幻想RI!神主と化した先輩   作:桐竹一葉

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どうにか一週間以内ですね……
今回はうつらうつらとする中でどうにか書き上げたものですので、おかしな点が多々あるかと思います。
そういった箇所を発見されましたら、宜しければ御一報下さい。


紅魔館に入っちゃっ……たぁ!

「ねぇ……あんな建物、前々から建ってたかしら?」

 

赤い霧に包まれ、まるで幻想郷そのものが真赭の世界と化してしまったかのような、異変の最中。

ルーミアとチルノを見送りその後も歩み続けた霊夢と浩二は現在、湖の後にまで広がっていた森を抜けた場所に、斜め上を見上げて佇んでいた。湖から既に二十分以上は歩き続けた筈だが、二人には疲弊の様子など一切無い。只々斜め上を、漠然と、間抜けた顔を晒していた。

 

「ないです」

 

浩二もまた霊夢と同じように斜め上を見遣って、あっけらかんとして呟く。

その視線の先には、或る一つの館。其れは赤い洋館で、何が赤いのか具体性に欠けるのだが、本当にそうとしか形容出来ぬものである。強いて言うならば、途轍もなく豪奢である事か。

未だ森を出て直ぐの場所である為、その洋館の全貌までは分からないが、後少し近付けば分かるだろう。長い間幻想郷に住んでいた二人だが、あの洋館にはまるで見覚えも無く、建造されたという話も聞いた試しが無い。恐らくあれは、『外の世界』から来たのだろう。この狭い世界であんな規模の洋館が建てられるとすれば、人妖問わず話題に挙がるのは必然なのだから。

 

 

 

「しかも、あそこから一層強い妖力が感じられるわ……十中八九、あそこにいるでしょうね」

 

 

 

洋館と二人、距離にして凡そ200米は離れている事だろう。然し乍ら、赤い洋館から滲み出るように感じられるその濃密な妖力は、一瞬にして博麗の巫女と神主という実力者の二人に、或る確信を抱かせた。即ち、彼処には異変の首謀者がいる、と。その確信を得たからか、暫しの間洋館を眺めていた霊夢は、再び足を運び出した。浩二もそれに続きつつ、溜息を零す。

 

「この妖力や気配から察するに……これは大妖怪並みの実力者ですね、間違い無い」

 

その理由は、洋館から感じ取った気配の強さだ。浩二は種族の都合上長寿であり、その分人生ーーもとい、半人半獣経験も豊富である。それ故、余り他人には話していないが、俗に言う大妖怪などといった強力な存在とも何度か邂逅した事はあった。だからこそ分かる、200米を隔てた場所でさえ感じられる力強さ。半人半獣の鋭敏な感覚が感じ取ったその力は、間違い無く浩二の出会った中でも。上位に入るであろう強さである。それだけの実力者と敵対せねばならないと言うのだから、幾ら霖之助の写真集が入手出来たにしても、少々酷というもの。

 

「へぇ、そこまで分かるの。やっぱり連れて来て正解だったみたいね」

「俺は自分から進んで来たんですが、それは……」

「紫に焚き付けられて、の間違いでしょ?」

「少し位は報酬が無きゃモチベーションが上がらないだろぉ!?モチベーションが上がらないだろぉ!?」

「あーはいはい、分かった分かった」

 

しかしその仕草や言動に、気負いや恐怖など微塵も垣間見えない。それどころか寧ろ、全くもって別方向への強い感情を抱いているようにさえ見える。黒い双眸にさえ映し出されたように明確に分かる其れは、赤く燃え盛る憤怒の炎。その理由は果たして、人々に仇なした存在への義憤か、或いは面倒事の解決を強いられる事となった原因たる存在への憎悪か、その何方かなど隣を歩く霊夢には分からなかった。然れど、ぎしりと軋むような音さえ聞こえる程に握り込まれた拳を見れば、少なくとも憤怒している事程度は分かる。

 

「全く、面倒事引き起こしてくれやがって……もう許さねぇからなぁ……」

 

その口振りを鑑みるなら、それはまるで、面倒事を解決せざるを得なくなった為に憤怒しているかのように見える。しかし、違うのだ。真正面からその目を見る事能わない霊夢では確認のしようも無い。それでも浩二の怒りは、決して自分本位のものではないのだ。憤怒の炎だけではなく、その目にはーー里の皆が、医師の老体も、平野も、そして慧音も。皆の笑う姿が映っていたのだから。

 

「どんな理由でこんな凶行に及んだか知らねぇけど……痛いの一発決めてやるよ……」

 

今まで見た事のない、真剣かつ強い怒りを露わにした浩二の姿に、霊夢は目を見開いて驚いている。

それも当然、いつもなら如何に自分が罵倒されようが、如何に自分が理不尽な暴力に晒されようが、如何に自分が人々に避けられようが。それでも怒る事の無かった彼が、今だけはこうも確かな怒りを抱いているのだ。十年を超える付き合いの霊夢だが、いかんせんそんな見慣れない浩二の姿に、違和感を覚えてしまう。いつものような甲高い声ではなく、捻り出したような低い声も、その違和感の一端だろうか。

 

 

 

「……怒るのは良いけど、誰が首謀者とやるわけ?」

「ん?RIMに決まってんじゃんアゼルバイジャン」

「やっぱりな!(レ」

 

 

 

故にそれを誤魔化そうと軽口を叩いてみたのだが、その問いに答える時には、既に浩二の怒りは鎮まっていた。否、一瞬にして鎮めた、と言うべきか。兎角、そうして本気の怒りを抱いていた浩二は、霊夢の問い掛けには真面目さの欠片もないままに答えて見せる。やはり浩二は浩二か、と呆れる霊夢だったが、不思議と今し方感じていた違和感は消え失せていた。やはりこうして飄々としており、尚且つ掴み所のない性格こそ、霊夢にとっての馴染み深い浩二なのだろう。

 

「だって俺なんかじゃ大妖怪クラスには勝てないからね、しょうがないね」

「ふーん……あのルーミアってのが、あんたは真剣勝負なら強いって言ってたけど?」

「ファッ!?(買い被りは)止めてくれよ……俺はクソザコナメクジだって、それ一番言われてるから(卑下」

「いや、クソザコゴキブリでしょ」

「えぇ……(悲嘆)。訂正するとこおかしいだろそれよぉ!なぁ!?」

 

この一瞬にして、既に彼の様態は普段と何ら変わらぬものとなっていた。切り替えの早さに驚きやら感心を通り越して、霊夢は殆呆れ果てている。演技であったのかとさえ思えるあの怒りは、彼女では真偽を見極める事など出来よう筈も無い。浩二の黒い瞳に宿っていた憤怒の炎も、今ではすっかり鎮火している。そういうタイプなのだろう、と半ば無理矢理に結論付け、霊夢は考えるだけ無駄だとその思惟を放棄した。

 

 

 

「待ちなさい、其処の二人」

 

 

 

その時、霊夢と浩二、二人の視界の外から声が掛けられる。聞き覚えの無いその声は女性である事は確か、だがルーミアやチルノは勿論、霊夢や魔理沙と比べても少しばかり低い。声からすれば、紫と同程度の年齢に思える。二人はその声にぴたりと会話を止めて、些か離れた距離から声を発したその主の方へと向き直った。

 

「態々此処までいらっしゃった所済みませんが、一体何用でしょうか?」

 

その姿は一言で言い表すとすれば、中華。

華人服とチャイナドレスを組み合わせたような、淡い緑色を呈した衣服。

腰まで伸ばした赤いストレートヘアを、側頭部で編み上げてリボンを付け垂らしている。

服のスリットからは白くしなやかかつ肉感的なその脚を見せており、何よりその頭に被る緑の帽子に 付いた星型の装飾品に書かれた『龍』の文字。

今までの少女達に比べ、少々歳を重ねているであろう凛としたその顔で、浩二と霊夢を見据えて眉を顰めている。そんな事など御構い無しに、二人はいつの間にやらその女性の眼前まで歩み寄っているが。

 

「えーと、あんた誰?」

「それは此方の方からお聞きしたいのですが……私は紅美鈴(ホンメイリン)。この館、『紅魔館』の門番を務めております」

 

控え目に尋ねた霊夢に嘆息しつつ、紅美鈴なる女性は恭しく頭を下げた。これだけの規模の館ならば何か有るだろうとは踏んでいた浩二だが、まさか門番までもがいるとは思わなかったらしい。

僅かに目を開き、異変の首謀者がいるであろう館の門番ーー即ち敵である美鈴を注意深く観察しだした。そして霊夢が口を開こうとした時、再び浩二は驚いたような様子を見せる。

 

「…………MIRN姉貴は拳術とか、お使いになりませんか?(ねっとり)

それも陳式太極拳、八極拳、劈掛拳辺りだと思うんですけど……どう?当たってそう?」

 

霊夢の声が喉まで出かかった際に一足早く言い放たれた、浩二の妙な単語の羅列。

無論そんな意味不明な単語を聞いた所で、霊夢に意味など分からない為、話を止めてくれるなと言わんばかりに恨みがましい視線を送るだけだったが。何とそれを聞くや否や、突如美鈴が臨戦態勢を取ったのだ。その顔は邂逅の当初よりも更に眉を顰めており、強く警戒している事は一目にして分かる。

 

「っ!?何故それを!?」

「そう身構えないでホラホラ。今まで色んな武術家を見て来たもんだけど、そいつらの中の何れかと似てると思っただけだって。別に隠れて調べたりした訳じゃないから、大丈夫だって安心しろよ〜」

 

『え?そんなん関係ないでしょ』と答える事も出来ず、その警戒心など何処かへ飛んで行ったかのように、美鈴はただその大きな青い双眸をぱちくりと可愛らしく開閉しだした。霊夢は浩二の言葉に、美鈴が何らかの武術を嗜む者である事は理解したらしく、浩二の突飛な言動に何も言わず、ただ感心したような声を上げる。何故だか霊夢は突っ込まないが、普通ならば美鈴のように、呆気にとられるのが当然だ。今の反応を見るに、恐らく浩二の言ったことは少なからず当たっているのだろう。

しかしその理由が、過去に出会った武術家と似てるから、といった。何が似ているのかもまるで分からないその答えに、美鈴はおちょくっているのかと声を荒げんとする。

 

「もうちょい具体的に言えば、前に会った武術家と身体が似てるからだゾ」

「っ……か、身体?」

「そうだよ(肯定)。各部関節の独特な使用方法、筋肉伸縮時の微小な隆起、身体全体の筋肉の付き方やそれのバランス、稼働した骨格の軋む音、時宜の際の一挙一動やらーー初対面で会って直ぐでも、これだけヒントがあるんだし、過去の奴らと照らし合わせれば、(ある程度推測出来るのも)まぁ多少はね?」

 

尤も、浩二が陳式太極拳などといった、所謂中国拳法を会得した者であると判断したのは、服装によるところが何より大きいのだが。華人服のような衣装、その衣装の色味、帽子の龍という文字、そして名前とあって、更に女性の割に可也の筋肉量があると分かったのだ。それだけ揃えば、誰であろうとある程度の予測はつくだろう。が、美鈴は自分の事を客観的に見る事が苦手なのか。

自分のナリなど考慮もせず、まるで占い師に言われた事が当たったかのような喫驚した顔で、少しだけ自慢げな浩二を凝視していた。

 

「まさか、一目でそこまで分かるなんて……一体貴方はーーいえ、貴方方は何者ですか?一体、何の為に此処に……」

 

呆然とした口調で美鈴がそう宣うと、浩二と霊夢は同時に顔を見合わせる。

そして、一瞬の間を置いた後、息ぴったりとは正にこの事。同時ににやりと、悪巧みをする子供にも似た微笑を浮かべた。

 

 

 

「24歳楽聖もとい博麗の神主、田所浩二にーー」

「博麗の巫女、博麗霊夢よ!この赤い霧を出してる奴をとっちめに来たわ!」

 

 

 

その瞬間、美鈴の眼前で強い風が巻き起こる。それは彼女の長い髪さえ揺蕩う程のもので、反射的に顔を両腕で覆ってしまった。吹き荒ぶ砂塵の中、美鈴は薄く目を開けて、目を見開くことはなくとも、内心何度目かも分からない喫驚をしてしまう。

 

「……えっ、な、はぁ!?」

 

数秒も経たぬうちに晴れた砂塵。その後には、元あったはずの霊夢の姿は消えていたのだ。

代わりにいたのは、にやにやと気色の悪い笑みを浮かべる浩二のみ。そこで漸く、これは消えたのではないと悟る。霊夢は目にも留まらぬ程の凄まじい速度で飛行し、自分の頭上は疎か門すらも越えて行ってしまったのだ。それを彼女が理解したのは、自分の頭上後方に強い霊力を感知した時。しかし、行動に移るには遅過ぎた。一瞬だけ何が起きたのかを理解し切れなかった美鈴を置いて、霊夢は躊躇うことなく紅魔館の領地を飛んで行く。

 

「な、ま、待ちなさい!」

 

だが美鈴とて、伊達に門番を務めているわけではない。確かに彼女は、中国拳法を会得していた。

体術は得意だとその大きな胸を張って言える程に練磨されたものであるし、近接戦の方が彼女にとっては有利であろう。しかし、遠距離へと攻撃する手立てが無い、などという事は無いのだ。

我が物顔で飛び去る霊夢へ反射的に、美鈴は掌を向け、その内に妖力を集中させる。すると彼女の身体全体から腕へ、淡く輝く黄色のオーラじみたものが集いだした。

 

「これでもっ、喰らえ!」

 

そうして掌から放出されたのは、この赤い世界には些かそぐわない、澄んだ藍色の球体ーー『弾幕』である。人の頭程もあるその弾幕は、向けた掌の前に象られると、微かに風を起こし、風を切りながら高速で飛んで行く。飛翔する霊夢は可也の速度である筈だが、藍色の弾幕は美鈴と霊夢の初動の差すらも容易く埋める程の速度で飛来しーー

 

 

 

「ちょっと待って!俺の事忘れてるやん!(関西クレーマー」

 

 

 

霊夢の身体に触れるかと思われたその刹那、直前で藍色の弾幕が何かに遮られ、掻き消された。

弾幕の遮蔽物の拮抗が起こった瞬間、その一帯には金属同士が擦れ合うが如き、甲高い音が響き渡る。そんな中、自分の強めに撃ったはずの弾幕を遮り、剰え僅かな拮抗の後掻き消したそれを凝視していた美鈴は、その正体に気が付いた。其れは、『結界』である。複雑怪奇な紋様の描かれた、ホログラムに見える壁面のようなもの。それこそが結界である。点と点を結び、その間の空間に敵の攻撃を防ぐだけの霊力を込めて、壁という簡易的な形に模るのみ。その程度の事ならば、如何に動く物体への遠隔展開と雖、浩二でも可能である。

 

「……あれは、貴方の仕業ですね?」

 

敵愾心を前面に押し出したその貌を向けられた浩二は、然れどそんな事など何処吹く風で、相変わらず余裕のある微笑を浮かべたままだった。

 

「そうだよ(肯定)。あいつには先に行ってもらって、斥候を務めてもらおうと思った(外道並みの感想」

「追撃…………も、よもや不可能なようですね」

 

背後、背を向けた門の方向へと向き直る事もなく、肩を落として美鈴は宣う。

既に霊夢のものであろう霊力は、館の直前まで差し掛かっているのだ。今更弾幕を放ったところで、然したる意味も無いと察したのだろう。存外に物分りが良い事に感心しつつ、浩二は首を縦に振る事で肯定の意を示した。

 

「こんな豪華なお館にRIMを差し向けるのも、あいつはあんまし礼儀がなってないんで心配だったんだけど……まぁ、今の所関係は敵対してるってとこだからね、(強行突破も)しょうがないね」

「……こんな事をしといてよく言いますよ、全く」

 

微かに拙いことを仕出かした、と言うかのように表情を陰らせる美鈴から意識だけは外さず、浩二は門の隙間から見える紅魔館の全貌を観察する。

 

「いやー、実際これって……勲章ですよ?こんだけのお屋敷に住んでみてぇなー、俺もなー」

「さっき神主とか巫女とか言ってたんだから、神社の方ですよね……?洋風建築にまで興味があるなんて、やはり変人のようで」

 

何処か棘のある辛辣な言葉に、思わず浩二も卑しい笑みを苦笑に変えた。けれどもその視線は、

紅魔館の観察以外に向けられる事は無い。しかしそれは何も、ただ興味本位でというわけではないのだ。罠などは仕掛けられていないか、もしも罠などが有ればどうするか。それらを警戒して、浩二は紅魔館を観察しているのだ。

 

テラスや花壇、広場などの設けられた広大な庭。その中心部に建てられた、全てが血のように赤く塗られた洋館こそが紅魔館である。門から続く道を中央に、両脇には柔らかそうな芝生が広がっている。煉瓦の外壁に沿って一際大きな何らかの樹木が植え込まれており、それはデザイン性に加え、侵入し難くするという機能性を兼ねた仕組みになっているようだ。

 

煉瓦製の花壇には色彩豊かに多種多様の花が植えられ、この距離にして浩二の鼻腔に芳香を届かせる。庭園の奥に設けられたテラス席は、テーブルもチェアも白い鍍金を施された金属の物で、赤い洋館に緑と花の空間に於いて調和を助長していた。

 

罠らしき不自然な地面の隆起や異色は無かった為に、どうやら浩二の目は、罠は無いと訴えているらしい。そこまで見て、やっと紅魔館敷地内の安否を確認出来たようだ。それに安堵して、美鈴という敵対者の前でありながら、浩二は今まで入れていた身体の力を抜く。

 

「まぁまぁ、落ち着いてくれよな〜、頼むよ〜。実は俺からある提案が有るんだよなぁ」

「はぁ……提案、ですか」

 

猜疑の眼差しを注ぎ、疑っている事をつつみ隠そうともしない美鈴。すると浩二は、今度は不敵な笑みを浮かべつつ、彼女の方へと右の人差し指の先を向けた。

 

「多分、MIRN姉貴は中々体術が扱えるダルルォ?じゃけん俺とーー弾幕ごっこじゃなくてこいつを使って、汗だらけで闘ろうや(変態糞親父」

 

そう言うと同時に、浩二は向けていた人差し指を掌に収め、そうしてできた握り拳を、音が立つ程に強く握る。一瞬だけ何を言っているのかと戸惑う美鈴だったが、弾幕ごっこではなく、という言葉の意味を理解する事で、その意図もまた察せたようだ。

 

「……詰まる所、五体のみによる手合わせ、という訳ですね」

「おっ、そうだな」

 

浩二の言動とは即ち、弾幕ごっこではなく、拳と拳で勝負をつけよう、というものである。

浩二の実力がどれだけのものか、未だ美鈴には見せていない。今の結界からして、ある程度なら霊力の扱いなども出来るという事くらいだろう。故に彼女は、選んでしまった。浩二との対決を、最も直接的な形にすると。それが如何なる理由かと問われれば、それはきっと先程見せた結界の所為だろう。幾らただの弾幕であれ、浩二はそれを飛翔する霊夢に上手く座標を合わせ、突発的に展開した結界で防いで見せたのだから。それだけ結界の技術があるならば、近接格闘はそれ程でも無いだろう、と。

 

ーーそれが早計であった事は、初の侵入者に内心大慌てしている彼女でなければ、きっと理解出来た筈なのに。

 

 

 

「いいでしょう。どうせ侵入されからには、せめて片割れだけでも倒しておかねば」

「いいねぇ、好きだよそういう気概」

 

 

 

そう二人が言い合うと同時に、脱力したままの浩二とは違い、美鈴の方は構えを取った。体勢を低くしたまま、右手の平を開いたまま身体の若干前から浩二に向け、左手は握ったまま脇腹へと持って行く。右足を前に出し、左足を後ろへ持って行き曲げる。やはり何処かで見たような型だと、浩二は目を細めた。

 

「……フゥー↑↑(吐息」

 

しかしその思考を、深い吐息を一度吐く事で、一瞬にして自ら断ち切る。相手は既に臨戦体勢なのに対して、自分は其れ以外の、今考える必要の無い無意味な思惟に頭を費やすなど。

今この場で相手以外に気を向けるなど、其れは相手への侮辱に他ならないのだ、と。

気を取り直して、浩二は自分なりの構えを維持したまま、宛ら野獣の眼光と呼ぶべき鋭い目で、美鈴を見据える。美鈴もまた、鋭い目をして浩二を見据える。二人の視線はまるで熱線が如く交差しあい、空いた二人の間に熱さえも感じられる程の闘気が籠っていた。

 

 

 

「余り、時間をかけてもいられません。早くに終わらせたいものですが、ね」

「俺は結構時間が掛かると思うんだよなぁ……まぁ此処は一つ尋常な勝負を、ハイ、ヨロシクゥ!」

「(手合わせの前なのに、何でこんな軽いんだろう……というか早く終わらせないと……あの人(・・・)に怒られちゃうよぉぉぉ……)」

 

 

 

尤も美鈴の方は、見せ掛けの闘志なのかもしれないが。




野獣先輩は中々鋭い五感を持っていらっしゃるようで、人間の体内から発せられる骨肉の稼働音も聞き取れるみたいですね(盲剣の人並みの設定

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