幻想RI!神主と化した先輩   作:桐竹一葉

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取り敢えず一話を上げてみました。これからの更新は非常に不安定なものになるかもしれません。


さあ、幻想郷救世ショーの始まりや

其処は日の届かない、草木生い茂る森林の中。夏季という事もあり高温多湿の林中に、一人の男は額に滲む汗を拭いながら佇んでいた。『ISLANDERS(島人)』なるロゴが胸の部分に大きく書かれた半袖のシャツを着用し、下に履いているのは黒い半ズボン。林中に何かを獲りに来たのかとも考えられるが、それにしては男はやけに軽装だった。上下の薄手の衣服に、持ち物は全長114(センチ)程の太い鉄製の棒のみ。

 

「アツゥイ……アツゥイ……」

 

じりじりと身を灼く乾いた暑さではなく、身を包み込むようなぬるりとした不快な暑さが、此処にはある。男もそれに耐え兼ねて、シャツの襟を掴み何度か前後させる事で、気休め程度の風を自分へ送った。逞しくも浅黒い胸筋の上を大粒の汗が数滴流れて行き、島人シャツに滴り落ちて染み込む。

汗の流れた箇所は、この光の届き難い空間では不自然な程に輝い(テカっ)ている。

 

「フゥー↑↑(吐息)……そろそろ(隠れるのは)良いよ、来いよ」

 

男は何も見えない筈の前方へ向けて、まるで何者かに語り掛けるように喋り出した。

何者もいないように思えるその場所は静寂に包まれており、男の妙に高い声が厭に響く。

しかし枝葉や草木が日差しに加え視界をも遮り、見えるのはどこまで行っても万緑の一つのみ。男の声に応じる者もまたいない。そんな中で独り言ちるような男を、普通ならばこの暑さに頭をヤられたのか、と考えるだろう。

 

 

 

ーーざざざざっ

 

 

 

しかし、男の声を掛けた方向からは今、確かに何かしらの動く音がした。草叢を掻き分けたであろうその音は、その何かしらが可也の大きさを誇るものであると理解出来る、人間のそれ以上に大きな音だ。それも、長い。二足や四足で踏みしめる音とは違い、蛇のように這って移動するのに似た音。

だがそのサイズは、通常の蛇などとは比べ物にならない事は、男とてとうに悟っていた。

 

「お、そんな分かり易い動き見せて大丈夫か、大丈夫か?」

 

彼の優れた感覚神経が、長い何かの動向を如実に教えてくれている。体調8(メートル)、現移動速度10(キロ)、胴直径19糎。男はこの短時間かつ草叢の移動という簡素な情報源から、それらの身体データを予測した。体型からして其れは蛇型、それも男の出したデータが合っていたとすれば、世界最大の蛇たるアナコンダ並みの巨躯。そんな怪物じみた身体を持つ相手は、既に男の半径

4米以内に立ち入っており、その距離を保ったまま周囲を回っている。その行動の意味は、男の品定め、と言った所か。

 

「あぁ……これは駄目みたいですね(嘆息」

 

彼は静かに、何を思うでもなくそう呟いた。だがそれは断じて、そんな怪物に狙われているから、と言う事ではない。その思いは本人を除き誰にも分からなかったが、少なくともその言葉が諦めの類でない事は明らかだった。

 

 

 

「じゃあ……死のうか」

 

 

 

何故ならその浅黒い顔は、笑っていたのだから。普通の精神を持つ人間であれば、死を覚悟する筈のその場面で、彼はそれを何も思っていないかのように。死を幻視したが故に気が違えたのではなく、抑、死を覚悟などしていないのだ。そして相手はそれに、自分は侮られている、と感じ取った。すると、先程まで徐であった動きが、急激に早まっていく。周囲の草叢が怪物の動きにより刈り取られ、漸くその全貌が明らかとなった。

 

「はぇ~……すっごい大きい(恍惚)。確かUWBM(蟒蛇)、って聞いた事ある……聞いた事ない?(自己確認」

 

ソレは確かに、男の読み通りの姿形であり、アナコンダにも酷似した巨躯である。

只、敢えて相違点を挙げるとすれば、恐らく誰であろうが、その口に生え揃った鋭利な牙を言うだろう。通常の蛇の場合、捕食する場合は獲物を丸呑みにする為、普通斯様な牙など不必要なのだ。

増してこんな毒など必要の無い体格。通常は牙自体が無い筈である。だが、目の前で鎌首を擡げる蟒蛇は、人間宛らに整列した牙を持っている。であるならば、それはこの蟒蛇にはそんな牙が必要であったという事だ。

 

「ホラホラ、蟒蛇早くしろー(煽り全一」

 

しかし男は、まるでそんな事など気にも留めず、挑発的な口振りでそう言うと嘲笑を浮かべた。

蟒蛇にとって、この男は所詮餌に他ならない。自分よりも数段短躯の人間如き、それが蟒蛇の考えであった。だが、その餌は今、狩人たる自分を嘲り笑ったのだ。その事実は、理性に欠けた蟒蛇を衝動的に突き動かすには、十分な理由である。

 

瞬間、蟒蛇が男へと飛び掛った。先程までの様子見の速度とは段違いの、弾丸の如き突進。

直線的でありながらその速度は、男への間合いを一瞬にして詰め、既に大口を開けて男へ噛みつかんとしていた。増して蟒蛇の身体は弾丸などとは比較にならない体躯、それに移動速度が相俟って、人体にはまるで本来の速度よりもずっと速いように錯覚を覚えてしまう。

 

 

 

ーーそれが、只の人体であるならば。

 

 

 

「遅すぎィ!」

 

男は、只の人体の持ち主ではなかった。寧ろ彼の優れた視覚は、そんな大砲のように突進した蟒蛇すらも、容易く見切っていたのだ。バネのようにして加速して文字通り飛来した蟒蛇の、迫り来た大口。それを男は腹と地面の隙間へと、スライディングの要領で潜り込む事で躱した。地と腹の区間は、人一人がどうにか寝そべる事ができる程度の、僅かな狭間だ。それを命懸けの戦闘の最中に、狙って実行する事から、彼が相当の手練れである事が窺える。

 

「イキますよー、イクイク!」

 

蟒蛇は、突如男が視界から消えた事により、困惑を隠せないでいた。そしてそれこそ、男最大の好機である。すると、彼が右手に握り締めた鉄の棒が、突如淡い光を纏いだした。この場には不釣り合いな、触れると仄かに暖かい優しい光輝。けれどもそれは、男にとって一つの戦闘手段である。

滑り込んだ勢いを殺さず、男は光る鉄の棒をーー

 

 

「落ちろ!」

 

 

凄まじい膂力で、蟒蛇の腹に叩き込んだ。横殴りなその軌道から、刀では無いが一文字に振り抜いたと言える。生温い風を切り裂き大きな音を立てた一撃は、蟒蛇の巨躯を宙に浮かせる程の、馬鹿げた威力であった。開いた口から少量の体液を吐き出して、勢いに逆らう事無く、凡そ2米程まで宙を舞う。蟒蛇は思わず掠れた声で叫び、痛みを訴えた。予想だにしない腹部への強打は、如何に蛇に酷似した身体、多大な筋肉の塊であろうと、効果は抜群である。

 

「落ちたな(確信」

 

蟒蛇はほんの一瞬浮遊していたが、直ぐに重力に従い地へ落ちた。8米の巨躯は落下した際に砂塵を起こし、強い風を生む。男はだらりと脱力しながら目を細めるが、その隙を蟒蛇は突こうとしない。

否、突けないと言うのが正しかろう。今のたった一撃だけで、既に身体を痙攣させ、動けないでいるのだから。男はそんな蟒蛇の顔を見下ろしながら、静かに宣った。

 

「この辺でぇ、酷い人食いの事件、有ったらしいんだよ……それ、お前だよなぁ?」

 

ぞわり、と、動くのも儘ならない蟒蛇の身体に、恐怖という寒気が走る。

自分を捉える男の双眸に、蟒蛇の瞳には恐怖が浮かび上がった。男の眼差しは、まるで深淵のように深い闇が有り、それだけだった。それ以外、ただ戦意や殺意だけしか感じ取れない、酷く研ぎ澄まされた悍ましい目。蛇に睨まれた蛙とはこの状況に於いて言い得て妙だが、それにしては立場が違う。

蛇は蛙で、男こそが蛇であった。しかし彼の目は、蛇のような獲物を見る狩人の目ではない。

 

ーー例えるなら、野獣。強い殺意をその光無き暗黒色の両目に顕現させた、野獣の眼光である。

 

 

 

「悪さする奴はおしおしきーーお仕置きだオラァ!(言い直し」

 

 

 

蟒蛇の脳天に、鉄の棒が振り下ろされた。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

高温多湿の林中を後にして数時間後。太陽が燦然と輝き、今度はじりじりとした乾いた暑気に包まれたその場所に、男はいた。先程とは違い、人々の活気にあふれた其処は、雑踏が彼の優れた耳に痛い程飛び込んでくる。多くの人間が集いしこの大規模な集落、これをこの世界では『人里』と呼んだ。

この世界では稀有な商店という存在が多々設けられている為、此処を生活の拠点にする人間は多い。

 

「有難う御座います、田所殿。お陰様でまた薬草が採れそうですよ」

 

「どういたしまして(HNS)。困った時はお互い様って、それ一番言われてるから」

 

田所と呼ばれた浅黒い男は、鉄の棒を持ったまま、或る店の縁台に腰を下ろしていた。向かい合って座っているのは、齢七十を越すであろう老人。

野点傘により出来た日陰は、先程まで蒸し暑い場にいた田所の身体の火照りを癒す。

店主であろう中年の男が打ち水をした為に、尚の事涼やかだ。それに冷えた水羊羹を食しているものだから、田所も「うん、美味しい」と満足げな表情をしている。

 

「……所で、あの蟒蛇はーー殺めたのでしょうか?」

 

「大丈夫だって、安心しろよ~。殺しちゃいないけど、後で滅茶苦茶脅したしヘーキヘーキ」

 

田所の言葉に僅かな猜疑心を宿らせる老人だったが、直ぐに瞠目して吐息を漏らした。

 

「まぁ、田所殿がそう仰るのなら大丈夫でしょうな」

 

「信じてくれてありがとナス!じゃけん仕事も終わった事だし帰りましょうねー」

 

仕方なく納得したという風な様子の老人だが、既にその心に猜疑は無い。

この田所という男は、この人里の中でも広く知られる著名人である。

 

この世界に蔓延る超常にして強大なる存在『妖怪』の退治等を請け負う彼は、類稀な妖怪に対抗できる人間として頼りにされていた。

 

それにこうも巫山戯た態度ながら、田所は仕事には決して抜かりが無く、今までにあった業務上の不祥事は細かなものが片手で数えられる程度。詰まり、田所は信頼性の高いビジネスパートナーなのだ。勿論、田所以外にもそんな人間は存在している。しているが、彼程付き合い易く、真面な性格をした人物はといえばまず浮かばない。人里内での田所の評価は高く、こうしてよく仕事を任されていた。現に今も、通り掛かった人々はかなりの頻度で田所に挨拶をしている。

田所もまた、人々の挨拶に明朗快活な挨拶で返した。

 

「えぇ、お疲れ様です。あぁ、此方の報酬ですがーー」

 

すると老人は思い出したように、懐から一つの布袋を取り出した。小綺麗な白い布袋からは、ちゃりちゃりと小さな金属片がぶつかり合う音が聞こえる。これこそが、田所等の妖怪退治を仕事とする者達への謝礼たる貨幣。退治する者によって額も変動する為、依頼者は妖怪退治を依頼する際、退治屋の実力と金額の釣り合いなどといった面倒な事を、一々考えねばならないのだ。

 

「あー、良いっすねー。弾んでんなぁオイ(報酬」

 

それを手に取った田所は、手に乗せ軽く振る事で中身を確認した。布袋の中に満遍なく詰め込まれた

貨幣は、彼の掌に確かな重みを感じさせる。金額の多さに頷きながらも、こんなにも良いのか、というかのような目を老人に向けた。が、老人は穏やかな笑みを浮かべたままである。

 

「ははは。私の利潤に対しこの報酬、十分過ぎる程破格ではないですか」

 

老人の鋭い切り返しに、思わず田所はしてやられたと頭を掻いた。確かに、田所の所望した報酬額は、一般的に非常に少ないと考えられる程度のものだ。比率で例えるなら、先程の蟒蛇を退治する依頼。田所と同じ力量の他者が所望報酬額を10と定める、それが一般的な料金だ。

しかし田所の場合、あの依頼の所望報酬額は僅か2しか無い。通常の5分の1という格安で、田所というそれなりの実力者が動かせるのだ。その為、そう力の無い妖怪ならば、基本は田所の所へ依頼が舞い込むのが、此処人里である。

 

「俺は細々とでも、楽しい毎日を過ごせれば良いだけだから……ま、多少はね?」

 

小さく笑う老人に、田所もまた温和な表情を見せる。無欲などとは無縁の人間なのだが、田所はどうもこの老人にそう思われる節があった。彼はただ、欲の方向が常人と少々違う方向へ向いているだけなのだが、それを悟っている者は、この人里の中でも極少数に限られる。

抑、それについては田所自身ひた隠している為に、露見する事はまず無いのだ。

 

「ふむ、そうでしたな。毎度の事ながら、この手際にこの料金ですから、これで生活が成り立つものかと不安を覚えまして」

 

「ヘーキヘーキ、一ヶ月くらいは飲まず食わずで生きられるからさ」

 

「ははは……強ち冗談にも聞こえないのが恐ろしい。こう言ってはなんですが、蜚蠊に匹敵する生命力も高さですな」

 

田所だからこそ笑って済まされるが、これが他人ならば険悪な空気になっていたのは間違いなかろう。現に彼の表皮は、日焼けのせいか遺伝子のせいか、以前からずっと蜚蠊の如き茶色をしている。

何処かでは、蜚蠊の遺伝子を持っている、などと実しやかに人里で囁かれているが、そんな根も葉もない戯言如きでは、田所を怒らせる事叶わない。寧ろ、面白い説だ、と本人はそれについて楽しんでいる節さえ見られる。

 

「……あっ(察し)。じゃあ俺、ギャラ貰ったし帰るから……」

 

すると、突如田所はそう言い残すと、慣れた所作で布袋を懐に入れ、人里の出口の方へと足早に去って行った。老人は彼の唐突な行動に、何の意図があるのかと首を捻る。が、その直ぐ後に来た人物を見て、老人も同様に察したようだ。白く長い美麗な髪を視界に入れた時、老人は田所に憐憫の念を抱かずにはいられなかった。

 

「おや、薬師の御老体ではないですか」

 

人混みの中から現れたのは、或る一人の女性。

老人は内心田所の行動に納得しながらも、愛想の良い笑みを浮かべて会釈した。

六面体と三角錐の隙間に板を挟んだ、赤い文字にも見える紋様の描かれた奇抜な青い帽子。

大きく胸元の開いた、上下一体型の青い服。短い袖は白く、半円を幾つか組み合わせ、白で縁取られた襟を持つ。胸元には赤いリボンが着けられ、スカート部分には幾重にも重なった白のレースがついている。

 

「上白沢殿ですか。いやはや、今日も暑いですなぁ」

 

そんな奇抜な風貌の女性を、老人は上白沢と呼んだ。彼女の名は、上白沢慧音(かみしらさわ けいね)。この人里に存在する寺子屋の教師を務めている、理知的で中性的な口調の女性である。

慧音は老人の言葉に全くですと頷いた。

 

「……所で、先程まで田所はいませんでしたか?」

 

「お、おぉ……やはり、お気付きになられましたか」

 

突然鋭い目付きに変わった慧音に気圧されて、老人は何ら包み隠そうともせずに白状する。

やはりか、と呟くと、彼女は額を押さえながた溜息を漏らした。

 

「その、ですな。田所殿をそう目の敵にするのは、お控えなさった方が良いのでは?」

 

「いいえ。あいつは確かに職務に忠実ですが、教育に悪いのです。存在が」

 

「と、倒置法を使ってまで……確かに時折、少年達を変わった目で見ている時はありますが」

 

この前は寺子屋の前の甘味処で一日中座り続け、「がわ゛い゛い゛な゛ぁ゛だい゛ぢぐん゛」などとにやけながら呟いているのを、慧音が発見し頭突きによる鉄拳ならぬ鉄頭制裁を加えたという話を、老人は思い出す。

因みに件のだいち君だが、年に割りに随分体格が良く声も低い為、専ら年齢詐称をしているのではと囁かれていた。そんな少年(?)にまで劣情を催していたとするなら、田所を警戒するのも分からなくはないが。

 

「あいつはただ微笑ましいとだけ思って、などと言い訳を抜かしていましたが。だいち君も『博麗の宮司とは思えない程気持ち悪かった』と怯えながらに話していたんですよ?」

 

「そ、それは田所殿の風貌の問題では……?」

 

こうまで毛嫌いされては、成る程逃げ出すのも頷けるというもの。

今頃は博麗神社であの巫女に金をせびられているのだろう、とその光景を思い浮かべた老人は、熟苦労人だな、と吐息を漏らした。




だいち君の台詞は、キモオタ平野に対して「演技とは思えない程気持ち悪かった」と言ったのが元ネタです。
因みに前書き後書きでまで語録を使うのは骨が折れますので(気分と体調によりけりですが)感想返しに使うだけで許してください……。

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