カメ子 レ級   作:灯火011

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横須賀鎮守府にて鹵獲されている水母棲姫。

同人誌に憧れ陸に上がった彼女の、行動を、少しだけ見てみようと思います。


番外編:腐海棲艦 水母棲姫

水母棲姫。

 

開幕の航空戦、そのあとの魚雷、そして砲雷撃戦、対潜戦闘と

全てにおいて高水準で纏まっている、戦艦レ級のような深海棲艦の姫である。

 

ただし、今現在、横須賀に鹵獲されている水母棲姫は

その特徴に全く当てはまらない。

 

何せ、艤装を外し、単身でコミックマーケットに同人誌を買いに来た挙句、

帰りの足をカメラ好きな戦艦レ級に轟沈させられた挙句、

どうにもならなくなって、横須賀鎮守府に自ら身を寄せた

非常識極まりない、深海棲艦の姫君なのだ。

 

その非常識っぷりといえば、

真面目で気が利き、それほど人を馬鹿にしないはずの、

横須賀鎮守府の提督に、渋い顔で

 

「貴女、馬鹿ですね」

 

と、ストレートに言われるほどである。

 

「馬鹿でいいのよぉ?私は同好の士のホンがよめればいいのぉ」

 

と言い返す水母棲姫に、さすがの提督もため息をついたとかなんとか。

 

さて、今日はそんな腐ってしまった深海棲艦・・・否。

腐海棲艦の姫君、水母棲姫の一日を、追ってみようと思う。

 

3月のとある日。

 

普段、同人誌を夜遅くまで読みあさり、

10時頃に目を覚ます水母棲姫であったが、

今日に限っては、水母棲姫の朝は早かった。

 

朝3時には目を覚まし、4時には既に、身支度を整え

車の運転できる艦娘、夕張と共に、鎮守府を後にしていたのである。

 

「真っ暗ねぇ。夕張。」

 

「真っ暗ねー。でも、この時間に出ないと

 絶対駐車場あいてないからねー。」

 

「あら、そうなのねぇ。うーん、本当は私の準備がもうちょっと

 早ければよかったのだけどぉ・・・。」

 

「仕方ないですよー。水母さんの準備、時間かかりますもん。

 違和感あっても大事になりますしねー。」

 

運転席には夕張。そして助手席には水母棲姫という

異色のコンビを乗せた車は、深夜とも、早朝とも言える

横須賀の街を後に、高速道路を走っていた。

 

なお、ここで2隻が言う身支度というのは、水母棲姫の足である。

普段は巨大な腕と、口が付いている艤装を下半身に装備し

海上を移動していたのであるが、

彼女はコミックマーケットを楽しむためだけに、

それらの艤装を深海棲艦の拠点に、置きっぱなしにしてきたのだ。

 

それ故に、今、彼女は下半身なしの深海棲艦である。

 

ではどうするかといえば、驚くことなかれ、

彼女は陸上艤装として、人間の足の艤装を作ったのである。

 

今回は、出発する前に、その艤装の調整と装着に、

1時間ほどかかってしまったのだ。

 

「この足、というか艤装は便利なんだけどねぇ。

 いかんせん、調節に時間かかっちゃうのよねぇ・・。

 ねぇ夕張ぃ、何か改善できないかしらぁ?」

 

水母棲姫は苦い顔をしながらも、夕張に声をかける。

 

「そうですねー。見せて頂けるのならおそらく、

 少しは改良できると思いますよ。

 あ、ただ条件として、いくつかあるんですけど。」

 

夕張はハンドルを握りながらも、ちらりと水母棲姫を見る。

 

「なにかしらぁ?」

 

「海軍でも同じような艤装作らせていただきたいんですよ。

 義足や義手で、水母さんの使ってる、思い通りになる艤装が

 人間や艦娘に転用できれば、日常生活に役立つかなぁって。」

 

水母棲姫は一瞬固まったものの、柔らかい笑みを浮かべつつ

夕張の横顔を見ながら、口を開いた。

 

「あぁ、そういうことぉねぇ。いいわよぉ。

 夕張にはいつもおせわ(同好の士)になってることだしぃ。

 それにぃ。ここでポイント稼いでおけばぁ。

 コミケいけるかもしれないしぃ。」

 

水母棲姫の答えに、夕張は思わず苦笑を浮かべつつ、口を開く。

 

「あはは。水母棲姫さんらしいですね。

 それじゃあ。帰ってきたらいじらせてもらうわね。」

 

「分かったわぁ。あ、そうだ。今日は夕張はコスプレはするのかしらぁ?」

 

夕張は一瞬考えるものの、苦笑を浮かべつつ、

水母棲姫に顔をちらりと向ける。

 

「あー・・・。したいことはしたいですけれど。

 今日はアニメがメインのイベントじゃありませんからね。

 美味しいもの食べて、声優のイベント楽しもうかなぁって。

 水母さんはどうするんですか?」

 

「私もコスプレはしないわぁ。ただでさえ目立つみたい、だしぃ?

 ま、ただ。カメラは買ったからぁ。

 コスプレイヤーはバシバシ取ろうかと思ってるわよぉ?」

 

水母棲姫はにやりと笑みを浮かべながら

手元から「6D」と銘の入ったカメラと共に

2本のレンズ、50mmF1.2と、24-105F4を取り出していた。

 

「ふふふ。今日の為に買ったのよぉ。

 フルサイズのデジタルカメラぁ。」

 

「気合はいってますねー。

 私は、カメラの準備忘れちゃって、

 今日はスマートフォンのカメラだけですよ。あぁー・・・」

 

夕張はそう言うと、ため息を付いていた。

どうやら、カメラを完全に失念していたようである。

水母棲姫はにっこりと笑みを浮かべると、夕張へと声をかける。

 

「あら、そうなのぉ。

 それなら、あとで撮った写真のデータ、あげるわねぇ。」

 

夕張は水母棲姫の言葉に反応し、笑みを見せる。

そして、勢いよく、口を開いた。

 

「本当ですか!?

 それは助かりますよー!

 俄然、やる気が出てきました。

 さぁ、それじゃあ飛ばしますよー!」

 

「えぇ、わかったわぁ・・・。

 ねぇ、夕張、せっかくだからあの掛け声、やらなぁい?」

 

「お!いいですねぇ。それじゃあ、

 大洗の後に、続けて言いましょうか。」

 

「わかったわぁ。それじゃあ、せーのぉ・・・」

 

夕張と水母棲姫は、右手を構える。

そして、その右手を突き出すと同時に、大声で声を発するのであった。

 

「「大洗、海楽フェスタへ向けて、Panzer vor!」」

 

彼女たち、艦娘と深海棲艦が向かうのは

神奈川県の横須賀鎮守府から遠く、茨城県の大洗港である。

 

なぜ、彼女たちはそんな場所まで、

しかも朝はやくから車を飛ばして向かっているのか。

 

それは、ここ数年、大洗町で行われている春の祭り、

「海楽フェスタ」に参加するためである。

 

大洗町は海の町だ。

新鮮な魚介類を始めとする、美味しい食事、

他にかき小屋で生牡蠣や海鮮焼きを楽しんだり

あんこう料理を楽しめるのである。

 

確かに、美味しい魚介、あんこう鍋というのは、非常に魅力的である。

どこぞの酔っぱらいの深海棲艦であれば、日本酒を持参して

お店に突撃していることであろう。

 

だがしかし、夕張と水母棲姫、艦娘と深海棲艦が

このお祭りに参加する理由は他にもあった。

 

先ほど、彼女たちが発した言葉を思い出していただきたい。

 

「「大洗、海楽フェスタへ向けて、Panzer vor!」」

 

【Panzer vor】(パンツァー・フォー)

ドイツ語で、「戦車、前進」という意味だ。

 

なぜ、彼女たち海の船が、大洗の祭りに行く掛け声に

陸軍、しかもドイツ陸軍の言葉を使うのか。

 

その理由こそが、彼女たち、夕張と水母棲姫が

大洗に行く最大の理由でもあるのだ。

 

 

さて、事は数日前に遡る。

水母棲姫は、いつもの如く、同人誌を読み漁りながら

自室で気持ちの悪い笑みを浮かべていた。

 

「くふふふ・・・」

 

同人誌のタイトルはもはや語るまい。

ただし、その内容は、事案ものだ。

 

「へへへ・・・いいわねぇ。

 あぁ。それにしても、秋雲先生がまさか・・・

 艦娘の秋雲だったとはねぇ・・・。

 それに、夕張もサークル秋雲のメンバーだったなんて・・・」

 

水母棲姫は、自身の手にある本を見ながら、感慨深く呟いていた。

 

「深海棲艦として戦えないのは少々厄介だけどぉ。

 秋雲先生と同じ場所で生活できるなんてぇ。

 あぁぁ。なんて幸せなのかしらぁ。」

 

深海棲艦の職務よりも、

同人作家である秋雲との暮らしに幸せを感じるあたり

この水母棲姫、完全にダメなのかもしれない。

 

さて、水母棲姫が感慨にふけっていたときである。

不意に、水母棲姫の部屋の扉がノックされたのだ。

 

「水母さんー。いますー?

 ちょっと一緒にでかけませんかー?」

 

水母棲姫は、ずるり、と腕を使って床を移動する。

そして、ドアノブに手を掛けると、少しだけ、

ドアを空けつつ、口を開いた。

 

「・・・誰かしらぁ?」

 

「あ、すいません。夕張ですー。

 ちょっと映画のチケットが余ってまして

 勿体無いのでどうかなーって。」

 

「あら、夕張。

 出かけるの、私は構わないわよぉ。

 でも、提督は良いのかしらぁ?

 私これでも、鹵獲されてる身なのよぉ?」

 

水母棲姫は、眉間にシワを寄せていた。

いくら同人が好きで腐っていたとしても

自分の立場を間違ったりはしない。

 

どこぞのレ級とは違い、多少の常識はあるのである。

 

夕張は苦笑をしつつ、水母棲姫へと口を開いた。

 

「鹵獲されているのは知ってますよ。

 ですが、水母さん、引きこもってばっかりじゃないですか。

 提督からの命令でもあるんですよ。

 『あの引きこもりを少しばかり外に連れ出せ」って。」

 

「あら、そうなのぉ?

 提督からもそう言われてるのねぇ・・・。

 わかったわぁ。それじゃあ、準備するわねぇ。

 あ、夕張、手伝ってもらっていいかしらぁ?」

 

水母棲姫はそう言うと、ドアを開けたままで

ずるりずるりと、クローゼットへと這って行った。

 

夕張も水母棲姫に続いて、部屋の中に入ると

ドアを閉めて、水母棲姫の準備を手伝っていた。

 

「よいしょぉ、っと。」

 

「水母さん、髪の毛はどうします?」

 

「そうねぇ・・。適当にお願い。

 どうせ車いすでしょう?

 地面にこすらなければいいわぁ。」

 

「判りました。服はどれを出します?」

 

「シャツとスカートでいいわよぉ。」

 

「じゃあ・・・色はこれでいいかしら?」

 

「いいわよぉ。」

 

「えっと、それじゃあ、水母さん。車椅子にのせますねー。

 よいしょ・・・っと」

 

「悪いわねぇ。・・・んっ。」

 

「ポジション大丈夫ですか?」

 

夕張は手慣れた手つきで、水母棲姫の身支度を整える。

どうやら、彼女たちにとっては、普段の光景のようだ。

 

「問題ないわぁ。さぁて。

 それでぇ。どこに、何の映画を見に行くのかしらぁ?」

 

水母棲姫は、笑顔を見せながら、夕張へと声をかけていた。

夕張は、車椅子を押し始めつつ、水母棲姫へと口を開く。

 

「水母棲姫さんは、ガールズ&パンツァーって知ってます?」

 

「戦車と女の子のアニメーション、でしたっけぇ?

 名前だけなら。知ってるわよぉ?」

 

「その劇場版を、立川まで見に行こうかと思ってまして。」

 

「あらぁ。そうなのぉ?

 そういえば、加賀とか菊月が見たって言ってたわねぇ・・・。」

 

「加賀さんと菊月が?」

 

「えぇ。すごくよかった、って言ってたわぁ。

 でも、内容を聞くと、ただ一言しか言ってくれないの。

 『ガルパンは、いい。』。どういうことなのかしらねぇ・・・。」

 

水母棲姫は首を捻りながら、渋い顔をしていた。

ガールズ&パンツァーの映画版をみた加賀と菊月に

何度感想を聞いても

 

「ガルパンはいい。」

「水母棲姫も漫画とアニメが好きならば、

 というか、私達と同じ兵器ならば見に行かなければ嘘だ。」

「立川だ。立川。」

「あら、私は4DXがおすすめよ?」

「加賀、そうは言うが水母は車椅子だ。」

「・・・そうでした。では立川ですね。」

 

と、何度聞いても、容量を得ないのだ。

 

「あはは・・・確かに、ガルパンを知らない人に

 感想を聞かれたら「ガルパンはいいぞ。」というしかありませんから。」

 

夕張はそう言うと、苦笑を浮かべていた。

水母棲姫はそんな夕張を不思議そうに見ながらも

ゆっくりと口を開く。

 

「・・・夕張がそういうのなら、そうなのかしらねぇ?

 それにしても、その、ガールズ&パンツァーって面白いの?」

 

「えぇ。私と秋雲が保証しますよ。

 水母さんも、アニメが好きであれば、絶対に楽しめると思います。」

 

「そうなのねぇ。それじゃあ、楽しみにしようかしら。

 それにしても、立川って、遠いじゃない。そこまで行く価値あるのかしらぁ?」

 

「・・・あります。後悔はさせませんよ。」

 

夕張はそう言うと、にやりと、不敵な笑みを浮かべるのであった。

 

 

大洗町、マリンタワー、朝7時。

そこに、私服の夕張と、水母棲姫の姿があった。

 

「そういえば、ガルパンとの出会いは、

 夕張と行った立川だったわぁ・・・。

 最高だったわねぇ・・・。」

 

水母棲姫は、あんこう汁をすすりながらも、

映画の感動を思い出していた。

 

主人公たちの活躍、王道ストーリーながらも

飽きさせない展開。そして、立川劇場の爆音。

 

すべてが絡みあい、水母棲姫の心を震わせたのだ。

 

「それにぃ、こんな美味しいあんこう汁を

 劇中の街で食べられるなんて最高よぉ・・・!」

 

そして、大洗の街は、劇中に何度も登場していたのだ。

劇中で戦車戦が行われた街、そして、主人公たちの街ということで

大洗町は、ある意味「2,5次元」にあると言っていいのかもしれない。

 

「いいわよねー。アニメで見るだけじゃなく、

 実際に来てみても楽しめる街っていうのは、

 なっかなかないわよ。だから、大洗は最高なのよ。」

 

水母棲姫の隣では、同じようにあんこう汁をすすりながらも

イカ飯を食べる、夕張の姿があった。

 

「それに、今日は商店街でも出店でてるみたいだし。

 あとで一度行ってみましょう?」

 

「賛成よぉ。夕張ぃ。

 あぁ、それにしても、あんこう汁、本当に染み渡るわぁ。

 ・・・って夕張、あれ、あれみてよぉ!」

 

「水母さん、どうしました・・・?」

 

夕張は水母棲姫に言われたとおり、首をひねる。

すると、そこには、モックアップではあるが

実物大の戦車が、鎮座していたのだ。

 

「わ!すごっ!水母さん、早く食事すませちゃいましょう!

 戦車見ますよ!」

 

「もちろんよぉ!夕張もイカ飯はやくだべちゃいなさいよぉ!」

 

夕張と水母棲姫は、勢い良くあんこう汁と、イカ飯をかっこむと

早足で、戦車のモックアップの前に、移動するのであった。

 

「うわぁ・・・すっご!」

「これはぁ・・・いいものよぉ・・・!」

 

水母棲姫は早速、新規購入したカメラ、6Dを引っ張り出し

戦車の実物大の模型、あんこうチームの4号戦車、

知波単学園のチハ、そして、アンツィオ高校のカルロ・ベローチェを

静かなシャッター音を響かせながら、撮影していくのであった。

 

「・・・ガルパンは、全部ひっくるめて、いいわよぉ・・・!」

 

そして、水母棲姫は、戦車を撮影しながらも

心の奥底から、そう、思うのである。




妄想というか日記に近いものです。
続かない。


海楽フェスタは最高でした。
露天風呂から見えた花火がこれまた綺麗でした。

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