はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(今回は一人称)


life.86 ルフェイ・ペンドラゴン

 私は、森の中を必死で逃げていた。

 鬱蒼と木々の生い茂る一帯は、陽の光は葉に遮られてしまい常に薄暗い。捻じ曲がった気味の悪い樹木が、灰の塊を大気に溶かした色をした霧が、私の方向感覚と視界を狂わせる。

 どうやらこの森は何処までも侵入者に容赦がないようで、枝も葉も草に至るまで鋭い棘が生え揃っており、服と皮膚を裂いて肉を抉ってくる。

 

 荒い息を吐きながら後ろを振り返る。奴等の姿はまだ見えない。けれども、「ああ良かった」と安堵することは許されない。そもそも休息を取る場所すらない。

 森の中での休息といえば大木の根に腰を降ろしたり、大きめの岩に背中を預けるものだ。どうしてこの棘と霧の迷宮で背を預けることができるだろう。きっと少しでも預けてしまえば今度は肉もろとも背骨を持っていかれてしまう。

 

 杖は、森に突入してから二度目の交戦で使い物にならなくなった。疼くような痛みが原因で術式構築に集中できなくなり、やむを得ず逃走した。何故か、連中は追ってこなかった。

 

「……ヴァーリ様は、お兄様は、皆様は……」

 

 仲間の顔が脳裏に浮かんでは泡と化して消えていく。森のあちこちから悲鳴が、聞き慣れた声色で響いてくる。連中は私達を各個撃破しているんだ、と片隅で考えた。

 

 正直なところ、当初の私は少し楽観視していた。私だけでなくチームメンバーの殆どがそうだったと思う。例外はヴァーリ様と、お兄様ぐらい。でも、根本的にジャンキーな二人は普段通りの獰猛な笑顔を垣間見せていた。

 負ける気はしなかった。このチームならどんな相手でも乗り越えられると信じていた。

 

 そんな根拠なき自信はあっさりとへし折られた。

 

 リゼヴィムの蘇生させた邪龍グレンデルによりヴァーリ様は吹き飛ばされ、残された私達も強化された吸血鬼の軍勢に包囲された。何とか森に逃走したけれど、散り散りにはぐれてしまい、今やこうして一人ずつ力尽きている。

 弱点である光を克服した今、彼等は狩ろうと思えば容易く私達を狩り尽くせるだろう。それだけ吸血鬼の軍勢は個々の実力も練度も高い。

 しかし決して強引に攻め込む姿勢は見せず、囲みを狭めながら着実に倒していく。或いはこの森自体が意思を持つ天然の包囲網かもしれない。だって、最初に訪れた際はこんなに棘だらけではなかった。

 

 ズル、と根に躓いて転倒。その衝撃で近くの棘や地に生える刃の草が腹に突き刺さった。

 

「ああ……っ……ひぃ……」

 

 また肉が巻き取られ削がれた。靴はとうに底の部分が削り取られてしまい……一歩を進む度に無防備な足裏に激痛が走る。それでも私は逃げなければならない。立ち止まる選択肢などない。

 

 捕まれば私はどんな目に合わされるだろう。

 

 自慢ではないし、今となっては見る影もないだろうけれど、顔立ちもスタイルも整っている方だと自負している。黒歌様のように妖艶でも、白音様のように愛らしくはないものの、決して劣ってはないと思いたい。

 だからこそ捕まった後の末路が鮮明に過るのだ。

 連中の夜伽の相手をさせられるのか、それともヴァレリー様のようにキメラ染みた魔物と興じさせられるか。どちらにしてもそこに人権など存在しない。所属的には国際テロリストだから、という理由もあるが。

 

 私は、更なる嫌悪感に背を押される形で前へと進む。こんな形で処女や尊厳を奪われたくないから。

 これまで自由気ままに生きてきたツケが回ってきたのだ、と言われてしまうかもしれない。でも、それはそれとして、家畜以下の扱いを受け入れられる程に私は大人じゃない。

 

「……あ、光……?」

 

 やはり転倒した際に切ってしまい血塗れになった、舌足らずな口で思わず呟く。

 罠だ、と直感した。急に森が開けるなど考えられないし、連中が今更になって私の追跡を諦めるとも思えないからだ。故にこれは罠なのだ。身も心もズタズタに引き裂かれた私を引き寄せる為の巧妙な罠である。

 それでも私の足は止まらない。

 もしかすれば、もしかすれば逃げ出せる……。うわ言のように繰り返しながら、私は遂に森から這い出て、

 

「あんれぇ、これはこれは魔法使いのお嬢さんじゃあーりませんかぁ!! もしかしてぇ、おじさん達とぉ、遊びたいのかなぁん? うひゃひゃひゃひゃ♪」

 

 背後に軍勢とキメラと邪龍を従える──悪意と出会ってしまった。

 そこから先の記憶は……どうか忘れさせて欲しい。

 

 生きていることに感謝したくない日が訪れることなど私は知りたくなかった。

 

 ──life.86 ルフェイ・ペンドラゴン──

 

 キメラも最後にはすっかり満足したのだろう、上機嫌そうに私を地面に放り捨てる。その衝撃で、遂に左腕さえ折れた。不思議と痛みは感じなかった。

 「気に入ったから逃がしてやろう」リゼヴィムが笑いながら転移の術式を展開した。一瞬で宙に魔力の文字が浮かび上がり、一人が通り抜けるには充分なサイズの魔法陣を形成していく。「特別サービスで回復()()してやろう。腹に刻んだ伝言は別だけど」

 

「あ、でもでも彼氏きゅんには隠したい年頃かなぁ? うひゃひゃひゃひゃ♪」

 

 胃酸と記憶が逆流して、口の中に特有の生臭さが一気に込み上げる。もう何度目かになるか分からない嘔吐、それでも消えてくれない腹の中の渦がまた嘔吐を促す。

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……。

 一刻も早くこの場を離れたくて、転がり込むように転移術式へと走る私。

 

 でも、その腕をリゼヴィムが掴んだ。「おっと、帰る前にもう一回だけゲームに付き合って貰おうかなぁ?」私は必死に振り払おうとした。元々の力の差に加えて、衰弱しきっていた私ではどうしても抗えない。

 仕方がなく、抵抗を諦めた。ここで彼の機嫌を損ねてしまったら……私は死ぬことすら許されない。そんな末路をリゼヴィムの笑顔の裏に見たからだ。それならまだ大人しくしていた方がマシだろう。

 

「打算的な女は嫌いじゃあないぜ?」

 

 リゼヴィムは私の首筋に触れながら言った。次にパチン、と指を鳴らす。

 

 今度は誰の相手をさせられるのか。自暴自棄に似た覚悟を決める私だったが、吸血鬼達に連れてこられた人影は全く想定外で、しかし心のどこかで納得してしまう三人だった。

 

 私の仲間である猫姉妹と、救出予定だった神器所有者だ。全員が猿轡をされていて、残念ながら会話はできそうにない。

 ああ、彼女達も私と同じように捕まってしまったんだ。

 衣服が乱れていない点から私のように乱暴はされていないらしい。良かったと安堵する私と、どうして自分だけと唇を噛む私がいた。

 

 リゼヴィムは司会者のように恭しく一礼すると、拘束された三人の少女を指差した。

 

「さーて今回のチャレンジャーはルフェイちゃん!! 果たして彼女はどのような選択を降すのか、非常にひじょーにぃ楽しみでヤンす!! うひゃひゃひゃひゃ♪ じゃあ早速、運命を決める大切な質問しちゃおーかなぁ? デデン、問題っ!!」

 

 ──自分の代わりに仲間を永遠の奴隷に落とすか、仲間の代わりに自分を永遠の奴隷に落とすか。さあ、ど~っちだ!?

 

 そこから先の記憶は……きっと永遠に忘れられない。

 

 仲間に憎悪を燃やしてしまう自分がいることを私は知りたくなかった。

 


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