幻想RI!神主と化した先輩   作:桐竹一葉

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誠に申し訳御座いません。一ヶ月という長期間、こんな作品をお待ち下さっている読者様方へ多大なご迷惑をお掛けしました事を、この場を借りて謝罪申し上げます。

念の為此方でもご報告させて頂きますが、元来十話となる予定でした話は前回(現在の九話)と結合させて頂いております。宜しければご確認下さいませ。


おっ、やべぇ、怪獣大決戦だな!(棒読み

黄の髪を靡かせてーー否、其れは靡かせると表現するには、余りにも荒過ぎた。それをより的確に表現する言葉が有るとすればーー

 

「凄い凄い!よく私の速度に付いて来れるね!」

「腕一本失ってるんだから、辛いも辛いに決まってるじゃないか(自棄」

 

暴風に揉まれているかのよう、とするのが最適であるのだろう。無論その黄色の髪の主は、他ならぬフランドールであった。出会った当初の深紅の瞳は、一層その輝きを増して、今やこの仄暗い赤の空間を照らし出す光源にさえ感じられる。そしてその双眸が飛び出さんとする程に、大きく見開き目の前の敵をーー浩二を捉えて離さない。四方八方、床は疎か天井までもを足場として、フランドールは飛び回り、跳び回る。足場となった壁は、通常の建造物であれば陥没は避けえないその跳躍力を真面に受けておきながら、傷付く様子は一切ない。やはりと言うべきか、この部屋は特別強固に造られているらしい。

 

「腕が無くたって戦えるでしょ?久々のお楽しみだもの、全力で、殺す気で来てよ」

「この世界では弾幕ごっこっていう戦いに於ける定則が有って、本来その定則では殺し合いは禁じられてるんですが、それは……」

「そんなの知らなかったし、知ってても如何だっていいわ」

 

浩二の必死の説得も、興奮状態にあるフランドールへの効果は全くもって見受けられない。と言うよりも、彼女の気性などを鑑みるに、恐らく出会い頭に同じ事を言った所で無駄だった事だろう。

そう、無駄なのだ。生まれ持った破壊衝動を抑える、生まれつきの当たり前であったものは、そう簡単に抑制することなど出来ない。

 

「口よりも手を動かしたら?」

「一本しかない手でも必死に動かしてるだろぉ!?必死に動かしてるだろぉ!?(憤慨」

 

常人では影さえ捉える事の困難な速度で動く回るフランドールに対し、しかし浩二は一切見逃す事も無く、激動する彼女の姿をその目に捉え続けていた。すると今になって、その動きに微かな異変が感じ取ることが出来た。今までのフランドールは、浩二の前の空間に留まったまま四方八方への移動を繰り返していたのだ。然しそれが、段々と近づいて来ている。移動をしつつ、着々と浩二へ接近している。

 

 

 

「あはっ」

 

 

 

ーーならばこうして、浩二の頭上から急襲して来るのは自明であった。視界に入る事もなく、最も迅速で、最も対処し難い、最も効率的な攻撃。フランドールの貌を見れば、誰であれわかる事である。

その攻撃は、最適に近しい程のものであるにも関わらず、意図したものではないという事が。

狂気の狂喜に口元を三日月が如く歪め、飛び出んばかりに見開かれた双眸。今のフランドールの頭の中には、どう攻撃するかなどという不純物とも言うべき思考は一切混じってはいない。

ただ、如何なる手順で、どんな方法で、どれ程時間をかけて壊すか。純粋なる破壊に、その思考を染め上げていた。詰まり彼女は、意図して頭上からの急襲を仕掛けたのではなく、一切の考えもなしに最適な殺傷方法を用いたのだ。永きに渡り幽閉されていたフランドールにそんな無条件反射の攻撃を可能のさせたのは、或いは吸血鬼という他種を蹂躙する種としての本能であったのやもしれない。

 

「ぉーー」

 

浩二の優れた眼ですら、瞬きも許される事のない神速の攻撃。反射的に、微かに開いた口から漏れ出した声は、そこに来て漸くフランドールが頭上より迫り来ている事を悟ったという表れでもある。

しかし、よもや手遅れであろう。天井を足場にした彼女が取るべき行動は、後は真下の浩二へと一直線に飛び込むのみ。ワイヤーが軋むかのような音が聞こえると共に、今まで手で握り潰せてしまうのではないか、と錯覚を覚える程に脆弱なように見えたその脚が微かに膨れる。何かに彩られた赤い指爪が二つの赤い光を反射して、宛らそれはこれから起こる事象を色にして表しているかのよう。

刹那。天井の陥没する鈍い音と共に、風の唸る音が段々と耳朶に通っていきーー

 

 

 

「迫真空手歩法『緩之御歩(かんのみほ)

 

 

 

ーー風の音も止まぬ内に、再び陥没する。陥没したというのは、浩二の頭蓋か?はたまた、残った右腕か?何れにせよ、何処かしらには何らかの攻撃を受けたのではないのか?

否、断じて違う。強い衝撃により窪む事を余儀されたのは、浩二の頭蓋でも、右腕でも、それどころか五体ですらないのだ。

 

「……あれ?」

 

違和感を覚えて惚けた声を漏らしたのは、フランドールの方だった。赤い指爪に感じる筈であった、浅黒い肉を刮ぎ落とす柔らかい筋を抉り裂いていく感触。それが彼女の予想に反して、その細い腕に感じさせる事はなかった。呆気にとられながらも、浩二という玩具(はかいたいしょう)が元いたであろう場所をまじまじと見つめーーそして、その変異に気付く。今の今まで彼が立っていた場所もまた、フランドールが踏み抜いた天井に似て陥没していた事に。

 

「獲ったと思った獲物が突然消えたなんて、不思議だルルォ?驚いてもらったっていいんだからな……(TKNUC」

 

遥か後方から聞こえた甲高い男の声に、徐に振り返る。其処には確かに、田所浩二その人がいた。

見た限り、攻撃を受けた痕跡も無い。損壊部分は変わらず抉れた左腕のみで、紅血に染め上げられているのがその部分の周囲のみである事から、単に傷跡が見えないというわけでもないらしい。

端正な顔を気味の悪い笑みで歪めながら、フランドールは首を傾げる。

 

「可笑しいなー、確かに右腕も貰えるかと思ったのに」

「まぁ、初見じゃ見破れないのもしょうがないね。仕組みを教えても良いけど……君はあんまり興味ないように見える……見えない?」

「うん。聞いたところで、一々どう対処するかなんて考えるのは面倒だもの」

「それよりも、破壊衝動が頭の中を埋め尽くして考えられない……って言う方が正しいと思うんですけど(名推理」

「ぴんぽーん、当たり」

 

一見してみれば、その光景は人懐こい態度の子供に穏やかに応対する男、そう映る。

だが、若しもこの場に立ち入る事が出来るとすれば、恐らく何人たりともそんな事は考えられない。

惚けた声色と口調で話すフランドールの貌は、言うまでもなく悍ましい。然しそれ以上に、ゆらゆらと幽鬼宛らに揺蕩う彼女から発せられる、心臓を掌握されるが如き、圧倒的な威圧感と狂気。

その二つが、この場を取り巻く雰囲気を険悪にーー否、凶悪なものに仕立て上げていた。

 

「避けられたのは残念だけど……それが逆に唆られるの。ほら、楽しい時間は長くあって欲しいでしょ?」

「(殺戮ショーを楽しい時間だなんて考えられる感性は持ち合わせて)ないです。大体殺されかけてる俺がはいそうですね、なんて頷ける訳ないだろ!いい加減にしろ!」

「それもそう……っね!」

 

懲りる事も飽く事もなく、再びフランドールは後方に佇む浩二の元へと飛び掛かる。ものの一瞬でトップスピードにまで到達する馬力は、超人的な浩二の身体能力と比較しても尚余りある。

と言うよりも、種族の差があるとはいえ、比較にもなりはしない。それだけに吸血鬼という種は、他を凌駕する強靭な存在なのだ。目測にして20米はあったであろう距離などは、彼女の身体能力にかかれば一足の元詰める事の出来る、謂わばフランドールの間合いである。

 

「そぉれ」

 

幼さを色濃く残した可愛らしい掛け声とは裏腹に、攻撃はえげつないの一言に尽きた。

幽閉されていたと言うのなら、戦闘経験など皆無に等しいのだろう。これだけ力に恵まれていれば、大抵の相手は無造作に殴るなり蹴るなりすれば消し飛ぶ。だと言うのにフランドールは、飛びかかった際の勢いをほぼ削ぐ事もなく、鋭利な指爪による斬撃へと繋げたのだ。突進の時とは違う、刀が空を切る鋭く短い高音が、浩二の右腕の真横で響く。

 

「その爪はよく切れそうやな……(カーリー」

 

右方から迫り来る赤い爪。自らの右腕を削ぎ落とさんとするそれを、然し乍ら浩二は一切恐れる事もなく、進んで右腕を向かわせた。フランドールの狙っている箇所は、攻撃の軌道からして上腕部だろう。左腕は所詮手首の一部を削り取られたに過ぎないが、若しも上腕部を爪で深く切り裂かれれば、それこそ治癒しない限りはまず使い物にならない。それでも、怯みはしない。残った隻腕を、最低限にして最高効率の挙動によって使用し、即座に迫った赤い爪、もとい腕を上方へと弾いた。

 

「まだまだ遊んでよね」

 

囁くような小さな呟きは、細腕を存分に使用して繰り出された斬撃の嵐に掻き消される。段々と段階を踏んで腕を振る速度が上昇していくのではなく、急激に最高速度まで早められた諸手が、今一度浩二に、自分との大きな力の差を感じさせた。四方八方から目にも留まらぬ速度で振り回される両の腕、赤い爪。常人であれば反応さえする事もできずに死に行くであろう猛攻だろう。それでも、退きはしない。

 

「飽きるまで付き合ってやる……と言いたい所だけど、流石に難しいんだよなぁ。なるべく手短に終わらせて貰うゾ」

「出来ないとは思わないの?」

「自分を信じられないで窮地を切り抜けられる筈がないじゃんアゼルバイジャン」

 

普段の、浩二との邂逅を果たす前のフランドールであったなら、その言など一笑に付していた事だろう。不意の一撃とはいえ左腕まで使用は困難となった状況で、これだけの性能差があって、それでも尚切り抜けられるなどと考えているのか、と。だが今は違う。

 

「……ふふ、ならやってみましょう。試してみなきゃ、分からないものね」

 

はったりなどではない。この男は、確かにこの状況を切り抜けるビジョンを見ている。

そんな直感が、彼女の中に芽生え始めているのだから。だからこそ、甚振ろうと思う気持ちが少しだけ失せた気がした。この人間には、今まで誰にも見せる事叶わなかった全力を見せられるのではないか?そんな淡い期待が、陰惨な加虐心に囚われ無意識の内に加減をしていたフランドールの動きを、僅かずつ研ぎ澄ましていく。

 

「いいよ、こいよ!命懸けて命!」

 

浩二の言葉に呼応するかのように、指爪による斬撃が彼を襲った。波状攻撃と形容する事さえ烏滸がましい、荒ぶ風に揺さ振られる大海にも似た、質量と重み。今度は腕を狙ってはいないのか、その諸手を浩二の両肩へと振り抜かんとしていた。肩を損壊させれば、よもや完全に両腕の機能は停止する。要となる箇所を的確に狙うその姿は、先程までの狂気だけではない、もっと別の何かを感じさせた。しかしその程度の小細工でどうにかなる男なら、とうの昔に死んでいる。ある意味では死角とも言える浩二の左方、其処を狙った攻撃は本来防ぐ事も困難を極める。しかし浩二は、その攻撃を敢えて避けはしなかった。

 

「オォン!アォン!」

 

ただ、弾き返すのみ。まるでフランドールの狂気も狂喜も、全て真っ向から受け止めんとしているかのように。愚直に、彼女の猛攻を防ぎ去なす。一瞬の息つく暇さえ有りはしない、耐える事なき連撃。

 

ーー下方右斜め30度からの右指爪による左肩への斬撃、表皮到達時間0.01秒。

 

微かな風切り音を頼りに、目を僅かにも向ける事もなく。身体を下手に動かす必要の無い低さにフランドールの手がある時、その刹那を悟った浩二は、身体ごと回転させつつ、フランドールに背を向ける形になったまま、使用可能な右腕で迫る小さな手に裏拳を放つ。威力は加減を施してある事もあって、彼女ならば痛いで済む程度の軽いものである。だが、軌道を逸らすには十分だった。浩二の左肩を抉り取らんとあいた指爪は、結果彼の後方の空を切る事となる。

 

ーー上方左斜め70度からの左指爪による右肩への斬撃、表皮到達時間0.02秒。

 

現状唯一真面に扱う事の可能な右腕をも刈り取ろうと、僅かに一撃目から時間差を生じさせて放たれる指爪。しかし浩二が180度の回転をした事で、必然的にその攻撃は左肩への攻撃と化していた。

しかしそれでも、左肩を抉られれば可也の痛手となる。だからこそ浩二は、回転を止めなかった。

ではどうなるか、半回転によってフランドールの斬撃を裏拳で凌ぎつつ、回転の勢いを殺していない。そのまま彼の身体は180度を超え、直ぐに元の方向、フランドールの方へと向き直る。

その挙動に驚愕を隠せないでいる彼女を一瞥する事もなく、回転速度を利用した正拳が指爪を煌かせる掌へと叩き込まれた。

 

「うわっとと」

 

僅かに体勢を崩されたが、それしきで止まる程、彼女の衝動は弱くない。弾き返された左手をピンと伸ばし、その五指に全力で力を込める。それだけでその手は人体など容易く穿つ槍となり、吸血鬼の無茶苦茶な身体に物を言わせ、浩二の正拳による衝撃をも殺しながら再び彼の右肩へ貫手擬きを放った。その切れ味は宛ら魔剣、この部屋の特別硬い壁面を豆腐のように切り裂く指爪は、至極直線的な軌道で迫る。

 

「ちょっと分かり易過ぎるんちゃう?」

 

それも、隻腕の浩二にさえ通じはしない。どれだけの速度で放たれようが、その貫手がフェイントも何もないような直線上の攻撃なのだから。風が切り裂かれるのを可視化出来てしまう程に凄まじい速度と切れ味のそれを、然し浩二は平然とその細腕ごと跳ね上げて去なしてしまった。

 

「凄いね……本当に凄い」

 

端正な顔に浮かべた形容し難い笑みをより一層深め、その呟きは自然と出たかのよう。力や速度などといった基礎性能では圧倒的に有利な筈の自分が、今はこの隻腕の男一人如きに手玉に取られているという現状。それについて、彼女なりに感慨深いものがあるのだろう。心の底から感心しているのが分かったのか、こんな危機的な状況に置かれている事を理解しているのか、浩二もまたにこりと温和な笑みを浮かべた。

 

「お褒めに預かり光栄……それで、楽しむ事は出来ましたか?(小声」

「まだまだっ!」

 

指爪が織り成す、触れるものを悉く微塵に切り刻む断裂の嵐。巻き起こる強風が忙しなく吹き付け、両の腕の激動による破裂音じみた音が鳴り響き、よもや浩二の黒い双眸が捉えているのは、細く白い腕の残影のみであった。しかしそれすらも、隻腕というハンディキャップを背負っても尚、彼に届くことは無い。目の前で巻き起こる断裂の暴風に些かの躊躇も危惧も無く、己の残った右腕を突っ込んで行く。

 

「ホラホラホラホラホラもっと身体全体を上手く使ってホラホラ」

「そんっなのっ言われってもっ分かんない、よ!」

 

抑、腕を無造作に振り回すようにして放たれ続けるフランドールの指爪による斬撃、それを悉く弾き返す事など、浩二にとっては然程難しい事ではないのだ。如何に吸血鬼の性能をフルに使った連撃であれ、如何に片腕しか使えないという大きなハンデがあろうと、如何に生まれついての性能差が大きく開いているにせよーー直線的で軌道予測の容易い彼女の攻撃では、どう足掻いても浩二には届き得ない。それは無論、彼の並外れた動体視力や反射神経もある。だがそれ以上に、長きに渡り己の五体のみを武器として戦い続けた彼の、凄まじい戦闘経験こそが、何よりの要因だろう。

 

「(幾ら君の攻撃速度が速くても、そんな単調で愚直な方法じゃ意味)ないです。俺がどんな攻撃が来るか予測し難いような方法をとれば、攻撃を当てられる可能性が微レ存?」

「だ、か、ら、分かんないってば!」

 

困ったような声色とは対照的に、その顔は喜々としていた。喜々とは一口に言っても、先程までの狂気混じりの喜びようと違う事は一目瞭然である。では、一体どういう喜々とした様子であるかといえばーー無邪気。狂気も悍ましさも感じさせる事のない、親と共に戯れる童子が如き屈託の無い。明朗快活な笑みであった。尤も、その行動に変異があるかと問われれば、それは浩二にとっては困りものだが、無いと言う他無かろう。浩二を殺すつもりで攻撃して来ているのも、浩二を破壊するつもりでいる事にも何ら変わりなどない。ただそれに、狂気が伴わなくなっただけの事。そう、それだけの事である。それだけの事であるというのに、胸中に一抹の喜びを浩二もまた抱いていた。

 

「試しにフェイントを織り交ぜてみるとかどうすか?」

「フェイント?」

「例えば、俺の首を攻撃するかと思わせておいて、瞬間的に腕の軌道を逸らして肩に攻撃を当てたり……戦いの中でも工夫していけば俺にも届いちゃうよ届いちゃうよ?」

 

浩二は荒れ狂う斬撃の嵐に、余力を存分に使いながら対応する。右腕しか真面に使えない今の彼が、どうしてフランドールの猛攻を防げていると言うのか。それは、彼が身体を余す事無く使っているからだ。例えばフランドールならば、今の攻撃は所詮腕だけをフルに使った、謂わば腰の入っていないような打撃を打っているようなもの。それ故浩二の力でも弾く事が出来るし、対応する事もできる。しかし浩二の動きは、一つ一つの技などに最大限効果が発揮できるよう、最適な身体の使用法に基づいて動かされているのだ。先程の、迫真空手歩法『緩之御歩(かんのみほ)』なる技術。あれは単に強靭な脚力のみを利用したものなどではなく、隈無く脱力させた全身を一瞬にしてフルに力ませ踏み出す事で、限界以上の脚力を生み出し、瞬間移動宛らの移動を可能にする技である。

フランドールと浩二の間には、そんな基本性能をも覆す程の莫大な経験と技術の差があった。

 

 

 

「…………やーめた」

 

 

 

するとその刹那、今までカンマ数秒も絶え間無く放たれ続けていたフランドールの諸手が、ピタリと止んだ。不意の出来事に面食らってしまったのか、浩二は少々間抜けた声を漏らす。そうして困惑する彼の事など構いもせずに、あの昂りがが引いたかのように彼女は遥か後方へと飛び退いた。

 

「なっ、何のつもりだ?(中田」

 

突如として退いたフランドールに疑念を抱き、浩二は猜疑を宿らせた瞳で、退き俯いたままの彼女を見据える。しかしその浩二の問いに、返答は無かった。フランドールは何を言うでもなく、何をするでもなく、只々黙って俯いていた。様子を見る限り、今になって浩二の攻撃が響いてきた、という事でもないようだ。微動だにしない事を鑑みるに、疲弊からという訳でもないのだろう。深々と。

先程までの炸裂音や爆発音の連発が嘘だったかのように、耳の痛くなるような寂静がこの広大な赤の空間を支配した。

 

「信じられないけど……生身じゃあ壊せないみたいだね」

 

寂静が訪れてから経った時間はものの数秒。然し乍ら、その沈黙は数十秒にも数分にも感じられる程、浩二には重苦しいものに感じられていた。だからこそ、またもや面食らってしまう。

唐突に語りかけられたが為に上手く言葉を返せなかったらしく、出さんとした声は意図せずして喉元で痞えた。

 

「でも、壊さない訳にもいかないの。だって、壊さない限り衝動は消えないから」

「……まぁ、強い衝動だって事は分かってんだよ?(ART

でももうそれなりに遊んだし、そろそろ休んでもいいんじゃないか……と言いつつ」

 

苦し紛れに応じた浩二の言。だが当のフランドールは、応答を望んでいた訳ではなかったのかもしれない。彼の言葉に反応を示す事はまるで無く、ただ会って間もない時と同じように、幽鬼宛らに身体を揺すぶっているだけだ。欠片も反応をもらえない事に苦笑しつつも、浩二は油断無くその小さなシルエットを見つめていた。

 

「あーあ、どうやって壊せばいいのかな?」

 

一瞬、彼は返す言葉を欠く。どうやってお前を殺せばいい?どうすればお前を殺せる?そう直接問われてしまっては、如何に口の達者な浩二と言えど、言葉に詰まってしまうのも無理はなかろう。

それでも無視をするというのも気が引ける。そんな些細な思慮から、微かに口を開きかけてーーそして、びたりと止んだ。動きかけた口元が再度きつく閉ざされ、同時に彼の漆黒を呈する双眸が大きく見開かれる。

 

「あー、分かった」

 

何を察したのか、浩二は即座に身体を翻し、全力で走り出した。向かう先は、現状尤もフランドールから距離の離れているであろう壁際。本来戦闘に於いて、壁を背にして戦うなど以ての外である。

逃げ場を塞がれたまま戦うなど、余りにも危険過ぎるからだ。無論浩二ならば、その程度の事は直様分かることだろう。だと言うのに、何故その危険性も顧みず彼が壁際へと自ら駆け寄ったのか。

その理由を知るのは、浩二だけではない。彼の勘の良さに、俯いた面の微笑を尚のこと深めていた事を、その彼自身は知らない。

 

 

 

「こうすればいいのよね」

 

 

 

ーー真紅の世界に、真紅の閃光が走った




本来この話は一話に纒めるつもりだったのですが、平均文字数やテンポを考慮した結果分割させて頂きました。次回からは出来る限り更新を早める事に努めたいと考えております。

実を言いますと、現実の事情だけではなく、他の浮かんだアイディアを元に書き始めた作品に現を抜かしていたのも、更新の遅れた要因で御座います。重ね重ね、申し訳御座いません。

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