草木も眠る丑三つ時。月は沈み、漆黒が支配する海の上に、いくつかの白波が立っていた。そして、その白波を追えば、空気が震える戦場へと到達する。
「左舷駆逐イ級、雷撃開始」
「雷撃開始」
「砲撃艦、砲撃開始」
「砲撃開始」
だが、その様はどこか機械的で、人間味を感じさせない。何せ彼女らは、艦娘だからだ。そして艦娘の相手の深海棲艦ですら、どこか機械的である。
「…妙だネェ。妙だ」
そんな彼らの動きを見て、つぶやきを漏らすカメラ好きの戦艦レ級、通称カメコ。過去艦娘と敵対し、そして現在は協力関係にある彼女からしてみれば、不思議で仕方のない光景である。
「近海航路で戦闘を見つけてビンゴ!と喜んできたのは良いモノの…戦闘というか、ターン性のゲームみたいだな」
片方が撃ち、片方が避け、そして片方が撃ち、そして片方が避ける。先の戦闘報告で一つの砲雷撃戦が3日も掛かったのは、このせいであろう。
「私らの世代だったら奇襲に飽和になんでもありだったのに。無駄にお行儀が良すぎる」
レ級はそう言いながらも、カメラ…キヤノンのEOS Rを手に添え、ファインダーを覗く。このRは電子ファインダーを装備しているため、この闇夜でも対象をしっかりと捉えることができる。次に、人差し指をレリーズブラケットに引っ掛け、軽く力をかける。ピントが合うサインが出るが、音は出ない。何せ今回は隠密行動である。カメラの音は全て切っていた。
そして、艦娘が砲撃を行うと同時に、その光に照らされて海の上にハッキリと表れた駆逐イ級の姿が見えると、絞り込むようにレリーズを押し込む。
カチッ
と、今までの一眼レフではありえないほどの小さく、かつ切れの良い音がレ級の手の中で響く。そしてファインダーの中に一瞬だけ撮影された写真が映し出される。流石はカメコ。一撃目からブレのない写真が撮れている。
だが本人は満足しない。レンズを持っている左手でISO感度を、右手でシャッタースピードと絞りを調整しながら更に更にとレリーズに指を掛ける。
水しぶきの中に表れる砲撃の光。照らされる艦娘に深海棲艦。被弾し、ボロボロになりながらも相手を睨みつける光だけは変わらない艦娘。何を考えているのかわからないうつろな瞳の深海棲艦。
次々に撮影されるそれらの写真は、芸術とも言える特級品の情報源だ。
「良い感じ。良い感じ…ミラーレスも悪くねぇな」
カメコはそう言いながら、カメラのバッテリーを抜き替える。波間に隠れ、ひっそりと、そして素早く。
「1Dじゃこの暗闇じゃストロボと探照灯無かったら無理だからな…技術の進歩ってのはありがたいもんだ」
そういいながらレ級はRのファインダーを覗き、更に枚数を重ねる。水しぶきでぬれて透けている艦娘の撮影ももちろん忘れない。
「…いいねいいね。戦場の艦娘。ライティングが出来ないのが心残りだけれど…ま、そろそろ引き上げるか」
レ級はそういうと、腰に付けたホルスターにカメラを仕舞い込む。そして波間に隠れてその場を後にするのであった。
◆
深夜の海を駆け抜け写真を撮影したカメコのレ級は、朝焼けの中にいた。
「対空警戒。頼むぜ」
そういって空に放ったのは、赤城から借り受けた彩雲だ。練度は特級品で、まず敵を見逃すことは無いであろう。彩雲を見送ったレ級は、背中に背負ったリュックからタブレットを取り出し、カメラのデータを抜き出していた。
「ふむ、艦隊編成は…やっぱりと言うべきか。『吹雪』『叢雲』『漣』『電』『五月雨』ときたもんだ。歴史は繰り返す、ってか」
レ級のタブレットには、はじまりの艦娘と言われる5艦が闇夜を背景に映し出されていた。
「そして敵対艦は駆逐が4杯、軽巡が1杯、んで、だ」
レ級は次々と画面をなぞり写真をスライドさせていく。轟沈する敵艦や砲撃をする艦娘、波しぶきで髪が濡れ、色香を醸す艦娘などなど様々な写真があるなかで、ふと、指を止める。
「いやぁ、姫様。まさか水母がいるとは聞いていませんよ。この流れ、この流れは、これはまさかするとまさかすると」
レ級は天を仰ぎ、海を仰ぐ。そしてぽつりとつぶやいた。
「戦艦レ級も、姫級もいるかもな。…しかしそうなると謎はだれが指揮をとってるのか?という話だよなぁ」
カメラのレ級は頭を抱える。とはいっても考えが纏まるわけではない。ウンウンと唸ってはみたものの、特に解決策は生まれなかったようで、唸ることをやめて首を鳴らしていた。
「ま、いいか、難しい話は姫様にぶん投げよう。こんだけ資料の写真を撮ったんだからなんか出んだろ」
そういって、戦艦レ級『カメコ』は体を翻えし、横須賀鎮守府へと航路を取る。…どこかで、新たに波を切り裂く音がした。