life.89 探り合い
吸血鬼勢力の本拠地であるルーマニアが″禍の団″の強襲を受け、都市の幾つかが壊滅。犠牲者は何千人にもなる。
身に覚えのない襲撃が、
そして、その映像にはルフェイ以外のチームメンバーと謎の漆黒のドラゴンを率いるヴァーリの姿がハッキリと捉えられていた。
フリードからの報告を受けた一誠の表情は、これまでになく驚愕と焦燥に包まれていた。そして直ぐにテレビで流れている吸血鬼勢力の緊急速報を自ら確認し、その顔が更に苦しそうに歪む。
「……これは不味いっすよ、旦那」
「最悪だ」
思わずテレビを破壊したくなる程に、一誠は激昂した。
打たれた先手は、あまりにも痛い。
ヴァーリが″禍の団″所属であることは三大勢力のみならず各神話も既に把握済みだ。その彼が、三大勢力とは何ら関わりのない吸血鬼の勢力圏を襲撃した──これが果たして何を意味するのか。
これまで事態を静観していた他勢力も、秘密裏に″禍の団″を支援していた日本・ギリシャ・北欧・須弥山の四神話も、様々な思惑はあれどその根底にはある種の楽観があった。一誠の標的は恨みのある三大勢力のみ──そう考えていたからこそ、彼らの戦争には介入してこなかったのだ。
だが、ヴァーリ達がルーマニアを壊滅させたことで、各神話勢力の間には少なからず不安が過った筈である。
──次は、自分達が襲撃されるのではないか?
「これで支援も打ち切り、それどころか下手すりゃ今度は神話連合と戦争に突入……第三勢力もまた厭らしい手を使ってくるでやんすねぇ」
「ふざけている場合ではありませんわよ?」
軽口を叩くフリードに、レイヴェルが釘を刺した。
「オーディン、ゼウス、帝釈天、天照……世界でも指折りの強者たる主神が各神話の猛者を率いて、しかも徒党を組んで攻め寄せてくるかもしれないのです。その戦力は先の三大勢力連合とは比べ物になりませんわ。オーフィス様は兎も角として、私達では」
「十秒も生き残れりゃノーベル賞っすわ」
「後で四神話には連絡するが……弁明を信じてくれるか怪しいな。戦争か、そうでなくとも」
″禍の団″による三大勢力外の襲撃、という事実が存在する以上、仮に弁明を聞き届けてこれまで通りの支援を約束されたとして、それを口実に何かしらの対価を要求されるかもしれない。
そして、それは間違いなく一誠──厳密にはオーフィスの身柄だ。保護の名目で、彼らは終戦後に配下に降るように要求されるだろう。拒否すれば、今度こそ神々との戦争だ。
三大勢力と神話勢力──同時に戦局を抱える人的余裕など、一誠は既に奪われた後だ。
「どこの誰だかは知らないが……随分と大層な挨拶をしてくれるじゃないか、クソッタレめ」
──life.89 探り合い──
「一先ずは現状を整理致しましょう」
そう言いつつ、レイヴェルは用意したホワイトボードに要点を書き込んでいく。
「ヴァーリ様率いるチームが吸血鬼勢力圏のルーマニアを壊滅させた。それにより″禍の団″──より厳密には一誠様が掲げていた、三大勢力への報復という大義名分も意味を成さなくなりましたわ」
「で、襲撃される可能性を恐れる神々が戦争を仕掛けてくるかもしれず、そうなったら″禍の団″はボスを除いて死屍累々、と。わーお、見事に詰みでやんすねぇ」
「打つ手は、ある」
数秒の瞑目の後に、一誠は強く言い切った。
「その前に幾つか調べたいことがある……ドライグ、ヴァーリと行動を共にしていた黒いドラゴンは誰だ?」
『奴の名は″大罪の暴龍″グレンデル。かつて英雄ベオウルフに討伐された邪龍にして、自分か相手が死ぬまで嬉々として戦い続ける生粋の戦闘狂だ』
「……討伐済み、ね。自力で蘇生できるのか?」
『いや、ニーズヘッグなら兎も角、奴は特別な能力を有していない。その代わりに純粋な身体能力と耐久力は邪龍の中でも群を抜いている。肉弾戦に特化したドラゴンだ』
つまり、グレンデルは何者かの力で蘇生されたということである。その者の正体は別にして、力については既に心当たりがあった。
「″幽世の聖杯″、だろうな」
『ヴァーリ達も殺害された後に蘇生させられ、支配下に置かれたんだろうよ。さて、この盤面をどう引っくり返すつもりだ?』
「聖杯を潰す」
所有者も協力しているのか、はたまた元々の所有者から強奪したのかは不明だが、聖杯が第三勢力の手中にある限り、殺害と蘇生を繰り返すだけで相手の戦力はねずみ算式に増えていく。そうでなくとも、グレンデルのように強大な戦力を復活させてしまえば、それだけでも一誠達にとって不利だ。
故に、所有者を殺害してこれ以上の戦力拡大を防ぐことが最優先の目標となる。
「第二はどうなさいますの?」
「次はヴァーリ達だ。″禍の団″の旗を掲げたまま無作為に暴れられても困る……楽にしてやるさ」
「でもよぉ、旦那。あいつらが次にどの勢力を襲うか、俺ちゃんらは知る術がないじゃん? どーやって対処するん?」
「考え方が逆だ、フリード。俺達の仕業に見せかける都合上、あいつらは必ず襲撃を続けなければならないんだ。だったら、ヴァーリが姿を現した場所に俺達も出撃するだけだ」
締め括る一誠だが、あくまで即興で考えた策の為に穴は幾らでもある。特に第二の策は、ヴァーリに加えて一誠までも出てくれば、三大勢力外への襲撃の可能性に説得力を持たせてしまう。
第一の策も、所有者の居場所をどうやって割り出すか、まるで目処が立っていない。
『珍しく後手に回らされているな』
ドライグの言葉は紛れもない本心だ。
″SSS級はぐれ悪魔″に落ちてからというもの、一誠は三大勢力を相手に幾度も襲撃を仕掛け、常に秘めた計画を成功させてきた。それが今回は窮地に陥っている。
三大勢力が不甲斐なかった、と言ってしまえばそれまでの話だが、こうまで先手を取られる姿は初めてだ。
「そうでもないぞ? 敵も隙を見せているからな。どうやら完全な一枚岩でもなさそうだ」
『……ほう?』
「最大の失敗は、この段階でグレンデルを出撃させ、挙げ句に映像に乗せて発表した点だな。後者は単に編集ミスとしても前者は……奴を抑えきれなかったんだ」
本当に″禍の団″の仕業に見せかけるなら、ヴァーリ達だけで充分過ぎる程に効果がある。にも関わらず、既に討伐された筈のグレンデルも映像の中で暴れ回っていた。
もしかすれば、兵藤一誠が″幽世の聖杯″をも手に入れたと神話勢力に思わせ、危険度を吊り上げる為の作戦かもしれない。
「ですが、この緊急発表を一誠様もチェックすることは容易に想像できます」
レイヴェルは、その可能性を否定する。
「グレンデルの件は、逆に一誠様へのヒントになりかねません。わざわざそのような下策を取る意味がない」
『そもそもグレンデル討伐は記録にも残されているし、神々も知っている。今になって復活したところで寧ろ違和感しか与えんさ』
「相手にとってはデメリットしかねえって訳だ。真っ当な奴ならそんなことは指示しねーから……戦闘狂の我が儘に付き合わされたってところかね?」
「完全な支配も素直に恭順させることすらもできなかったんだろうよ。そして根っからの戦闘狂のドラゴンだと言うのなら」
一誠は、笑みを浮かべる。
「満足するまで叩き潰してから情報を吐かせるさ」
それはまるで古の″赤龍帝″に似て、獰猛なものだった。