっ切りとか世の男共が泣いて羨ましがるほどの境遇だぞ?クラインとか多分血涙を流すぞ?」

「いや、アスナが美人なのは確かにそうなんだけどさ」

 

あ、さらっと言われたキリトの台詞にアスナが沸騰した。

ハルさんが楽しそうに「おお、顔が真っ赤だ」と言いながら水の入ったグラスをアスナの火照った頬に当てている。

何だこの天然ジゴロ。

 

俺の方を見てるキリトの視界には入らないのか、こいつはアスナの様子に全く気が付かずに言葉を続ける。

 

「実は俺、攻略組だって皆に言ってないんだよなあ……」

「はい?」

 

何言ってんのこいつ。

という俺の視線を察したのか、キリトはばつが悪そうに頭を掻く。

 

「俺たちって一応トッププレイヤーの端くれなわけだろ?だから、それを知られたら良かれ悪かれ遠慮が出るんじゃないかと思ってさ」

「ああ……」

 

確かに、気兼ねのない仲になるのは難しいかなれても時間が掛かるかもしれない。

 

「いつかは言おうと思ってたんだけど……」

「そのまま言えずに今に至る、か。確かに、アスナは知名度高いからな」

「ああ。一緒に行ったら気付かれると思って」

 

確かに、ここまでキリトにはワイワイ騒げる同年代の友人は出来なかった。

そもそも攻略組の最年少組がここにいる4人だ。

うち2人が女で唯一の男である俺も騒ぐような人間ではないので、それも当然かも知れない。

 

だから、彼らとの関係を大事にしたいというその思いは察せなくはないが。

 

「なあ、今後もそいつらと付き合う気でいるんだよな?」

「ああ」

「だったら尚更、言ったほうがいいだろ。どうせいつまでも隠し通せるものでもないんだし、違う方向からお前の正体が知られると却って不信感を抱かれる。どうして言ってくれなかったんだってな」

 

キリトはそんなことは思いもしなかったようだ。

俺の指摘に目を瞠る。

 

「まあ、ちょうど良い機会なんじゃねえの?」

「そう……だな」

 

頷いたキリトは、アスナに目を向けた。

 

「アスナも、良いよな?」

「ええ。同年代の女の子がいるなら、私も会ってみたいし」

 

ああ、そうか。

同年代の気の置けない友人がいないのはアスナも同じなのか。

SAOには女性プレイヤーは少ないからな。

ましてや最前線ともなると、他にはハルさんぐらいしかいないし。

 

……しかし、同年代か。

キリトは時々は子供っぽいけど、普段は割と落ち着いているし有事には妙に大人びて見えるよな。

顔立ちもまだ幼いし多分俺より年下なんだと思うが……でも、大人になっても童顔の人っているしな。

 

「……キリトって、10年後も全然変わってなさそうだよな」

「い、いきなりなんだよ!そりゃあ俺は童顔かも知れないけどさ。10年後だったら髭だって生えてくるし……」

 

一瞬の間の後、全員が吹き出した。

多分髭の生えたキリトを想像したんだろう。

 

「いや、ひ、髭って……!」

「た、多分全然似合わないわよ……!」

「悪いことは言わないから止めとけ」

「揃いも揃って失礼な……!」

 

キリトは憮然とした表情で腕を組む。

まあ、3人に笑いを堪えながらそんなことを言われたら機嫌も損ねるか。

 

「そういうハチマンはどうなんだよ」

「俺か?」

 

10年後の俺か……。

 

「いや、意外と……」

「うん、結構ありなんじゃない?」

「……ハチマンばっかずるい」

 

こういうところはまだ子供みたいだな。

 

「そう拗ねるな。ってか、俺は中身の話をしようとしたんだが」

「中身?」

 

キリトは首を傾げているが、向かいの2人はあー、と頷いている。

 

「基本的にはクールなんだけど、時々子供っぽいところも見せて、みたいな感じよね」

「それでこの顔かぁ……ギャップ萌えで落ちる子が続出しそう。ね、アスナちゃん」

 

ハルさんがチラリとキリトに視線を向けてから意味ありげな表情でアスナの方を向くと、面白いように慌て出す。

 

「ちょっ、なんで私に言うんですか!?」

「え、言っちゃってもいいの?それは、アスナちゃんがキ――」

「わー!!言っちゃダメです!!」

 

アスナは手をぶんぶん振ってハルさんの言葉を遮る。

 

ハルさん、すんげえ楽しそうだな。

表情が生き生きしてるし。

すまんなアスナ、俺ではそこから救い出すことはできん。

 

ふと隣を見ると、キリトは不思議そうな表情で騒ぐ2人を見ていた。

 

「なあ、ハチマン。どうしてアスナはあんなに騒いでるんだ?」

「……そうだな。10年後になったら分かるようになってると思うぞ、多分」

 

……そんな感じで、夜は更けていった。




お読みいただき、ありがとうございました。

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