ぼっち in アインクラッド   作:稀代の凡人

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第13話

◇ ◇ ◇

 

 

 

ボス攻略会議の次の日。

ハチマンは、不満を隠せない様子で迷宮区にいた。

 

「で、何で俺はパーティを組んで迷宮区に駆り出されてるんですかね」

「仕方ないでしょう。貴方とパーティを組めるのは私たちだけなんだから」

 

溢されたハチマンの不満の声に、アスナはツンとしながらも律儀に返す。

 

そう。

実力的な面は勿論、精神的な面でもハチマンとパーティを組めるのはアスナとキリトとハルの三人しかいなかった。

 

かと言って、ハチマンを一人でボスと対峙させるのも危険すぎる。

では不参加にすればとも思うが、ハチマンほどの戦力を失うのは惜しい。

 

というわけで、不本意ながらもアスナはハチマンとパーティを組んでいたのだ。

勿論、ハルとキリトは不本意ではなかったのだが。

今日は久々にパーティを組むために連携の確認である。

 

「言っとくけど。私は貴方のことを許したわけじゃありませんからね!」

「はいはい。好きにしろ」

 

ビッ、と指を突きつけてそう宣言するアスナを適当にあしらうハチマン。

 

「……っと、出たぞ」

 

言うや否やその場から消えて、現れたMob――スケルトンソルジャーに数太刀浴びせる。

ハチマンを認識したスケルトンソルジャーのソードスキル

を同じようにソードスキルで跳ね上げ、後ろへ退く。

 

それと入れ替わりに飛び込んで来たハルが〈カタナ〉スキルの大技を叩き込み、スケルトンソルジャーはその身を散らした。

 

「……相変わらず、どういう索敵範囲なわけ?そっち側って、キリト君の方が近いのに」

「ぼっちは警戒心が強いんだよ」

「まあ、ハチマンらしいといえばらしいよね」

「あははは……」

 

迷宮区のだいぶ深いところにもかかわらず談笑する余裕があるのは、流石は攻略組でもトップクラスの実力を持つ四人といったところか。

 

「――ん、湧いた」

 

突然ポップしたMobに、またしても一番に気がついたハチマンがボソッと呟いてナイフを投げる。

 

〈投剣〉のソードスキルを用いて投げられたナイフは光を纏い、現れたスケルトンソルジャーの頭を寸分違わず貫き――そして、スケルトンソルジャーが砕け散った。

 

「お、クリティカルか。ラッキー」

「いや、それは流石におかしいだろ……」

「どんな敏捷値してるのよ……」

 

今度はアスナだけでなくキリトも唖然としている。

 

このソードアート・オンラインにおいて、〈投剣〉スキルはあくまで補助的な立ち位置である。

いくらクリティカルだった上に敏捷値による補正を受けると言っても、最前線のMobが一撃というのはおかしい。

 

とキリトは思ったのだが、ハチマンは首を横に振った。

 

「どうも敏捷値による補正は単純な比例関係にあるわけじゃないらしくてな。ああ……なんだっけ、あの何乗とかいうやつ」

「指数関数」

「それ。そんな感じで上がってくみたいだ」

 

それを聞いてハルがくすりと笑う。

 

「ハチマンは数学苦手だもんね」

「伊達に学年最下位は取ってませんよ」

「いくら何でも低すぎないか?」

「バカ、私立大学の文系なら数学いらないんだよ。高校入れりゃいいの」

「それ、進級できるの?」

「大抵の高校は渡される課題をやれば留年は回避できるらしい。課題も学力より根性が必要なやつだしな」

 

ふーん、と頷いたアスナはあれ、と首を傾げる。

 

「それだけの威力と索敵範囲があれば、〈投剣〉スキルだけで戦えるんじゃないかしら」

「いや、それは無理だよ」

 

アスナの言葉を否定したのは、キリトだった。

どうして?と目で問うアスナに答える。

 

「〈投剣〉スキル用のナイフやピックは、どれも耐久値が低い上に修復もできないから使い捨てなんだ。更に売価も比較的高いから、それを中心にするにはコスパが悪すぎる。毎回クリティカルが出るなら別だけど、そんな訳ないしさ」

 

すっかり説明役が板についたキリトであった。

 

その後、四人はしばらく戦闘を続けてから早めに街へと戻った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

迷宮区から帰った後。

ハルさんの提案(めいれい)により、俺たち四人は再び集まって夕食を共にしていた。

 

「久しぶりだったけど、やっぱり大丈夫だったね」

「まあ、相手が相手ですからね」

 

元々、ここにいる面々は誰もが最前線に単独で潜れる実力の持ち主だ。

それが四人も集まれば、まあ準備運動程度にしかならないのも当然である。

 

「……しかし、こうやって見ると育ちの差がはっきり出るよな」

 

キリトが対面の二人と俺を見比べながらそう言う。

 

確かに、今日の店は高級感漂うレストランだからテーブルマナーとかがどれだけ身についているかは分かる。

二人とも所作が自然で綺麗だ。

……いや、そう言うお前は多分俺と大差ないっつーの。

それに。

 

「リアルの詮索は御法度だろ」

「あっ」

 

しまった、という表情で口を手で塞ぎ、チラリと正面を見る。

ハルさんは流石に素知らぬ顔でナイフとフォークを動かしていたが、アスナはキリトをジト目で睨んでいた。

 

さあて、この微妙な空気を誰かどうにかしてくれないか。

というかお前が責任取れ。

 

という念を込めてキリトを睨んでいると、正面からクスッと笑い声が聞こえた。

 

「……いやあ、そういえばこうしてボス部屋以外でギルドメンバーが四人全員揃ったのはこれが初めてかもね」

「え?」

「ああ、そうかもしれないですね。ハチマンはほとんど一緒にいないんで」

「えっ?」

 

二人の会話に戸惑うアスナ。

傍目に見てると面白いなと傍観していると、気づかれてアスナに睨まれる。

 

「ちょっと、どういうこと?」

「どうも何も、そのままの意味だよ」

「そう。ハチマンも我がギルドの一員だよ」

「えっ!?聞いてませんよ、ハルさん!」

「あれ、言ってなかったっけ」

 

詰め寄るアスナをニコニコしながら躱すハルさん。

……あれは確信犯だな。

 

ハルさんに迫るのは無駄だと悟ったのか、アスナは矛先をキリトに変える。

 

「キリト君も知ってたの?」

「まあな」

「……いつよ」

「いや、だってギルドに所属するとフレンド欄のプレイヤーネームの横に所属ギルドのエンブレムが表示されるだろ?それで、ハルさんに聞いたら――」

「――私の独断で入れたよ、って言ったんだっけ」

「そんな感じでした」

 

それを聞いたアスナはウインドウを開いて何か操作し、あっ、と呟いてこちらを睨む。

 

「私、君の名前がフレンド欄に無いんだけど」

「そりゃ俺が消したからな」

「何でキリト君のは有るのよ」

「キリトから再三にわたって登録を迫ってきたからだな」

「じゃあハルさんは」

「消す前に『消したら……分かるよね♪』ってメッセージが来た」

 

あの、説明すればするほどアスナのご機嫌が斜めになっていくんですけど。

これどうすればいいんですかね。

明日とかボス攻略しなきゃいけないんだけど、大丈夫なのかよ。

 

そんなことを目でハルさんに訴えると、ハルさんは仕方ないなあ、というように溜息を吐いた。

 

「アスナちゃん。前に私が出した宿題、覚えてる?」

「え?……えっと、確か『集団を最も団結させるのは一体何でしょう?』みたいな感じだったと思いますけど」

「そうそう。それで、答えは見つかった?」

「いえ……」

 

アスナは俯いて首を横に振る。

 

「同じことをそっちの二人にも聞いたんだけどね。キリトくんは、最初は優秀なリーダーだったかな。アスナちゃんは厳しい指導者で、ハチマンは冷酷な指導者、だったっけ」

「はい」

「そうですね」

 

懐かしいな。

文化祭の時だったか?

確かそんなことを言ったような気がする。

 

「どれも集団を団結させることは出来ると思うよ。ただ、最も団結させる、だからね。残念ながらどれも不正解」

 

まあハチマンは分かってたと思うけどね、と呟いてハルさんは苦笑する。

そして、答えを告げた。

 

「正解は、『明確な敵の存在』だよ」

「敵……ですか?」

「そう」

 

眉を顰めるアスナ。

 

「外部に敵がいると、集団は団結するようになるんだよ」

「敵の敵は味方みたいなものですか?」

「うーん……そんな感じかなあ……」

 

一応頷いてはいるものの、表情が違うと語っている。

 

まあ、確かに違う。

実態はそんなキレイなものじゃなくて、もっと醜くて悍ましいものだ。

 

ただ、この場ではアスナが理解しやすければ良いと思ったのだろう。

ひとまずそこは流して、話を先に進めるようだ。

 

「例を挙げるなら、第1層のあのボス部屋での出来事だね」

「……あれですか?」

「そうだよ」

 

アスナはこちらをちらりと見て、ハルさんに視線を戻す。

 

「そっちの人がディアベルさんとか皆を貶しただけだと思うんですけど。確かにディアベルさんが死んだあたりは皆棒立ちになっちゃってたけど、あそこまで言わなくても――」

「――もしあそこでハチマンが何も言わなかったら、どうなってたと思う?いや、そもそも」

 

いつも笑顔を貼り付けているハルさんが、珍しく真剣な表情になる。

 

「ハチマンが口を挟んだのは、どういう状況だった?」

「え――?」

 

ハルさんにそう言われたアスナは、考え込み――徐々にその顔から血の気が引いていく。

 

「キリト君が、糾弾されてた――!」

「その後のインパクトが強すぎて忘れてたんだろうね。まあ、それもハチマンの狙いだろうけど」

「そんな、こっちを見られても何も出ませんよ」

 

ハルさんの視線で射抜かれ、わざとらしく肩を竦める。

 

「……まあ良いや。とにかく、あのままだとキリトくんや他のベータテスターが排斥されそうだった。私が見てる限りだと、そうならないようにキリトくんがすべてを背負おうとしてたみたいだけど」

 

ハルさんが今度はキリトにちらりと視線をやると、キリトは苦笑した。

 

「その前にハチマンに全部掻っ攫われちゃいましたけどね」

「ハチマン君が?」

「うん」

 

ハルさんは頷いて、俺の言葉の意味を一つずつ解説する。

 

……すげえ、全部あってるんだけど。

思考でも読めるんですかね、この人。

 

全てを聞いたアスナは、しばらく黙ったままだった。

そして、絞り出すように言葉を紡ぐ。

 

「……ごめんなさい。今まで失礼な態度ばっかり取って……」

「別に気にしてない。そう仕向けたのは俺だからな」

 

そう言うと、アスナは顔を上げた。

その目に大粒の涙を湛えて。

 

いや、おいどうして泣くんだよ。

戸惑う俺を、アスナは見つめる。

 

「どうして……どうしてそんなことができるの?皆の悪意を一人で被って。誰かにPKされるかもしれないんだよ――!?」

「そんなの決まってるだろ」

 

――この鋼鉄の城から、脱出するためだ。

 

そう言うと、アスナはハッと息を呑む。

 

「どうして、そこまで……」

「ぼっちの俺にも――いや、ぼっちだからこそつけなきゃいけないケジメってのがあるんだよ」

 

だから、俺は現実世界へと帰る。

その為には、死ぬ以外のあらゆる手段を躊躇いなく用いると心に決めている。

 

「――そうだね。私も、何が何でも現実世界へ帰らなきゃならない」

 

ハルさんも、真面目な顔で頷く。

 

俺たちの言葉――いや意志に、アスナとキリトは圧倒されたようだった。

 

「……でも、その為に自分を犠牲にしなくても――「ガシャン!」――!?」

 

思わず、といった感じでアスナの唇から溢れたその言葉に、気が付いたらテーブルを叩いていた。

 

「……悪い。でも、俺は自分を犠牲にしているつもりはない。二度と言うな」

 

……空気が完全に白けてしまった。

失敗したな。

 

「すんません、ハルさん。今日はこれで失礼します」

「……ああ、うん。おやすみ〜」

「お休みなさい」

 

何事か考えていたのか、珍しく反応が遅れたハルさんの返答を聞き、レストランを出て一人宿へと戻った。




お読みいただき、ありがとうございました。

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