ぼっち in アインクラッド   作:稀代の凡人

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第16話

俺は、よく持った方だと思う。

 

初邂逅だった前回の戦闘では5分と経たずに逃げ出した相手と、15分近く渡り合っているのだから。

 

とはいえ、いい加減限界だった。

 

いくら回避に専念しているとはいえ、撤退する軍の連中に反応するたびにターゲットを俺に移す為に攻撃していたのだ。

時々、攻撃を避けきれなくてソードスキルで相殺することもあったし。

だから、一日迷宮区で戦ったまま耐久値を回復していない愛剣が壊れるのは必然だったと言える。

 

それ以降は、ジリ貧だった。

 

どうにか予備の武器を取り出したものの、今壊れたものと比べると二段も三段も落ちる性能でしかない。

それで同じようにターゲットを取るには、今まで以上の手数が必要だ。

なのに相手の動きは変わらないのだから、自然と無理して攻撃を重ねることになる。

だんだんと攻撃が当たりそうになることも増えていく。

 

それでもどうにか保っていた均衡は――。

 

――パリン。

 

予備の武器すら壊れたことにより、完全に崩れた。

 

既に、周りを気にする余裕は残っていなかった。

軍の連中のことに思考を巡らせる暇すらなかった。

ただ、ひたすらに敵の攻撃を避ける、避ける、避ける。

 

ただ、恐ろしいのはここまでこいつがソードスキルを一つたりとも使っていないことだった。

故にその攻撃に隙は生まれず。

生まれたのは、ここまでギリギリの戦闘を続けてきた俺の思考の綻びだった。

 

「しまっ――」

 

普段なら確実にしなかったであろう、判断ミス。

それによって生まれた致命的な隙を逃れる為には空中に跳ぶしかない。

 

「くっ――!」

 

止むを得ず宙へ跳ぶが――それを見た「暴君(ザ・タイラント)」は俺のミスを嘲笑うように振りかぶる。

 

ここでソードスキルかよ……!

 

既に武器がない俺には、逃れる術がない。

手持ちの転移結晶は、先ほど残っていた軍の奴らにあげてしまった。

いつでも逃げられる、という慢心が生んだ死……か。

 

どうやら、17年にも及ぶ長い俺史はここで幕を閉じるらしい。

……結局、あいつらとはもう話せずじまいだったな。

……小町も、ダメな兄貴でごめんよ。

 

そして、このクソゲーの中で出会った数少ない知り合いの顔が脳裏をよぎる。

 

アルゴ、クライン、キリト、アスナ――。

……マジで少ねえな。

 

――不思議と、最後に浮かんだのは我らが大魔王雪ノ下陽乃の顔だった。

あの陽乃さんも、俺が死ねば少しは悲しんだりはするのだろうか。

 

ふとそんなことを考えた――その瞬間、背後から衝撃が襲う。

 

「ガッ――!?」

 

後ろから……?

 

吹き飛ばされた俺の身体はザ・タイラントの横を通り過ぎ、致命的と思われたその攻撃からは逃れた。

そして、どうにか身を捩り振り返った俺の視界に移ったのは――。

 

刀を振り下ろした状態で吹っ飛ぶハルさんの姿だった。

 

「なっ――!?」

 

……ああ、そういうことか。

突進系のソードスキルで体当たりして俺を吹っ飛ばしたのか。

くっそ……!

 

こんな時でも冷静に回る思考が恨めしい。

 

全速力でハルさんに駆け寄る。

 

「ハルさん!」

 

HPゲージは……微かだが残ってる!

 

急いで回復結晶を取り出し、使う。

 

「大丈夫ですか!?」

「……あはは、大丈夫だよ。君もそんなに慌てることがあるんだね」

「そりゃ……当然でしょう。俺を庇って死なれたら寝覚めが悪い」

「ふふ……それもそうか」

 

流石に死の寸前まで行ったことには堪えたのか、声が弱々しい。

 

「戦況は?」

「ああ……」

 

そういえば。

 

ボスの方に目をやると、そこには全身を赤い鎧で覆い、白い盾を持った壮年くらいの男が見事な動きでタンクをこなしていた。

その周りには、同じように赤や白の装束に身を包んだプレイヤーやお馴染みの〔聖龍連合〕や〔風林火山〕、それにキリトとアスナもいた。

 

「大丈夫そうです」

「そっか……」

 

なら良かった、と呟いて起き上がる。

 

「大丈夫なんですか」

「さっきも言ったでしょ。大丈夫だよ」

 

立ち上がって、ボスを見据える。

その凜とした姿には、既に先ほどのような弱々しい印象はどこにも見つからない。

 

……色々聞きたいこともあったが、それは後でもできる。

 

「どうします?流石に、まだ準備は万全ではないでしょう」

「うーん……でもこの勢いのまま倒しちゃわないと、軍の崩壊のイメージを払拭出来ないんじゃないかな」

「じゃあ、このまま押し切りますか」

「うん。新しく加わった〔血盟騎士団〕――あの赤い人達ね――も思ってたより戦力になりそうだし。これなら行けると思う」

 

なるほど、あの人たちは〔血盟騎士団〕というのか。

中でもボスの攻撃を捌くあの盾持ちの男のプレイヤースキルはかなり高い。

確かにこれなら行けるかもしれない。

 

ただ、問題が一つ。

 

「俺、武器無いんですけど……」

 

そう言うと、ハルさんはふふっと笑った。

なんか猛烈に嫌な予感。

 

「実は私、こんな事もあろうかとハチマンが使えるような片手剣持って来たんだ。貸して(・・・)あげるよ」

「……分かりました。ありがたく借りさせていただきます」

 

引き換えに何を要求されるか分かったもんじゃないが……ここで指を咥えて見ているわけにも行かない。

 

「はい、どうぞ」

「どうも。……思ってたより高品質ですね」

 

さっき砕けるまでずっと愛用していたフル強化のフェザーライトに準ずる性能だ。

 

「ほら、行くよ」

「はい」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「アスナちゃん」

 

勢い切ってボスの下まで駆けてきた二人だったが、いきなり戦場には飛び込まず、冷静に状況を見極めてからこの場の指揮官であるアスナに声を掛けた。

 

「ハルさん!?大丈夫なんですか?」

「もう、皆同じことを聞くんだね。大丈夫だよ。それより、アスナちゃんは下がって指揮に専念して」

 

ハルの言葉にアスナは一瞬逡巡するも、頷いた。

 

「……ありがとうございます」

 

ここまで、戦力の不足を補うためにアスナ自身も前線を駆け抜けながら指示を出していた。

その申し出は正直ありがたい。

指揮を執るならばハルの方が上手だというのも分かってはいたが、戦場での指揮系統の変更は現場に混乱を生む。

 

それだけ考えてから、アスナは頷いたのだ。

 

それから、アスナはハチマンに目をやる。

 

「ハチマン君は大丈夫なの?」

 

それは数十分にも及び一人でこのボスと戦ったことによる疲労だとかを考慮した問いだったが、ハチマンは首を傾げた。

 

「あぁ?……よく分からんが、問題ない」

 

それを聞いてアスナは溜息を吐く。

全く、相変わらず自分のことには無頓着な人だ、と。

ハルに目を向けると、肩を竦めた。

この人は足手纏いは切り捨てるタイプだ。

駄目なら止めるだろうから、どうやら大丈夫らしい。

 

「では、二人には遊撃に参加してもらいます。ええっと……キリト君!」

「――何だ!?……おお。二人とも参戦ですか?」

「ああ」

「私が指揮に掛かりきりになるから、キリト君はこの二人と組んで。連携は大丈夫でしょう?」

「ああ、もちろん!行きましょう、ハルさん、ハチマン!」

 

言うや否や突っ込もうとするキリトを、ハルが止める。

 

「こらこら、指揮官の言うことを聞かなきゃ駄目でしょ」

「あっ、そうでした」

「大丈夫、すぐに行きますよ。――D隊、下がって!〔雪解け〕、GO!」

 

それは、ハチマンをギルドメンバーとして認めるというアスナからのメッセージ。

そのメッセージをハチマンも正しく受け取ったのか、皮肉気に唇の端を上げる。

その周りでは、ハルとキリトも笑みを浮かべていた。

 

そして、3人が同時に地面を蹴る。

先頭を行くのは、当然ハチマン。

注視していても見失いそうなほどの速度で、ボスへと突撃する。

 

迎撃に動く「暴君(ザ・タイラント)」の攻撃を最小限の動きで躱し、誘うように何度か斬りつける。

そして二撃目を受ける直前にその攻撃範囲から逃れ、がら空きとなった胴に丁度到着したキリトとハルが猛攻を加える。

 

それは、この攻略組でもトップクラスの実力を持つ三人の、アインクラッドでも一番攻撃的な連携。

 

これまででとは比べ物にならない勢いで減少するHPゲージに、他のプレイヤー達からも歓声が上がる。

確かな手応えを感じて、アスナもいつの間にか笑みを浮かべていた。

 

その後も交代しながら攻撃を続けていき、最後にはアスナも攻撃に加わり。

 

ついに――。

 

「はあッ!」

 

ハルの一太刀により、長い戦いが終わった。




お読みいただき、ありがとうございました。

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