本日は二話連続投稿しています。ですので、(上)を読んでいない方は【前の話】に戻って下さい!
「よし、これで開くか?」
Vaultエントランスの右隅にある配電盤の向こうはなんと監督官のオフィスへと通じる秘密の部屋があった。なぜこのような部屋を作ったのか俺には分からないが、それは向こう側のスイッチで開く。しかし、配電盤をちょいと弄れば隠された扉を開くことは容易い。スイッチを起動させると、配電盤は動いてコンクリートで固められたトンネルが開いた。そこはVaultを脱出するときに通った通路で、ラッドローチが何匹かいた。案の定、そこにも何匹かいたが、瞬時に10mmピストルの引き金を引いた。発射した銃弾がラッドローチの脳髄を破壊し、沈黙する。依然、Vaultから出た直後の俺ならこんなにも早く撃ち殺しはしないだろう。
監督官のオフィスへは監督官の机が動く仕組みになっているため、部屋に人がいれば見つかる可能性がある。聞き耳を立てると誰かが話している声が聞こえた。
その一方は知らない男の声だったが、もう一方はよく知っている人物だった。
「アマタか、誰と話しているんだ?」
聞き覚えのない男の声はVault住人の者ではないことははっきりしていた。全員の声と顔と名前は直ぐに一致するし、もしかしたらエンクレイヴの兵士か将校だろう。
アマタとはこの十九年間一緒にいた幼馴染みだ。アニメのような展開を予想したかったが、それは無理な話。現に今はシャルが居るから、無い物ねだりは良くないし、Vaultを捨てた人間が今さら故郷の幼馴染みの事を思い出して悶える必要はない。
話は終わったらしく、人気がなくなり静かになる。俺は意を決して10mmピストルのスライドを少し引いて次弾が装填されていることを確認すると、スイッチをオンにする。余り整備されていない監督官の机が音を立てて動いていく。
「え、一体・・・・・!」
その声を聞いて、誰か居たことに驚き体を出して銃を声の方向へと向けた。
そこには、Vaultを出てきたときと変わらない幼馴染みのアマタの姿があった。そんな彼女に銃を向けることはせず、オフィスの扉が閉まっていることを確認するとホルスターに銃を戻した。
「ユウキ・・・!」
「おうアマ・・・うぉ!」
普通に挨拶をしようとした矢先、まるでアメフトのアタッカーのような体当たりに近い抱き付きをしてきた。いきなりの出来事に俺は体勢を崩す。
「ぐすっ・・・・うわ~ん!!」
「うぇ!えっと、アマタ。大丈夫か?」
抱き付いて泣き出すという異常事態におれは慌てふためきながら、背中を摩る。何故泣き出したのか聞きたいところだが、Vaultの様子を見れば、大変な事があった事など分かる。彼女は俺が居ない間、皆を纏めていたのだ。何処かに心の拠り所がなければ、やっていけないに決まっている。
「落ち着いたか?」
「う、うん。大丈夫だと思う・・・ひっく!」
赤く充血した目を擦りながら、嗚咽を少なからず響かせた。
そろそろ、巻き付いた腕を離して貰いたいな~、と彼女の腕を掴むもののピクリとも動かない。俺は久々に刺激するシャンプーの香りや女性の匂いが鼻腔を刺激して緊張する。
何気に俺やシャルは最近シャワーを浴びてない。濡れたタオルで身体を拭くことはあっても、なかなか汚れは落ちない。そのため、清潔に保たれたVaultにいたアマタは正直言って目の毒ならぬ鼻の毒である。毒は元々俺の場合は良薬。薬は耐性が無いものやアレルギーがあるものは毒として認識する。その毒がそれである。
俺が離させようと四苦八苦していると、痛い視線が突き刺さる。その視線はアマタの視線である。
「故郷に来たのにこんな重装備だなんて、何処のOSI工作員?」
「これには訳があるんだ、エンクレイヴに悟られたくなくてね」
「どうして?あの人達、正統なアメリカ合衆国政府だと言ってたけど」
俺はエンクレイヴがどのような物なのか説明する前に、Vaultから出てからの話をかいつまんで説明した。Vaultから出た後に自身の技術を使って武器店を開き、それを元手にジェームズを探した。ジェームズは浄化プロジェクトを復活させるためにVaultから脱出し、浄化プロジェクトももう少しで完成する所でエンクレイヴという邪魔が入る。武力による制圧で犠牲となったジェームズの死。そして、その地域を納めるB.O.S.となり、浄化プロジェクト発動の切り札であるG.E.C.K.の確保をめざして行動する。自分でも説明できるか不安だったが、全てをアマタに教えた。
「外も大変なのね。でも、エンクレイヴが全て悪いって訳じゃないわ」
アマタは俺がVaultから出た後、治安が悪化して監督官率いる保守派とアマタやブロッチ先生率いる解放派の内乱。騒動によってインフラの整備が良くなくなり、全生命の源とも言える“浄水チップ”の故障。保守派と解放派が激突しようとするとき、エンクレイヴが現れたらしい。彼らは高圧的ではなく、寧ろ要救助者を救う救命隊員と表現すれば良いだろうか。彼らは直ぐにインフラを復旧させ、負傷者を治癒した。そしてエンクレイヴはある命令をした。
「エンクレイヴと共にアメリカを再建?」
「ええ、彼らは純粋な人間を探しているようよ。国民が足りないため、Vaultから連れていくみたい。若い人材は連れていきたがっている。老人などは愛着があるだろうから任意らしいけど」
俺はそんなエンクレイヴの命令に目を丸くした。カリフォルニアに本部を構えていたとき、彼らはスーパーミュータントの実験の為にVault住民を実験の材料したのだ。そんな彼らがそんな優しい事をするわけがない。俺がそう言うが、アマタは反論した。
「でも、実験の材料にするなら問答無用で催眠ガスでも投げてしまえば完了よ?そんなまどろっこしい事をすると思う?」
「まあ、それはそうだが・・・」
「確かに外に頑張っている人の事を軽蔑していたけど、皆殺しにするとか言っているのはいなかったわ。」
エンクレイヴは選民思想にまみれた危険な組織であると思っていた。しかし彼女の話を聞いている内にそんな事を思えなくなっていた。
「でも、上層部から様子を見に来た将軍っぽい人はそれっぽかったわ。兵士達は散々来た人の悪口を言ってたわ」
「上層部と実働部隊の兵士達とは違うのか?」
「私には分からないけど・・・・“西側の将校はいつもこうだ”って悪口を言ってたわね」
西側?東側?俺は一瞬、冷戦時代の米ソの関係を思い出すが、そういう思想的な物では無いだろう。もしかしたら、エンクレイヴは一枚岩ではないのかもしれない。
「そうか、それならなんとかなるかもしれないな」
俺は立とうとするが、腕をガシッと掴まれる。掴まってきたのはアマタであるが、頬を赤く染めていた。
「なんで、こんな大事なときに貴方は居なかったのよ」
「いや、なんでって言われてもな」
Vaultの将来ではなく、シャルとの将来を選択したとは到底言えるわけもなく、困り果てた俺は彼女から目を反らす。そんな俺に彼女は怒鳴った。
「なんで私を選んでくれなかったのよ!」
それはアマタの心の底から出した言葉だった。
俺はそれに面食らう。アマタがそんな事を思っていたなんて知らなかったのだ。
「なんでって言われても!俺はシャルのことが・・・」
嘘をつくことが苦手な俺にとって、正直に気持ちの底を言うしかなかった。すると、床に尻餅を着いていた俺をアマタは無理やり押し倒す。
「痛て!・・・アマタ、落ち着け」
アマタに正直こんな一面があるとは思わなかった。ゲームではVaultの為なら身を粉にできる感じだった。もしかしたらその意思の強さが恋愛の方に今シフトしたとしたら?
「ウォーリー・マックはどうすんだよ。付き合ってただろ?」
幼馴染みで性格はすこぶる良くないが、セキュリティーになってから彼と付き合っている噂を聞いたことがある。そう言うと、アマタは呆れたような顔をする。
「あれを選ぶなら貴方のお兄さんを選ぶわよ」
「兄貴と比較するな。可哀想だろ」
そこそこ良い兄貴だと思うのだが、女性陣はその良さを理解してくれない。聖職者は手が出しにくいのか?
「私はあなたを選んだ。それじゃ、だめなの?」
アマタは顔を近付ける。距離でいえば鼻先がくっつく位に。
「俺はシャルを生涯愛するって決めたんだ」
「外の事は知ってるけど、かなり荒廃しているわ。一夫一妻じゃなくても良いはず。寧ろ、良い遺伝子を残すためなら、一夫多妻でも生物学上はまかに通ることよ」
アマタは持っていたハンカチで黒く塗っていた顔を少しずつ拭き取る。主に口元を綺麗にする。洗顔料で簡単に落ちる塗料なので、洗濯で直ぐに落ちる。アマタは綺麗に拭き取ると、頬を赤く染めた。
「ユウキ、嫌なら私を突き飛ばすくらい容易な筈よ。何でそうしないの?」
「そりゃ、だって・・・」
シャルを愛するって決めたのだけれど、つい前まではアリシアともと考えていた節がある。アマタは予想外だったが、悪魔の囁きと言うべきだろうか。このまま押し倒してしまえ、という俺の一面が確かに声を大にして言っていた。
「じゃあ、していいわけね?」
「いや、ちょ・・・」
アマタは俺の返事も待たずに両手を俺の頭に固定する。ガッチリと動かせないようにした彼女の手は簡単には動かない。俺が否と言ってもするつもりだったのだろう。アマタは唇を近付け、俺の唇を貪ろうと迫る。
コン!コン!コン!
唇が重なるギリギリの所、監督官のオフィスにノックされる。アマタは悔しがるような表情をしてから、素早く俺を監督官の机の下に隠した。
「ここで静かにしていて」
アマタはそう言ってエントランスに通じるトンネルを閉めようとしたが、起動したところで外の人間に聞こえてしまう。アマタは軽く舌打ちすると、トンネルの近くに立って返事をした。
「どうぞ」
「失礼します。スタッカート少佐の使いです」
扉を開けて入ってきたのは士官服を来たスタッカートの女性秘書官だった。白い肌に金髪のゲルマン系の典型的な白人士官はアマタに書類を手渡した。
「この書類はガーミン中佐が司令部で作製したものです。一応、サインをすることで移送計画は開始されます」
書類は俺の所からでは見えないが、Vault住人を移送するための手続きだろう。命令書と言うわけだ。
「このトンネルはどうしたのですか?前はこんなのないと思ったのですが?」
監督官の机が変形して、秘密のトンネルが出来ていたのだから突然の事に驚いている筈だ。俺は机の影で見えないアマタに上手く立ち回れるよう願った。
「これはVault-tecが作った非常用の監督官専用の脱出口です。このVaultでは閉鎖的な環境での監督官の能力とその社会性を評価する実験が行われていました。監督官は暴動が起きたとき、ここから外へと逃げられるようにしてあったらしいですね」
これはアマタの嘘である。しかし、嘘と言うよりも推測に近い。寧ろ、ここにエントランスに通じるトンネルがあるのは不自然だ。これは、暴徒化した住民から逃げるために作られた出口と見てもおかしくない。
「そうですか、それは予備策がちゃんと考慮されていたようですね。」
「スタッカート少佐はまだ部屋に居るのですか?」
「はい。先程持ち主の父親と口論になりまして、監督官である貴方に父親を説得して貰うよう頼みに来ました。」
俺の父親は何をやっているのか。
それは息子だからという理由もあるのかもしれない。だが、曲がりなりにも国家権力に楯突くのは不味い。
「分かりました。向こうで待っていて貰いますか。セキュリティーと一緒に行って対処するので。時間も時間ですし、食堂で軽食でも食べていてください。非番のセキュリティを呼ぶのも大変ですから」
秘書官は「分かりました」と言うと、オフィスを出ていった。俺は安堵のため息を吐き、コンピューターで隠しトンネルを閉める。
何とか、難を逃れた。彼処で「何故開いたのか?」と聞かれて、アマタが嘘を言って通じるとは思えない。もしものために何時でも飛び出して“証拠隠滅”することは可能だった。
すると、アマタは。
「ちょっとそこで待ってて」
と言い、オフィスを飛び出した。
俺はどうしたのかと、追いかけたかったが寸前の所で思い止まった。そう言えば、ここはアマタの家である。他のvaultではどうなっているか知らないが、このVaultでは監督官のオフィスと監督官の移住区画は同じである。と言うことは、アマタの父も居る筈だった。
すると、直ぐにアマタは戻ってきた。手にはメタルボックスを持って。
「じゃあ、これを着て」
それは、Vaultセキュリティーが着ていたVaultスーツとライオットアーマー、そしてヘルメットにバラクラバが同封されていた。
「これで変装して。怪しまれることはまずないわ。一応、貴方は新人のセキュリティーの一人。安心して今はセキュリティーの数は少ないし、シフトと配置を考えても大丈夫な筈よ」
アマタは「ああそれと」と言ってもう一つ俺に渡す。それはタオルだった。
「一階家のシャワーで体を洗って。結構匂うわよ」
やっぱりですか。Vault住民からすればそりゃ匂うわ。
その後、アマタに急げと催促されてシャワー室に駆け込んだ。装備品を外して何一つ纏わずにシャワー室に入って蛇口を捻って温水を頭から被る。泥汚れや脂質が流れ、据え置きのシャンプーを手のひらにのせて、髪の毛に塗りたくり、ガシャガシャと髪の毛を洗う。久々のシャワーで気持ちが良いものの、湯船に浸かりたいと思ったのは仕方がないことだろう。
ふと、アリシアの顔が思い浮かぶが直ぐに忘れようと両手で頬を叩く。石鹸を手にまぶして顔を擦り、黒い塗料を洗い流す。
彼女は何故裏切ったのか。そもそも、スーパーミュータントから救うのまで計算尽くしで実行したのか。それは分からない。だけど、俺はアリシアに会って聞きたい、裏切った理由を。
蛇口を逆に捻り、お湯を止めると脱衣場に出て体に滴る水滴をタオルで拭き取った。そして久々に長年着ていたVaultスーツを身に纏う。そして上からライオットアーマーを着込む。これは従来のセキュリティーアーマーや防護板を増強した改良型とは違うものだった。
胴体以外にも、太股や脛。上腕から下腕、指先に至るまである防護パット。特に左手はライオットシールドを持ちやすいよう、防護パットの取り外しが可能であった。ヘルメットもラッドローチ対策の為か首元や脛椎を守るためのガードがある。ヘルメットの形状も口元を覆うような、まるで前世にあったフルフェイスのバイクヘルメットのような形状をしていた。
その重装備故に俺の父親を何だと思っているんだ?と少し考えたが、直ぐに辞めて装備を装着する。太股のホルスターに10mmピストルを収めてバラクラバとヘルメットを装着した。
着終わり、アマタの方へ向かうと、俺の方をみて驚いたような顔をした。
「やっぱり重装備過ぎたのか?」
「いいえ、今のセキュリティーはそれが標準装備よ」
「マジかよ」
アマタによると、ラッドローチ襲来直後。セキュリティーはもっとアーマーに防御力が必要だと感じて監督官に訴えた。それにより、アーマーのデザインを一新して実用的かつ重武装のようになったと言う。
つーか、これジャガーノートだよな。銃弾を受けても突き進んで軽機関銃撃ちまくるあれだよな。
「アマタ、これの愛称とかって・・・」
「え、これの愛称は確かボトムズだっけ」
「そっちかよ!」
「違った・・・、えっとザクだっけ?」
「大きくなったなおい!」
「ああ、ブレアレオスだっけ?」
「既に物じゃなくて人になってしまった」
「そもそも、ユウキは何を言ってるの?」
本当は“グラディエーター”という名前らしい。あまり名称が合っていないのは、そう言う事を理解していない人物が名付けたに違いなかった。
装備を付け終えて、アマタと共にVaultを歩く。
Vaultで生活したのは酷く昔のように思えるが、そこまで経過はしていなかった。アマタに途中で渡されたハンティングショットガンを携えて、セキュリティーの時を思い出しながら住んでいた家へと歩いた。
「結構ゴミとか散らばってるんだな」
「掃除する暇も無かったからね。明日辺りに全員で清掃する清掃デーを設けたから、以前みたいに綺麗になる筈よ」
所々にゴミが落ちていたり、血痕がそのままになっている箇所もある。雰囲気的には最悪だろう。暫く歩いていると、家にたどり着いた。
「アマタじゃないか、君まで言うつもりかい?彼らが本当にアメリカ合衆国政府なんて言うつもりはないだろう?」
そこには幾らか老けた父親、ハーマン・ゴメスの姿があった。
彼の服装は俺が着ているライオットアーマーではなく、長年使っていた防弾ベストにフェイスガードつきヘルメットを装備していた。腰には10mmピストルがあり、壁際にはアサルトライフルが立て掛けてあった。
「そのことじゃないの。ユウキの部屋の中で話しませんか?」
「どういうことだ?」
父は怪訝な顔をしてアマタをみる。おれはどうしようもないので、父の目の前に立つと、ヘルメットのアイガードを開く。
「お、お前は・・・!」
と、叫ぼうとした父の口を手で塞ぎ、もう片方の手で一本口許に指を立てて「シー!」と言った。父も直ぐに通じたらしく、壁に立て掛けたアサルトライフルを持つと、部屋の扉を開けた。
部屋の中は俺が去った時と変わらず、何も変わっていなかった。配給券一年分を費やした読書用コンピューターやVault蔵書ネットワークから印刷した戦記物の本。警察や軍の教本も置いてあったそこは懐かしさを感じたが、メガトンの我が家と比べても故郷と感じてしまう。
ヘルメットを脱いでバラクラバを被った姿となり、俺は口を開く。
「よく、俺だと分かったね」
「なに、お前を十九年育ててきた父親だぞ。目もとで直ぐに分かる。それよりもよく帰ってきたな」
バラクラバを脱ぐと、父は俺を抱き締める。ゴメス家にはハグすることで習慣はない。しかし、死地に赴いた息子が帰ってきたのだから、父親としてするのが普通だろう。
「どうして帰ってきた?」
「アマタが緊急信号を発信して、信号をPip-boyが捕らえたんだ。アマタに会ったら、早速シャワー浴びろと言われたよ」
「だろうな、外は早々風呂に入れないだろう」
父は苦笑いした。アマタは本題に入ろうと口を開いた。
「オフィサー・ゴメス、エンクレイヴのスタッカート少佐がこの部屋を見たいと言っているのです。明け渡して貰いませんか?」
「いや・・」
「いいよ」
俺は肯定すると、父は驚く。
「ユウキ、お前は良いのか?」
「良いわけじゃないが、エンクレイヴに見られて不味いものはない。見られたくないものもあるけど、不利になるわけじゃない」
「そもそも、何故奴等はお前の持ち物を見たがるんだ?」
俺は痛いところを付かれ、苦笑いを浮かべた。説明しようとするが、父は俺の説明を聞こうとはしなかった。
「まあ、エンクレイヴという組織は歪だと言うことは理解している。指揮官がああだからな。外の世界では憎まれた存在なのだろうな」
父はアマタにあとで事情を聞くといい、俺は渋々頷いた。微かに父に自分が経験したことを話したい節が有ったのかもしれない。すると、外に人の気配がした。すると、ノックがされる。pip-boyの動体センサーを見ると、二人位が外にいる。俺は急いでバラクラバとヘルメットを装着する。
「どうぞ」
アマタはそう言い、扉は開かれた。
そこには佐官用のコートを着た将校が一人と士官服を着た先程の女性秘書官だ。コートはまるでゲームのオータム大佐が着ていた物にそっくりだったが、被っていた軍帽は鷲がエンクレイヴの頭文字を掴んだ意匠の凝った代物だった。
「話中で申し訳ないが、もう終わったのかい?」
「ええ、オフィサー・ゴメスも承諾しました」
「隠した物はありませんよね?」
と将校は鋭い視線でアマタや俺、父を見据える。
「いえ、隠すも何もあんたが何を探しているか知らないもので。ベットの下のエロ本はそのままにしているがね」
ちょっと、父さん!あんた何を!
俺がヘルメット越しで驚愕の表情をしていているのが救いだった。
すると、その将校は笑い出す。
「いやはや、驚きました。エロ本は私も・・・」
「ゴホン!」
と後ろの女性秘書官は咳払いをする。彼女の表情はこめかみに血筋を浮かべていた。
「はっはっはっは。そうですな、息子さんの部屋を漁るのですからゴメスさんは外で待っていて貰えますか?直ぐに済みますよ」
笑いでなんとか誤魔化して、将校は父に配慮するため父を外すよう言った。
「しかし・・・」
「ならそこにいるセキュリティーが同伴すれば良いでしょう?」
成る程、部屋の主が居れば大丈夫である。すると、父は「良いでしょう」と言って外を出ていき、アマタや秘書官も外へ出る。しかし俺を探しているエンクレイヴ将校と一緒にいると言うのは絶対絶命のピンチだった。
「そこの警備の人、あんまり荒らさないから大丈夫」
人懐っこい笑みを浮かべて、笑う将校はエンクレイヴとは到底思えなかった。どことなく武官ではなく、技術将校っぽい。マッドサイエンティストのような眼鏡にボサボサの髪。そうとしか見えなかった。
将校は俺の本棚にある銃の本に手を伸ばして、中をペラペラと捲っていく。彼が持っているのは「アサルトライフルの歴史と概念」である。
「ん?これは・・・」
将校が見つけたもの、それは俺がまだ15の時に描いたM4A1のデッサン画である。他にも記憶にあるアサルトライフルを書いてはその本に挟んでいたのである。
見ている俺からしてみれば、何て物を遺したのだと赤面ものである。例えば、中学校時代のノートが出てきたとしよう。そこには、厨ニ病というべき、思い出しただけで赤面して目から血を流すくらいのものである。それが、知らない人に見られたら?
結論を述べれば、死にたくなるものだ。
しかも、それだけで終わらなかった。
「ん?これはM4A1!しかもキャリングハンドルつき。ちゃんとコルト・アームズの刻印まであるじゃんか!そして、SCARにAK!FN2000まであるじゃんか」
や、辞めてくれぇ!俺の精神が崩壊する!
ガラスのハートが全部砕けちる!
しかしふと考えた。何故、彼はその銃器の名前を知っているのだろうか。俺がそこにイラストを挟んだが、そのイラストにはこの世界にはない銃がある。一体、なぜ彼がその銃を知っている?
M4A1やAK、SCARなんてこの世界にはない。なら彼はもしかすると・・・。
彼はイラストを挟んであった本に「証拠品」の札を付ける。俺の黒歴史を持っていくつもりだ。そして他にある「設計図Ver1」と書かれたスケッチブックを取った。
不味い!不味すぎるぞ!
「ん~・・・・おいおい、これは」
そこには俺が書いた銃の設計図が記されていた。その銃の名前はFN2000。FN社が開発したブルパップ式アサルトライフルだ。転生当時は高校生だったので、俺は銃の構造はよく分からなかった。しかし、Vaultには銃整備士になるための書籍があり、原理や構造を知ることが出来た。そのため、12の誕生日を迎えてから、本格的な銃の製造や設計を学び始めたのだ。生前にみた外見と今持つ知識を掛け合わせて出来たそれは、オリジナルとは多少違うかもしれない。無論、メガトンの武器庫にあったオリジナルのそれはおれのと少し違っていた。
先程の黒歴史とはまだ程度は低いが、それでも技術将校と比べたら・・・。
「コイツも持っていこう!」
技術将校は意気揚々とそれを持ち、「証拠品」の札を張る。って、良いんですか?そんなセキュリティーが趣味で描いていたものですよ?!
おれはそう思っていたが、それを読む技術将校は設計図に記された文字を読もうとしていた。
「えっと、これは・・・」
「それは“3cmずらして”って書いてません?」
「ああ、そうか!・・・ってうん?」
俺は悩んでいる技術将校に無意識に口を挟んでいた。ヤバイと思ってヘルメット越しで口を押さえようとするが、既に遅かった。
「君、名前は何て言うんだ?」
おれは思い悩む。実名は論外だし、頭に浮かんだ名前を言った。
「ウォーリー・マックです。」
ふと、奴のニヒルな笑みを思い浮かべ、殴りたい衝動に駆られる。すると、将校は右手を出した。
「私はエンクレイヴ技術局のロイド・スタッカート少佐だ」
軍帽を脱ぎ、よく見えなかった彼の素顔が明らかになる。アングロサクソン系の白人であるが、目はダークブラウンで髪は黒。しかし、白人っぽい顔つきはアジア系には無いものである。顔立ちは美男子なのだが、彼の掛けるメガネがそれを台無しにしていた。どこかのマッドサイエンティストのようなメガネは彼がそういう仕事についていることを現していた。髪も軍人であるはずが、髪は長く、後ろでそれをまとめている。髪型であれば女性のような感じである。
彼の手を取り、握手をするとロイドは苦笑する。
「いやぁ、秘書官にエンクレイヴの威厳が削がれるから帽子を脱ぐなと言われてね。室内なのに全く困っちゃうよな」
馴れ馴れしいというか、目の前にいるエンクレイヴの将校は俺の想像に反して友好であったため、面食らってしまう。俺のその様子を見ていたのか、またもロイドは苦笑を重ねる。
「エンクレイヴの将校って二つに分かれているからね。現地や部外者にも優しい奴と現地人を人と見なさない奴とか・・・ほんと困っちゃうよね」
ロイドは困ったようにいう
おい、ちょっと待てよ。いま、なんて言ったよ。エンクレイヴの将校が優しい?んなことあるわけ無いだろうに。
「エンクレイヴの方はなんというか、選民思想やアメリカ至上主義的なものがあると思っていましたが?」
おれはその疑問を彼にぶつけた。すると、ロイドは困った顔をしながらも起用に笑う。
「まあ、そう見られてもおかしくないな。ここに住むVaultの人たちもエンクレイヴの実情を知りたいだろうし。少しだけなら教えてあげられる。」
と言って、ロイドは丁寧にもエンクレイヴが現在どうなっているか話してくれた。エンクレイヴは西のカリフォルニアから来た石油掘削基地の総司令部にいた官僚の子孫など、選民思想などを持った者と東の基地に元からいたウェイストランド人に対して積極的な救済策を考えていた者がいる。しかし、十年前に西側の高級将校達を中心とした一派が大粛正を敢行。多くの穏和派の東側将校を処刑した。今の指揮系統は西側の将校がおり、実働部隊の殆どが東側だという。参謀本部でも何割かは穏和派の者はいるが数少ない生き残りだということ。そして、ロイドは本部の中でも少ない穏和派の一人だというのだ。
「エンクレイヴも一枚岩ではないからね。他の組織もそうだろうさ。アメリカ建国当時と比べたら、悲惨だな」
ロイドは説明を終えると秘書官がおいていったメタルボックスに「証拠品」を次々と入れていく。
エンクレイヴが組織の上で亀裂が入りやすいのなら崩壊は容易い。そして、BOSに勝つ見込みもあるということだ。
「そういえば、君はこの部屋に詳しいようだが、ここに住んでいた者とは親しかったのか?」
俺は一瞬考えたが、すぐに口を開く。
「ええ、ユウキの家には結構出入りしてました。良い奴ですよ」
「そうか、さぞ銃マニアだったんだろう。会って話してみたいもんだ」
俺はその時、一瞬だけ彼に自分が何者であるか教えたくなった。エンクレイヴという敵対している組織の人間だ。でも、彼とは良い友人になれるのではと。そして、彼はもしかしたら・・・・・。
「少佐・・・・帽子を被ってと言っているではありませんか!」
そこに入ってきたのは、先ほどの女性秘書官だった。外見上クールビューティーな感じでかなり新鮮だ。
「ハハハ、ハンナ少尉。いいじゃないか、そんなに俺の顔を周りに見せたくなかった?」
「っ!・・・少佐!変なこと言うのはよして下さい!」
女性秘書官の顔に驚きと羞恥の表情が見える。若干頬が赤く染まっているのは先ほどのクールビューティーな感じからして、ギャップが感じられて可愛かった。俺の目線に気がついたのか、咳払いをする。しかし、俺に見られていたということに動揺してか、声は少しうわずっている。
「そ、それで少佐。情報収集は終わりましたか?」
「ああ、このセキュリティーのオフィサー・マック氏のお陰でな!」
彼は嬉しそうに、メタルボックスを抱える。その様子は子供のようで少尉も俺に見られているにも関わらず、その光景に微笑んでしまう。彼女はロイドに惚れているのだろう。彼女の目線からしてそんな感じがした。
「では、急いで下さい。あと十分でヘリが離陸します。あまり、ヘリの稼働数が少ないのですから」
「分かってるよ」
二人は部屋を出ようとするが、おれは思い出したように口を開く。
「ロイド少佐」
「いや、ロイドと呼び捨てでも構わないよ?」
「え、ああ。えっと、そのメタルボックスの本はどうするつもりで?」
「これはユウキ・ゴメスという才能を持っている人物のものだ。俺は彼の技術が欲しくてここにやってきた。本人が来たら、しがない技術将校が持って行ったと伝えてくれ。必ず返すとも」
ロイドはそういうと、踵を返してそのまま扉の向こうへ行く。しかし、なにか思い出したように振り返った。
「ああ、そうだ。もう一つあった。もし会えるのなら、ウィスキーでも飲みながら話したいと伝えてくれ。勿論、俺の奢りだ」
扉は閉まり、窓から彼が行く後ろ姿を見る。その背中が小さく見えなくなるにつれて、俺の不安は大きくなる。
エンクレイヴの兵士や将校。
そして彼が戦場にいたら引き金を引けるのかと。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
俺はロイド少佐と別れてから、戻ってきた父と合流しゴメス家へと帰ってきた。
「お帰り、ユウキ」
Vaultスーツの上に神父の黒い服を着た兄、フレディー・ゴメスは目を赤くしながら、俺を迎えてくれた。涙もろいのは、あんまり変わっていないらしい。俺は兄貴とハグすると、叔母であるペッパーおばさんもいた。彼女は俺の事はまだ気に入らないらしく、顔を背けていた。
「ペッパーおばさんも無事でよかった」
「ふん!」
「すまないな、ユウキ。けど、母さんはユウキがいなくなってから大丈夫か大丈夫かと心配していたんだぜ」
「フレディー!そのことを言うなって言ったでしょ!」
ペッパーおばさんは顔を真っ赤にして怒鳴る。俺を遠ざけるようにしていたおばさんであったけど、やっぱり心配していたらしい。俺の心配してくれないおばさんだったとしたら、父は再婚なんてしないだろう。おばさんも根は優しい人なのである。
俺は久しぶりの我が家に帰ってきた事で目から水滴がぽろぽろと落ちてくる。俺はまだ返事をしていなかったことを思い出し、涙も拭かずに言った。
「ただいま!」
夕食は取ってしまった後だったので、ペッパーおばさんが「別にお前のためにつくったんじゃないんだからね!勘違いしないでよ」と言うようなツンデレっぽい事を言った。父にそのことを言うと「テヘペロ☆」みたいな仕草をしたんでイラッとした。父はそのツンデレ具合に惹かれたらしい。冷蔵庫にあった残りのサンドイッチを食べると、久々の故郷の味が感じられ、またも涙がこぼれ落ちそうになる。
食べ終わる前に、父から「俺の部屋に来い」と言われたのでサンドイッチを食べると、そのまま父の部屋に行った。
「父さん、どうしたの?」
「お前に見せたい物があるんだ」
父は俺をベットの近くまで来させた。そして、ベットのマットレスをひっくり返すと衣類ロッカーが現れた。いや、これは衣類ロッカーではなく武器ロッカーだった。
「お前の母親が遺していったものだ。お前が二十歳になるまで見せないつもりでいたが、そうも言っていられないようでな」
父はそういうと、首に掛けていたロッカーの鍵を使い、ロッカーを開ける。そこには昔俺が磨いで怒られた日本刀ともう一本の布にくるまれた何か。そしてpip-boyで再生できるホロテープが二つ入っていた。
「父さんこれは?」
「お前の母親の遺言と出生にまつわる話。そしてお前への手紙だ」
父はそういうと、俺の手にホロテープを置く。
「これは今聞かなくていい。あとで聞くといい。お前も急いでいることだし。仲間もこれ以上敵地にいたら心配するだろう?」
「敵地って・・・・」
父の言葉に俺は驚いた。Vault101は俺の故郷だからだ。しかし、父の言うこともまた真実だった。ここはエンクレイヴが占領し、じきに住民の移送始まる。そして何より、彼らはエンクレイヴの人間として生きることになるのだから。それは俺にしてみれば敵地同然であり、故郷の人間であろうとも、俺を土産として持ち帰れば確かなる地位を約束されても良いのだから。
俺は反論したいが、そのことが分かっているために視線を落とす。しかし、父はホロテープを覆うように、俺の手を握る。
「大丈夫だ。俺がお前の父であることに変わりない。もしかしたら、また会えるかもしれないからな」
父はそういうと、ロッカーにあった残りの物品を取り出す。ホロテープをpip-boyに仕舞い、父は日本刀を俺に渡した。
「これはお前に見せたとき、かなり興奮していたな。やっぱ母親の血なのかな。刀のことになると一時間ぶっ通しだったからな」
父は笑い俺に渡す。それは今見てみると、大分古くなっていた。鞘はボロボロで柄は何度もまき直して新しい物に換えている、父に「鞘から出して良いか」と聞いてから抜いてみると、見事な刀身が露わになった。
「日本刀だったか、お前の母、椿はこれを持っていただけで使わなかった。戦闘には不向きだからな。だが、この刀は家族同然と言っていていたし、形見のような物だったんじゃないか?」
父はそういうと、もう一個の布に包まれた物を渡してきた。それは日本刀と比べると少し重く感じられた。布を外すと、それは日本刀と比べると全く違うことが分かった。
鞘は木製ではなく、金属製の鞘だった。そして柄の部分はまるで柄糸を外して茎が露わになっているようにすら見えた、しかし、それはしっかりとグリップのような物があり、それは金属製の柄だということが分かった。それは日本刀と違い、近代的なもので、前世のコンバットナイフの柄のようにすら感じられた。鞘から抜き取るとそれは、ただの刀では無いことが分かった。
日本刀とは違って光沢はない。しかし、刀紋の部分は鋭く指をかざせば切れてしまいそうだ。しかも、刃先は殺傷力を上げるためにコンバットナイフの後ろののこぎりのような形状になっていた。それは棒樋も同じような加工が施されている。それは、日本刀を近代技術で再構成した近接戦闘用の刀だった。
「ユウキ、この文字が読めるか?」
父は柄に刻まれた文字を指す。そこには漢字が刻まれていた。
『之越持者大和越受継者成』
「之を持つ者大和を受け継ぐ者成り」
それはレーザー刻印なのか分からないが、見事な和文体で書かれていた。それを普通に日本語で読んでしまった。そのため、父は俺の話す言葉が理解できなかった。
「ん?」
「この刀を持つ者は大和民族を受け継ぐ者なんだとさ」
「まだ、裏に書いてある。読んでくれないか?」
父はそういい、柄をひっくり返す。すると、刀の銘を読むことが出来た。
『火龍』
それは、嘗ての太平洋戦争で日本初のジェット戦闘機として設計された機体の呼び名であった。ドイツとの技術交換でジェット戦闘機のMe262の設計図を提供され、日本は独自のジェット戦闘機を作り上げた。海軍では橘花と呼ばれる機体が作られ、軍艦への爆撃を主眼に設計されており、それはいつでも特攻攻撃が可能であった。しかし、火龍は日本陸軍が設計した初めてのジェット戦闘機であった。日本本土を焼夷弾によって爆撃され、それへの対処がままならぬ時、祖国を守るために設計され、防空戦闘機を主眼に置かれていた。
製造は行われるはずであったが、終戦により一機も生産されずに至った。
本土防衛として設計された機体はまさに技術者の悲願と呼んでもいい。焼夷弾をまき散らす高々度のB29には為す術がないのだから。
そんな願いの込められた刀の名付け親は戦史や戦闘機をこよなく愛していたに違いない。むしろ、これ以外の理由が思い浮かばなかった。
「火龍・・・、意味は、火のドラゴンってところかな」
「バーバリアンに出てくるあれか?」
と父はドラゴンにさらわれた娘を救い出すため、戦士がドラゴンと対決する昔の漫画のことなのかと言った。本当は違うので、本当の意味を言った。
「昔の戦闘機の名前だよ。祖国を守ろうと作ろうとしたけど、作られずに終わった。良い名前だと思うよ」
俺は刀身を見ると、スッと鞘に収め、pip-boyのなかに入れる。俺は父の顔を見ようとするが、父は背を向けたまま動かなかった。
「父さん?」
「これで最後だ。ユウキ、会えると言ったが、可能性は低いだろう。もう二度と会えない可能性が高いな」
父は振り向き、俺の肩に手を乗せた。
「お前に会えなくなるのは残念だ。もう少し話していたかったが、時間はもうないだろ。あと一時間で日の出だ」
壁の時計を見れば既に深夜の四時を回っていた。明るくなる前に戻らないと、外のエンクレイヴの警戒線に引っかかる。そろそろ、行かないと不味かった。だが、このままvaultで暮らしたいと思ってしまう自分もいた。
それを察したのか父は俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「お前にはシャルちゃんがいるんだろ?なら、あの子を幸せにしてくれ。孫を見せに来いとは言わんからさ」
父は満面の笑みをする。しかし、目から涙を流していて、今にでも嗚咽をあげそうだ。
「父さん・・・」
「いいか、何か選ぶことがあったら誰かを頼るんだ。それはシャルや友人、誰でも良い。でも、もし誰もいなかったら。その時はどうする?」
父は俺の両肩を掴む。そして涙を流しながらも続けた。
「その時は自分を信じろ。お前が一体何がしたいのか、どうしたいのかを考えろ。外の世界は可能性の塊だ。自分を信じて進んでいけ。」
父は、そういうと、俺を部屋から押し出した。
「父親としてやるべき事は全てやった。これでお別れだ、息子よ」
父は扉のスイッチに手を掛ける。
「父さん!」
俺は父に駆け寄ろうとしたが、父は手で来るなとジェスチャーをする。時間は残り少ない。既に予定は大幅に遅れていた。
「ユウキ、自分を信じて生きろ!」
父はそういうと、ハッチを閉じた。機械的な油圧式ハッチが閉まり、耳の鼓膜に伝わった。ハッチに行って配電盤を弄くりまわして、開けたい衝動に駆られた。しかし、ベットに倒れ込む音とすすり泣く声が聞こえ、俺は父も同じ気持ちであることを知った。
兄も叔母も既に寝床に付き、明日もおれがいることを信じて眠っている。俺は家から飛び出し、監督官のオフィスへ向かう。目から溢れる涙を何度も拭きながら、かすむ視界を頼りに監督官のオフィスへと舞い戻った。
Vaultを去ったとき、こんなに悲しい気持ちだったろうか。あのときは状況が状況でVaultにお別れも言えない状況だった。あのときのことを思い出しながら、トンネルを通って隠し扉のスイッチを押す。配電盤に偽装した隠し扉は開かれ、俺はそこで思わぬ人物に会った。アマタだった。
「こんな早朝に出て行くんだ」
アマタは泣きもしないで、耐爆扉のコンソールの横に立っていた。彼女の手は扉の開閉プロトコルの所にあり、開閉を行う鍵は刺さった状態だった。
「アマタ、それは・・・」
「違うわ。これはあなたが出て行くから、出てった後に閉めるため」
「え?」
俺は驚き、アマタの顔をみる。エンクレイヴとの関わりを絶って生きていくのかと思ったものの、予想はそれとは違っていた。
「防犯上の理由よ。向こうにはスペアのキーコードを伝えてあるし、強制解除キーも向こうが持ってるのよ」
「そっか、なら仕方がないよな」
すると、アマタは俺の所に近づき、両手を俺の首に絡めた。
「私を選ばずにシャルロットを選ぶなんて・・・・。乙女心を踏みにじって」
「俺の気持ちはどうなんだよ」
乙女心を踏みにじったつもりもなければ、なにかした記憶は無いため彼女に俺の気持ちも考えて貰いたかったが、アマタはそこでにやりと笑う。
「女は我が儘な生き物なのよ。自分の物にならなければ嫉妬するに決まっているじゃない。」
アマタは俺の首元に顔を近づける。彼女から漂うシャンプーや女性独特の香りは俺を惑わそうとする。そして、アマタは囁くような声で言う。
「Vaultに残ることはできないの?」
「無理だ」
「みんなを説得するから」
「外には俺を必要とする人がたくさんいるんだ。・・・・ごめん、アマタ。君の気持ちを踏みにじってしまって」
俺は彼女の背中に手を伸ばし、強く抱きしめた。彼女ともこれでお別れだった。もう二度と会うことはないかもしれない。走馬燈のようにまぶたを閉じると、vaultで生活した光景が蘇る。そして、そこで生活することは二度と叶わないのだ。自然と涙が目からこぼれ落ちる。自分がこれほど涙もろいとは思わなかった。アマタはゆっくりと顔を上げる。彼女の目も赤かった。
「アマタ・・・・」
「今だけで良い・・・お願い」
アマタは俺の頬に両手を添える。彼女の青い目は綺麗で、背中に回した手をゆっくりと強めた。
彼女は目を閉じ、俺も閉じて彼女の唇に口づけをした。
これは彼女との最初で最後のキス。そのキスは塩っぱく、忘れられない味だった。
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『聞こえているわね・・・・・、よし。これで良いわ。これを聞いたとき私は死んでいるでしょう。もし、生きているとすればすぐに再生を中断して、そうでないと私があなたを叱りに行くわ!でも、もし死んでいるならこれからする話に耳をしっかりと傾けておいて。私の名前は・・・・そうね、あなたの父さん。ハーマンからは“ナイト・椿”としか、伝えられてないはずよね?多分、本名もあの人に話してはいないはずよ。知っているとすれば、これを聞いたかも知れない。まあ、聞いていたとしても関係ないわ。私はその名前も捨てたし、今の名前で満足しているわ。“椿・ゴメス”にね!
話を戻すわ。そう、私の本名は市ノ瀬 椿。ここでは椿 市ノ瀬となるわ。名前からわかるかもしれないけど、日系の名前ね。でも、日系の名前だけど私は日系じゃないわ。私は純粋な日本人。東京で生まれたの。生まれは2063年。
たぶん疑問に思うでしょうね。私は214歳って!一応合っているわ。年月を計算すれば。でも体が経験したものは23年ちょっとよ。決してお化けじゃないから安心して。
もしもう一個のホロテープを先に見てしまったのなら今説明するわ。
アメリカを勉強する上で2070年にアラスカのアンカレッジでアメリカと中国が戦争したのは知ってるわね。あの戦争の前哨戦だったのが、2069年に起きた中国の日本侵攻作戦よ。
私はあのとき6歳だった。今でも覚えているわ。中国軍は放った核ミサイルに焼かれる故郷が。あの戦争はアメリカを焦土にするためにどれだけの核を落とせばいいか、テストケースとして日本に核攻撃を仕掛けたと言っていい。私は父親が資産家だからよかったけど、あの炎の渦に飲まれたてたら、あなたは今頃生きていないわ。
日本という国家や故郷は潰えた。でも、まだ人は生きていた。そして戦う意志も。私の父は持ちうる資産を持ってアメリカに全面協力したわ。アメリカ国籍を取得して、その資産と生き残った頭脳明晰な科学者と共に日夜兵器研究を行ったわ。中華ステルスアーマーの光学迷彩の技術も元は日本原産よ。正直なところ日本の技術はアメリカよりも上を行っていた。
だけど、2070年。アンカレッジ戦線が形成されてから、生き残りの社会学者はあることを提唱し始めた。それは「米中による最終戦争」。これは、中和剤による放射能除去も間に合わないような放射能が核によって世界中に広がり、人類が壊滅してしまうと言う予想を立てた。当時も「最終戦争論」は騒がれていたけど、アメリカ人はそんなことは夢物語だと思っていたみたいね。
でも私たちは故郷を灰にされた。だからこそ、アメリカと中国がやりかねないと思っていた。父は残りの私財をなげうってとあるドームを作り上げた。それは、Vaultという生存目的ではなく実験のために作られた核シェルターと違った。アメリカの上流階級の人間はVaultには入らず、自分たちが出資した核シェルターを造りそこに入った。自給自足が全て賄われ、科学を研究して発展する施設もそろっていた。父と私、日本から逃れた多くの著名な人々はそこへ移動した。そして、2077年に最終戦争が勃発した。私たちはかねてより、実用化段階だった冷凍睡眠の技術を使用して五十年に一回。一年間外で生活して、また五十年冷凍睡眠するというサイクルを行った。そして、私たちはドームに接触を試みる国家が現れた事を知った。
彼らの名前は新カリフォルニア共和国。
Vaultに設置されたG.E.C.K.を使用して、豊かな土地を手に入れた“Vaultシティー”を中心に作られた民主主義的な国家はドームの保持する科学力や知識を欲しがっていた。接触した直後、全員で会議が行われて彼らと交流することになった。多くの知識人や科学者は温かく迎えられ、多くの人々は喜んだ。日本という民族を再興できると。
しかし、私の父は違った。
父は資産家であり、特段知識や科学を用いてなかった。資産もドーム建造に使い果たし、残りのものもNCRでは役に立たない物ばかりだった。父はNCRの補助金で生活した。しかし、父はそれに耐えることが出来なかった。いつも冷凍睡眠のまま目覚めなければ良かったと言い、父はゆっくりと壊れていった。
父は最後に残った財産を使って投資を行った。父にはそれしか得意な物が無く、取り柄としてはそれしかない。しかし、神は微笑んでくれなかった。投資は水の泡になり、借金がかさみ始める。父はそれを苦にして自殺。私と多額の借金を遺してこの世を去った。
財産もなく、この身一つしかない私にとって選択肢は限られていた。身体を売るか、逃げるか。しかし、神は私にだけ微笑んでくれたのかもしれない。
父の抱えの研究者はとある組織と繋がりがあった。戦前の技術を保全し、過去の戦争を二度と繰り返さないようにする。Brothehood of Steelはかねてより、ドームの事に興味を持っていた。科学者達はNCRに裏切られる可能性も考慮して秘密裏にBOSとの交流を行っていた。科学者達は生き残ることが出来た父に報いるため、遺された私をBOSに託した。
戦前の教育を受けた私はBOSに入ってから優遇された。科学者がくれた高周波ブレードや戦闘用インプラント。BOSの戦闘インプラントよりも、研究に研究を重ねていたそれは格段に違っていた。そして私は、エルダー・リオンズ傘下の東海岸派遣部隊と一員として東海岸にやってきた。
あとはハーマンが話してくれると思うわ。・・・でも、これだけは言い忘れてたわね。何で、BOSを捨ててVaultにやってきたのか。
BOSは悪くなかったし、死ぬまでいてもよかったわ。でも、私は父やNCRに残してきた科学者達とある約束を交わしたの。それは好きな人物と幸せに暮らすと。
それは言われなくても私も願っていたことだった。でも、ウェイストランドでそれが達成させられるかというと、無理だった。BOSも国家ではなく、戦闘集団なために幸せとは言い難いわ。だから、私はVaultが解放されたと聞いてそこに飛び込もうと思ったの。
あのドームにいたのは科学者が40人前後、軍人や政治家が15人。父と私、そしてその彼らの家族が100ちょっと。政治家や軍人は日本を再建したいと言っていたけど、たったの150人弱でどうにかできるはずもない。それに、その中でも女は50人弱で若い女は私を入れて10人にも満たしていなかった。そもそも、そんな人数だけで再建は困難。
科学者は自分たち日本人の遺伝子を残すよう私に言った。それはロマンのかけらもない言い方で最初はむかついたけど。彼らの意図することはなんとなく理解できた。再興などは考えず、先祖代々続いていたものを後世へと語り継いでいく。荒廃した世界で、故郷の名前を知らなくても、私はそれを後世へと伝えなければならないと思った。
本当ならあなたに直に話したかったわ。
でもね、市ノ瀬の家の女性は何故か子供を産むとき床に伏すことが多いみたい。祖母も私の母もみんな子供を産んだときに亡くなってるわ。だから、この音声をホロテープに残そうとおもったの。
ユウキ、あなたは私の宝物よ。私はあなたの成長した姿や声を聞くことは出来ないし、あなたも私の姿を見ることはないわ。
私はいつまでもあなたを天国で見守り続けてるわ。愛してる・・・・・』
2258年 五月十三日 午後五時十二分三秒
件名:『ワシントン・タイムズ一面記事より抜粋・2069年3月12日 朝刊』
「中国・日本へ核攻撃!」
三月十日の午前三時三十分、中華人民共和国のチェン議長は日本に対する宣戦布告を発布。即座に中国海空軍による先制核攻撃が行われた。午前7時にはウィリアム・グロック国防長官は中国に対する非難声明を発表した。中華人民共和国広報部のコメントは「嘗て第二次大戦時に大きな爪痕を残した日本は神罰に値する。」と辛辣な事を広報官は言った。放射能による海洋汚染が心配されるが、核攻撃による放射能汚染は殆ど地上に限定される予想だ。
既に首都の東京は数発の核が投下され、状況は不明なままである。また北海道や九州などは既に中国陸軍が上陸したとの情報もあり、正確な情報は伝わってはいない。しかし、日本の中枢、頭脳は完膚無きまでに破壊されたと言っていいだろう。空路や海路は多くの日本人戦争難民が発生しており、米国政府は受け入れ体制を作り始めている。2050年代に日本共産党が第一党になり、日米安保を破棄してから十年が経ち、今は自由党が政権を握っていた。しかし、一度共産政権が誕生しているため、政府の受けは悪く、関係改善の目処が立っていなかった。これは極東アジアで最後の民主主義国家の消滅を意味しているだろう。
Fallout3やこの世界では日本はあまり語られていません。しかし、作者はまたしてもねつ造設定をしました。一応、国際連合の最後の事務総長は日本人ですし、中国とはりんごくですので、こんなことになっていそうだなと予想して書きました。
あと、ドームに関して言うと、これはfalloutnewvegasのネクサスにあるMODを参考にしました。気になる方はネクサスの大型DLCMODを調べてみると良いと思います。
誤字脱字、ご感想お待ちしております