「ルフェイの容態は?」
「オーフィス様のお陰で細かな外傷は治療済みですわ。しかし、精神までは流石に……」
「そうか」
レイヴェルからの報告を受け、一誠の表情はより険しさを増した。
事態は深刻だ。
″幽世の聖杯″所有者を勧誘すべくルーマニアへと向かったヴァーリ達は、ルフェイを除いて未だ誰一人として帰還していない。
あの国が吸血鬼達の勢力圏であり、種族の性質的に一筋縄ではいかないだろうことは一誠も予想済みだった。しかし、まさか壊滅状態に陥るとは想定外だ。
つまり、ヴァーリ達は想定を越える何者かと交戦したに違いない。そしてその者こそが、一誠の推測にあった、影で暗躍する第三勢力なのだろう。
その推測を裏付ける証拠は、レイヴェルからの報告にもある。
「腹に刻まれた伝言、ね。随分と悪趣味な挨拶をしてくれる」
辛うじて″禍の団″本部に帰還したルフェイ。彼女の腹部には、火の魔法によるものと思われる焼き印が生々しく刻まされていた。
──Come on!!
醜く焼け爛れていたというその一文は、一誠への挑発行為に他ならない。
肝心なのは、その相手と目的が一切不明である点だ。
仮にルフェイが会話可能な状態であれば一部始終を聞き出せただろう。だが、今や彼女は精神が不安定となってしまい、自室に引きこもってしまっている。
「ルフェイ様は、私やオーフィス様が近付こうとするだけで酷く怯えていました。それに、うっすらと残されていた暴行の跡や引き裂かれていた衣服から察するに……」
そこでレイヴェルは敢えて言葉を濁したが、彼女が辿った末路など嫌でも理解できてしまう。
「……ふざけた奴だ」
一誠は、苦虫を何匹も噛み潰した。
──life.87 予兆──
一誠、オーフィス、レイヴェル、フリード。
赤龍帝派に属する面々は、一誠の部屋に集まり会議を行っていた。
「お望み通りに俺が出向こうか?」
『やめろ、相棒。それはあまりにも危険過ぎる』
最初に一誠が提案したが、それはドライグに即座に反対された。
彼の反応も当然だ。第三勢力の正体や目的こそ不明だが、ヴァーリ達を襲撃する為だけにわざわざ吸血鬼の国であるルーマニアを選ぶ筈がない。下手をすれば吸血鬼と交戦するリスクまで抱えなければならないのだから。
逆説的に、連中は既に第三勢力の影響下──最低でも協力関係を結んでいると考えるべきだろう。そんな場所に乗り込むのは自殺行為だ。
「だが、相手はヴァーリ達を壊滅に追い込んだ程の手練れだ。旧魔王派の残党部隊を束にして送ったところで結果は目に見えてる」
英雄派や魔法使い派に協力を要請する手もあるが、仮に彼らまでもが潰されてしまえば目も当てられない。特に前者は、″禍の団″の存続に直結する。
首領のオーフィスが赤龍帝派の実質的な食客となり、また最大派閥だった旧魔王派が消滅した今、″禍の団″の運営は曹操達が取り仕切っているに等しく、彼らを失うことは組織の空中分解を意味する。赤龍帝派が少数精鋭であることのデメリットが、ここに来て一誠に牙を剥いた。
「そもそも旧魔王派の奴らを信用して良いんすかね?」
側に控えていたフリードが、懸念点について述べた。
「このタイミングで幾つかの部隊と連絡が取れなくなる……どう考えても怪しいでやんす」
「消されたか、もしくは既にあちら側に寝返ったと?」
『仮に相棒が第三勢力の所属だったら、と考えれば分かりやすい。旧魔王派のカス共を丸め込むだけの交渉材料を持っているとして、相棒なら彼らをどう扱う?』
「そうだな、俺ならこっそり自陣に引き込んだ上でそのまま″禍の団″でスパイ活動を──成る程、実に面倒だな」
確たる証拠がある訳ではないが、内通疑惑が持ち上がった以上、これまでのように旧魔王派の残党部隊を使うことができない。つまり、手駒を全て奪われたと同義だ。
状況は、悪化の一路を辿っている。
当初の計画では、ディハウザーとロイガンに旧魔王派の率いる反乱を鎮圧させ続けることで、ビィディゼ討伐の功績や貴族・民衆の圧倒的支持を盾に、悪魔政府の中枢──魔王にまで成り上がらせる算段だった。
遠回りではあるものの、一度彼らを中枢に噛ませさえすれば、機密情報も人事も一誠の思うがままに操れる。没落し、影響力を失ったグレモリー家や尚も入院を続けている魔王、そしてリアス・グレモリーの今後も、それこそ風前の灯に等しい。
だが、それらは全て旧魔王派の存在が不可欠である。
計画の瓦解に頭を痛めながらも、一誠の不敵な笑みは崩れない。
「……死に損ないの悪魔なんざ何時でも殺せる。また別の手を考えるさ。それよりも先ず対処すべきは」
「謎の第三勢力、ですわね」
レイヴェルの言葉に、一誠は頷いた。
「そもそもタイミングが良すぎだ。″幽世の聖杯″の所有者を勧誘しに行ったヴァーリはチームもろとも消息不明。そして、あいつは俺と協力関係にあった」
「既に内部情報が漏れているかもしれねぇ。旦那はそう言いたい訳だ」
「それが旧魔王派の仕業か、はたまた別に裏切り者がいるのかは分からんが……手足をもぎ取った末に挑発文まで送り付けてくるんだ。相手の狙いは間違いなく俺だろう」
そこで言葉を締め括ったものの、彼の脳裏には一つの不安があった。
仮に一誠が第三勢力の所属であれば、これは単なる挨拶に過ぎない。そうやって旧魔王派に注目を集めておき、その隙に本当の目的を達成する。三大勢力を相手に散々行った手口だ。
つまり、連中にとっては、兵藤一誠という存在すらも囮の一つに過ぎない筈なのだ。
では、相手の真の目的は?
「……赤龍帝?」
「大丈夫だ、オーフィス。絶対に手は出させないから」
隣に座る彼女の頭を撫でながら、一誠は誓った。