もしも赤司が疲れ目になったら   作:蛇遣い座

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「オレに勝てるのは、オレだけ」

――後半開始2分。

 

PGの今吉から大輝にボールが渡り、その正面にはマークマンである僕が構える。『キセキの世代』同士の対決。にも関わらず、いまの大輝の顔には落胆の色だけが浮かんでいた。それもそのはず。前半の僕はまるで良いところがなく、ただの一度も彼の目に適うプレイをしていないのだから。もはや彼の心中には、僕に対する失望だけが膨らんでいたことだろう。

 

「ったく……どうなってんだ?いくら何でも弱すぎだろ」

 

つまらなそうにつぶやく大輝。ボールを受け取ってドリブルをつき始めるが、その視線にはまるで集中の色が見えない。明らかにテンションが落ちている。だが、そんな余裕や油断など――

 

「隙だらけだよ」

 

 

――いまの僕にとっては弱点でしかない

 

 

意識の隙を突いたスティールに大輝の顔が驚愕に引き攣った。前半と一緒にされては困るよ。つい先ほど、ようやく『変性意識(トランス)状態』に入れたのだ。

 

一瞬の内に手からボールを弾き飛ばした僕のワンマン速攻。ここまで沈黙を貫いてきた『キセキの世代』の本領発揮に、両チームから歓声が上がる。

 

「なっ……!?」

 

虚を突かれた大輝と相手チームを置き去りにして、無人の相手コートに突入する。だが、さすがに常人離れした敏捷性を誇るだけはある。ギリギリで間に合い、僕の前に立ち塞がる。

 

「やってくれんじゃねーか、赤司!」

 

「抜く」

 

目の前の相手を見据えながら、その視界を幻視する。軽くフェイクを掛けるが、尋常でない反応速度で全ての動作を封殺された。だが、そんなことは関係ない。速さも早さも、僕の前には無意味なのだ。相手の意識に共感して、相手の意識の隙を突けば――

 

「身体が……動かねぇ…!?」

 

――たとえ大輝であろうとも抜けるのだ。

 

レイアップが決まる。

 

「マジか……これが赤司の『天帝の眼』……」

 

驚いた表情を浮かべる大輝だが、すぐにそれは愉しげな色に変わった。肌で感じるほどに集中力が上がり始める。

 

「いいぜ……やっぱ、てめーは最高だよ。久しぶりにテンション上がってきたぜ」

 

再び桐皇の攻撃のターン。早々に気合十分の大輝にボールが渡る。相手チームのエースへの信頼は相当なものだな。いまの僕との対決を見ても、何の躊躇も無く大輝に回すとは……。しかし、それは決して相手の無策を意味しない。

 

「ここからが本番だな……」

 

桃井がここから何もせずに終わらせてくれるはずがない。一切の油断を消し去り、全力の集中をもって大輝に向き合った。

 

 

 

 

 

 

 

第4Q開始2分。意外にもここまで桃井の妨害は入らなかった。一時は10点以上開いていた点差も、今では逆転して4点リードを奪っている状況である。

 

「くそっ……またアイツかよっ!?」

 

「青峰さんから連続スティールなんて……そんな、信じられない……」

 

大輝の手から弾き飛ばしたボールを手に、本日何度目だろうか。ワンマン速攻でゴールへと走る。数え切れないほどにエースがスティールされ、さすがに相手チームの選手達も絶望的な声が漏れた。それも当然。エース対決でことごとく敗れれば、精神的ダメージは測り知れない。特にエースが絶対的な力を持っている桐皇ならなおのこと。しかし――

 

「ははっ!いいぜ、もっと来いよ!」

 

大輝の顔には一片の焦りも敗北感も浮かんではいなかった。ただ、全力を出せる相手がいることに対する喜びのみ。ただし、全身から発せられる強烈な威圧感はますます強まっている。

 

「また一対一か。何度来ようと同じことだよ」

 

それにしても戻りが早い。またしてもワンマン速攻からの1on1。『変性意識(トランス)状態』における同一化からのドライブ。この試合、幾度と無く大輝を抜き去ることに成功している。しかし、『変性意識(トランス)』で相手の心を読み取る僕の顔が苦々しく歪んだ。どうなってる……。

 

 

――次第に隙がなくなってきている!?

 

 

試合が進むにつれて、先ほどまで感じ取れていた隙が消えてきているのだ。視線を合わせると、あまりにも鋭い大輝の眼光に一瞬だけ射竦められる。何という集中力。読み合いではなく、後の先にのみ特化したディフェンス。その刹那に全てを賭ける様は、まるで野性の獣のようだ。

 

「うおっ……!?」

 

恐ろしいまでの高速で迫り来る大輝の腕。一瞬の間にカットを狙ったその攻めを、僕はギリギリでロールによって回避した。

 

「ちっ……」

 

何とか大輝をかわしてレイアップを決めることができたが。危なかった……。意識の隙を狙ったはずだったのに、半ば反射に近い形でスティールを試みてくるとは……。読み合いではない。しかし、圧倒的に隔絶した反応速度と野性の獣のごとき直感に戦慄を覚えた。ここからはそう簡単に抜くことはできなそうだ。

 

「今度はこっちの番だぜ」

 

「無駄だよ。僕の眼には全ての未来が見えるのだから」

 

ゆったりとドリブルをつく大輝に意識を合わせる。相手の視界が幻視される。

 

本当にどうなっている……。1on1を続けるたびに隙がなくなっている。いまや隙が生まれる時間は極小。非常にシビアなタイミングを制しなければスティールができそうにない。いくら埒外の敏捷性(アジリティ)を誇る大輝とはいえ、有り得ないぞ。短期間で一体何が起こっているんだ。

 

「さてと、そろそろ抜けそうな気がしてきたぜ」

 

はっきり言って別人のような隙の無さだ。確かに尻上がりで調子を上げていく選手だが、それでもここまで……。その疑問には相手の主将が答えてくれた。

 

「感謝しとるで、ホンマ。こんな丁寧に青峰を指導してくれるとはの」

 

「……何を言っている」

 

「簡単なこっちゃ。青峰クラス、つまり高校最強クラスにまで完成してしまえば、もはや自力でレベルを上げるのは簡単やない。できることと言えば、せいぜいが身体能力や技術の向上くらいやろ」

 

だが、と薄笑いを浮かべて今吉は首を振った。

 

「ひとつひとつ、本人すら気付かない弱点を、欠点を、丁寧に教えてくれるなんて。ホンマ、優しすぎて涙が出るわ」

 

僕の失策だった……。大輝ほどの才能があれば、僕が突いた弱点や隙を消すこともできるだろう。まさか、僕の能力によって本人に克服すべき弱点を教えてしまっていたなんて……。

 

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ。行くぜ、赤司!」

 

野性の獣のような獰猛な殺気を撒き散らす大輝に、僕は全神経を集中して共感する。まだだ、まだ隙が皆無になったわけじゃない。いや、人間である以上、常に神経を張り詰めさせることなどできやしないのだ。呼吸を合わせ、心までもを同一化させる。

 

――右から来る

 

ドライブのために動き出そうとする一瞬。まばたきほどの刹那のタイミング。現在の進化した大輝を前にしては、大きな隙など存在しない。そんなシビアすぎる瞬間を、しかし僕の感覚は逃さない。

 

「もらった……!」

 

しかし、伸ばした手は空を切る。紙一重のタイミングで大輝のロールによって外されたのだ。

 

「うおっと……危ねーな」

 

「なっ……」

 

ギリギリで避けられた……!?

 

あまりにも間隔が短すぎて誤ったか。いや、それ以上に大輝の常人離れした敏捷性で超反応されたのか。前方へ流れる僕の身体を置き去りにして、あっさりと切り返しからのドライブが炸裂した。予想外の事態に、フォローの遅れた無人のエリアで豪快なダンクが決められる。

 

「そんな……」

 

愕然とする仲間達。顔には困惑と焦燥が浮かび上がる。それもそうだろう。これまで条件さえ揃えば無敗を誇っていた『変性意識(トランス)』が初めて敗れたのだから。

 

「よっしゃ。青峰の練習も終わったとこやし、そろそろ例の作戦やるで!」

 

「あん?何だよ、それは」

 

大輝の言葉に彼の仲間達が慌てたように悲鳴を上げる。

 

「ちょ、ちょっと青峰さん。覚えてないんですか?」

 

「てめえ!休憩中ボーッとしてると思ってたら、本当に聞いてなかったのかよ!」

 

「うっせえな。ようやく楽しめる相手が出てきたんだ。何か知らねーが、邪魔すんなよ」

 

そういえば、中学時代にも作戦を聞いていないことがよくあったな。だが、それは集中しているという証でもある。楽しんでいた勝負に水を差されて不機嫌そうになる大輝。挑発的な言動に相手センターの若松が青筋を立てて激怒しかけるが、落ち着かせるように今吉が仲裁に入った。

 

「まあ、今回だけ頼むわ。ええやろ?作戦が意味無かったらまた普通に戦ってええから」

 

「チッ……わかったよ。で、どんな作戦だよ」

 

渋々といった風に大輝が折れる。桃井の策がお披露目か。一体どんなものやら。

 

そして、僕が抜かれた衝撃に、さらに畳み掛けるような今吉の言葉はこちらの動揺を否が応にも煽った。嫌なタイミングで心を折りに来るな。もしもここで連続で決められれば、流れは完全に向こうに行ってしまうだろう。何をするか分からないが、負けるわけにはいかない。

 

「征ちゃん、頼むわよ」

 

玲央からボールを受け取り、最大限に集中力を高めてドリブルを開始する。図らずもしてしまうことになった僕の指導によって、現在の大輝は限りなく隙がない状態だ。だが、それでも隙自体は確かに存在している。

 

――もっと深く、深く

 

さらに深く、深度を上げて共感しなければ。全神経を集中して合わせた『変性意識(トランス)』。ここで大輝を止める。

 

「ヤル気満々のとこ悪いのぉ。けど、ジブンの出番はもう終わりや」

 

「なっ……!?」

 

会場中がどよめいた。信じられないといった風に仲間達も目を見開く。誰も思いつきさえしないだろう。『キセキの世代』最強スコアラー、青峰大輝。彼でさえ完封された赤司征十郎という選手に対して――

 

 

「ワシが相手や」

 

 

――今吉がマンマークにつくなんて

 

「いやいや、無謀でしょ。同じ『キセキの世代』ならともかく。本気モードになった赤司に勝てるわけないじゃん」

 

「そうね。さすがに甘く見すぎじゃないかしら」

 

呆れた風に小太郎が笑い、玲央もわずかな安堵を見せた。これが桃井の策。想像はしていたがやはり……。

 

「……やってくれる」

 

ドリブルをつく僕の顔に苦渋の色が浮かぶ。やられた。完全に僕の特性を読まれている。先ほど今吉のマンマークに余裕が見えた仲間達も、すぐに表情が驚愕へと変わった。なぜなら――

 

 

「――あの赤司が抜けないなんて!?」

 

 

フェイクを入れて抜こうとするも、まるで相手にならない。完全に封殺されていた。抜くことはおろか、パスすらする余裕すらない。こちらの焦りを見通すかのように目を細めた今吉。

 

「もろたで」

 

「しまっ……」

 

隙だらけの僕の手からボールが払いのけられる。大輝のスティールに比べれば、明らかに遅い動作。しかし、僕の眼には高速で飛来するムチのように見えた。これまでとは逆に、今吉のワンマン速攻が決められる。自陣のネットの揺れる音を聞きながら、悔しさに歯噛みした。

 

相手の心を読み取り、全てを感じ取る『変性意識(トランス)状態』。その欠点は――

 

 

――相手と心を合わせるという性質上、一対一でしか使用不可という条件にこそあった。

 

 

「なるほどのぉ。桃井の言った通りみたいやな。その能力、たしかに恐るべき技能やけど、完全な一対一専用。いや、青峰専用ってことかの」

 

眼鏡越しに確認するような視線が向けられる。確信を得たように、今吉は余裕の笑みを浮かべた。

 

「前半、何もしなかったのは海常の黄瀬と同じ。青峰の動きを観察して、自身の頭を調整しとったと考えるのが自然やな。だからこそ、こんな突然のマークチェンジには無力になる」

 

核心を突く言葉に僕は黙り込んだ。

 

そう、僕を止める最も簡単な方法はマークチェンジすることである。『読心(コールドリーディング)』をされていない選手にとって、僕はただの二流選手でしかないのだから。マークマンを交代されると、心を合わせるどころか、即座には呼吸すら合わせられない。

 

「だが!マークの選択権がある守備と違って、攻撃に移ればその手は使えないはずだ!ここで止めるぞ!」

 

連続ゴール。しかも後半のチームの要である僕の敗北によって士気の落ちた洛山を鼓舞するため、あえて声を出して激励する。当然、僕のマークは大輝だ。速攻でない限り、マークマンの選択権は守備側にある。今後、オフェンスで得点は見込めないだろうが、しかしディフェンスでなら僕のスタイルは使用可能だ。

 

「甘すぎるのぉ。守備側でしか使えない攻略法やなんて。ウチのマネージャーはそんなぬるくないで」

 

不吉な言葉を無視して、大輝にのみ意識を再び合わせていく。よし、『変性意識(トランス)』で弱点を感じ取れる。たしかに隙は小さいが、十分勝負できる。大輝にパスが渡った。

 

「行くぜ」

 

目線をわずかに右にずらし、左へのワンフェイクの後、切り返して右からドライブ。意識の深度を上げることで感じ取った大輝の未来予測。そして、ドライブの際に生じるコンマレベルの隙。そこを突いてやる。

 

「予測通……何っ!?」

 

ドライブを止めるために動こうとした瞬間、僕の身体に衝撃が走った。驚愕と共に視線を向けると、そこには障害物が――

 

「スクリーンっ……!?」

 

「赤司、スイッチだっ!」

 

永吉の声が耳に届く。しまった。強制的にマークチェンジさせられた。桃井に全て弱点を読み切られている。

 

「くっ……間に合わない」

 

スクリーンを利用してカットインした大輝は、永吉をかわして横からボールをぶん投げた。僕以外には今の大輝はとめられない。天衣無縫の『型のない(フォームレス)シュート』は、当然のごとくゴールに叩き入れられた。歓声の上がる桐皇ベンチとは対照的に、洛山ベンチが静まり返る。

 

 

 

卓越した聴覚による『音源感知』で、常に僕はコート上の全ての選手の位置と動きを把握している。本来ならばスクリーンなど見るまでもなく知覚できたはずだ。だが、『変性意識(トランス)状態』のときだけは別。完全にマークマンに意識を同調させる弊害として、コート上に意識を浸透させる『音源感知』ができないのだ。

 

「赤司、お前こんなもんかよ?」

 

ゴールを決めた大輝は、少しだけ悲しそうに僕を見下ろした。夢から醒めたような、失望したかのような、そんな寂しげな視線。

 

 

「お前でもダメだったか。やっぱ――オレに勝てるのは、オレだけだったな」

 

 

 

 

 

 

 

試合結果を言うまでもないだろう。この日、洛山高校は二度目の敗北を経験した。


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