はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(グレンデル編一先ず終わり)


life.92 グレンデル④

 グレンデルの纏うオーラが、一段とその強さを増した。比例して、ブゥゥゥゥン、と深緑のプラズマが迸る。

 生まれながらに有する、他の邪龍の追随を許さない驚異的な身体スペック。それが″幽世の聖杯″の能力により底上げされた今、グレンデルはかつて討伐された際とは比較にならない力を獲得していた。

 

『……フフ、ハハハッ、グハハハハッ!!』

 

 手を軽く握り締め、開き、それを何度か繰り返す。次に漏れたのは狂喜だ。

 英雄ベオウルフとの死闘の末に敗北し、無念の内に討伐こそされたものの魂は──抑えられない戦闘への渇望だけは消え去ることはなかった。仮に数百数千年の月日を経ようと、邪龍特有のしぶとさで蘇生してみせるつもりだった。

 それが、聖杯によって新たな肉体と力、何よりも欲して止まない戦場を与えられた。

 

 故に、今のグレンデルにあるものは、未だ見ぬ強者、未だ見ぬ戦場を見付けたことへのどうしようもない歓喜だった。

 そしてそれが、邪龍グレンデルの生きる意味の全てである。

 

『フフ……やっぱ、オレ様は戦闘狂だ!! 戦闘が好きで好きで堪らねぇ、己の衝動に準じて生きる最強最悪の邪龍だ!! さーて、頑張ってオレ様を楽しませろよ、悪魔共! なんたってお前らが挑むのは──″大罪の暴龍″グレンデルなんだからよぉ!!』

 

 飽くなき戦闘欲求が更なる暴風に姿を変え、対峙していたディハウザーとファルビウムを一息に呑み込まんと襲う。

 しかし、勢い任せの戯れが魔王クラスの実力者である彼らに届く筈もない。風の隕石は容易く避けられ、そのまま大通りの一部に着弾──数瞬遅れて、衝撃と余波、巻き上げられた大量の土砂が三人を覆った。着弾箇所を一瞥し、ディハウザーは内心で冷や汗を流す。

 

 道路に、巨大なクレーターが抉じ開けられていたからだ。

 

 直撃すれば重傷は免れなかっただろう邪龍特有の挨拶に改めて種族間のデタラメな力量差を思い知らされると同時に、気を引き締め直す。

 

「なんという破壊力だ……まったく、これだからドラゴンの相手は嫌なんだ。勝てる気がまるでしない」

 

 体勢を整えながら、ファルビウムは困ったように愚痴る。若かりし頃に戦った全盛期の二天龍といい、兵藤一誠と激突した連合戦争といい、彼はどうにもドラゴンと戦う運命にあるようだ。

 尤も、それら全てを生き残ってきたのも揺るぎない事実である。

 現に対峙している間も回避する瞬間も、ファルビウムの脳内は、果たしてこのイカれた邪龍をどうやって撤退させようか、その策を練ろうと躍起になって足掻いていた。

 

 そして、ただ一つの、賭けに等しい作戦を思い付く。

 

「……ディハウザー、提案がある」

「ほう、もう作戦を練られたのですか。流石は知将ファルビウム殿ですな」

「ものっすごい棒読みで言われても説得力に欠けてるよ。どうせ君も、兵藤一誠に手玉に取られてよくも知将やら魔王やら名乗れるな、と陰口を叩いてるクチだろう?」

「おやおや、それはそれは……魔王様に向かってそのような無礼を働く愚か者が世の中にはいるものですなぁ。是非とも顔を拝んでやりたいですな」

 

 ディハウザーの嫌味に、ファルビウムはわざとらしく肩を竦めた。

 

「連中なら今頃は屋敷に引き込もっているだろうさ。これだから口だけの上層部共は始末が悪い」

 

 襲撃の報せは政府上層部にもとっくに届いている筈である。それにも関わらず一人の応援すら寄越さないのは、つまり二人に何もかもを丸投げするつもりだろう。そして彼らが殺されれば、嬉々として責任を擦り付けるに違いない。

 とはいえ、応援を寄越されたところでどうせ邪魔にしかならないのもまた事実である。

 

「それよりも提案の中身を聞いておりませんな。どうなさるおつもりで?」

 

 この事態が片付いたら今度は悪魔政府の大掃除だ、と意気込むファルビウムにディハウザーが訊ねた。

 

 ──否、訊ねようとした。

 

『おいおい、このオレ様を差し置いてナイショ話たぁ悲しいじゃねぇかよッ!!』

 

 咆哮。

 次いで、ディハウザーの視界を豪腕と風圧が遮った。

 

 回避は間に合わない。防御術式を描く暇もない。咄嗟に両腕を交差し、更にありったけの魔力を注ぎ込み腕を覆う。だが、それも所詮は気休めに過ぎない。その程度でグレンデルの一撃を受け止めきれる訳がない。

 刹那、魔力の鎧が陥没し、衝撃に弾き飛ばされるようにして宙へと放り出される。

 

「チッ……!!」

 

 本能的に翼を展開、更に吹き飛ばされた先に何重もの障壁術式を発動することで即席のクッションとし──尚も勢いを殺せずに次々と術式をぶち破り、地面に叩きつけられるディハウザー。

 

 着弾、遅れて轟音。

 周囲一帯が大きく揺れる。

 

 大穴を穿ち、勢いが尚も止まらずに地中深くまで沈んでいく。

 

「ディハウザー!!」

 

 思わず叫ぶファルビウム。意識と視線を大穴へと向けてしまったのは、完全な悪手だ。

 

『今、よそ見しただろ』

 

 その無防備な土手っ腹に風穴を空けようと、グレンデルの腕が迫る。

 

「──嘗めるなッ!」

 

 即座に防御魔力を形振り構わず最大噴出し、全身を強固な要塞で包み込む。

 バチンッ、と弾き合う音が響いた。

 それが防御魔力がグレンデルの攻撃を跳ね返したのだと脳が認識する前に、ファルビウムは条件反射的に両掌に魔力の塊を生成する。

 防御魔力で敵の攻撃をやり過ごしてからのカウンター戦術は、現役時代からの十八番だ。魔王となってからは久しく使うこともなかったが、脳と身体に染み付いた経験は錆び付いていない。

 

「受け止めれるなら受け止めてみろ!!」

 

 発射。極上サイズにまで圧縮された超高密度の魔力砲が巨大な爆発音を連れて、グレンデルの腹を目掛けて突き進む。

 高速回転するドリルのように風を切り裂きながら直進するそれは、まともに受ければ相手の皮膚も肉も瞬く間にズタズタに裂いてしまえるだろう。

 

『ふん、そんな豆鉄砲がオレ様に効くかよッ! 叩き潰してやらぁ!!』

 

 恐るべきは、それでも自ら嬉々として向かっていくグレンデルの狂気に他ならない。挑発に乗せられたのではない。この程度の攻撃は余裕で耐えられる、と本気で思っていたからこそ正面から飛び込んだのだ。

 右手で魔力砲を握り締め、掌が裂けることなど知ったことかと言わんばかりに、そのまま消し潰そうと躍起になる。

 

「まさか片手で受け止めちゃうとはねぇ。凄いや、伝説の邪龍ってのは」

 

 でもね、と魔王ファルビウムは眼下のクレーターを一瞥する。

 

「ちょっと悪魔(僕ら)を侮り過ぎじゃない?」

『あ?』

 

 彼の言葉に呼応するように、地面に穿たれた大穴から高速で飛び出す一筋の影があった。

 

 ディハウザー・ベリアルだ。

 

 無我夢中で魔力砲を抑え込もうとしていたグレンデルを目指して一直線に飛翔すると、両手に携えた魔力弾を放り投げる。

 生きてやがったか、と心底楽しそうに笑いながら、残った左手であっさり掴み取るグレンデル。魔王クラスの実力者二人の攻撃を同時に凌いで見せる辺り、流石はデンマークの伝承に名を刻んだ″大罪の暴龍″ではある。

 しかし、ファルビウムの言うように彼は悪魔を侮り過ぎた。

 

「さっさと眠りなよ」

「言った筈だ。私の前で好き勝手はさせん」

 

 魔王ファルビウムと″皇帝″ディハウザー。

 連合戦争では敵対していた二人が並び立つ。彼らの間に浮かんでいるのは、互いの最後の魔力を合わせた巨大な魔力球だ。

 

 両手を封じられたグレンデルに、受け止める術はもう残っていない。

 

「まさかと思うけど逃げないよね? だって君は──最強で最悪の邪龍だもんね?」

『……フフ、フハハ……グハハハハッ!! やるじゃねぇかッ! 認めてやるよ、クソカス悪魔!! そんでもって、よーく見とけやぁああ!! ぜってー耐えて、お前らをぶち殺してやるからよぉッ!!』

 

 そして、グレンデルは魔力球に呑み込まれた。

 

 ──life.92 グレンデル④──

 

「あー、しんど……」

「凄まじい強敵だったな……」

 

 魔力球の爆発に巻き込まれて落ちていくグレンデルを眺めながら、二人はようやっと安堵の息を吐いた。

 かつて討伐されたとはいえ、伝承に名を刻んだだけのことはある。凄まじい激戦だった。

 

 休息もそこそこに、二人は立ち上がる。ヴァーリを相手取っているロイガンと政府軍の安否が心配だ。

 

「彼女も相応の猛者だ。易々と倒されるとは思わないが、相手は白龍皇だからな……直ぐに応援に向かわなければ」

「だったら、後処理は僕に任せなよ。グレンデルの死体を回収して、二度と利用されないように封印措置をしておこう」

 

 ディハウザーは応援へ。ファルビウムは事後処理へ。

 二手に別れての行動を開始しようとした二人だが、

 

『……いってぇなぁ!! やっぱ受け止めるのには限界があったか! グハハハハッ!! お前ら、誇っていいぜ? このオレ様の鱗に傷をつけたんだからよぉ!!』

「な、あれを耐えるだと……」

『グハハハハッ!! オレ様の耐久力は邪龍随一だからな! それを聖杯で強化してんだから、魔王の全力の攻撃だろうと耐えるに決まってんだろ! ところで……今度はオレ様の番ってことでいいよなぁ?』

 

 絶望は、終わらない──。

 


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