はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

99 / 116
オーフィス可愛い(新章開始)


Red &.
life.99 熱狂の檻


「それでは、これよりディハウザー・ベリアル氏とロイガン・ベルフェゴール氏の魔王就任式を執り行います──」

 

 檀上左右の椅子には主役であるディハウザーとロイガンの他に出席した上層部達や前魔王ファルビウム、同じく前魔王アジュカが座り、冥界の新時代の幕開けを待ちわびている。また観覧席には歴史的な瞬間を一目見ようと地元住民が詰めかけている他、大型通信機器を担いだ報道陣の姿もあちらこちらに見える。

 

 今日は、魔王就任式が執り行われる日である。

 

 被害を受けた首都リリスではなく自爆テロを免れた旧首都ルシファードの広場を借りて開催されるその式は、前四大魔王就任時のそれとは比べるまでもなく簡素且つ質素なものだ。

 それには、遅々として進まない復興作業やテロ被害に苛立つ民衆への配慮であったり、そもそも式自体が予定を遥かに前倒しして急遽行われるからであったりと、そんな様々な政治的思惑が絡んでいるのだが、門出を迎える冥界にとっては些細なことだ。

 

「ファルビウム前魔王、アジュカ前魔王、ラフルル国防大臣、マナロ最高裁長官、マグナム上院議長、チュリス院内総務、ゼクラム初代バエル家当主、ご列席の方々、国民の皆さん──今日は記念すべき日です」

 

 冥界中が固唾を飲んで見守る中で、ディハウザーが厳かに就任演説を始める。

 

「ご存じのように、テロリストの兵藤一誠によって冥界は脅威に晒されてきました。こうして式を行っている間も、苦しみを耐え抜いている方々がいます。私は一刻も早く彼らの苦痛を取り除きたい」

 

 超長距離魔力砲撃事件、貴族連続襲撃事件、連合戦争、グレンデル襲撃事件、そしてつい先日に発生した元″旧魔王派″構成員の自爆テロ──。

 この数ヶ月間、冥界は常に戦火に襲われ続けた。その復興作業も未だ進んでいない。民衆の不安と不満は頂点に達していることだろう。

 

 だからこそ、今日この場で就任式を執り行うことに意味がある。

 

 一つは新体制への移行を早急にアピールすることで国民の不満を政府から逸らすことだ。

 一連の襲撃事件で政府は何ら有効な政策や方針を打ち出せず、常に後手に回らされてきた。当然のように支持率低下は止まらず、民衆の不満は募る一方である。そういった不信感を払拭する為に、現四大魔王の早期退陣とディハウザー達の魔王就任が、上層部の意向もあって決定したのだ。

 

 愚かな魔王達に全責任を押し付けて。

 

「私は討伐を誓います。新魔王として、そして一人の悪魔として、皆さんと力を合わせて未曾有の困難を乗り越えます。私達は共に困難に挑戦し、結束の力で兵藤一誠を討ち果たし、本来あるべき冥界を取り戻します。出席していただいた前任者の方々、上層部役員の方々とも引き続き手を取り合い、この挑戦を成し遂げます」

 

 大した役者だ、とファルビウムは内心で悪態をつく。新二大魔王と一誠の内通を確信している彼から見れば、こんな就任演説はただの茶番劇である。

 とはいえ、彼らは頻発する反乱鎮圧や襲撃事件への対応など功績を幾つも積み上げてきた。満足に手を打てなかったファルビウムが告発したところで、負け犬の遠吠え扱いされて真に受けてもらえないだろうことは明白だ。まして二人は新たな魔王なのだから。

 

 そう、一誠に従う二人がトップである魔王の座に着いたということは、実質的に一誠が冥界を手中に収めたに等しい。

 

 ──警察から裁判所まで全てが彼の思うがままに操れる。そして、今回の就任式の出席者は……困ったな、今日はさっさと帰りたかったんだけど。

 

 推測するファルビウムの視線の先には、今まさに動き出そうとしている警備兵達の姿が映る。これから何が起きて、誰が捕らえられるかなど考えるまでもない。

 檀上で座っている出席者の殆どが一誠の復讐対象に入っているのだから。

 

 展開していた兵士達が檀上に雪崩れ込んできたのは、その直後だ。

 

 

『ニュースを見たぜ。流石の手際だな、魔王ディハウザー』

「冥界存亡の危機にも椅子を温めていた連中など、敵ではありませんよ。して、捕縛した者達の処遇はどうしますか?」

『厳重に幽閉して絶対に逃がすな。明日にゃ俺がぶち殺しに行くから』

「承知しました」

 

 一礼してから通信を切り、ディハウザーは首から下げたロケットをギュッと握り締める。ロケットの中で笑顔を浮かべている少女は、実の妹のように可愛がっていた従姉妹のクレーリアだ。

 才女として将来を期待されていた彼女は、上層部がひた隠しにしていたスキャンダル──存在しない筈の″王の駒″の実在を知ってしまったが為に口封じとして眷属もろとも殺害されてしまった。

 

「見てくれているか、クレーリア。君を貶めた連中は明日になれば死ぬ。社会的地位も財産も何もかもを奪われて、冥界転覆を狙った犯罪者として惨めに殺されるんだ」

 

 新たに拠点となった魔王城の執務室、その壁に飾られたモニターは昨日行われた就任式の続報を映し続けている。

 もう何度も繰り返し見た映像だが、視聴率が高いのだろう、予定されていた番組を中止にする勢いで報道各社は揃って続報を流し続けた。

 

 ──政府上層部、テロリストと内通容疑か!?

 

 ──兵藤一誠との取引で身の安全を保証された卑劣な上層部!! その代価は国民の命だ!!

 

 ──国民の命を売り渡す売国奴を許すな!!

 

 冥界は、今も熱狂に包まれている。

 

 ──life.99 熱狂の檻──

 

 雪崩れ込んできた兵士達によって上層部は次々に拘束された。中には抵抗しようとした者もいたが、ぬくぬくと暮らしてきた連中が屈強な兵士達に抗える筈もなく、上層部全員が御用となった。

 まさかの事態に民衆が驚く中で、今度はロイガンがそれらを制するように演説を続けた。

 

「私はこの冥界の結束力を知っている。同時に、私はその鉄の結束を揺るがす不協和音の存在も知っている。悲しいことに、その不協和音は……テロリストと内通している」

 

 会場全体──否、冥界全土が静まり返った。だがそれも束の間、次の瞬間には天地がひっくり返ったような喧騒に包まれる。まさか冥界を守るべき政府の上層部が内通しているなど誰も思わない。

 

「言いがかりだ! どこに証拠がある!?」

 

 床に押さえつけられながら、男の一人が必死に叫ぶ。戦いとは無縁であることが一目瞭然の、美食と酒の油に緩みきった醜い顔つきと腹をした男だ。

 実力主義社会を名乗る冥界でどうして生き残っているのかは不思議だが、或いはこれでも地位相応に保身術には長けているのだろうか。

 そんな彼の顔色は、つい数秒前とは違い蒼白だ。男だけでなく″貴族派″筆頭のゼクラムまでもが怒号に近しい自己弁護を訴えている。

 

 さもありなん。冥界がこのような悲惨な有り様を辿っているというのに、その原因と内通疑惑をでっち上げられれば破滅は必至だ。

 故に、床に齧りついてでも潔白を訴えているのだが、ロイガンは涼しい顔で切り捨てる。

 

「世迷い言をほざくな。一連の襲撃事件において、私やディハウザーは国難を防ごうと命を捨てる覚悟で戦ってきた。貴様らは戦場に赴くことすらせずに屋敷に引きこもっていたではないか。後ろめたいことがなければ私達と轡を並べていた筈だ」

「後方で君らの支援に徹して──」

「ほう? 尻で椅子を温めるのが貴様の後方支援か……魔王を嘗めるなよ?」

 

 ロイガンはツカツカと男の側に歩み寄ると、その弛んだ腹目掛けて蹴りを放った。

 本気ではない。彼女が本気の蹴りを見舞えば男の腹に大穴を開けるなど造作もないことだし、上層部のこれまでの所業を思えば蹴り殺してやりたかった。

 しかし、就任式を視聴している民衆達に汚ないスプラッター映像を見せるのは忍びない。それ故の手加減だ。

 

 尤も、それはあくまでも数多の激戦を生き残った猛者の視点に過ぎない。加減されているとはいえ、贅を貪ってきただけの男が無防備な腹を蹴り飛ばされて無事で済む筈もなく、蛙の鳴き声と共に盛大に吐瀉物を撒き散らした。

 見せしめの醜態もあって、途端に静まり返る上層部達。連中が大人しくなったタイミングを見計らって、再びロイガンが演説を紡ぐ。

 

「新政権は、確固たる意志と結束を以て先に進む。この未曾有の危機を前に、我々には乗り越えるべき壁があまりにも多いが、一つ一つ確実に打ち破ると皆さんに誓おう。その最初の一歩が──冥界が孕みし膿の大掃除だ」

「前政府の上層部は、テロリスト兵藤一誠と秘密裏に内通し、自分達だけ身の安全を保証してもらっていました。皆さんのことを見捨てて、自分達だけが」

 

 ディハウザーの合図と同時に、檀上に浮かび上がる巨大映像術式が、連合戦争において進撃を続ける一誠を映し出す。会場全体に悲鳴が上がった。民衆にとって、兵藤一誠は何よりも恐怖の対象なのだ。

 そして恐怖の次に沸き上がった感情は、上層部への怒りだ。

 守るべき民衆を捨てて彼らだけが平和に暮らしていたという事実に会場のあちこちから怒号が飛び交う。

 

「私達は、目的と決意を果たすべく、打破すべき課題の解決に全力で取り組みます。必ずや、あの忌々しい兵藤一誠を倒すことを誓います」

 

 歓声が巻き起こった。民衆達は新たな魔王の誕生を心から受け入れた。反対する者など誰一人としていない。

 何故なら、彼らには積み上げてきた実績があった。そして今も、前政権に巣食っていた内通者の罪を白日の下に晒した。

 何故なら、悪魔は愚かだからだ。具体的な内通の証拠が示されていないにも関わらず、二人の演説と演出に誤魔化され、最早そのことなど頭の片隅にも残っていない。

 

 かくしてディハウザーとロイガンは熱狂の内に新魔王として受け入れられた。

 

 それ即ち、冥界は兵藤一誠の支配下に置かれたに等しいのだが、目の前の輝きに魅入る悪魔達はその思惑に気付かなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。