幻想RI!神主と化した先輩   作:桐竹一葉

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長らくお待たせしてしまい、誠に申し訳ございません。今後は以前のようにとは行かないまでも、少しでも更新速度を速めて行きたいと考えております。


あ、そっか生きてえなぁ(届かぬ願い

宝珠が如き深紅の砲弾、もとい弾幕。幾千、幾万、或いはそれすら凌駕せんとする莫大な物量であった。その一発一発が壁面や床に触れる度にその部分は抉り取られ、刮ぎ落とされ、けたたましい音を立てて爆ぜ消える。荒れ狂う暴風による花嵐のようなその弾幕を、浩二はこの赤い空間には些か似つかわしくない、浅黒い身体を器用に使いつつ状態を捻り逸らし、じりじりと移動をしながら避け続けていた。その動きは一言で表すならば、必要最低限。時折損壊した腕を掠めると、一度は止まりかけていた紅血が再度流れ出す。内心舌打ちしつつ、決してその焦燥を面に出す事は無かった。ただ、相も変わらず薄っすらと笑みを浮かべて、宛らその現状を楽しんでいるかのように見せかけている。然し乍ら、その心の中に渦巻く暗澹とした重い焦燥であり、その頭の中に巡らされるは莫大な現状打破が為の思惟のみであった。

 

「凄い!凄いね浩二!全然当たらないよ!」

「アーシニソ……冗談抜きで死ぬ程疲れるんですが、それは」

 

身体の僅か数糎離れた空虚を割いて飛来する弾幕に視界を覆われながらも、浩二は呆れたような声色でそう独りごちる。赤い宝珠が傍を通り抜けるその度に、身の自由を奪われそうになる程の風圧が彼を襲った。逆巻く暴風は、浩二が左腕を抉られた時から始まり、肉弾戦での時間を含めて五分以上も絶えず生じている。人外たる彼の再生能力が幸いし、損壊部分は既に骨までは完全に覆い隠しており、今や見えるのは文字通り筋張った赤い肉のみである。但し、それでも未だ可也の傷である事に変わりは無い。その証拠に、まだ彼は左腕を力無く下げたままであった。或いは、そうしておく事こそが治癒の近道なのか。

 

「フゥー↑↑……もう出血も結構な量だし、早く治療しないと拙いですよ(焦慮」

 

浩二の左腕から流れ出していた血は、何時しか彼の肩は疎か左半身にまで及び、浅黒かった肌の半分は血色の斑模様を呈していた。その要因は、肉弾戦の際に出血を抑える暇も与えず、フランドールが浩二への猛攻を仕掛けた事だろう。対話を試みる暇さえなく放たれた弾幕により、必然的に彼もまた退避行動を取らざるを得なかった。使い物になりそうもない左腕を庇いつつ、身を捩るようにして避け続けた弊害として、左腕の血は撒き散らされ、この赤い部屋諸共浩二の身体を染め上げたのだ。

しかしフランドールは気付いていないが、奇しくも彼女の立場からすれば、即座に攻撃するという行動は概ね正しい。若しも浩二に僅かでも時間を与えれば、きっとあの損壊部分は()()()()()()()()()()のだから。

 

「治療なんてする暇が有るようには見えないけど?」

「暇は作り出すもの、はっきり分かんだね。君の弾幕はとんでもない密度だけど、(こんな状態で避け続けるつもりなんて微塵も)ないです」

 

彼の不可解な言動に、自らの周囲に弾幕を展開したままフランドールは首を傾げる。浩二の素振り、様子や行動から察するに、自分から入って来ただけあって、どうやら逃げるつもりはないらしい。

然し乍ら、この室内では遮蔽物なども有りはしない為、攻撃に当たらない為には避ける他ないのだ。

今までも彼は一定の距離と範囲を保ちつつ避けていたが、それもあれだけの出血と運動量である。

更に先の近接戦闘のせいで多くの血を失っており、既に彼の体力は大きく減っている。例え避け続けられようと、その内に体力も尽き攻撃を受けるのは自明の理であった。

 

「あっ、そうだ(閃き)。このままじゃ君も詰まらないだろうし、少しお話とかどうすか?」

 

だと言うのに、この余裕。その上、避ける事しか出来ない現状に置かれながら、避け続けるつもりはないと宣う。フランドールが首を傾げるのも、当然の事だった。未だ攻撃の手を緩めることはなく、しかしこんな弾幕の中で尚も交わそうとするお話とやらに興味が沸いたか、フランドールは黙する事でそれに対し同意する。

 

「俺は一応霊術が扱えるんだけど、結界なんかを張る時は『陣』を敷いた方が良いんだよね。それ一番言われてるから」

「結界……陣って?」

「具体的に言えば、結界の四隅を札にしたり、いっそ結界の枠組みや縁を全て札で作ったり……まぁ多少はね?要は、力の宿った物を媒体にした方が、結界は効率的に使えるってこ↑と↓」

「ふーん……」

 

急遽始まった、少女と男が織り成す対談。暴風雨が如き弾幕の音と爆発音の中、二人の声は互いの耳朶を確かに打っていた。然しながらその話題の意図が、フランドールには分からないようだ。話に相槌を打ってはいても、その顔には疑念が露わになっている。会話たり得ぬ会話、されど浩二は、そんな彼女の表情目を向けると、これだけ危機的な状況に陥っている事さえ気にすることもなく、にっ、と微笑んだ。或いは、余りの危機に乱心しているのか。

 

「力が宿る、ってのは霊力だとか妖力だとか……そういうのが宿るのは、勿論身体全体。でもその宿る力は、ある程度部位なんかによって量の多寡は違うんだよなぁ」

「へー、気にしたことも無かったわ。それで?」

「例えば、心臓とか多い……多い……多すぎ!(現場監督

力の源っていうのは、同時に生命力の源にもなるような物が多い。はっきり分かんだね」

 

すると言葉の区切りと共に、浩二の右腕が淡い青の光を放ち始めた。仄かな温もりを感じさせる、優しげな燐光。それが突如として、彼の左腕を覆うようにして放たれたのだ。その光こそが、浩二の言った力の一つ、霊力である。先程の美鈴との戦いでは使わなかったーー言うなれば、使う必要の無かったそれを、ここで遂に使ったという事実。それは暗に、美鈴とは比較にならぬ程の力をフランドールが持っている事、霊力を使わねばならない程に切迫した状態である事を表していた。フランドールは弾幕を放つ事以外に、何一つ力を消耗していないのに対して、である。

 

「で?結局、その結界の事と力の量に、何の関係があるっていうの?」

「焦るなよ、焦るな……実は力ってのは、血液にも多めに宿ってんだよ。でもやっぱり血なんて使い過ぎたら死ぬしで、基本術なんかにはつっかえ……」

「だーかーら?」

 

消耗がないとはいえ、さしたる進展もないままでは、フランドールの口調が少々強められるのも仕方ないことだろう。

とは言っても、斯様に優れた容姿を持つ彼女が頬を膨らませて言ったところで、さしたる威圧感さえも感じられない。寧ろ、愛嬌さえ感じられる事だろう。浩二はそんなフランドールに、そう急かすな、と言うように苦笑を浮かべた。

 

「じゃあ、今度はクイズ方式でイキますよぉ、イキますよ、イクイク」

「……今更だけど、全然余裕みたいね」

「ほれ(問題)出すどー(無視」

 

呆れたと言わんばかりに目を細めるが、それを無視して浩二はその問題を出題せんとする。フランドールは、ただ単に自分の話を聞くつもりはないのだと考えているようだった。しかし、彼女は持っていない。優れた視力を持っていても、人を見る目というものを持っていない。同様に、彼女は知らない。その余裕は、仮初めの虚勢である事を。

 

「俺が急にこんなクッソ詰まらない話をし始めたのは何故でしょうか?」

 

飽くまでその得体の知れない妙な笑顔を、貼り付けたまま崩す事も無く、全身に走る苦痛に歪める事も無く、至って愉しげにそう問うた。そんな事など一切知る事のないフランドールは、浩二の問い掛けに辟易したのか、先程までよりも尚一層弾幕の密度を高め始める。それはきっと。彼女なりの回答なのだろう。即ち『退屈な話をするなら死ね』と。元来その威力と相俟って部屋を破壊し続けていた赤い凶弾が、そんな意図を如実に示すように、物量と脅威を増して彼を襲った。

 

「本当に詰まらない話ね。私はそんな話が聞きたくて貴方を生かしてるわけじゃないのだけど」

「実際に、詰まらないって言われると、エンターテイナーとして、傷付くから、やめちくり~……」

 

勢いも量も威力も、全てが増した弾幕の所為か、或いはもっと別の所の所為か、今まで自然体と何一つ変わらず話していた浩二の言葉が途切れ始める。それでも、フランドールは彼自身の身に起きている異変に気づく事はない。他者に対して無頓着な彼女だからこそ、ほんの僅かな間に見せた浩二の苦悶の表情を見逃していた。そしてそれは、奇しくも彼の命を救った事になる。どうにか命拾いした事を神に感謝しつつ、浩二は整えたこの状況を見て、また深く笑った。

 

 

 

「しょうがねぇなぁ、早々に答え合わせしてやるか」

 

 

 

刹那、彼の身体を包み込むようにして、薄く明るい青色の『箱』が現れる。否、厳密に言えばそれは箱ではない。箱型にして、浩二を包み込むように布かれた、一辺3米程はある立方体の、淡青を呈した『壁』であった。浩二の視点からして、正面、後方、右方、左方、上方。四方八方からのありとあらゆる干渉を拒むが如く、その『壁』は立ちはだかっている。

 

「何それ?」

 

目を丸くして、フランドールは突如眼前に現れた『壁』を凝視している。永きに渡り幽閉されていた彼女からすれば、未知とは興味なのだろう。一度は弾幕を放つ事さえ止めて、観察に徹している程だである。彼女の深紅の目から見たそれの色と透明感は、良質なステンドグラスを彷彿とさせた。然し、彼女とてその本質が分からないわけではない。弾幕という、霊力や妖力を扱う術を持っている以上、彼女もまたそれの本質は理解していた。『目の前に現れた淡青の壁は、霊力のみで構築された物である』、と。だが逆に行ってみれば、彼女はそれしか分からない。その霊力の壁が、如何にして作り出されたのかも、如何なる用法があるのかも。そして、何故浩二が一瞬にして、これだけ高密度の霊力の結晶と言うべき壁を作り出すことが出来たのかも。

 

「その驚く顔、いいね~。好きだよそういう顔!(煽り全一」

 

そんなフランドールの喫驚と僅かな困惑を知ってか知らずか、浩二は小馬鹿にするような間抜け面を引っ提げて、霊力の壁を隔てた先の彼女にそう言う。その上、余分かつ大袈裟な所作までも織り交ぜるものだから、先程までとは違う方向性ではあれど、フランドールはまたもや機嫌損ねたようだった。だが、それが攻撃の手に影響を及ぼすかと言えば、そんな事はあり得ない。彼女は白い細腕を、徐に浩二へ向ける。

 

「何のつもりか知らないけど、それで貴方の状況が覆せるの?」

 

空に浮かぶ幾千の星のような、赤い球状の弾幕が、再び彼女の掌から放たれた。その一発一発は、地面を削り天井を抉り、風切り音を鳴らし爆音を轟かせる、そんな恐ろしい光景が何よりも立証している。元より、フランドールと浩二との距離は、決して広い方ではなかった。約8米、二人のような高い身体能力を持つ人外であるならば、一足にして詰め切る事の能う間合いだろう。

現に、今し方放たれた赤い弾幕は、既に浩二を破壊せんとしてその憎たらしい顔に、延いてはその目前に存在する霊力の壁に当たりーー

 

 

 

「大丈夫ですよ、バッチェ防げますよ」

 

 

 

ーーその刹那、最も早く着弾したその赤い弾幕は、劫火に飛び行った蛾の如く掻き消えた。

 

 

 

「…………」

 

さしものフランドールも、その光景には多少なりとも驚きを隠せずにいるようだった。真紅の瞳を常より大きく見開いているのが、良い証拠である。しかしそんな彼女の喫驚など関係無く、既に放たれた弾幕直線的な軌道を描いて、浩二を破壊する為に飛翔した。しかし、それもまた無意味である事は、既に分かりきっている。

 

「いいね~。なんて強固な壁なのだ(明治の文豪」

 

二発、三発、四発と、紅い砲煙弾雨が空気さえ震わせて、悉く淡青の『壁』に衝突した。然れど、それの効果が見られる事はない。今も尚降り注ぐ弾幕の中、浩二への行く手を遮る『壁』は、まるで打ち砕かれる様子は無いのだから。それどころか、これだけの集中砲火を受けて尚、亀裂や皹の一つ二つも見受けられない。ただ弾幕が触れては、拮抗する事さえ出来ず掻き消されて行くだけだ。響く音は衝突音などではなく、幾度となく繰り返される煙幕が噴き上がるような消滅の音のみ。

 

「…………そっか。それが『結界』なんだね」

 

遂に最後の一発が掻き消され、そうして弾幕の嵐が過ぎ去った頃、フランドールは存外平静にも感じられる声色のままそう言った。その問いに、浩二は決して明確な答えを提示する訳でもなく、ただ彼女に向けて微笑みを返す。だが、それが即ち肯定の意を表している事は、不思議とフランドールにも理解出来た。淡青の『壁』ーーもとい霊力によって形作られた『結界』の中で、僅かながらも余裕を取り戻したせいか、浩二が口を開く。

 

「さっきも言ったけど、結界は予め陣を敷設しておくのが一番、なんか効率的。けど、生憎今は札なんかも持ち合わせてないんだよなぁ……とすれば」

 

その言葉と同時に、彼の視線は床に向けられた。正確に言えば、結界と床の密着した部分。

しかしフランドールは、淡青の光で構築された壁面から、殊更何かを窺い知ることは出来なかったらしい。それを見抜いたが故に、ふと浩二はその視線の先、結界と床の密着した箇所に右の人差し指を触れた。結界に触れた指は、先程のフランドールが放った弾幕の如く掻き消えるかと思いきや、然し乍ら何ら彼に影響を及ぼしていない。すると、結界という未知の術に感心している彼女へ、浩二は右の人差し指を一本立てて見せた。

 

「俺の指に付着した物、何これ?(関ク感」

「……?それ、貴方の血でしょ?」

 

そう。彼が指で触れて掬い取ったのは、左腕の重傷や身体中の擦り傷から零れ落ちた、自身の血液である。先程までの弾幕によって付けられた傷から滴る、未だ鮮紅の血液ではなく、多少時間を経た事が窺える、黒みを帯びたものだった。それは詰まり、比較的古い傷、左腕からの出血なのだろう。

浩二は指を床に押し付けた訳ではなく、ただ微かに触れただけ。それでも指に付着した黒ずんだ血は、末節から中節までを塗り潰している。見ればその左腕は、既に損傷箇所の大半が治癒を終えており、よもやそれ程多量の血液が出せるとは思えない。となれば、()()()()()沿()()()付着している血液は、左腕の傷の回復がまだ進んでいない頃のものとなる。

 

 

 

「ーーあっ」

 

 

 

すると、今まで思案顔をしていたフランドールが、不意に声を上げた。意表を突かれたというような、そういう類のものだ。そんな彼女の反応に、浩二は満悦して首を縦に振る。その行動は、フランドールの推測しているであろう物事を、暗に肯定しているのだろう。指に付着した血を手を振り払って除けつつ、彼は得意げな表情で口を開いた。

 

「人の話は……しっかりと……聞こうね!俺が何で態々、こんなだだっ広い部屋の中で、そのほんの一部でじりじり身を躱してたのか……分かる?この問いの意味さ(カーリー」

 

フランドールが弾幕を放ち始めて、ここに至るまでは凡そ10分弱経っている。今となっては左腕からの出血量には期待出来ないが、これが5分程前であったなら、()()()()()()()()()()()()事も、決して難しい話ではなかった。そう、四辺。浩二の指に触れた血は、能く能く見てみれば、彼の周囲を囲うようにして付着しているのだ。一辺一辺がほぼ同じ長さの、正方形の囲いとして。

 

「…………分かった。あの時態々小さい動きで避けてたのは、そうしながら腕の血で『陣』っていうのを作ってたから」

「そうだよ(解答」

 

フランドールが漸く答えを見つけて口にすると、浩二は態とらしく頭上で両腕による輪を作った。

只彼女の攻撃を避けるだけならば、態々最小限の体捌きなどで避ける必要はない。この広い室内を存分に使って、縦横無尽に駆け回れば良いだけの事。それを敢えてせず、一定の範囲内でのみ躱し続けたのは、全てこの結界のためである。

 

「本当なら、俺はこうも安安と結界は張れないんだよなぁ……けど陣を敷いておけば、結界の強度も展開速度も段違いに上がる。何せ結界っていうのは、イメージのみで構築が簡単に出来る程簡易な術じゃないし、当たり前だよなぁ」

 

結界術というのは簡素に言えば、点と点を結び面を成す術。

例えば術者の脳内イメージによる結界構築なら、視界に映る空間の座標を任意で四点設定し、その点と点の間を結合させ、出来た枠組に霊力等を薄く引き伸ばし取り付けるような形象を浮かべ、力を注ぎ込む。そういった複雑な肯定を踏まねばならない。尤も例外というのは何処にでも存在するもので、霊夢などは幼い頃から、陣さえ必要とせず結界を即座に構築したものだが。常人、或いはそれに準ずる才能しか持たない者では、真っ向からの戦闘で結界を利用するには、陣などといったその他の要素を利用する他ない。浩二もまた、その一人であった。

 

「兎に角、これで俺がこわれる事も無い。生憎生きちゃいないけど、この壁にぃ、攻撃しまくって、それでストレス発散するってどうすか?(名案」

 

無論、最初からそんな提案があってフランドールとの接触を図った訳ではない。霊夢達の異変解決に支障が出ないよう、万が一に備えて、この館の中で最も力を持った存在ーーフランドールを足止めする為だけにここへ来たのだ。如何に霊夢と言えど、異変首謀者とフランドールを両方相手取るのは厳しいものがあるだろう。何より、この目の前に佇む少女が、大人しく弾幕ごっこなどに興じてくれるとは、到底思えなかった。だがーー

 

「悲しいんだよなぁ?そ↑んな感じが伝わっちゃうよ(現場監督

そんな目ぇ見て、『じゃあ俺、ギャラ貰って帰るから』なんて事やってはいけない(戒め」

 

言葉の真意が理解出来ないのか、呆然として立ち尽くす彼女に、浩二は努めて温和な表情を見せる。フランドールという少女の、深紅の双眸の深奥に仄かに存在する、狂気と衝動に秘匿された悲壮。それを垣間見てのこのこと帰れる程、浩二という半人半獣は冷血ではなくて、そして長生き出来るような性格ではなかった。

 

「流石にまだ壊されたくはないけど、こうして壁殴られ代行位なら務まる……務まらない?(遠謀深慮」

 

 

 

今の自分に出来る事があるならば、それ位はやってやる。そういう向こう見ずな気概が、()()()()()事になるやもしれないと言うのに。

 

 

 

 

 

「……困るよ」

 

 

 

部屋の爆ぜる轟音と浩二の声が途絶えた中で、そうフランドールが極小さな声量で呟いた。

その刹那、空気が一変した。最初に彼女が破壊衝動を解き放った時ともまた違う。

全身の毛が逆立って、腹の中が煮え滾り、極寒の地に降り立ったかの如き寒気の錯覚を覚える。不意に訪れたその禍々しい気配に、意図せずして浩二は身震いした。その空間にただいるだけで吐き気を覚えて、頭さえ痛む。尋常ならざるこの気配は、『破壊衝動』とも『狂気』とも付かない。俯いたままの一人の少女。然れど今この空間を支配しているのは、然し確かにフランドールの放つ悍ましい気配。突如として豹変した要因が何であるかなど、浩二には分かりようもない。それでも、今までの状態と比べて尚、今こそ最も危険な状態であるとは直感していた。

 

 

 

「そんなの、本気で壊したくなっちゃう」

 

 

 

狂的、とは言えない。漸く顔を上げて浩二に向けたその表情は、とても放出する気配にはそぐわない、心底楽しそうな。宛ら年齢相応の、酷く愉快な玩具を手にした子供のようだった。そんなフランドールの表情と気配に不覚にも呑まれ、浩二が何をするでもなく、結界の中で佇んでいたその時。

フランドールは、徐に右の掌を向けた。標的に一分の誤差も無く合わせられたその手は、今単なる肉と骨ではなく、謂わば一種の凶器と変わらない。

 

「壊れて欲しいとも思うし、壊れて欲しくないとも思う……なんて変だけど、こんなの初めて」

 

その言の終わりと同時、漸く我に戻った浩二は、脳内でけたたましく警鐘が鳴り響いているのを痛い程感じた。この後起こり得る事を直感した本能が、無条件反射で彼の身体を突き動かす。が、それは余りにも遅かった。普段ならば他社の感情の機微には過敏だった浩二も、その気配と未知の豹変によって、本来の察知能力を欠いていたのだ。これから起こり得る、言うなれば天災には結界さえも無意味である事を予測し、即座に解除。身を翻し、破られた扉を目指して、持ち得る最大限の脚力を用いて走り出す。だが先程も言ったように、行動に移すまでも、退避する速度も、それは余りにも遅い。

その背後では、既に掌に莫大な魔力を収束させたフランドールが、満面の笑みを浮かべていたのだから。

 

 

 

「禁忌『レーヴァテイン』」

 

 

 

膨大な熱量を持った業火の炎剣が、彼女の掌から生み出され、凄まじい速度でその丈を伸ばし行く。

冷えた空気がその一瞬にして熱量によって、夏季本来の熱暑へと戻った。それどころか、間近では皮膚が焼けてしまいそうなその熱風は、よもや夏季も何も関係は無い。剣を象った煉獄は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()浩二の頭上を、悉く灰燼へと変えた。数十米にも及んだ業火の侵食は、室内の壁など容易く消し去り、地中さえも焼き払って、其処で初めて止まる。

同時に、その業火は元より存在しなかったかのように消えた。フランドールの魔力を媒体として生み出されたからには、今のように彼女が自ら魔力の供給を止めさえすれば、呆気なく消えてしまうのだろう。

 

「……ああ、楽しかった」

 

呟く彼女の声は、瓦礫の崩れる音に呑まれて、炎剣と同じように、立ち所に消えてしまった。

残ったものは、抉られ削られ壊された、惨劇が起きた事を容易く想像させる部屋。そして、その中で四角い陣を描く、赤黒い血の線のみ。ふとフランドールは、その血の線の内一辺に手を伸ばす。

触れればそれは、今も尚温もりを失っていない、さらりとした手触りである。強い鉄の匂いがして、

彼女は自然とその指を自らの小さな口へと運んでいた。芳醇な血の香りとほろ苦い鉄の渋味が、剥き出しの脊髄を舐めあげられるような、得も言われぬ快楽を齎す。この一日で得られた収穫を脳裏に浮かべて、赤みを帯びたその頰はいつしか緩んでいた。

 

「ふふ……また会いましょう、浩二」

 




以前より一層クオリティの低さが際立っている気はしますが、後々修正も視野に入れてますのですいません許してください!何でもしますから!

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