はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(本音)


life.83 グレンデル①

 その暴虐の色は深緑 その大罪の色は紅蓮

 

 その龍は光を裂き 善を呑み 義を滅する

 

 その龍は 現世のあらゆる罪を背負う

 

 その龍こそが 現世の大罪の器である

 

 大罪の名は グレンデル

 

 祈りを知らぬ 大罪の暴龍

 

 誇りを知らぬ 深緑の悪喰

 

 忘れるなかれ

 

 その罪渦の名を その傷痕の色を

 

 そして 語り継げ

 

 大罪の名は グレンデル 

 

(ある伝承の一節より抜粋)

 

 ──life.83 グレンデル①──

 

 聖杯の発光が収まると同時に、紫の術式が大量に展開される。深海の底の色をそのまま写し取ったようなそれらは瞬く間に周辺を覆い尽くして、壁や天井までも塗り潰そうとする。リゼヴィムとユークリッドが慌ててその場を飛び退く頃には、既に一帯の空間は魔法陣に押し潰されてしまった後だった。

 

「あっぶねー。聖杯に殺されるなんざ洒落になんねーってばよ」

 

 嘲笑うも彼の口調は何処と無く浮わついており、その視線は緻密に組上がっていく巨大な一つの召喚術式に釘付けとなっていた。

 

 ざっと十桁どころではないだろう。百単位の極小の術式が部屋中を忙しなく駆け巡り、意志を持つ生物のように独立して稼働する。幻想的ながら何となく気味の悪い光景に、白音はゲンナリした表情を隠せなかった。

 ただしそうなったのはチーム内で最も経験の浅い彼女だけで、他の面々は警戒レベルを最大にまで引き上げ、魔法使いのルフェイは恍惚な顔で眺めている。

 

「……死者蘇生の術式ですね。昔に実家の倉で見た魔法書に記載されていたのを覚えています。しかし……何れも禁術だったと記憶していますが」

 

 アーサーの推察に、食い付いたのはルフェイだ。

 

「そうなんですよ、お兄様! これって一つ一つが数十人規模の代償で成立する禁術ですよね!! しかも床に形成しようとしているあの術式は解析不能! 私の記憶にあるどの魔法書にも記載されてません!! ヤバいです世紀の大発見ですよぉ!!」

「それ……俺っち達は世紀のヤバい事態に陥ってるってことだよな!?」

「つーか邪龍が云々と言ってたけど、リゼヴィムのやつ、もしかして伝承のドラゴンを復活させる作戦かにゃー?」

 

 美猴が現状を把握し、黒歌が敵の策を察知するも、彼等はそれに対する最適案を捻り出すことができなかった。そもそも魔法関連のプロフェッショナルであるルフェイですら初めて知る魔法だ。分野的にお門違いの二人が分からなくても仕方ないだろう。

 それはヴァーリやアーサーも同様で、生命の理を愚弄する術式群を前にして、二割の好奇心と一割の違和感、残る七割の恐怖を抱いたまま呆然とするしかなかった。

 

 普段の彼らならば戦闘狂の面を抑えきれずに嬉々として突撃しただろう。その点を自覚しているからこそ動けぬ自分に違和感を覚え、それが恐怖に連鎖したのだ。

 情けないとは思わない。恐怖という感情は産まれたときから生物に備わっている本能にして、生存を促す警報装置なのだから。

 

 故に──反応が遅れた。撤退の合図を辛うじて絞り出せたのは術式がすっかり巨大な文字の羅列の門を織り成し、そしてその中から一体の巨大な漆黒のドラゴンが降り立った頃だった。

 

『グハハハハッッ! どこの馬鹿野郎に復活させられたかと思ったが……成程、相手はアルビオンかよ!! 良いねぇ、寝起きの運動には最高の獲物だ!!』

「ひ……っ」

 

 思わず声を溢す白音だったが、その視界が見慣れた黒い布地で隠される。彼女にこれ以上の影響を及ぼすまいと黒歌が袖で庇ったのだ。

 

「絶対に私から離れないで」

 

 黒歌は、低い声音で捲し立てるように告げる。

 

「あのドラゴンと対峙したら()()()()()()から」

 

 白音は驚愕から思わず耳を疑った。化け物揃いのチームメンバーと渡り合う姉の口から出た言葉は、震えていたのだから。

 だが、妖怪の本性を晒け出して尚も本能に抗えずにいる黒歌を責めることは不可能だ。寧ろこの状況下で妹を庇ったことは称賛に値するとも言える。姉としての意地である。

 

 暴力的なまでの魔力量と威圧感。

 一同が屈服せざるを得なかった理由を肌に浴び、蘇生した張本人であるリゼヴィムも冷や汗をかいた。

 彼は直接的に叩き付けられた訳ではない。にも関わらず心底から安堵の息を吐いてしまったのは、召喚されたその暗黒の龍が現世の邪悪に身を染めた歪な龍──邪龍のカテゴリーに属するからだ。

 

「……"大罪の暴龍(クライム・フォース・ドラゴン)"」

 

 誰かがふと口にした異名に黒の邪龍が反応する。

 

『俺を知ってるのか!! そうよ、俺様こそが大罪と暴虐を司るドラゴン!! その名もグレンデル様よ!! グハハハハッ!! 冥土の土産に覚えとけ!!』

 

 邪龍グレンデル──デンマークの伝承にその姿を現すドラゴンを一言で示すのならば、戦闘狂である。ただし彼の場合はヴァーリの比ではなく、自分か敵のどちらかが死して力尽きるまで嬉々として戦い続けるという。

 討伐に成功した英雄ベオウルフが残した記録では、特別な能力を持たないかわりに桁外れの身体能力と魔力を誇り、鱗は剣の一撃を弾き返す程に頑丈とされている。

 

 尤も、こうして現世に降臨を果たした以上は記録など信用できる筈もない。何故なら聖杯によって復活したグレンデルは、聖杯によって何らかの強化を施されている可能性が高いからだ。

 更に邪龍特有の性質には"異常な生命力"と"甦る毎に能力が底上げされる"というものがある。

 

 例えば、北欧のニーズヘッグなど一部の邪龍は自力で蘇生可能であるし、魂を分割された末に神器の核となったヴリトラも自我が甦りつつある。

 その度によりパワーアップされるのは邪龍の特性にして、邪龍がその名を冠する所以だろう。

 つまり連中を相手するに至って、過去の討伐記録は到底あてにならないのだ。

 

「撤退だ……」

 

 そして今、ヴァーリ達の前にも邪龍の一角を滑るドラゴンが立っている。

 自力での強化と聖杯のもたらしたそれにより、新たなる領域へと突き進んだグレンデルが──

 

「……撤退だ!! 今すぐ城から脱出しろ!!」

『邪龍が獲物を逃がすかよ!!』

 

 ──名に恥じぬ蹂躙を楽しむべく、遂に動いた。

 

 刹那、ヴァーリの姿が跡形もなく消え去る。

 隣に立っていたアーサーは咄嗟に彼がまた独断で仕掛けたのかと思ったが、それは希望的観測が過ぎた。直後には壁が瓦礫と化す重音が鳴り響いたのだから。

 それも一度では終わらない。二度、三度と間隔を空けながら破砕音は急速に遠ざかっていく。

 

 そして砕け散る音が不意に止まったとき、つい数秒前まで確かに隣にいた筈の少年はもう何処にも見えなかった。大きく穿たれた大穴とその向こうに見える吸血鬼圏の薄暗い空だけが、彼の行方を朧気に知らせるのみだ。

 

『んだよ、二天龍を宿してるから期待してみりゃ……おい、聖杯持ち!!』

 

 グレンデルは失望の溜め息を吐き、それから唖然としたままだったリゼヴィム達に言う。

 

『遊んでやって構わねぇんだろ?』

「うん、盛大にやっちゃって。ただし俺ちゃんも最期に別れの挨拶がしたいからさぁ? 瀕死で我慢してねー」

『……おいコラ、ルシファーの小倅。召喚された側だから文句は言えねーけどよ。邪龍に向かって、瀕死で我慢しろ、だと? ……あんま嘗めてるとお前から血祭りにすっぞ!! その気になりゃ聖杯の支配を強引にはね除ける程度の芸当はできんだぞ!?』

 

 耐え難い怒気と圧力を振り撒いてから追跡に向かう。彼の与えた恐怖が完全に四散したのは数十秒が経過してからである。

 最初に我に返ったのは、やはりアーサーだった。聖王剣を支えにして膝をつくや否や、他の面々も次々に床に崩れ落ちる。

 とんでもない化物だ。さながら嵐の過ぎ去った後に似た室内を見渡して、アーサーは改めて邪龍の恐ろしさと強大さを思い知った。

 

 ただ誤算なのは召喚したリゼヴィムとは馬が合ってないことだ。もし彼らが一致団結して挑んできたのなら成す術もなく皆殺しにされていた。

 リゼヴィムとユークリッドもまた苦虫を噛み潰したような表情なので、恐らくは想定外の事態なのだろう。その点ではまだツキが残っていたのである。

 

「それでも最悪な状況が一歩手前になっただけですけどね」

 

 苦笑しつつ、倒れていた仲間を起き上がらせる。あくまでグレンデルが離脱しただけで対面には敵が残っているのだ。ヴァーリが行方不明となってしまったのも無視できない。

 

「……どうするにゃん? 指揮官を置いて逃走、なんて無理でしょ?」

「お兄様! ヴァーリ様を拾って脱出しましょう!!」

 

 極端な話ではあるが、一番手っ取り早いのはヴァーリを見捨てての撤退である。ルフェイが本部に繋がる転移術式を描き、時間稼ぎを残ったメンバーで行えば可能性は高い。やむを得ない場合は女性陣だけでも逃がす。

 しかし、彼を回収してからとなると話も難易度も全く別物となり酷く困難を窮める。ヴァーリが飛ばされた方角には広大な樹海が横たわっているのである。

 

 墜落位置を把握しにくく、有視界での捜索も樹海全体を包む濃霧によって阻まれる。おまけにグレンデルまで徘徊しているのだから、仮に遭遇・戦闘になれば本末転倒な末路となってしまう。

 

「……今から三秒後。全員でその大穴から森へと降下します。ヴァーリを回収し、発見される前に全員で脱出しましょう」

 

 結果として、彼らは見捨てることができなかった。

 

「うひゃひゃひゃひゃ♪ よく知らねーけど、逃げれるもんならやってみろ!! この吸血鬼の軍勢を相手にさぁ!! やっと出番だぜマリウスきゅん! やっちまいなー!!」

「……ふふ、我が国を荒らすテロリスト共め!! 聖杯で強化された吸血鬼の精鋭の力を味わうが良い!!」

 

 それが最悪な選択であることに、まだ気付かずにいた。

 


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