そんな彼女のカメラですが、そろそろガタが来たようです。
横須賀鎮守府の会見から数日後。
件のレ級、レ級フラッグシップ改、カメラのレ級は、
いつものように、横須賀の自室でのんびりと
カメラの手入れを行っていた。
「んー、随分塗装が剥がれてきたなぁ。
自分でメンテするのも、限界かなぁ?」
呟くレ級の手元には、確かに各所の塗装が剥がれ、
ところどころ、部品がかけ始めているカメラが握られていた。
というのも、装備品として認識するカメラではあるが
艤装が定期的に、オーバーホールを要する整備点検が必要なように
カメラについても、定期的なオーバーホールが必要なのだ。
「にしても・・・。我ながら随分使い込んだんだなぁ。」
レ級は6台のカメラを眺めながら、ぼそりと呟いていた。
特に、「70-200 F2.8ズームレンズ」をつけたカメラは
頻繁に撮影に利用しているためか、撮影には影響がないものの、
レンズそのものにも傷が入り、修復剤程度では直せない程度にまで、損傷を負っていた。
「んー、これは・・・出る絵には関係ないけど、カメラの耐久値的にもうぎりぎりかなぁ・・・。
修理するっても、明石に頼んで出来ることなのかな。うーん・・・。
でも、明石はカメラは専門外って言ってたし、どうしようかな?」
レ級はカメラを持ったまま考えていた。
すると、レ級の脳裏に、一人の人物が浮かび上がったのである。
「・・・・そうだ、提督殿に相談してみよう。もともとこのカメラ、海軍のだしなー。」
レ級はそう言うと、手早くカメラをホルスターに仕舞う。
そして、足早に、自室を後にするのであった。
◆
「・・・カメラを直したい?」
執務室で書類整理を行っていた提督は、レ級の言葉に、怪訝な表情を浮かべていた。
「そーなんだよ、提督殿。修復剤でも治らなくなってきてさー。
提督のツテとかで、精機光学研究所でオーバーホールとかシてもらえないかなーってさ。」
レ級はそんな提督に、笑顔を向けながら口を開いていた。
もちろん、片手には、傷ついたカメラを掲げている。
「精機光学研究所ですか、確かにツテはありますがね。
レ級、一度、カメラを見せてもらっていいですか?
損傷度合いだけでも、確認しておきたいので。」
「ん、いいぜ。実際見てもらえば、限界が近いってわかるだろうし。」
レ級はそう言うと、カメラを提督に渡していた。
カメラを受け取った提督は、カメラを上下左右、様々な方向から観察する。
(なるほど確かに。随分コレは使い込んでありますね。
ダイヤルに一部欠け、液晶モニターも少々不良、ですか。
あぁ、しかもレンズに大きなキズが入っていますね。
これは・・・精機光学研究所でも治すのは少々辛いのでは・・・)
提督は一旦視線をカメラから外し、レ級を見ながら、口を開く。
「これはなかなかダメージが大きいですね。
そういえば、明石には相談をしてみましたか?」
レ級は頭をかきながら、提督に対して、苦笑を浮かべながら、口を開く。
「いんや。でも、明石はカメラは専門外だし、持ち込んでも直せないっていってたからさ。
ここに持ってきた、ってわけ。」
「なるほど、納得です。それにしても、ここまで損傷がひどかったとは。
確か、昨日も撮影してましたよね。全く気が付きませんでしたよ。
装備品だからといって、油断できぬものですね。」
提督はそう言いながら、カメラをレ級に返していた。
レ級はカメラを受け取りながら、苦笑を浮かべていた。
「だよなぁ。私も気づいたのは今日だよ。
いっつも修復剤で直してたけど、今日に限っては、損傷がそのままでさ。」
レ級はそういうと、一旦言葉を区切り、そして、改めて提督を見る。
「つーかさ。本当だったら、カメラなんて私の趣味だからさ。
わざわざ提督とかの世話になりたくはないんだけどね。
でも、写真を撮れなくなる方が私にとっては我慢ならないし。」
レ級は恥ずかしそうに、顔をぽりぽりとかいていた。
提督はそんなレ級を見ると、笑顔で口を開いていた。
「はは、お気になさらずに。
それに、今は非常に良いタイミングですよ。
修理のためにはどうしても外に出向かねばならない。
でも、カメラに詳しくないものが行っても、問題しかないですし。
ほら、カメラに一番詳しいレ級殿は一般公開され、
大手を振って外に出れるわけですからね。」
提督は一旦言葉を区切ると、レ級を見ながら、人差し指を立てていた。
「で、レ級殿。一つ、提督としての、私からの意見です。
レ級殿のカメラについてですが、正直、治すのは難しいと思います。」
「えっ、そうなの?海軍の特注品じゃないの?これ。」
「えぇ、特注品です。だからこそ、ですよ。
民生品と違って、特注の部品を使ったカメラなんです。
だから、修理といっても、部品がない可能性が大きいのです。」
更に、と提督はレ級を見ながら言葉を続ける。
「レ級殿が会見でカメラを見せてから、
民生機の同型機である1DXが品切れが続いている、と精機光学研究所が発表していましてね。
民生品から部品を流用しようにも、
今現在、軍部向けの1DXですら発注できない状態なんですよ。」
そう、カメラを持ったレ級の影響は、殊の外大きかったのだ。
人間を守った深海棲艦が持っていたカメラ。
海軍の特注品だが、元となったのは精機光学研究所のカメラである。
会見後、民生品のカメラが、飛ぶように売れていたのである。
今も昔も、有名人と同じものを持ちたいという人間の心理は、変わらないようだ。
レ級は苦笑を浮かべると、提督を見ながら、ゆっくりと口を開いていた。
「そっかぁ。修理難しいかぁ。それなら仕方ないかなぁ。
壊れるまで使って、どうしてもダメならニコイチにして使っていくことにするよ。」
レ級はそう言うと、提督室をあとにしようと、体の向きを変えていた。
だが、提督は、そんなレ級に、笑顔で言葉を投げていた。
「いえいえ、レ級殿。修理はできませんが、一つ、ご提案があるんです。」
提督の言葉に、レ級は不思議そうな表情を浮かべつつ、提督に視線を向けていた。
「提案?」
提督はレ級を見つつ、身振り手振りを加えながら、口を開く。
「えぇ、修理は確かに難しい。ですが、精機光学研究所に依頼して
海軍の特注品のカメラを改めて仕立てることは、可能です。」
「えっ。・・・本当!?」
レ級はそう叫ぶと、提督を見たまま、固まっていた。
提督は苦笑を浮かべつつ、レ級に口を開く。
「本当です。まぁ、本来は青葉用となるはずだったんですが
青葉本人が途中から『フィルムこそ写真なんです!』と言って、
頓挫していたデジタルカメラの計画があったんですよ。
ある程度ペーパープランは出来上がっていますので
あとはレ級殿のお好きに手を加えてもらって構いませんよ。」
レ級は提督の言葉に、満面の笑みを浮かべていた。
「お、おぉ!そうかっ。ありがとう、提督殿!
で、早速なんだけど、そのペーパープランって、見せてもらっていい!?」
「えぇ、もちろんですよ。
・・・・とと、ありました、これです。
草案は青葉ですので、おそらくレ級殿のご期待に添えるかと」
提督はそういうと、机の引き出しから、
数枚の紙束を取り出し、レ級に手渡していた。
レ級は紙束を一枚一枚めくりながら、ゆっくりと目を通していく。
『発 横須賀鎮守府 宛 精機光学研究所
以前作成された、艦娘用デジタルカメラの後続機を依頼したい。
おおまかな仕様は以下とする。
以前のカメラよりも高画素、高レスポンス。
現在の使用状況を鑑みるに、強度を増されたし。
レンズは以前ものと同等で可能。ただし、強度を増されたし。
ストロボも以前と同様で可能。同様に、強度を増されたし。
各種詳細は次ページ。
◆1 カメラ本体について。
マウントは精機光学研究所マウント。民生品と形状は同様で可能。
ただし、強度と信号伝達速度は強化すること。
更に、夜戦時でも撮影可能なように、高ISO時のノイズ低減を求む。
その他にも、防水性や防塵性を持たせた一眼レフタイプを望む。
なお、ローパスフィルターは、ONとOFFを選択可能に・・・・・・略』
一通り目を通したレ級は、満面の笑みで、提督に口を開いていた。
「・・・いいねぇ!これっ!流石青葉!わかってるなぁ。
ノイズ低減はいいなぁ。夜戦でもストロボ使わずに撮りやすくなるし!
何より、月明かりで砲撃を行う艦娘って最高じゃん!
・・・ただ、まだちょっと足りないなぁ。」
レ級は仕様書を見ながら、首を傾げていた。
提督はそんなレ級を見ると、不思議そうな表情を浮かべる。
「ほう、足りない、ですか?」
そして、レ級は提督に人差し指を立てつつ、口を開く。
「うん。っていうのもさ、6つのカメラに6つのレンズっていうのがおかしいと思うんだ。
せっかくのレンズ交換式カメラなんだから、カメラの個数以上にレンズを作って欲しいなぁって。」
提督は納得したように、手を合わせていた。そして、レ級に視線を向ける。
「あぁ、確かに。であれば、レ級殿が望むレンズを追加してみてください。
予算との兼ね合いがありますが、可能な限り、レンズも作らせますから。」
「おっ、いいのかい、提督殿。」
レ級は意外そうな表情を、提督に向ける。
提督はにやりと笑みを作ると、ゆっくりと口を開いていた。
「えぇ、いつも良い写真を撮ってくれているお礼ですよ。
ま、決まったら書類を持ってきください。
今のところ会見の予定とかはありませんから、
どうぞごゆっくり考えてください。」
「おうよー。っていうか、最初の会見以来、私表に出てないけど、本当にいいのかな?」
「えぇ、いいんですよ。オファーは多数ありますが、その殆どがキナ臭いですからね。
もうしばらく様子を見て、大本営で許可が出たオファーに、レ級殿は出ていただきますから。」
「ん、そういうことならいいかなー。っと、それじゃあ私は自室に戻るね。
提督殿!ありがとなー!」
「いえいえ、お気になさらずに。また後ほど。」
レ級は提督に手をふると、足早に、提督室を後にするのであった。
◆
早速自室に戻ってきたレ級は、机に向き合いながら、
自分の理想のカメラと、レンズを考えていた。
「そうだなぁ・・・別に、今のカメラでも満足なんだよなぁ。
少し物足りなかったカメラの強度と、
ISO感度のノイズ低減については、草案でも書いてあるし・・・。」
レ級は自身の鼻にペンを器用に乗せながら、真剣にカメラの仕様を考えていた。
「基本的な構成としちゃあ、本体6台に、レンズ6台だろぉ?
レンズはズーム3本に、単焦点3本。ここまでは基本形として・・・。」
トントン、と机にある草案を、ペンの後ろで叩きつつ、思案を続ける。
「ズームレンズはもちろん、広角、標準、望遠の2,8通しレンズで・・・。
単焦点に関しては、F1.4かF1.2通しの24,50,85だろぉ?
あ、でも・・・24を35にしてもいいか。悩むな・・・。」
ノートには、24or35、と走り書きがされている。
実際、レンズを選ぶときに、迷う焦点距離だ。
「で、レンズの設計は完全に新設計にしてもらって・・と。
あとストロボは今よりも光量を増してもらって、チャージ時間を短くしてもらって、だ。
・・・追加レンズはどうしようかな?」
レ級は動きを止め、考え込んでいた。
というのも、レンズは非常に千差万別である。
近距離を撮影できる「マクロレンズ」
広角を更に広角に撮す「魚眼レンズ」
高層ビルなどを撮影する際、歪みを軽減させる「TS-Eレンズ」
比較的人間の目よりも広く撮影することが出来る「広角レンズ」
比較的人間の目に近い撮影が行える「標準レンズ」
人間の目よりも遠くのものが大きく写る「望遠レンズ」
そして、地上から月の表面を撮影することも可能な「超望遠レンズ」
などなど、一口にレンズといっても多数の種類があるのだ。
更に、その中にはグレードが有り、最上位グレードになればなるほど
ピントの速度、正確さ、そして移り方が上がっていくのである。
人、これをレンズ沼、という。
「そうだなあ・・・あ、そっか、これで単焦点をまずは・・・
1,2通しで24,35,50、85、100、180って作ってもらえばいいか。
で、100ミリと180ミリのレンズはマクロ仕様にしてもらって・・・。」
レ級の妄想は止まらない。人間の価値で言えば、間違いなく、
レンズ一本で数十万はくだらない代物である。下手をすれば一本100万超えだ。
そんなこととは露知らず、レ級は引続き、脳内の妄想を、紙に書き出していた。
「と、なると、あとはズームレンズか。
まー、順当に11-24,24-70,70-200でF2.8通しがあればいうこと無いよなぁ。
・・・出来れば200-400のもほしいけれど、F2.8通しって作れるのかな・・・?」
レ級は次々にノートに、「ほしいレンズ規格」を書いていく。
その中には、カメラマンの憧れである300ミリF2.8、通称サンニッパ、
そして、400ミリF2.8のヨンニッパレンズも、入っていた。
「・・・まー、こんなもんかな?
あとは、うーん。あ、そうだ。青葉が遠征から戻ってきたら相談するかぁ。
一人で考えてても、どっか見落としがあるだろうし。」
レ級はそう言うと、机から離れ、そのままの姿で、部屋で横になる。
「うーん、それにしても、新しいカメラかぁ。わくわくするなぁ・・・!
あ、でも待てよ、レンズ増えるってことは、レンズポーチも必要だよなぁ。
・・・おっ!そっか、これも依頼しておけばいいのか!」
満面の笑みで、呟くレ級。
自分が深海棲艦であることなど、全くもって、気にしていない様子であった。
◆
一方その頃。水母棲姫と加賀、そして菊月はというと。
『・・・・・くふふふふ』
『ね?面白いでしょぉ?』
『あぁ、面白い・・・これは、面白いぞ・・・!
・・・そうか、皐月か、悪くない。』
『・・・菊月も本の良さが判るようになったのですね。
なるほど、そうきましたか。気分が高揚します。』
事実だけを述べるとすれば、会見から数日たった今日、
加賀と菊月は自分の意志で、連日、水母棲姫の部屋に入り浸っている。
妄想捗りました。新たな武器を手に入ることが確定し、より一掃気合の入るレ級さん。
そして、腐海に轟沈させられた菊月(武勲艦)。なんぞこれ。
誤字修正致しました。