『おい、ルシファーの小倅。お前は手ぇ出すなよ? 赤龍帝はオレ様がぶっ殺す!!』
「強化を受けなきゃ何にもできない負け犬の分際でピーピー吠えてんじゃねぇよ。やれるもんならやってみろ」
クイクイと手で招く仕草は、戦闘続行の合図だ。ヴァーリが諌めるよりも早く、挑発に乗るようにしてグレンデルが弾丸となって突っ込んでいく。
グレンデルの短所が後先考えないイカれ具合であるなら、やはり長所は邪龍随一と称される身体能力と耐久力だろう。そこに″幽世の聖杯″から与えられた高速再生能力を付け足せば、この世界に敵など存在しない筈だった。
ただし、今回は相手が悪すぎた。″倍加″によりほぼ無限に自己強化を続け、常に相手の全ステータスを上回ることを可能とする
「邪龍如きが……お前とは格が違うんだ。礼儀を学んでから出直しな」
刹那、赤黒いプラズマを纏ったオーラの波動がグレンデルを襲う。蛇の形をした黒い暴風は、まるで独立した意思を持つ生物のように丸呑みにせんと迫った。それが彼にとって戦いでも余興でもなく、鬱陶しい蝿を叩き落とすのと同じ感覚であるのは言うまでもない。
だが、向けられたグレンデルにとっては堪ったものではない。全盛期の二天龍のブレスに匹敵する威力のそれを、まともに浴びてしまったのだ。自慢の耐久力や再生能力をフル稼動させ、それでも尚も耐えきれずに上空から墜落する。
間髪入れずに、二発目の波動の蛇が放たれたのはその直後だ。
視界を覆う純黒の輝きを前に、ああ死んだな、とグレンデルは己の死を直感した。
先の一撃で重傷を負い、墜落時の衝撃で半身が地面にめり込み、受け身さえも満足に取れないこの状態であれの直撃を許せば、再生も間に合わずに消滅するだろう。有り体にいって詰みに等しい。
それでも歓喜に口角を吊り上げるのは、彼が伝承にその名を刻んだ″
『グハハハハッ!! 良いぜぇ、ぜってーに受け止めてやらぁ!! そんでもってお前をぶち殺してやるから覚悟しとけやぁ!!』
「遺言はそれでいいか?」
そうして、グレンデルは全身を波動の波に呑み込まれ──否、呑み込まれかけたのだった。
──life.95 Alternative──
「兵藤一誠、どういうつもりだ?」
本部に帰還した一誠を出迎えたのは鼻先に突き付けられた聖槍の切っ先と、瞳に怒気を孕んだ曹操達″英雄派″の面々とソフィアだった。
「随分と手荒だな。″禍の団″を裏切った連中を粛清しに出向いた働き者だぜ、俺は? にっこり笑って戦いの疲れを労って欲しいな。ま、最後に乱入してきたラードゥンのせいで失敗しちまったけどよ」
「はぐらかすな。俺はその件について訊ねているんだ」
尚も切っ先を向けたまま、曹操はソフィアが手元に作り出した映像術式を指す。
画面には冥界のニュース番組が流れており、キャスターらしきスーツ姿の男が、ゲストや視聴者にも理解できるように今回の襲撃事件の解説を行っている途中だ。
彼曰く、
──兵藤一誠は、″禍の団″所属の諸派閥を傘下に収めたと宣言した。
──事実上、組織の現首魁は兵藤一誠である。
──今回の一連の襲撃事件は、それに反発したヴァーリ、グレンデル両者に対する粛清である。
「随分と奇妙な話だと思わないか? いつから俺達が君の傘下に降ったんだ? いや、″英雄派″だけじゃない」
「″魔法使い派″のリーダーとして、私は一誠さんの今回の声明を認める訳にはいきません。それに他の派閥からも困惑や反発の声が相次いでいます。釈明はありますか?」
″禍の団″を構成する各派閥は其々の目的を掲げて活動しており、決して一枚岩ではない。それは曹操率いる″英雄派″やソフィアの″魔法使い派″とて同じことだ。
にも関わらず、組織を掌握した、と一誠は撤退時に喧伝してみせた。これでは彼らの目的や願いを切り捨てたに等しく、故に二人は珍しく怒りを露にしているのだ。
何よりも心配なのは、一誠の今後についてである。内部事情はさておき、″禍の団″の掌握を対外的に喧伝したのは紛れもない事実だ。三大勢力や各神話勢力からの警戒が跳ね上がることは想像に難しくない。
あのような演説を去り際に行ったのだから、尚更に。
──俺は、″禍の団″に属する全派閥を配下に収めた。そして、新たに″幽世の聖杯″所有者も協力者となった。これが何を意味しているか、分かるだろう?
──つまり間接的に、俺は古の時代に討伐された邪神や邪龍を
──″赤い龍″の名において、俺はもう止まらない。
横槍を入れたラードゥンによってグレンデルとヴァーリが回収され、戦いが終わった筈の首都リリスの上空で、一誠は高らかに復讐を宣言した。
三大勢力だけでなく、監視しているだろう黒幕、更には一部始終を眺めていた世界そのものに向かって告げたのだ。
今はまだ、世界に動きは見られない。変革の予兆は影も形も見当たらない。
「
各神話勢力、特に秘密裏に″禍の団″の支援を行っていた四神話の内心は穏やかではない。
これまで彼らが不干渉を貫いていたのは、被害者が恨み連なる三大勢力であり、加害者が復讐を誓う兵藤一誠だったからだ。対岸の火事と楽観視していたからこそ、世界はアクションの欠片すら見せなかった。
だが、今回の演説で、一誠は言外に各勢力についても言及した。
具体的に名指しした訳ではないものの、各勢力のトップは肝を潰したことだろう。そして疑心暗鬼の末に恐らくは皆が同じ結論に辿り着く筈である。
兵藤一誠は力に呑まれ、暴走を始めている──。
「こうなったが最後、回り出した疑惑の歯車は止められない。首魁の俺を討伐しようと世界中が躍起になるだろうさ。ま、グレンデル達が″禍の団″を騙って襲撃事件を起こした以上、どう言い訳したって俺の指示ってことにされるだろうけどな」
尤も、だからこそ好都合なのだ。
世界中の視線が一誠のみに注がれているこの現状こそ、彼が願っていた世界なのだから。
「お前ら、組織を離脱するなら今の内だぞ? ″英雄派″はまだ表立って活動していないから無関係を押し通せるし、″魔法使い派″も……会談襲撃の共犯として顔の割れているソフィアは兎も角、他は人間界の片隅でひっそり余生を過ごすことぐらいはできるかもしれない」
「……まさか、君は」
曹操の言葉に、一誠は何も言葉を返さなかった。ただ黙って自室の方向を寂しげに見つめた。
「もうテロ組織の首魁じゃない。もう世界に追われることもない。だから──きっとあの親子は静かに暮らしていけるだろう」
それが、彼の考えた計画の終着点だ。
「そんな……ッ!?」
「待て、考え直せ!! お前がいなくなったら、彼女は絶対に悲しむぞ!!」
悲痛そうに口許を抑えるソフィアを他所に、説得を試みる曹操。しかし、一誠は彼女の手元に今も映し出されたままの映像術式を指して、笑う。
「もう手遅れみたいだぜ?」
映像には、速報の字幕と共に、炎上し煙が上がる冥界の各都市が映されていた。
『臨時ニュースをお伝えします。つい先程、冥界各地で原因不明の大規模な爆発が発生し──』