ぼっち in アインクラッド   作:稀代の凡人

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第11話

――突然響いた声。

 

声のした方に目を向けると、キバオウが歯を食いしばりながら涙を流していた。

 

「み、見殺し……?」

 

突然の糾弾に固まっているキリトを、キバオウがキッと睨む。

 

「そうやろが!自分はボスの使う技、全部知っとったやないか!あれを事前に知ってれば……ディアベルはんも……!」

 

プレイヤー達がどよめく。

確かに、この場でキリトだけがボスの扱う〈カタナ〉スキルを知っていた。

それは覆せない事実だ。

 

「こ、こいつ、きっとベータテスターなんだ!だからボスの使う技も全部知ってたんだ!」

 

キバオウの近くにいたディアベルの取り巻きの一人が、キリトを指差す。

 

「他にもいるんだろ、ベータテスター共!出て来いよ!」

 

プレイヤー達は騒めき、ベータテスター捜しを始める。

 

……この雰囲気は非常にマズイ。

せっかく一つにまとまりかけた攻略組が、キバオウのあの一言で瓦解してしまった。

相変わらず、良い雰囲気を壊すのが大好きな奴だな。

 

キリトは浮かない顔をしていた。

当然だろう、こんな場で吊るし上げを食らったのだから。

あれはキツイからな……。

 

俺の黒歴史はさておき、状況の打開は必須だ。

思いつく手は二つ。

だが、効率を考えたらこれしかない。

 

ハルさんにあることを囁いてから、計画を確認する。

 

……あいつらに怒られちまうかもしれないな。

 

ちらりとキリトを見ると、何かを決心したかのような顔をしていた。

こいつもやる気か。

 

なら、先手を打つ。

 

「――あーあ。だから言っただろ、キリト。痛くもない腹を探られることになるから、口出しはするなって」

 

「……ハチ、マン?」

 

「ど、どういう意味や!」

 

叫ぶキバオウを鼻で笑う。

 

「どういう意味って……こんなことも分からないのか?ったく。じゃあ、分かりやすく言ってやるよ。お前ら能無しのお守りはもううんざりだ、ってな」

 

「な……何やと!?」

 

「大体なんだ、たかだか馬鹿が一人死んだぐらいで狼狽えやがって。マジで使えねえ」

 

これ見よがしに肩を竦めてみせる。

途端に上がる怒りの声。

 

「だってそうだろう?ベータテストの情報を鵜呑みにして、勝手に一人飛び出したんだから」

 

「そ、そんなんベータテストと違うなんて誰も――」

 

「――だから能無しって言ってるんだろうが。考えてもみろ。ベータテスターは1000人いるんだぜ?もしベータテストと同じならば、今頃とっくに第1層はクリアしているはずだ。少なくとも、ボス討伐への参加人数がフルレイドにも満たないなんてことは起こり得ないんだよ」

 

実際、ベータテストと変わらないところは結構多かった。

それは、ベータテスターである俺が言うんだから間違いない。

 

だが、全く変化なしだったわけではない。

ごく一部が、しかしベータテストと同じだと思っていると命を落としかねないようなところばかりが変わっていたのだ。

そして、油断したベータテスターは狙い撃たれたかのように死んだ。

 

「……そ、そんなら事前にそれを言っとれば――」

 

「それぐらい、ここにいる全員の共通認識だと思ってたんだよ。まあ、これに関しちゃお前らの頭の悪さを見誤った俺の責任だ。悪かったな」

 

精一杯皮肉を込めてそう言うと、あちこちから怒りの念が伝わってくる。

 

……そろそろ良いか。

 

全員を見回してから少し大袈裟に溜息を吐いて、全員に背を向けた。

 

「次は、もうちょっと考えて動いてくれ。こんなんじゃクリアなんて夢のまた夢だ」

 

そう言い捨てて、扉の方へと歩き出す。

 

「ああ、第二層の転移門の有効化(アクティベート)は俺がやっといてやるよ。お前ら能無しには荷が重いだろうからな」

 

最後にそう言い捨てて、第二層へ続く階段を上った。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

ハチマンが去った後、プレイヤー達は各々彼の発言への怒りを表す。

それは、アスナとて例外ではなかった。

 

「あの人、まさかあんなことを言う人だとは思いませんでした」

 

いや、彼女の場合は怒りというよりも失望か。

ケープは戦闘中に外れたのか外したのか、素顔を晒すアスナはその端正な顔を曇らせる。

 

それを見たハルは、しかしハチマンの言葉通り何も言わなかった。

 

――俺がこれからやることに、口出しも手出しもしないでください。

 

こう言われた時点で、ハルにはハチマンが何をやるのかがおおよそ掴めていた。

 

文実の時のこともあったし、それまでにも色々やらかしていたらしいことをハルは友人であり恩師でもある平塚静から聞いていた。

それらと現状を踏まえれば、ある程度は予測できた。

 

その上で、ハルはあの場で沈黙を選んだ。

 

これが最も効率が良い方法だというのは、ハルにも分かったから。

そして、彼女のフォローが――或いは彼に付いていくということさえも――この策を壊しかねないということも。

 

そしてあの場で沈黙を選んだからこそ、この場でも話すわけにはいかない。

ただ――。

 

「アスナちゃん。集団を最も団結させる存在は一体何でしょう?」

 

「え?……厳しい指導者、とか」

 

「うーん……悪くはないと思うよ。でも、残念ながら不正解かな〜。宿題にしとくから、考えといてね」

 

ヒントとして、こう言うに留めた。

 

アスナにはまだ分からないらしい。

首を捻っていた。

 

二人から離れたところにいたキリトは、アスナが静かになったのを機にハルに近づいてきた。

 

「ハルさん。あの、さっきのってもしかして――」

 

「――はい、ストップ」

 

キリトの唇に人差し指を当て、言葉を遮る。

 

「後で聞いてあげるから、それまでは誰にも話しちゃダメだよ?」

 

言葉も表情も優しいが、それでいて有無を言わせぬ目。

キリトも気圧されたように頷く。

 

それを見て満足そうな表情をしたハルは、さて、と言って傍らの二人を見る。

 

「行こうか」

 

そして、三人は第二層へと続く階段へと向かった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

その夜。

第二層の最初の街に、二つの影があった。

キリトとハルである。

 

「あ、あの……ハチマンって、やっぱりベータテスターを助けるためにあんなことを?」

 

キリトの言葉に、ハルは微笑む。

 

「どうしてそう思ったの?」

 

「それは……俺も、同じことを考えてたから」

 

「でも、ベータテスターを助けるためだったらわざわざ自分が悪者にならなくても良いでしょ?例えば、ベータテスターを最初に攻撃し始めた人たちを責めるとかね」

 

「最初に攻撃し始めた……キバオウたちのことですか?」

 

「そう。アレは今回幾つかミスをした。指揮官が一人でボスと戦うという明らかに異常な命令にすんなり従って、その上何かあった時のためのフォローすらしていなかった、とかね」

 

基本的に、組織を円滑に動かすためには上の命令を遵守する必要がある。

一瞬の迷いが命を左右する戦場ならばなおさらだ。

だから、いくら常識で考えたらおかしいとはいえ命令に従ったこと自体は直ちに悪と断じることはできない。

 

だが、それならばそれで何かあった時にフォロー出来るように備えておくべきなのだ。

ディアベルは確かに統率力はあったが、戦場での指揮など当然ながら初めて。

常に正しい選択ができるわけではないのだから。

 

おそらく彼はラストアタックボーナスを獲得して、プレイヤー達を一つに纏めるためのリーダーとしての地位を確固たるものにしようとしたのだろう。

攻略を進めるために、それはそれで一つの選択肢かもしれない。

 

だが、結果は指揮官の死という最悪のもの。

それによって、それなりに団結していたプレイヤー達は瓦解した。

 

ディアベルもだが、周りのプレイヤー達も想定が甘すぎる。

ハルはそう思っていた。

 

ハルは――そしておそらくハチマンも、彼の指示を聞いた時点で最悪の結末は想定出来ていた。

だからこそ、最悪の状況に陥っても対処できたのだ。

 

「まあ、これは他のプレイヤーもそうだったから完全に悪いと断じることは出来ないんだけどね」

 

そうなれば、他のプレイヤー達のことも責めていることになる。

攻撃すべき対象以外を悪戯に責めるべきではない。

 

「でも、もう一つ。ハチマンを攻撃しかけたというのは格好の口実になる」

 

これは、誰が聞いてもキバオウ達が悪いと思うだろう。

もしかしたらキバオウ達も、その辺の負い目を有耶無耶にするためにキリトを糾弾したのかもしれない。

 

「でも、殺人未遂のレッテルは重い。特にああいう群れたがる人間にとっては、集団から仲間外れにされるというのは結構堪えるんじゃないかな。結果として攻略から脱落してしまうのは容易に想像出来るよね」

 

今回はいくつか問題を起こしたキバオウ達も、一応は攻略に参加できるほどのレベルのはずだ。

それをあっさりと切り捨ててしまうのは、効率を考えると少し惜しい。

今後も問題行動が目立つようならば本格的に排除も考えなければならないが、今回だけでそうするのは勿体無いとハチマンは考えたのだろう。

 

「というわけで、アレを攻撃するのは出来ないと。でも、一度生まれた怒りは中々解消するのは難しい。だから、どこかにその矛先を向けなきゃいけない。だから、ハチマンは自分で全部被ったんだよ」

 

まずディアベルが死んだ原因――すなわちベータテストとの違いについて挙げ、そこからベータテストの時との差異があることを認識させる。

そして、ベータテスターにそこまでのアドバンテージがないことを示す。

これによってベータテスターは一時的にせよプレイヤー達の非難の矛先から外れた。

 

「でも、これだけじゃ足りない。リーダーだったディアベルが死んだことで、プレイヤー達はまとまりを失っていたからね。――さて、ここで問題です。集団を最も団結させるのは一体なんでしょう?」

 

先ほどアスナにも向けた問いを、ハルはキリトにも投げ掛ける。

 

「ええっと……優れたリーダー、とかじゃないですよね。多分、今回のことに関係しているんでしょう?」

 

「さあ、どうかな?」

 

考えるキリトを、ハルはニコニコしながら見つめる。

 

しばらく考えたキリトは、やがて答えを探し当てた。

自分でも信じられないのか、恐る恐るそれを口にする。

 

「……まさか、敵……とか?」

 

「うん、正解。正しくは、明確な敵の存在だね。ただ漠然と敵なら、このゲームを作った茅場晶彦とかボスモンスターとか、何でもいいでしょ?大事なのは明確であることだよ」

 

人間は、外部に敵を認識することで団結する。

これの正しさは、歴史が証明している。

 

例えば、江戸幕末。

鎖国を敷いていた日本に開国を迫る諸外国に対応するために、犬猿の仲だった薩摩藩と長州藩は同盟を結んだ。

またこの頃、外国の脅威を意識することにより、日本人という概念が初めて生まれたという。

 

「最前線のプレイヤー達の中で、ハチマンは今絶対的な悪と認識されてる。だから、ハチマンが攻略を進めるほど、あいつには負けるなと一丸となって攻略に精を出すようになる」

 

彼の行動、その全貌を推測ながら聞かされたキリトは、絶句していた。

 

「……まさか、あの一瞬でそこまで考えて……。あの、ハルさんは何でそれが分かったんですか?」

 

「私とハチマンがリアルで知り合いっていうことは話したよね。こうやってわざと敵になることで集団を団結させたことが前にもあったんだよ。ハチマンは『ONE FOR ALL』って言ってたかな」

 

「一人は、みんなの為に……」

 

「そう。集団のために、一人を傷つけて犠牲にする。『ALL FOR ONE』といっしょに使わなきゃそういう意味になるんだよって」

 

ハチマンって本当面白いよね、と笑うハルに、キリトは少し憤りを覚えた。

 

「あの。ハルさんはハチマンが孤立してるのを何とも思わないんですか」

 

「……何とも思ってない?そう、見える?」

 

そう静かに言ったハルの目に、キリトは思わず息を呑む。

その瞳は、怒りに燃えていた。

 

ハルだって、何とも思ってないわけではなかった。

あの時と違い、今回は命が懸かっているのだ。

誰かにPKでもされたらどうするのか。

 

少しの間だが共に戦うことで、ハルは以前よりもハチマンのことを近くに感じていた。

だからこそ、理性は合理的だと判断する一方で、彼の軽率とも言える行動に感情は怒っていた。

 

「でも、じゃあどうしろって言うの?わざわざあんなお芝居までしたハチマンの努力を、覚悟を無駄にしろって?」

 

それでも何もしないのは、何もさせてもらえないからだ。

彼の真意を伝えたら、彼の行動は全て無駄になってしまう。

だからこそ、いくら焦ったくても動けない。

 

「キリトくんも、分かるよね?このことを他人に言っちゃいけないって」

 

「……はい」

 

そのことに彼も気が付いたのか、悔しそうに俯く。

 

「君に出来るのは、攻略を進めることだけだよ」

 

そして、私に出来るのは――。

 

少女は、同じ層のどこかにいるであろう彼のことを想った。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

第一層、突破。

犠牲者、一名。




お読みいただき、ありがとうございました。

取り敢えず一区切りついたので、次はもう少し遅くなると思います。

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