リアル事情が積み重なると辛いですね……これは辛い
「ふっ!」
一陣の風が吹き荒ぶと同時、豪、と風の唸る音が鳴る。常人であれば目視することすら儘ならぬ程の速度で、木製の長い大幣が振るわれたのだ。それは右袈裟の要領で斜め右上から振り下ろされ、余裕を感じさせる表情をした浩二の肩に迫る。
「もっと身体全体を巧く使ってホラホラ」
若しもその大幣による一撃が当たれば、通常の人間では骨など容易く砕けてしまうだろう。しかしながら、浩二には通じない。軽い口調でそう宣うと同時に、浩二は振り下ろされた大幣を、いとも容易く受け流した。受けるのでも、避けるのでもない。僅かに左手を大幣に添え、落下の勢いに一切逆らう事無く、左手で微かに向きを変えて身体に当たる所を逸らしたのだ。身体の傍を、勢い付いたそれが通過した時、風圧で浩二の短い髪が微かに揺れた。大幣による一撃を放った、巫女装束らしき服装の少女は、短い舌打ちと共に素早くその場から飛び退く。
「何でそんな簡単に受け流せんのよ」
「
肩で息をしながら顰めっ面で問う霊夢と呼ばれた少女に、浩二は精神を逆撫でするようなしたり顔でそう答えた。二人の対峙している場所、其処は二人の住まいたる神社、『
「いや、抑さぁ……体術とか、必要無いでしょ?基本は弾幕ごっこで終わりじゃない」
「肉弾戦は絶対に無いと思ってるの?そんなんじゃ甘いよ」
口振りや今迄の行動を鑑みるに、どうやらこの二人は師弟にも似た関係にあるようだ。
現に霊夢は大幣を持っていながら、徒手空拳の浩二に対して一度も攻撃を当てられていない。
この実力差では、霊夢の立場の方が上という事は無かろう。
「別に、私は結界とか有るし……近寄る必要も無いし、能力も有るし」
「細かい事は無しで、ハイ、ヨロシクゥ!いいから続行するんだよ、あくしろよ」
不平不満をぼやこうが浩二は容赦無く、気怠げに肩を落とす霊夢を急かす。霊夢が大幣による接近戦を仕掛け、それを浩二が躱し防ぎ続けるという内容を、かれこれもう三十分は繰り返していた。
それでは霊夢が怠けてしまいたくなるのも、無理はなかろう。増して彼女は、そういった努力や修業などとうった行為を好ましく思っていない。生来才能を持っていた彼女は、日々の怠惰貪る代償として、程々の力を持ったまま妥協しようと考えているのだ。
「大体、私は修行なんてしなくてもそれなりに出来るから良いのよ。人生諦めが肝心なのよ。きっとそうよ」
「諦めるのはせめてもう少し努力してから言って、どうぞ」
「私は日々を自堕落に過ごしたいの。今の所異変は解決出来てるんだから、文句は無いでしょ?」
しかし、霊夢も譲らない。こんな無駄な努力を重ねる暇があるなら、神社の中で茶を啜って昼寝したい。そんなどうも可笑しな考えが、浩二との対立を招いていた。努力を余暇の中での事と考える辺り、如何に霊夢の努力する姿勢が無いのかが分かるだろう。
「実はこの前人里で、クッソ美味い茶菓子貰って来たんだけどなー……そんな態度じゃどうすっかなー、俺もなー」
しかし其処は浩二、策士である。どうやら口での戦いでも、彼は霊夢よりも一枚上手らしい。
思わせ振りな口振りで彼がそう言うと、霊夢の目の色が突如変わり、血走ったものとなる。心なしか、彼女の放つ雰囲気までもが変わってしまったような錯覚を覚えた。血肉に飢えた獣の如く、獰猛な双眸が浩二を捉える。
「俺に一発でも当てたら、食わせてしんぜよう……と思ーー」
「ッシャオラァ!」
一瞬にして臨戦態勢に入り、一瞬にして霊夢は地面を蹴った。先程までの動きとは比べ物にならない程の速度で迫る霊夢は、諸手で大幣を握り締め、即座に浩二との距離を詰める。
たん、という彼女の体格通りの軽い音でも、だん、という強く地面を踏みしめる音でもない。
ごっ、という凡そ人間のものとは思えない程の重々しく、強かな音を発して、霊夢は踏み込んでいる。
「すっげぇ早くなってる、はっきり分かんだね」
そんな彼女に対しても、浩二は至って余裕げだった。ほんの三足程で間合いを詰めた霊夢は、突進の勢いを利用し、全力の右切り上げを放つ。半ば破裂音とも言うべき風を受ける音を境内中に響かせ、大幣が馬鹿げた速度で浩二の右腕を圧し折らんとしていた。
「でも幾ら力や速度が有っても単純な攻撃じゃ意味が無いって、それ一番言われてるから」
そんな超人的な膂力と速度による切り上げに、しかし浩二は焦らない。後カンマ数秒でその浅黒い皮膚に当たるという寸前。その寸前で彼はその170cmの体躯を、これまた超人的な速度で縮めた。切り上げの入る角度を一瞬にして分析し、当たらない限界の所まで伏せたのだ。さしもの霊夢も、これだけ全力で放った一撃を、余裕ぶっていた彼が躱すとは思わなかったらしい。その獰猛な顔には、僅かながら喫驚の色が垣間見える。
「ホラホラ外したなら直ぐ次の攻撃に移ってホラホラ」
ふ、と霊夢を鼻で笑う浩二。そんな彼に、霊夢は憤怒と欲望で更に加速した連撃を見舞い続けた。
豪、豪、豪、と。とても姿通りの少女が放った、只の木の棒による攻撃とは思えぬ程に、その一撃一撃は人間という枠組みを逸脱したものである。その上、冷静さを欠いているように見えもするが、それでいて攻撃の繋ぎ方は巧妙だ。
「お、だいぶ上手くなってんじゃんアゼルバイジャン」
先程の右切り上げから唐竹に移るには、些かの時間を要したが、その後の霊夢の行動は早かった。
唐竹を紙一重で回避されるも、振り切らず空中で静止させての右薙ぎ。それを右手ですんなりと受け流され、大幣は身体をずらした浩二の顔に近しい空を切る。
「さっさと、当たりなさいよ!」
「当ててみろよみろよ」
しかし終わらない。怒号を放つ中でさえ、霊夢の攻撃の筋は一切ブレなかった。
受け流された後は、袈裟斬りの要領で大幣を振るう。既に無茶な態勢の浩二に対して放たれたそれは、一見回避は不可能に見える。否、現にその状態からの攻撃は、如何に今迄超人的な体術を披露した浩二といえど不可能だ。彼も油断していたのか、しまった、という若干ながらも焦燥の念をその顔に浮かべていた。
「殺ったァ!」
よもや可憐な少女の顔などは影も形も無く、霊夢の表情は凶悪なものに成り果てている。
しかし、それも無理はない。かれこれ三十分間、一度も攻撃を当てられず、剰えその都度挑発して来ていた相手に、漸く重い一撃を下せるのだから。何よりそんな相手が、馬鹿にしていた自分の一撃を受けざるを得ず焦っている。そんな状態に、霊夢は少々歪んだ悦楽を感じずにはいられなかった。
「ーーこ↑こ↓」
刹那。ぼう、と、重々しく大きな何かが、霊夢と浩二の間を通過する。
その後一瞬、霊夢の手元に強い衝撃が走った。手の中で何かが暴れ出したような、そんな衝撃が。
そして更にその後一瞬、次に彼女が感じたのは、諸手に訪れた虚無感と違和感だった。
まるで、今迄持っていた物が無くなったようなーー
「…………え?」
そう。諸手に握り締めていた大幣は、いつの間にやら消えていたのだ。徐に視線を落とした霊夢は、
その唐突な出来事に思わず素っ頓狂な声を上げ、目の開閉を繰り返す。つい先程まで振るい続けていた得物が無くなり、さしもの激昂状態だった霊夢も困惑気味である。そんな中、彼女はある異変に気付く。浩二の浅黒く太い腕が、いつの間にやら天に向けられていたという異変に。
「……まさか、アンタ」
そして、霊夢が浩二に推測を述べようとした時。彼は何かに気付いたように、自らの右手を身体の前へ出す。
「落ちてきちゃっ……たぁ!(現場監督」
その右手が、空から回転しながら落下して来た大幣を、容易く掴み取った。
無論大幣と言えば、今の今まで霊夢が使っていた大幣に他ならず。その使い手だった彼女本人は、驚き混じりの呆れた表情をしていた。
「はぁ……やっぱり、弾き飛ばしたのね」
「そうだよ(肯定」
随分と簡単に言ってはいるが、実際に霊夢と手合わせをしてみれば、それが如何に難しい事であるかは簡単に分かる。ああも細い棒切れが風も唸る程の速度で、しかも自身は無茶な体勢でいる最中、
横方向から来る大幣を右手一本で瞬時に上空へ弾き飛ばす。超人的、と言うよりも、悪魔的。
人ならざる者としか思えない。その出来事に、一周回って憤怒の炎も消え、霊夢は只々呆れ果てて溜息をついた。
「今迄は俺も加減して避けるだけだったけど、実戦じゃあこうやって無力化される事もあるから。こうやって事前に備えておいた方が良い……方が良くない?」
「あぁ、はいはい……けどそんな芸当が出来る奴、多分ここでもそうそういないんじゃないの?」
「い、いますよー。歳を重ねた大妖怪とかだったら、多分普通に出来ると思うんですけど(迷推理」
奪い取った大幣を、浩二は右の腕で器用に回す。棒術の心得が有るのか、その動きはとても未熟には見えない。熟達した武道家が演武を披露しているかのような、本人は汚いと言うのにその動きは美しいという他なかった。尤も以前からそれを見ていた霊夢は、何ら驚く様子もなく、一撃も当てられなかったか、と肩を落とす。
「あー、けど、今のは弾かざるを得なかったんだよなぁ。それじゃあ当たってはないけど、躱せてもないし……さっき言った茶菓子欲しいかRIMゥ」
そんな彼女を見かねてか、本心からそう思っているのか、浩二は暗い雰囲気を身に纏ってた霊夢にそう言った。すると、先程までの血走った目と今し方の影のあった目は何処に行ったか、途端に目を輝かせる。
「いる!」
「しょうがねぇなぁ」
漸く年相応の一面を見せた霊夢を微笑ましく思いながら、浩二は神社へと歩き出した。
ーーーーーー
「全く、何でアンタの方には依頼が舞い込んできて、私には全然来ないのよ……」
「RIMは取っ付きにくい雰囲気が有るんだよなぁ。もう少し人当たり良くして、どうぞ」
所変わって、神社の居間。卓に置かれた大量の信玄餅を早いペースで消費しながら、二人は向かい合って談話を繰り広げていた。求肥加工された柔らかい餅にきな粉を塗したもので、その上に黒蜜をかけて楊枝で食す餅菓子、それが信玄餅である。どうやら霊夢は見たことが無かったようだが、一度食せば、よもや見た事がないなどどうだって良い、と一心不乱に食い進めた。
「寧ろ、何で仕事の関係でしか無いのに、そんな人と関わろうとするの?」
「人と仲良くするのは楽しい……楽しくない?」
浩二の言に、うぅん、と微かに唸りながらも、緑茶で口内のきな粉を洗い落とす。ほのかに甘いきな粉と味の濃い黒蜜が、程々に薄められた茶で調和されていく。飲み終わった後は、思わず霊夢も中年のように、「ぷはー」と、この後に「今日も良い天気☆」とでも続きそうな声を上げた。
「いやー、私には分からないわ。人付き合いとか面倒臭いったらありゃしない」
「それだから仕事が入ってこない、はっきり分かんだね。人との関わりは大事にしてくれよなー、頼むよー」
一応、霊夢も浩二と同じように、妖怪退治等を生業としている。実力では、体術ならば兎も角、総合的なものならば霊夢の方が上であることは、周知の事実。増して、価格設定は同じ博麗神社の者である事もあり、全く同じ、通常の五分の一である。だと言うのに、何故霊夢には全くと言って良いほど依頼が来ないのか。その理由も、彼女の言を鑑みれば容易く分かる事。
「仕事したいって訳じゃないけど。やっぱり、養われる身は何だかね」
現在この博麗神社の運営や業務、更には日々の生活費等を稼ぐのは、大半が浩二が一人で成している事である。仕事のない日は境内の掃除や家事雑事、仕事があれば東奔西走して妖怪退治。
引っ張り凧ということもあって、忙しくない日の方が少ない。更にそれで霊夢を養わねばならないのだから、シングルファザー宛らである。
しかしそういった姿勢により、浩二が人里での評判を上げている為、この世界ーー『幻想郷』の東端に位置するこの博麗神社にも、時折ではあるが参拝客が足を運んでくれたりもしてくれるのだ。
「お前はまだまだ子供だから養われるのも、まぁ多少はね?」
揶揄うような口調でそう言うと、やはり霊夢は顔を顰めた。確かに未だ彼女は幼いが、それでもこの位の年齢の子供達は、人里では既に農業等に従事し精を出している。霊夢も時折、本当の稀ではあるが、命を懸けての戦いに望む事もある。しかしながら最近ではそういった事例も無く、完全にニート生活を送ってしまっていた。
「ま、このままずっと養ってくれるなら願ったり叶ったりね。働かなくて良いんだもの」
「MRSは自分から異変解決なんかに行ってるんだ。お前も見習わにゃいかんとちゃうか?(イニ義」
「魔理沙は好奇心と興味本位じゃない。自発的な分私よりはマシだけど、動機は全く正義感とかそんなんじゃないわよ」
先程の体術での攻防よりも素早い切り返しをした霊夢に、思わず浩二も唸ってしまう。
確かに魔理沙は正義感やらそんな綺麗事で動くようなタイプではない。自分の魔法がどれだけ通用する相手か、どんな相手か、どんな理由か、何か有益なものがあるか。そんな邪な理由こそが、魔理沙が妖怪退治や異変解決に臨む理由である。
「全く……博麗の巫女になっちまったんだから、そういう忙しい生き方するのも仕方ないだルルォ?」
「望んでなった訳じゃないんだけどね」
「オォン……いや、実際不本意なのになっちまったから、やる気が湧かないのもまぁ多少はね?
けどさけどさ、そうなっちまったからにはいっそ開き直って、その人生を謳歌する位した方が精神衛生上良いと思うんですけど(至言」
「長い。というか、私はそんな開き直れる程能天気じゃないわ」
早口おばさん宛らの長ったらしい言葉も、霊夢には響かないようだ。相変わらず気怠げな顔をして、今ものったりとした緩慢な動作で信玄餅を食している。浩二も食しているのだが、話に没頭してしまっているのか、今は手をつけられていない。お陰で霊夢は彼の分にまで手を出しているが、それにさえ本人は気づいていない様子。
「私が巫女を止めたり逃げ出せばこの幻想郷は拙い。けど私が巫女のままだったら、死ぬまで妖怪退治でもしたまま使い捨てられる」
するとそんな折。霊夢が忙しなく動かしていた楊枝を、ピタリと止めてそう呟いた。
浩二の霊夢に対する説得を考えていた頭も、一瞬だけ動作を停止する。心なしか彼の顔付きも、焦燥感が垣間見えた。突如として変わった、霊夢の放っている雰囲気。それは、仄暗い負の感情を感じさせられる、靉靆なものだ。
「ちょーー」
「知らない間に勝手に妖怪と戦わせられて」
どうにか雰囲気を変えねば、と思い立ち話題の中断を図る浩二だったが、それも無駄に終わる。
彼が言葉を発そうとした瞬間に、霊夢が言葉を重ねて、負の感情が乗せられた呟きで上書きした。
「待っーー」
「知らない間に一つの世界を背負わされて」
どうにか止めようとするも、彼女の言葉は止められない。霊夢の重苦しい言葉の重みに、浩二がある意味気圧されている、という事もあるのだろう。今まで落ち着いた面持ちであった彼の表情が、色濃い焦りと不安を見せた。
「分かっーー」
彼女の言葉の暗い何かが、沸沸とその嵩を増していくかのように。込められた負の感情が、少しづつ大きくなって来ているのを、浩二は感じ取っていた。だからこそ、話題の転換を試みたのだ。
この雰囲気では居た堪れないが故に、下らない話題でも振って、少しでも場を和らげようと。
「知らない間に……両親もいなくなって」
「ーーっ」
しかし、喉元まで出掛けたその言葉も、霊夢の顔を視界に入れた瞬間、止まる。
「私は……普通に生きたかったのよ」
未だ日の照る昼時でありながら、その場の空気がほんの一瞬だけ、酷く寒々としたものにさえ感じれた。霊夢はその顔に悲壮感を漂わせている。そして、その中には何かに想いを馳せるような、そんな感情も僅かに見えた。その表情が、その雰囲気が、その言葉が。浩二には痛い程に、その心へと届いてしまって。
「ぉ、お、う……」
気の利いた返事の一つさえ、彼には言葉に出来なかった。いつもならば、刹那にして譫言や戯言で返すような浩二が、その時だけは何も言えなかった。それどころか、彼は俯いてしまう。
自分が何を言えばいいのか分からないのか、至極正論で返す言葉が見つからないのか。それは霊夢とて知る由はなかったが、彼女はそんな浩二を一瞥し、ゆらりと立ち上がる。
「……ご馳走様。少し休んでくるわ」
それだけを言い残すと、霊夢は足早に居間を後にした。
「ハァー(クソデカ溜息)……だっせぇな俺……」
一人残された浩二は、もう残り僅かとなった信玄餅の置かれた卓の上に突っ伏す。
彼の小さな、自嘲げな呟きは、誰もいない居間の静寂を微かに和らげた。
真面目な話出ちゃったけど、どう?読めそう?
一応私としても、こういった真面目な話は程々にしたいです。飽くまでネタ作品ですので。
ただ、キャラの背景自体は割と真面目ですね。今回は神社での日常を書きたかったわけです。
戦闘シーンのしょぼさは目を瞑って頂けると助かります。
外では三枚目のおにいさん。家では義娘(みたいな存在)に手を焼く気苦労お義父さん(みたいな存在)
おにいちゃんかっこいい〜!(イサキおじさん