はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(誰もが目を奪われていく)


life.82 悪意②

 リゼヴィム・リヴァン・ルシファー。またの名をリリン。

 ″超越者″の一人にして聖書にも名前を刻みし大悪魔であるが、肩書きに反して本人は実に分かりやすい性格をしている。

 人間界のゲームや漫画に囲まれ、ゲーム感覚でヴァレリーに魔獣をけしかけ、そして今は遊び半分でヴァーリチームと一戦を交える直前にある。

 つまり思考回路が幼稚園児のそれだった。

 子供が虫を踏み潰すのと殆ど変わらない感覚で、彼はヴァーリ達の皆殺しを狙っていた。そこに崇高な思想なんてものは存在しない。

 

 そんなリゼヴィムにとって、実の孫であるヴァーリはどのように映っているのか。答えは簡単だ。

 

「俺の思うがままに踊ってくれたまえよ、ヒヨッコの諸君。お前らが俺にどんな感情を向けようが、結局は世間を騒がす玩具(テロリスト)なんだからよぅ! うひゃひゃひゃひゃ♪」

 

 自分の愉悦を満たす為の駒に過ぎない。

 

 ──life.82 悪意②──

 

『Vanishing Dorgan Balance Breaker!!!!!』

 

 全身に鎧が装着されていく感覚の中で、ヴァーリは静かに顔を上げる。辛うじて理性がブレーキをかけているのか、その視線の先にはまだヴァレリーが閉じ込められた檻があった。

 倒れ伏す彼女は一切の衣服を纏っていない裸体で、その側に我が物顔で座っているのは、蛸や虫を縫い合わせたような魔獣(キメラ)だ。これで何事もなく平穏無事で監禁されていたと考える方が可笑しい。

 

 戦闘狂を自称するヴァーリにも性に関する知識はあるし、″神の子を見張る者″に所属していた際には彼の見目麗しい外見に惹かれた女達から誘われる形で幾度か経験したこともある。

 だが、それらの性交渉は互いの合意があって成立したのだ。あんな言語を喋れるかも怪しい化物に、女性に迫る知能があるものか。

 

 考える程にヴァーリの怒りは膨らみ上がり、放出する魔力の余波もまた暴風染みたものへと変貌していく。

 ここでようやっと余波に吹き飛ばされそうになっている仲間達に気が付いたが、口から放たれた言葉は短く、何より激情をぶつけまいと堪えていた。

 

「……ルフェイと白音は少女の救出。残る三人は彼らを足止めしろ」

 

 了解、と辛うじて返答したのは誰なのか。

 通常チームを率いるリーダーには部下への細かな配慮も求められるのだが、仲間は誰一人として指摘しなかったし、またヴァーリにとっても別に誰でも良いことだった。

 

 何故ならその瞬間、彼の身体はこの世界を置き去りにしていたのだから。

 

「……へっ?」

 

 ニヤニヤと悪趣味な笑みばかり浮かべていたリゼヴィムからその余裕が消え失せる。

 別に心底から油断していたのではなかった。おちょくる素振りを見せておきながら、視界からヴァーリを外してはいなかった。一挙手一投足に細心の注意を払い、次にどのような手を打つか脳内で予測と対抗手段を洗い出し、カウンターを決める算段でいた。

 

 果たして誰が、ヴァーリの姿が消えると予想出来ただろう。

 ほんの瞬き一つの間に″白い龍の皇帝″は床にその足跡だけを刻んで、疾風そのものと化していた。

 

 恐るべきは、直感的に防御術式での迎撃体勢を整えてみせたリゼヴィムだ。彼とて伊達に″超越者″に数えられている訳ではない。

 経験則に基づいた驚異の反射神経が成せる技であるが、しかし。

 

「────リゼヴィィィィィムッッ!!」

 

 顔面に拳の突き刺さる方が、僅かに速い。

 

 脚力と魔力を瞬時加速に変換しての一撃は最初にリゼヴィムの身体を浮かせ、刹那、それは捩じ込みながら壁に激突した。恐らく殴られた本人には何が起きたのかも分かっていない。

 全く見えていなかったのだ。ヴァーリの全身全霊の攻撃も、胸に抱えた憤怒も。

 故に慌てて瓦礫から這い出ようとするリゼヴィムには、束になって飛来する魔力弾もまた見えていない。正確には察知する余裕がなかったのだが。

 

「消えてなくなれ、リゼヴィムッッ! お前は、お前だけはぁぁぁぁッ!!」

 

 十や百では終わらない、暴力的なまでの量の集中砲火が、さながら星群のように薄暗い天井を照らす。まばゆい輝きを放つ球体の一つ一つが高密度の魔力凝縮体である。直撃すれば重傷を負ってしまうだろうことは明らかだ。

 直後、光の豪雨がリゼヴィムの立っていた場所に降り注ぐ。既に上空に退避していたものの、十の翼を広げて飛行していては発生する爆風を避けられない。

 

 何重もの防御魔法を駆使して受け止め、重傷こそ回避した。だが彼の子供並みのプライドはそうもいかない。

 

「……殺してやる」

 

 首をゴキリと鳴らしながら見下ろし、怒りのままに絶叫する。

 

「この……クソガキがぁぁぁぁ!! 白トカゲを宿しただけの紛い物が調子にぃ! 乗りやがってぇぇぇぇ!!」

 

 そう叫ぶ彼の手元に描かれた魔法陣をヴァーリは警戒するが、直前になってユークリッドが制止したことによってそれは消失する。

 

「止めるな、シスコン軍曹! こいつを殺して俺も死ぬ!!」

「確かに姉上を愛してますが……って、今は関係ないでしょう!? というか冷静になって下さい! 将の動揺は兵にも響きますよ!!」

「俺ちゃんは将になりたい訳じゃねーし!! ただトカゲと遊びたいだけだし!!」

 

 急に粗雑なコントを繰り広げる二人だが、対する彼の内心は穏やかではない。敵が何らかの策を講じる前に火力で圧倒しようという作戦だった。

 作戦通り、リゼヴィムはパニックに陥ったのだが、隣に立つ銀髪の男──ユークリッドのせいで冷静さを取り戻しつつある。

 仕切り直しか、と冷静に後退を選んだところでふと違和感に気付く。

 

 何故、ユークリッドがこの場に()()している?

 

「……まさか!?」

「勝手に殺さないで下さい。まだ生きてます」

 

 慌てて背後を振り返ろうとするヴァーリの耳に、聞き覚えのある冷静沈着な仲間の声が響いた。

 

「無事……には見えないな」

 

 その皮肉に、歩み寄ったアーサーは苦々しげに口元を歪める。

 珍しい光景だった。確かに仲間達はどいつも戦闘を好む奴らが多く、食後の運動と称して身内でさえ平気でバトルを始めるような馬鹿ばかりだ。

 比較的に温厚な彼でさえ例外ではなく、美猴や黒歌に喧嘩を売られれば笑顔で買うような中毒者(ジャンキー)である。

 

 しかし、互いの全力を出し切ったバトルに歓喜や満足こそすれ……怒りを前面に出すような男ではない。あるとすれば、戦闘で手を抜かれたか、もしくは水を差されたときぐらいだろう。

 それに、何より簡単に捌かれるような弱卒でもないのだ。この聖王剣コールブランドの担い手は。

 

 ただの腰巾着ではない、とヴァーリは確信した。誰よりもメンバーの強さと性格を信頼していたからこそ、擦り傷だらけのアーサーを見た瞬間にユークリッドの危険性を把握した。

 

「で……床に転がされてる猿と猫はまだ戦えるんだろうな?」

「おいおーい、俺っちがそんな簡単に倒されるもんかよ!! この通り、ピンピンしてんぜぃ?」

「私だってかすり傷だしー? ちょっと着物が破れただけだしー? この万年発情猿と一緒にしないでくれるかにゃ?」

 

 軽口を叩き合う面々だが普段の笑顔は消えて、ネジの外れた戦闘中毒者の表情──血に飢えた獣の顔だけが浮かぶ。

 

「混ざりたくないんですけど。私までイカれてる風に思われるじゃないですか」

 

 ヴァレリーを抱えて戻ってきた白音がジト目で呟く。

 原型を留めていない檻と魔獣を見るに、どうやら救出は成功したようだ。興奮した様子でルフェイがVサインする。

 

「救出してきましたよ! 檻の外から魔獣に魔法フルバーストを叩き付けて、その間に白音ちゃんが柵をぶち壊したんです! それにしても歯応えなかったですねぇ。もっと色々な魔法を試したかったのにあっさり死んじゃいましたぁ……雑魚が」

「oh……ルフェイさんも同類ですか」

 

 愕然とする白音であるが、実は彼女自身も特訓という名目でガチバトルに参戦していたりする。一対一(サシ)から乱戦まで何でもありの環境に揉まれてきたせいか、最近はメキメキ実力を上げているのだが、どうやら成長過程でネジを欠落したらしい。

 

 それはさておき、遂に勢揃いしたヴァーリチームは、未だ言い争いをしているリゼヴィムとユークリッドの前に並び立つ。

 

「ヴァレリーは返して貰ったぞ、リゼヴィム」

 

 と、ここで彼らは冷静になったのか顔だけをヴァーリ達に向ける。メンバー達の背筋が震えた。

 

 二人は満面の()()だったのだ。

 

「……んーんー。何か勘違いしちゃいないか、ヒヨッコの諸君。俺達はただお姫様を奪われたんじゃあない。寧ろその逆だろう、諸君らは非戦闘員というお荷物を背負わされたのだ。その娘はもう目を覚まさん」

「なんだと……おい、ヴァレリー! 目を覚ませ!!」

 

 彼女を抱き抱えて懸命に声を投げ掛けるヴァーリだが、グッタリしたまま目覚めようとしない。まさか魔獣が毒を有していたのか。緊張の走る一同に、リゼヴィムは嘲笑いながら手元に魔法陣を作り出す。

 召喚魔法。術式を見抜いた黒歌が注意を促すも出現したのは応援のモンスターなどではなく、それよりも遥かに小型だった。

 

「これ、なーんだ?」

 

 手の中の物体を弄くりながら訊ねるリゼヴィム。正体に気付いたアーサーの顔が真っ青に染まる。

 

「おっと、正解者がいらっしゃるよーで。それなら早速の答え合わせといきますか!」

 

 ゲフンゲフンとわざとらしく咳き込み、彼は謎の物体を大袈裟に掲げた。直後、ヴァーリが信じられないと言いたげな形相でその物体と腕の中の少女を交互に見る。

 

 そもそも何となく予感はしていたのだ。亡霊に囲まれているという発言から、ヴァレリーこそが生命の理を司る″幽世の聖杯″の所有者だろうと当たりをつけていた。

 尤も、勧誘したのはそれだけではないが、彼女が所有者だったことが理由にあるのも事実だ。

 

 まだ悪意に利用される前に、好意を寄せる女性がもう二度と″神器″に翻弄されることのないように。

 

「お前達は……世界はどこまで俺達をッッ!!」

「うひゃひゃひゃひゃ♪ その身に流れる血筋からは絶対に逃げられねぇってばよ? 世の中には利用する側される側が最初から決定されてるんだわ。何もかも半端なヴァーリきゅんに前者は務まらねぇ!! だってお前は──人間との混血児(ハーフ)なんだぜ?」

 

 高くに掲げられたそれは聖杯の形をしていた。そして今、聖杯はリゼヴィムの悪意に反応する。

 

 ″幽世の聖杯″。回復や身体強化など、生命の理を容易く塗り替えるその力の範囲は非常に広く、そして強大だ。

 だがこれだけなら聖杯が上位″神滅具″に名を連ねることはなかったかもしれない。同列には、かの″二天龍″や"神殺し"が存在するのだから。

 

 聖杯の真骨頂は、再生にある。

 それも傷や欠損箇所を再生するような単なる治療系ではなく、死者の魂を現世に甦らせる死者蘇生を可能とするのだ。

 

 伝承にある怪物を復活させて駒にするも良し、死者の軍団を結成し他国に攻め寄せるも良し。その気になれば世界をも滅ぼせるというのだから成程、周囲からすれば素晴らしく魅力的な″神器″だろう。

 能力の行使に比例して所有者の精神が磨耗するという副作用こそあれど、腕利きの魔法使い達が数十人単位で大量の供物と代償を捧げてようやっと成立する禁術を、指先一つで簡単にやってのけてしまうのだから。

 

 そして、聖杯の()()、即ち所有者であるヴァレリーの魂と密接にリンクしている神器がリゼヴィムの手中にある。これが何を意味するのか。

 

「手始めにそうだなー、伝説の邪龍でも復活させちまうか! 戦力はどれだけあっても困らねぇし!! うひゃひゃひゃひゃ!!」

「……撤退だ! 急いで城から脱出する!!」

「おいおい、お姫様を拉致するなり尻尾巻いて逃げようってかよ臆病者だねぇ……もっと踊れよ、小僧共(ホベンスエロ)

 

 先ず一つ目。この戦場において、彼に敵う者は存在しない。

 二つ目。ヴァレリーの命が危ない。

 

『グハハハハッ! んだよ、現世に召喚されたかと思えば随分と愉快なことになってるじゃねぇか!! 俺も混ざって構わねぇだろ? ならさっさと命じろよ、聖杯持ちのルシファーよぉ!!』

 

 そして三つ目。迫り来る悪夢を止められない。

 


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