もしも赤司が疲れ目になったら   作:蛇遣い座

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「これこそが僕のあるべき姿だ」

ウィンターカップ準決勝も佳境を迎えていた。現在、得点は洛山のリード。あとはこの点差を維持すれば勝利である。だが、誠凛もタダでは終わらない。効力の回復したテツヤをコートに戻し、取った策は変幻自在、神出鬼没の新DFスタイル。

 

最終第4Q開始と同時に解禁された誠凛の新DFフォーメーション『S.A.Mディフェンス』である。視覚と死角を知り尽くすテツヤのスティール能力を最大限に発揮した超攻撃的ディフェンス。

 

「うおっ……そんなところにいたのかよ!」

 

「もらいます」

 

小太郎のドリブル突破。だが、それはテツヤに読み切られ、死角からボールをチップされてしまう。パスだろうとドリブルだろうとスティールできるこの新DFスタイルは脅威だった。

 

「だが、僕には聞こえているよ」

 

「くっ……赤司君」

 

そのままカウンターに移ろうとした瞬間、逆に僕の手がテツヤのボールを叩き落としていた。

 

「だいぶ慣れてきたよ、テツヤ。そのディフェンスの要訣はお前のスティールだね。唯一、視線誘導(ミスディレクション)の通じない僕がフォローすればいいってことか」

 

ハーフコートの攻防に持ち込み、じっくりと確実に『無冠の五将』の総合力で勝負していく。速攻によるラン&ガンの走り合いに乗る必要は無いのだ。残り時間も徐々に減ってくる中、誠凛の面々の顔に焦りが見え始める。

 

「隙だらけだ」

 

「チッ……何で避けられねえんだ」

 

さらに『変性意識(トランス)状態』による弱点を突いたスティール。火神の腕からボールが弾け飛ぶ。自身の無力感と怒りに、火神の表情が歪む。ことごとく奪われるという焦りから集中力が散漫になるという悪循環。勝負をかけたオールコートプレスだったが、逆に点差が開くという結果になっていた。

 

「火神君……だったら、ボクが!」

 

「き、消えた……!?」

 

――消える(バニシング)ドライブ

 

火神を抑えられたことにより、テツヤ自らドリブル突破を敢行する。玲央の目が驚愕に見開かれる。相手を見失ったか。その隙を突いた必殺ドライブは、たとえ『無冠の五将』だろうと止められない。

 

「だが、他はともかく。僕には通じない」

 

「やってみなければ分かりませんよ」

 

瞬時にカバーに入る僕。インサイドに切り込むテツヤの前に立ち塞がった。テツヤめ、勝負するつもりか。ジャンプシュートの体勢で跳び上がった。ボールを抱えるような変則的なフォーム。

 

「『視線誘導(ミスディレクション)』は効かないかもしれません。ですが、天帝の眼どころか視力低下を起こした赤司君ならば――」

 

 

――『幻影の(ファントム)シュート』

 

 

ぼやける視界、呼吸を合わせる間もなく始まった一対一。互いに武器を失った上での対決だが――

 

「甘すぎる」

 

そのボールは、僕の手によってブロックされた。

 

「『幻影の(ファントム)シュート』が……止められたぁ!?」

 

悲痛な絶叫が誠凛ベンチから木霊した。『キセキの世代』紫原敦ですら止められなかった必殺シュート。それが破られたことによる誠凛側の衝撃は大きかったようだ。何よりショックを受けているのが、黒子テツヤ当人である。普段の無表情に忘我の色が混ざり、放心したように呆然と立ち尽くしていた。

 

「らしくない軽率な判断だったな。中学時代、お前の『加速する(イグナイト)パス』を取っていたことを忘れたか?互いに能力無しだろうと、身体能力、速度、技術――そして才能が違い過ぎるだろうに」

 

「……っ!?」

 

「敗北が見えて焦りが出たか?自身の弱さを忘れて勝負とはな。影は影ということだ」

 

ガクリと、テツヤの身体が揺らぐ。

 

その間に僕達は反撃の速攻を決めていた。残り時間は7分と少し。点差はこちらの9点リード。あと一歩で勝負の天秤はこちらに傾く。それを直感した。

 

「ここは絶対決めるぞ!」

 

相手の主将もそれを感じ取っていたようで、険しい目付きで声を張り上げる。日向から渡ったボールを、あろうことかテツヤはキャッチした。パスではなく。誠凛の面々に困惑の色が浮かぶ。そして選んだのはドリブル突破。

 

「ああああっ……!」

 

しかもあろうことか、ディフェンスはこの僕だった。全速力でまっすぐに突っ込んでくる。耳に届く声音は焦燥と混乱。自身の悲壮感を表すかのように切羽詰ったものだった。

 

「ま、待て、黒子!そいつに視線誘導(ミスディレクション)は……」

 

仲間の声など耳に入っていないらしい。テツヤは最高速度に乗った状態で例のドライブを仕掛けてくる。これまで誰一人として止められなかった必殺のドライブ。

 

 

――消える(バニシング)ドライブ

 

 

一瞬の交錯。

 

「消える(バニシング)ドライブ――その秘密は火神への視線誘導と、その一瞬で死角に這入り込むダッキングにある。素直に賞賛するよ。そうだね、近い。『変性意識(トランス)状態』における僕のドライブと似ているが、積極的に隙を創り出すその手並みはむしろ見習いたいくらいだな」

 

「そんな……僕の…」

 

「だが、そんな特殊技能も僕の前には無意味だ」

 

 

――僕の掌にテツヤのボールが収まっていた。

 

 

今度こそ、テツヤの顔に絶望が抗いようも無く広がっていった。顔面を蒼白にし、小さくその肩が震えだす。これはもう終わりだ。テツヤの心が折れたのを雰囲気で感じ取る。

 

 

 

 

 

 

 

選手交代の指令が誠凛ベンチから出たようである。俯き、意気消沈したその姿は、この試合の趨勢を残酷なまでに示していた。

 

「黒子……」

 

誠凛の選手が低いトーンでつぶやく。敗北という数分後の現実を予感したのだろう。コートに残されたメンバーの顔に憔悴の色が見えた。

 

残り時間は5分を切っている。点差が10点を超えたことで、逆転の目はほぼ消えたといって良い。空元気と分かる大声を出す誠凛だったが、その心理は敗戦を覚悟していた。

 

 

――ただ一人、火神大我を除いては

 

 

「……何だ、この精神状態は?」

 

対面する火神と心を合わせている僕だからこそ気付いた違和感。あまりにも静かすぎる。この男の性質から考えれば、あまりに想定外の反応だ。波ひとつ立たない水面を思わせる静寂に、僕は小さく眉根を寄せた。

 

「くっ……火神、頼む」

 

相手選手の声音から無意識に滲み出る敗北への恐れ。明らかに先ほどに比べ、誠凛メンバーの勢いは落ちていた。最後の望みを込めてエースにパスが渡る。

 

「無駄だよ。僕には全ての弱さが――っ!?」

 

瞬間、背筋に氷柱を入れられたかのような寒気が走った。強烈な戦慄と怖気に全身が総毛立つ。心を合わせているがゆえに、その異常性が最大級の肉体的警戒を促したのだ。抜かれる、そう確信した瞬間――

 

 

――僕の横を火神が通り過ぎていた。

 

 

「え?」

 

思わず小さな声が漏れた。何の反応すらできずに立ち尽くしたままだった。振り向くと、あまりにも自然にシュートを決められていた。ネットの揺れる音だけが耳に届く。その異常性に会場中が凍りついたように静まり返る。

 

「な、何よ……これ…」

 

呆然とつぶやいた玲央の声。僕達、選手だけではない。観客までもがワンプレイで理解させられた。その埒外の強さを。

 

「おいおい、マジかよ……。あの状態に入りやがった」

 

同じく仲間である誠凛の選手達ですら、強大すぎる存在感に目を奪われていた。これが僕が最も警戒していた、陽泉高校を打倒した無敵状態。

 

――『ゾーン』

 

余計な思考や感情が全てなくなり、最大限の潜在能力を発揮できる。ただの集中を超えた極限の集中状態。トップアスリートですら稀にしか開けられない扉。それを火神は開いたのだ。

 

「呑まれるな!カウンターだ!」

 

大声で忘我の状態に陥った仲間達を鼓舞し、ロングパスで前線へとボールを送る。敵でさえ状況を忘れていたようで、綺麗に小太郎から永吉へとパスが繋がった。そのまま永吉が反撃のダンク。だが、と僕の脳裏に確定的な不安がよぎる。

 

『キセキの世代』級の潜在能力の上限解放は――僕ですら未体験なのだ。

 

ちょっと待て、お前は一番距離が遠かったはずじゃ……。その不安は正しかった。恐ろしい反応速度で自陣に戻っていた火神がブロックに来ていたからだ。

 

「い、いつの間に……!?」

 

「そんな体勢で止められっか!吹っ飛べや!」

 

だが、筋骨隆々の体躯から生み出される腕力を最大限に発揮したダンク。それを火神は、片手で弾いていた。

 

「ぐおっ……何つーパワー」

 

その弾いたボールは狙い澄ましたようにPGの伊月へと渡る。が、そのボールは即座に火神にリターン。それほどに現在の彼の能力値は群を抜いている。

 

「させないわ!」

 

「どうなってんだよ、こいつは!」

 

単独でドリブル突破を仕掛ける火神に、玲央と小太郎の二人が同時にカバーに入る。無論、『無冠の五将』たる二人の守備力は全国でも随一である。だが、そんな二人をゾーン状態の火神は寄せ付けない。

 

――あまりにも速く、そして鋭い

 

かつて二度の敗北を喫した青峰大輝よりも。たった一度の切り返しで、まるで二人が赤子同然だ。軽々とすり抜けられてしまった。

 

「共感しろ。深く、深く、深く……」

 

自己暗示を掛けるがごとく、集中力を高めていく。ゴールへ向けてまっすぐ疾走する火神の意識を読み取り、没入する。相手の視界が幻視される。

 

――『変性意識(トランス)状態』

 

最大限に警戒を高め、深く火神の意識に入り込む。先ほどの二の舞は避けなくては……。深く、深く、限界まで共感深度を下げていく。だが――

 

「――隙が見えない、だと?」

 

あまりの驚愕に思わず目を疑った。『キセキの世代』最強スコアラー、青峰大輝ですら、わずかに隙は残っていたというのに。この男の精神にはそういった弱点が存在しないのか? 少なくとも、今の僕の実力では感知できない。一挙手一投足、どころか体幹から指先まで全てに意識が行き渡っている。こんな人間が存在し得るなんて――

 

「マジか……。あの状態の赤司が一瞬で……」

 

何の抵抗もできず抜き去られる。呆然とその姿を見送る僕は、ペタンとその場に尻餅を突かされた。アンクルブレイク。無造作に仕掛けた切り返しで、あっさりと床に倒されてしまう。それほどまでに僕と火神との間には隔絶した実力差があった。

 

「つ、強すぎる……」

 

見栄を張る余裕も無く、僕の口からは自然とその言葉が出ていた。明らかにモノが違う。火神を止める術はない。それを心の中で納得してしまっていた。

 

 

「だが、それはそれで悪くない」

 

 

愉しげな気分で僕は口元に笑みを浮かべた。残り時間を考えるに、このままだと洛山の敗北だろう。そんな絶望的な誠凛の追い込みに、しかし僕は確かに興奮を覚えていた。そうだ。勝つか負けるか分からない、ギリギリの勝負こそ僕が求めていたものだろうに。

 

「アンタを止められないなら、そのぶんこっちも得点を決めればいいのよ!」

 

今の火神に勝負を挑むのはあまりに無謀。ならばと、最も遠い地点に位置する玲央にボールが回された。いくら火神が覚醒していようと邪魔できない。勝利を確信して3Pシュートを放ったが――

 

「あ、ありえないわ……。どうしてアンタが……」

 

――常軌を逸した高さで、火神のブロックが炸裂した

 

まるで生き物としての性能が違う。そう思わされるほどに不可能なブロックだった。紫原並の反応速度に人間を跳び越えるほどの高さ。

 

「嘘でしょ……何て高さと速さなのよ」

 

もはや、同じステージに立っていないのだと理解とするしかない。再び火神による反撃の速攻。全員で火神を止めようとするが、何の痛痒も与えられないようだ。あっさりと四人抜きを達成する。最後に残ったのは僕だった。

 

「……来い」

 

さっきの深度でも足りないならば。もっと深く、最大深度まで心を合わせてやるさ。全身から力を抜き、だらりと手を下ろす。守備の意識など捨てろ。自分自身を忘却の彼方へと放り投げる。脳の容量を空けろ。情報処理のみに専心。聴覚で得た情報を脳内で分析し、最速でシュミレートする。幻視される火神の視界。

 

「赤司、止めてくれ!」

 

まだだ。まだ火神の隙が見えない。仲間の声や観客席の喧騒といった無駄な情報をカット。代わりに呼吸や足音などに意識を鋭敏化する。自身を情報の収集と処理のみの機能に特化させていく。

 

 

――深く、深く、意識の全てを丸裸に分析し、共感する

 

 

徐々に幻視される火神の視界が鮮明になっていく。自分でも信じられないほどに相手の意識に入り込めている。これまでにない共感深度。その理由は絶体絶命の窮地における火事場の馬鹿力なのか、それとも――

 

 

――『ゾーン状態』の火神の精神に同調しているからなのか

 

 

凄まじい勢いで突っ込んでくる火神と交錯する。常人離れしたドライブ速度。しかし、真骨頂はここからの悪魔的なフェイクのキレである。反応することすら困難な速度で切り返すクロスオーバー。幻視される視界から寸前でそれを予知する。だが、それでもこれは止められない。瞬間、僕の視界が切り替わった。

 

「赤司が抜かれたっ……いや、違う!」

 

火神の背後から僕の手が伸びていた。急速反転してのカット。ここにきて初めて彼の顔に表情が浮かぶ。火神からのスティールに成功していた。

 

ただの集中を超えた極限の集中力。無駄な音が全て排除された静寂の世界。知覚領域が自分でも驚くほどに深く、広がっていた。そして、何よりも異なるのは――僕の視力が戻っていること。

 

 

――ゾーン状態

 

 

選ばれし者のみが踏み入れることを許された領域に、僕も立ち入ったことを感じていた。知覚の肥大化に情報処理の効率化。潜在能力を限界まで引き出す上限解放。これまで使おうとして使えなかった眼、――『天帝の眼』が開眼していた。

 

 

 

 

 

ボールを奪った僕は逆撃として速攻を仕掛ける。だが、パスではない。ドリブルで敵陣に走る僕の前に、主将の日向が立ちはだかった。

 

「ゾーン状態の火神からって……ありえねえだろ」

 

心を合わせていない相手との一対一。これまでなら多少手こずっただろうが、今の僕の前には障害物ですらない。一目で全てを見透かし、見切った。小さく左右に身体を振って、まっすぐに突っ込む。

 

「上等じゃねーか!ここで止めてやる!」

 

 

――アンクルブレイク

 

 

直後、日向はバランスを崩して横に倒された。ペタリと尻餅をつく。まるで、自分から僕の進行方向の道を開けるように。

 

「あれは赤司の『天帝の眼』じゃん!使えないはずじゃ……!?」

 

「しかも切り返しもせずに……まさか、目線とボディフェイクだけでアンクルブレイクを引き起こしたというの!?」

 

望外の歓喜が心の奥底から湧き上がる。懐かしい気分だ。全てが意のままになるという確信。絶対的な全能感。中学時代から忘れかけていたこの感覚に麻薬のような興奮を覚えていた。新たに前に立った二人をどかし、シュートを放つ。外すことなど考えられない。

 

 

「思い出したよ。これこそが僕のあるべき姿だ」

 

 

ネットを揺らす乾いた音。決まりきった未来を少し遅れて現実がなぞった。いまの僕の眼には未来が視える。君臨する絶対者のごとく睥睨する僕を、誠凛の選手達は畏れを込めてつぶやいた。

 

「……ゾーン」

 

 

 

 

 

 

 

『変性意識(トランス)状態』――他人の意識を読み取り、共感することで相手の隙を予測する僕の固有技能である。

 

ゾーン状態の火神から隙を見出すことはできなかったが、図らずも火神に対する『読心(コールドリーディング)』は別の効果を生み出した。それが完成した精神状態の観察である。ゾーン状態の火神の意識に深く共感することで、自身の集中力までをも極限に高められたのだ。ゾーンに対するカウンター。変性意識(トランス)状態の完成系――

 

――『完成意識(ゾーン)状態』

 

はっきり言って、負ける気がしない。想像すらできない。

 

 

 

 

 

 

 

誠凛ボールでのリスタートと同時に、凄まじい速度で自陣に迫り来る火神の姿。他の選手へのフォローは捨て、即座にトリプルチームで止めに掛かる。全国屈指の守備力を誇る洛山高校のトリプルチーム。それを残像すら見えるほどの精密高速ドリブルで抜き去る。その顔には何の苦労も浮かんでいない。

 

「な、なんて速さと反射神経……。まるで相手にならないわ」

 

一瞬の足止めにもならない。寒気がするほどに研ぎ澄まされたオーラ。『キセキの世代』級の潜在能力の全解放は、もはや高校生に触れられるレベルではない。他の選手と隔絶した埒外な性能に会場は応援も忘れて魅入っていた。

 

容易く障害を蹴散らした火神はゴールへと疾走する。フリースローラインで踏み込み、跳躍する。これは天賦の跳躍力を持つ火神大我の得意技。

 

「レーンアップ……!?」

 

 

――だがその瞬間、空中へとボールが弾き飛ばされていた。

 

 

火神の表情がわずかに変化する。踏み切る瞬間、跳躍のために意識をわずかに集中させたためにできた隙。レーンアップでボールを左手に持ち替える際の無防備な手元。寸分の狂いも許されない刹那のタイミング。これまで見つけることのできなかった極小の隙を、僕の『天帝の眼』は捉えていた。

 

「あの状態の火神からスティールだと……!?」

 

神懸かった刹那のタイミング、芸術のごとき精密なディフェンスに会場中が戦慄する。ゾーン状態の『天帝の眼』――その効力は中学時代のものを遥かに超えていた。

 

今度は僕の番だ。単独での速攻。パスなど考えるまでも無い。もはや、『完成意識(ゾーン)状態』の僕にとっては単独突破こそが最も成功率の高い選択肢なのだ。

 

「させっかよ!」

 

あちらもトリプルチームで僕を止めに来た。勝負どころの最大警戒でドライブだけは防ぐ構えだ。一流の選手だろうと苦戦は必至のディフェンスに僕は――何の脅威も感じていなかった。

 

まるで路傍の石ころだな。チラリと三人を視界に入れる。一目で全てを認識する。呼吸や心拍、筋肉の動き。相手の肉体の全てを見通すことができるのがこの『天帝の眼』であった。さらに、今の僕には生体反応から推測される心理状態までもが推察できる。

 

心を合わせた経験により、肉体と精神の両面での高高度の情報分析が可能となっていた。未来の動きが絶対の確率で予知される。

 

「なっ……どうなって」

 

小さく身体を左右に振り、相手の動きを支配する。それも三人同時にだ。何の労苦もなく、予測通りのタイミングで重心が傾いた。その瞬間、大きくボディフェイクを見せてやると――

 

「あ、足が……崩れ…」

 

三人同時にコート上に腰を落とし、尻餅をつく。僕の進行を阻害しないように左右に散らしておいた。将棋で邪魔な駒を払いのける感覚。続いて立ちはだかった四人目もどかし、レイアップを放った。ゴールへ向けてボールがふわりと浮く。だが――

 

 

――尋常でない高さの火神のブロックに叩き落とされた。

 

 

後ろを振り向くことなく、コート全域にまで広がった知覚で認識する。へえ、届かない距離だと思ったんだが……。想定以上に反射速度と身体能力が向上しているな。だが、それは僕も同じこと。全てが研ぎ澄まされた静寂の世界。同じくこの世界の住人であり、かつてない高次元な駆け引きを必要とするこの男との勝負に僕は愉悦を感じていた。

 

 

 

 

 

 

試合終了のブザーが鳴る。火神との勝負に決着はつかなかったが、洛山と誠凛の試合は、こちらの勝利で幕を閉じることとなった。閉幕の礼の後、僕と火神は互いに視線を交わし合う。全力を出し切った満足感と敗北の悔しさの混じった複雑な瞳の色だった。

 

「礼を言うよ、火神大我。おかげで僕はひとつ上のステージへ登ることができた。ひさしぶりに楽しい時間だったよ」

 

「チッ……来年は覚悟しとけよ。次こそはぶっ倒してやるよ」

 

こうしてウィンターカップ準決勝を勝ち進むことができたのだった。待っているぞ、大輝。二度の敗北の雪辱を果たさせてもらう。新たな力を得た僕は、かつての自身の全能感に浸りながらひとりごちた。

 

 

 

次の準決勝第二試合、桐皇学園vs秀徳高校の勝者が明日の決勝戦の相手となる。青峰大輝と緑間真太郎――『キセキの世代』の衝突が始まる。


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