ボス討伐が終わった後、攻略隊はそのままの流れで第26層の街まで歩き、門の
強敵だった第25層ボスの撃破と新たな戦闘ギルド〔血盟騎士団〕の攻略組への合流を祝って、街のあちこちでどんちゃん騒ぎが起きていた。
キリトは〔風林火山〕の奴らと共にバカ騒ぎをしており、アスナはそれを見て時々笑っていた。
楽しそうで何よりなことだ。
喧騒を嫌った俺はというと、街の外れにある時計塔に登って一人杯(中身はソフトドリンク)を傾けていた。
こうして皆が楽しんでいるのを高いところから眺めるというのも、これはこれで良い。
そう思えるようになったのは、ここが死と隣り合わせの世界だからだろうか。
一歩間違えれば
命懸けでボスに挑み、たまの宴会では心からバカ騒ぎをする。
虚構で形作られたこの世界が現実世界よりも「本物」らしいというのは、中々皮肉が効いていて面白い。
いや、欺瞞で溢れた世界こそが「本物」の人間らしいという考えもあるかもしれんが。
「――こんなところにいたんだ」
突然、階下から誰かが顔を覗かせた。
「こんばんは、ハルさん」
「なんか他人行儀だな〜」
「いや、他人ですし」
むぅ、と言いながらハルさんは俺のとなりに座った。
いや、むぅ、って。
あんた何歳だよ。
「で、わざわざこんなところまで何の御用ですか?」
「なに、用事がなきゃ話しかけちゃいけないの?」
「や、そういうわけじゃないですけど」
ハルさんは「ま、あるんだけどね」と言いながら騒ぐプレイヤー達を見下ろす。
「そういえばさ、私今回のラストアタックボーナス貰ったんだけど」
「ああ、確かに止めを刺したのはハルさんでしたね。何でした?」
「けっこう良さげな刀だったよ。さすがあれだけのボスだけあって、ドロップ品も中々だね」
「それはそれは。久々にメインの更新ですか?」
「うーん、そのうちにかな。要求筋力値がけっこう高くてまだ装備できないんだよねえ」
「マジっすか」
ハルさんは確か筋力値にもそこそこ振ってたはずだから、俺じゃどう足掻いても装備できねえな、それ。
「まあそれは良いんだけどね。銘が『
思わず噴いた。
魔王の愛刀とか、ぴったりとかそういうレベルじゃねえな。
ハルさんは俺の反応が気に入らなかったのか、頬を膨らませる。
「全く、失礼しちゃうよね。織田信長なんて、天下統一の途中で裏切られて死んでるじゃん。そんな部下の手綱も握れないような人と一緒にするなんてさ」
そこかよ。
いやまあ、この人の人心掌握術を見るに部下の裏切りとかまず無さそうだけど。
表情こそ不機嫌そうにしているが、眼下のプレイヤー達を見るその視線は柔らかい。
「……なんか珍しいですね」
「ん、何が?」
「や、こういうどうでも良い雑談って嫌いなのかと思ってました」
「ん〜、確かに無駄話は嫌いだね。でも、どうでも良い内容の雑談が
「内容ではなくて会話すること自体に意味があるってことですか」
「そうそう」
相変わらず鋭いね、と楽しそうに笑ってから、スッと表情を引き締めた。
「何か、私に聞きたいことがあるんでしょ?」
相変わらず、その視線は眼下に注がれている。
それなのに、暖かかった空気の温度が下がっていくのを感じた。
「そうですね……」
ゴクリと唾を飲み込む。
「何であの時、俺を助けたんですか。結果として辛うじて死にはしませんでしたが、そんな保証はどこにもなかったでしょう?」
「やっぱり、そのことだよね」
ハルさんは張り詰めた表情をふっと緩めた。
「実は、あんまり覚えてないんだよね」
「覚えて、ない……?」
「……そんなに信じられない?」
信じられないという思いが声色から伝わったのか、その声は少し不満そうだ。
しかし、覚えていないってことは何かしら夢中だったってことだろう?
あの状況で、となると俺を助けることに夢中だったってことになるが、まさかあの雪ノ下陽乃がそんなことは……。
そんな俺の思考回路を読んだのか、ハルさんが鋭い視線で俺を射抜いた。
「レッテル貼りは、君が嫌いなことの一つじゃ無かったっけ?」
「――っ!?」
その言葉に、俺が雪ノ下陽乃に勝手なレッテルを貼り、それを通してこの人を見ていたことに気付かされる。
それは、人を嘘と欺瞞で塗り固めたその上から表面から見ているのと同じこと。
俺が一番嫌っていたはずの、虚飾に彩られた風景。
「……すいません」
頭を下げると、ハルさんは笑いながらヒラヒラと手を振った。
「別に謝ることはないよ。誰でもやってることでしょ?」
「他の人がやってるからって免罪符が与えられるわけじゃないですし。信号無視はみんなでやっても怖くないだけで普通に道路交通法違反ですよ」
そう言うと、ハルさんは「君は本当に面白いなあ」と笑った。
「――さて、話を戻そうか。えっと……ああ、何で助けたのかだっけ」
「……はい」
「まあ、確かに理由は覚えてないんだけどさ。でも、こういう『ただ危機に陥っていたから、何をおいても君を助ける』っていうのが、君の求めるものなんじゃないの?」
そのどこまでも真剣な瞳に見据えられて、思わず息を呑む。
「……俺の求めるもの、ですか?」
まさか、貴女はもう
そんな思いも込めた問いに、ハルさんは決して目を逸らさずに答える。
「そう。君の求める、本物の関係」
そこで一度言葉を切って、ハルさんは何かを思い出すように目を伏せた。
「静ちゃんから色々聞いてるよ。比企谷君がこれまでやってきたことを、ね。静ちゃんは、教師の立場としては決して褒められるものではないって言っていたけれど……それでも、君が色々な問題を解決してきたのは確かだ。時には、自分のことを犠牲にしてまで……ああ、君は自己犠牲という言葉を嫌っているんだったっけ。分かってるよ、君が自分を犠牲にしている訳ではないことぐらい」
ハルさんは少し不本意そうな俺の雰囲気を敏感に感じ取ったのか、訂正を入れた。
「君はずっと、その行動で周りに示していたんでしょ?君がずっと欲してきたものを……決して裏切らず、裏切られず、常に本音でぶつかり合えて、何があっても壊れない。そんな、幻想のような関係を手に入れるために」
そうだ。
俺はいつからか、そんなモノを求めてきた。
そんな、本当にあるのかも分からないような、眩しい関係を。
「私は話の端から推測することしかできないけど、君は今まで何度も裏切られてきた。君は勘違いした自分が悪いと捉えようとしたみたいだけど。そんな経験をしてきた君だからこそ、自分が心から欲する関係を手に入れるために、時に身を削ってまで周りに示し続けた。ほとんど関わりのない、赤の他人に等しい相手を救うためにさえ自分が受ける傷を厭わずに行動できるのだから、大切な人は決して裏切らないと。そう自分の意思を、想いを、伝える為に」
そこで、ハルさんは満面の笑みを浮かべた。
「なら、この腹黒なお姉さんが君から信頼を受ける為には。君と同じように行動で示さなきゃいけないと、そう思ったんだよ」
かつては、どこか胡散臭くてその裏を読んでしまっていた、雪ノ下陽乃の笑顔。
だが今はそれに、柔らかな陽射しのような暖かさを感じた。
お読みいただき、ありがとうございました。
今回は、この作品を書くキッカケとなった場面の一つでした。
というか、この作品はこの場面ともう一つの場面を書きたいがために書き始めたものです。
そのもう一つはまだだいぶ先だと思いますが。
八幡の行動はいつも自分の身を削っている。
でも本人はそれを自己犠牲ではないと言う。
なら、八幡自身に何らかの見返りが発生しているはず、と考えて生まれたのが今話の後半部分です。
あくまで筆者なりに八幡の行動原理を分析したものなので、異論反論は認めます。
どこかに見落としや論理的な破綻があるかもしれませんし。
ただ、こういう意見もあるということを発信したかっただけです。