第20層を突破した後も、攻略組は順調にボス攻略を進めていった。
現在の最前線は第25層。
5の倍数にあたる層だからこれまでと同じく少し苦労しそうではあるが、それ故に攻略には慎重を期すようにとの指示がハルさんとアスナの二人から出ている。
結果として今までよりも多少は時間が掛かっているが、それでもそろそろどこかのパーティがボス部屋に辿り着く頃だ。
……ん、敵か。
索敵に引っ掛かったモンスターを、奇襲で一気に仕留める。
しかし、こいつもそろそろ限界だな……。
今使っている片手剣フェザーライトは、第10層のボスドロップだ。
ここまで騙し騙しで引っ張ってきたが、そろそろ替え時だろう。
幸い、後継の武器はあることだし。
多分、あと一つか二つレベルが上がれば装備可能になるはずだ。
さて、この辺の未踏破領域はそろそろ無くなっ……お?
目の前にあるのは間違いなく、そろそろ見慣れたボス部屋の扉だ。
どうすっかな。
覗くか、引き返すか。
……いや、ちょっとだけ覗いてくか。
どうせいつでも逃げられるし。
何のための敏捷特化なんだって話だ。
……ふぅ。
行くか。
◆ ◆ ◆
5分後。
俺はボス部屋から最寄りの安全地帯に座り込んでいた。
「はぁ、はぁ、はぁ……何だよあれ」
いや、あいつヤバイ。
何がヤバイってまじヤバイ。
……真面目な話、あれはまずいな。
正直、想定をはるかに上回っている。
久しぶりに犠牲が出るかもしれない。
未だに少し震える手を動かし、ウインドウを操作する。
アルゴとハルさんにメッセージを飛ばし、攻略組の主要メンバーに招集をかけてもらう。
……俺も帰るか。
◆ ◆ ◆
「――さて、始めようか」
集まった面々を見回して、ハルさんが声を掛ける。
「今回集まってもらったのは、ボスについて話し合うためです」
アスナが説明を始める。
「本日、ボス部屋の扉が発見されました。発見者はそこのソレです」
「おい」
ナチュラルな物扱い。
いや、まだだいぶマシな気はするけれども。
アスナは抗議の声を上げた俺をジロリと睨み、話を続ける。
一人で偵察したこと、まだ怒ってんのかよ……。
「発見者はそのままボスと交戦し、数分間の戦闘の後に撤退したそうです」
「数分間?それじゃあ何も分からないんじゃないか?」
疑問を呈したのは、〔聖龍連合〕のギルマス、リンドだ。
「確かに大したことは分からなかった。だが、一つだけ大事なことは分かった」
「大事なこと?」
「ああ。あのボス――『
俺の言葉に、一同に重い沈黙が広がる。
俺は風評こそ攻略組でぶっちぎりの最下位だが、実力はそれなりに評価されている……はずだ。
こんなんでも一応ボス戦には皆勤賞だし。
だからこそ、俺の見立てにもある程度の信憑性がある。
それ故の、沈黙。
「一度、人を募ってから改めて偵察してみようと思う。具体的な方針はそのあと決めるけど、この層は長期戦も覚悟しといて」
ハルさんのこの言葉を最後に、緊急会議は解散となった。
……さて、気になることが一つ。
「おい、アルゴ」
目立たないように隅っこで、隠蔽まで全開にしてこの会議を聞いていたアルゴを呼ぶ。
「おう、何ダ?」
「いや、ちょっと気になることがあってな……」
声が聞こえる範囲に人がいないのを確認してから、小声を出す。
「キバオウの動きが怪しい」
「何だっテ?」
真面目な話だと理解したのか、アルゴも眼を細める。
「それはどういうことダ、ハチ」
「ここ最近、奴らのギルドは目立てていない。それは分かるだろ?」
「あア。代わりにハチ達が大活躍だもんナ」
「……まあ、それは良いとしてだ」
そもそも、奴らは作戦を立てるのが〔雪解けの陽射し〕なんていう零細ギルドのメンバーということ自体が我慢ならないようだ。
今までは攻略の中心を軍や連合などの大ギルドが担っていたからこそ、ギリギリ我慢していた。
だが、第20層という節目の層の攻略で自分たちが目立てなかった――どころか、俺たちが相当に目立ち、ラストアタックまで決めてしまった。
連合なんかは第23層や第24層なんかで活躍していたからまだ良いのだろうが、軍はそれもない。
だからこそ、この層の攻略にはかなり力を入れているはずだ。
そこに、今回の消極的な方針。
軍が暴発してもおかしくない。
「なるほどナ……。強ち気にし過ぎとも言えないし……それで、オイラは何をすれば良い?」
「軍の動向を見張っててくれ。報酬は……」
ウィンドウを開き、コルを積んで提示する。
「これだけ出す」
その額を見て、アルゴが口笛を吹く。
「中々気前が良いナ、ハチ」
「それだけ重要な仕事だってことだ」
使い道も無いしな。
装備も軽装だから大して掛からないし、武器も精々が強化費用ぐらいだ。
未だプレイヤーメイドの品はボスドロップには及ばない。
家だって、あんまり居心地の良いのを買うと出たくなくなるのが目に見えている。
今のボロアパートのような寝るための場所さえあれば十分だ。
「……ハチは、動くと思うか?」
「……ほぼ間違いなく。活躍の場を求めている軍にとって、強敵なんていうのはうってつけだろう。『あの』ハチマンが尻尾を巻いて逃げ帰ったボスを単独で撃破すれば、その時の名声は計り知れないだろう」
ったく、くだらない。
名誉ってのは、命の危機をこうも冒してまで必要なものなのかよ。
「ああ、それと。今のはここだけの話で頼む。ただ純粋にボス攻略を目指しているプレイヤーを尾行するなんていうのは、あまり聞こえの良いことじゃないからな」
「ハルっちにも言わないのか?」
……それも、考えた。
だが、色々と考えた結果――。
「言わない」
「何でダ?ハルっちはこういうことを嫌う性格じゃないだロ?」
「あの人自身はな。周りがどう思うかは別だ」
仮にこの尾行が他のプレイヤーに知られたら、そしてそこにハルさんが絡んでいることが知られたら。
ここまで攻略組を引っ張ってきたその立場を失うことにもなりかねない。
そしてそれは、ギルド〔雪解けの陽射し〕の失墜にも繋がりうる。
安定している今のシステムを崩すリスクは、なるべくなくしておきたい。
そこまで語ったわけではないが、アルゴもある程度のことは察したのだろう。
ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「いやあ、ハチも優しいナ〜」
「どこがだよ。ただ攻略の効率を考えているだけだ」
「そういうことにしておいてやるヨ」
腹立つ……。
ただ、どうせ何を言っても聞かないのは分かりきっているので、その後少し話をして別れた。
◆ ◆ ◆
――〔アインクラッド解放軍〕に動きあり。
その一報が入ったのは、有志を募って偵察隊を派遣する前日のことだった。
ちょうど一日のレベル上げを終えて迷宮区から最寄りの村に辿り着いたところだった俺は、すぐさま踵を返してボス部屋へと久しく出していなかった全速力で駆ける。
同時に、他のプレイヤー達には先走らず数が揃ってから救援に向かうことを伝えるようアルゴに指示する。
モンスターですら目で追えないほどの速度で迷宮区を駆け抜け、時には壁を蹴って階段を上っていく。
敵は全スルーだ。
トレインは御法度なのだが、緊急ということで勘弁してほしい。
そもそもトレインというほど釣れてないし。
これぶっちぎりで最速タイムだろうな、とアホな考えを頭から振り払い、既に開かれたボス部屋の扉を潜る。
軍がボス部屋へと入ってから、推定約15分。
流石にまだ大崩れはしていないだろうという俺の甘い見立ては、粉々に打ち砕かれた。
まず人数がアルゴから聞いた数の半分ほどしかいない。
加えて、指揮系統がボロボロだ。
特徴的なサボテン頭も見つからない。
既に死んだのか、或いは……。
あの野郎、逃げ出してやがったら二度と攻略組には参加させない。
残っている連中も、既に満身創痍だ。
撤退する隙がないから逃げることも出来ず、いたずらに犠牲を増やそうとしている。
……させるかよ。
手持ちの投擲用武器の中でも一番性能の高いものをボスの頭目掛けて放り、同時に地面を蹴る。
「お前ら、とっとと逃げろ!!」
そう叫び、投擲を受けてこちらを向いたボスの攻撃を躱す。
「俺が攻撃を引き付けるから、今のうちに早く離脱しろ!」
「……す、すまん!」
一人がそう言うと共に離脱しようとして……逃がすものかと言わんばかりに「ザ・タイラント」の目がそいつを捉える。
ちっ、どういうAI積んでんだよ。
賢すぎんだろ。
そう吐き捨てたい気持ちを抑え、少し無理をして遮二無二斬る。
再びこちらに向いたヘイトを確認してから、全速力で一度離脱した。
「どうやら、逃げる奴に反応するらしい。転移結晶は?」
「お、俺たち下士官だから金が無くて……」
転移結晶も持たせてないのかよ……!
舌打ちを一つしてから、後ろを向かずに言い捨てる。
「隙を見て逃げろ!」
そして再び、ボスへと突進した――。
お読みいただき、ありがとうございました。