ぼっち in アインクラッド   作:稀代の凡人

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第10話

◇ ◇ ◇

 

 

 

雪ノ下陽乃はあらゆる面において優れていたが、何より人の上に立つことを宿命づけられた人間であった。

陽乃はそのことを幼い頃から分かっていたし、特に不満は無かった。

 

人を思い通りに動かすのは快感だったし、大抵の人間は簡単に操ることができた。

 

稀に自分の本性に気がつく者もいたが、その殆どはそれを理解した上で自分に従うか離れていくかのどちらかで、敵対しても勝負になるような相手はいなかった。

そもそも、陽乃をして格上だと思うのは自らの母親を含む極少数の人間のみだったし、それですら現時点では(・・・・・)という枕詞がつく。

 

そんな彼女だったからこそ、自分に及ばないまでも追いつこうと努力する妹のことは可愛くて仕方がなかったし、自分の本性を初見で見抜いたにもかかわらず敵対も恭順もしない八幡のことも、その捻くれた思考回路も含めて気に入っていた。

 

だからその八幡に弱った姿を見られたのは、陽乃としては到底容認しがたい屈辱であった。

常ならば完膚なきまでに叩き潰していたほどに。

 

だが、同時に少し感謝もしていた。

後になって落ち着いてから客観的にあの頃のことを振り返ってみると、あの時の八幡の言う通りあのままでは遠からず命を落としていただろう。

そうなれば、目的(ゲームクリア)は達成できない。

 

だからこそ陽乃は、思い通りに自由に振舞うのではなく、八幡を少しだけ尊重するようにしていた。

目立つから顔を隠せと言われたらフーデッドケープを着たし、ソロは不測の事態に対応できないと言われたらパーティを組んだ。

 

束縛されるのは嫌いだったが、どれも陽乃のためを思って言っていることは分かっていたし、理にはかなっていたからだ。

それに、組んでみたパーティも思いの外居心地は悪くない。

 

そして今回も、八幡の言う通りに崩壊した討伐隊を再編すべく戦線を離脱した。

たった二人でボスを相手にしているキリトとアスナのためにも、今後の攻略の為にも必要だと分かっていたから。

 

だが、感情では納得しているわけではなかった。

たった一人でセンチネル五体を相手にするなど、場合によってはボスを一人で相手取るよりも危険だ。

 

しかも八幡は速度を生かすために最低限の装備しか身に付けていない。

数発攻撃を受ければ簡単に命を散らしてしまう。

それなのに、歯痒くも離れなければならないのだ。

 

長々と語ったが、簡潔に言うと。

雪ノ下陽乃は、途轍もなく苛立っていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

ハチマンの下から離れたハルは、未だ混乱しているプレイヤー達の下へ近付いて手を叩いた。

 

突然鳴り響いた音に、プレイヤー達が振り向く。

その殆どが、猫騙しでもやられたかのような顔をしていた。

 

視線を集めたハルは、鬱陶しそうにフーデッドケープを脱ぎ捨てる。

どうせ大した値段ではなかったし、今は一々ウインドウを開く時間が惜しかった。

 

その下から現れた素顔に、彼らはハッと息を呑む。

 

ただでさえモデルに喧嘩売って余裕で勝てるほどの容姿なのに、その上男への魅せ方を熟知しているハルが視線を自分に惹きつけようとしているのだ。

 

果たして、狙い通りに全員の視線が釘付けとなった。

それを確認してから、ハルは笑顔を浮かべて口を開く。

 

「ボーッとしてるとこ悪いけど、まだ戦闘中だよ。HPゲージが減ってたらポーション飲んで」

 

そう言いながら目の前で飲んでみせるハルを見て、何人かが慌ててポーションを口にする。

 

「よし、HPは大丈夫?それじゃあ、B、C、D、E隊は2人の援護。最初はボスの動きを見て覚えて。2人が危なくなったら交代して攻撃。A、F、G隊は後方でセンチネルの排除。さあ、行って」

 

テキパキとした指示に、殆どのプレイヤーが動く。

例外はA隊――旧ディアベル隊だった。

 

「ちょっと待て!なんでお前が指示出しとんねん!大体、ボスの相手はワイらの仕事――」

 

「――黙ってくれる?」

 

文句を言い出したキバオウを、ハルは強制的に黙らせる。

A隊を外したのはリーダーだったディアベルが欠けたからだったが、それを説明する時間すら惜しい。

表情は笑顔のままだが、その瞳は冷たく燃え上がっていた。

 

「いいから、動いて」

 

そう言い捨てると、キバオウから視線を切る。

あの程度の小物に時間を割くのは、無駄以外の何物でもない。

 

キリトとアスナは、援護へ向かったプレイヤー達に助けられたようだ。

彼らに支えられ、少しずつボスのHPを削っている。

あちらは大丈夫だろう。

 

――では、ハチマンは。

 

そちらを向いたハルは、思わず息を呑んだ。

 

ハチマンは、未だ一人で戦っていた。

彼の動きがあまりにも速すぎて、他のプレイヤーは戦闘に介入出来ていない。

 

先ほどからしきりに声を掛けてはいるが、それすらも耳に入らないほど集中しているのだろう。

全く反応の兆しを見せない。

 

自分の声にならば反応してくれるだろうか。

そんなことを考えていたハルは――目を見開き、慌てて手に持つ曲刀を投げた。

 

〈投擲〉スキルは持っていなかったが、それでも曲刀は狙い通りにセンチネルの頭に突き刺さり、吹き飛ばす。

 

「――もう良い。A隊は待機。邪魔をしないで」

 

突然背後から飛んできた曲刀に棒立ちになっているキバオウ達に、そう言い放つ。

 

ハルは今度こそ激怒していた。

 

ボスの相手から外されて機嫌が悪かったのかなんなのか、詳しくは分からなかったが……明らかにハチマンの動きについていけないのにも関わらず、何も考えずにセンチネルに斬りかかろうとしたのだ。

それも、ちょうどハチマンがそこを通るタイミングで。

 

ハルが曲刀を投げて動きを止めなければ、ハチマンは間違いなく斬られていただろう。

 

「……ハルさん。俺の仕事は終わりですかね」

 

突然の出来事に流石にハチマンも気が付いたらしく、既に他のプレイヤーに任せてハルの下まで退がってきていた。

 

「うん。お疲れ様」

 

そういうハルも、武器を手放してしまったため戦闘には参加できない。

予備はあるにはあるが、わざわざそうまでして出なくても大丈夫だろう。

それに、わざわざ周りに動きを合わせるのは面倒だった。

 

――そして、ついに。

 

「「はぁッ――!!」」

 

キリトとアスナの二人の手によって、イルファング・ザ・コボルド・ロードはその身を四散させた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

疲れた。

なんかもう100層分仕事した気がする。

まあ、ボスには全く絡んでいないんだが。

早く帰って寝たい。

 

「今回の影の功労者はハチマンだね」

 

そう言って悪戯っぽく笑うハルさんも、ボス討伐がどうにか終わったからか少し機嫌が良いような気がする。

 

周りでは、プレイヤー達が喜びを分かち合っていた。

 

キリトもアスナも、他のプレイヤー――攻略会議でキバオウを黙らせたエギルとか――に囲まれ、少し照れながらも祝福を受けている。

あの状況で、たった二人でボスを相手にしたこいつらは、これからの攻略の中心となっていくだろう。

 

ああ、この光景を見れば確信出来る。

いつか必ず、100層を攻略出来る――「何でや!何でディアベルはんを見殺しにしたんや!」

 

――お祝いムードだった空気が凍った。




お読みいただき、ありがとうございました。

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