吸血鬼の軍勢はヴァーリにとって眼中になく、言ってしまえばどうでもいい存在だった。森の入口で襲撃してきた連中と同じく、所詮は捨て駒の集まりなのだろうと高を括ってさえいた。
それが思い上がりであることは、戦闘開始から直ぐに判明する。
「うひゃひゃひゃひゃ♪ なーんだよ、ヴァーリちゃん。立派なのは威勢と家柄だけってかよ!! お祖父ちゃんってば、そんな弱虫に育てた覚えはありませんよー?」
「黙れ、黙れ黙れ黙れッ! リゼヴィムッッ!! この程度の雑魚など!!」
「その雑魚にタコ殴りにされてる分際でよく吠えるよ。それとも……あれか? そうやって泣いてたら一誠ちゃんが現れるって作戦かなー? 恐いお祖父ちゃんに虐められたの~助けて~、なんて泣きつくか!? うひゃひゃひゃ♪」
「ッ……! お前は、どこまで俺を馬鹿にすればァァァァァアッ!!」
途端に激しい憤怒に襲われるも、今の彼には四方八方から襲いくる軍勢に抗うだけの力がないのもまた事実。先の連中は本当に尖兵以下の存在なのであって、こうして彼を遠巻きにして囲っている部隊は格が違った。
先ず、根本的な練度が高い。
吸血鬼勢力というのは、その性質から他勢力と一定の距離を置いており、謂わば鎖国にも近い状態が長く続いている。その為に国防や治安維持の軍隊を持っていたとして、連中には実戦経験が皆無で、容易く蹴散らせるだろうとヴァーリは踏んでいた。
しかし、実際は全くの逆である。
凡そ数百程の軍勢は隊長格と思われる男の指示一つで変幻自在に陣形を変え、ヴァーリの動きに逐一合わせて、リゼヴィムの前に行かせまいと阻むのである。
例えば、ヴァーリが飛行の意図を見せればドーム状に広がって遮断し、魔力を放てば即座に霧散しまた元のドームを形成する。そこに功を焦る馬鹿は一人もない。
彼は焦燥する。
「触れた敵の力を半減して……だったよねー、その白トカゲの能力ってさ。確かに強力だけど、それって一騎討ち専用みたいなものだよねぇ? 触れられる前に大勢でボコっちゃえば済む話だよね! 俺ってば天才!! あ、間違えた"天災"!! なんつって、うひゃひゃひゃひゃ♪」
爆発したように嘲笑うリゼヴィム。
「殺してやるッ! 絶対に、殺してやるーッ!!」
もう戦いどころの話ではないだろう。半狂乱になりながらも叫ぶ彼は、しかしこの場から動くことが出来ない。
何故なら、彼が少しでも動くような素振りを見せると、吸血鬼の軍勢は隠れているヴァレリーに攻撃を放とうとするからだ。仮に無理にでも突破しようものなら、その瞬間に彼女は殺害されてしまうだろう。
故に──抵抗など叶う筈もなく、ただ魔力弾の集中砲火を受け入れるしか道はない。
『貴様は何故、吸血鬼の小娘を守ろうとする!! リゼヴィムへの復讐を誓ったのだろう!? どうして貴様は……こんなことなら、あの赤龍帝の小僧に着くべきだったな!!』
「俺は……違う! 俺はヴァーリだッ!! 白龍皇のヴァーリ・ルシファーなんだ!! 否定するな、俺を無視するな! 兵藤一誠と比べるなァァァァァ!!」
「おいおーい、発狂するのは良いけどよぉ! お祖父ちゃんを無視するなっての!! 寂しいなぁ!?」
リゼヴィムは軍勢を掻き分けてヴァーリに急接近すると、その顔面を鷲掴みにする。
それは致命的な一撃だった。
途端に、全身から力が抜けていく感覚に陥るヴァーリ。そしてほぼ同時に奴が何をしたのか、目に見える形で現れた。
最初に崩れたのは電脳的に発光する白翼で、次いでヒビの波が波及していく形で纏っていた鎧が崩壊していく。
「──その鎧をぶち殺す! ……ってか?」
言うが早いか、視界がグルリと一回転すると、彼の身体は地面に叩き付けられた。土砂に咳き込みながら立ち上がるもやはり鎧は出現しない。
これこそが"超越者"たるリゼヴィム・リヴァン・ルシファーの有する異能力──″
″神器″のあらゆる機能を無効とするその異能力は名の通り、″神器″所有者に対して無類の効果を発揮する。
つまり、ヴァーリとの相性は最悪だった。
愕然とする彼に歩み寄って、奴は溜め息を吐く。
「うわっ、俺の孫が弱すぎィ! そんなんじゃ一誠きゅんの足下にも及ばないゾ?」
そう笑って、更に腹に一撃を入れる。鎧を展開できない生身のヴァーリはそれだけで倒れ伏した。再び、リゼヴィムはわざとらしく呆れて見せる。
「あのさー、もうちょっと成長しようぜ? 実家からも堕天使組織からも逃げ回ってる癖に強くなれる訳ないじゃん。あれもこれも嫌、とか我が儘ばっかじゃ……世界にもお祖父ちゃんにも通用しないってばよ? そんなクソ雑魚じゃ誰一人として守れないっちゃ」
「違う……俺は逃げてなんか……」
そう叫ぼうとするも、ヴァーリの視界が徐々に暗くなっていく。
「ま、心優しいお祖父ちゃんは最期のチャンスを挙げるよ。お姫様を助けたきゃー吸血鬼の城に乗り込んで来いよ。何ならお仲間に泣きついても構わんぜ? うひゃひゃひゃひゃ♪」
そう言うと奴の掌に魔力が形成されていき、そしてヴァーリの意識はそこで完全に閉ざされたのだった。
──life.80 リゼヴィム・リヴァン・ルシファー②──
「お前達は前座だ! ……違うな。俺はかーなーり強い! ……これもしっくり来ないなぁ。うーん、どこかに格好良い決め台詞はないもんかねー」
王座。城の一番奥に誂えられた部屋に本来の主はおらず、戦闘から帰還したリゼヴィムが我が物顔で居座っていた。王座という割に飾り付けのない質素──陰気で薄暗いその部屋は今や彼が持ち込んだゲームや漫画の置き場とも化している。
リゼヴィムは落ち着かない様子で部屋を歩き回って、時折何事かを呟いては頭を振って否定する、そんなことを繰り返していた。
見た目は爺で中身は幼稚園児。
リゼヴィムは自身をそう分析する。それも子供らしく無邪気で残酷な性格をした、とびきりに危険な思想の持ち主なのだと。
「……地獄を楽しみな! これも俺に合わねー。なあ、ユークリッドくんはどー思う? 俺的には、近くにいたお前が悪い! とか格好良いと思うんだけど」
「……先程から何を考えていらっしゃるかと思えば。少しはお孫さんを気にしてみれば宜しいのでは? あの少年が城に乗り込んできたと報告がありましたよ。それもチームのメンバーを連れて」
側近格の男が進言するも、大して気にした様子はない。強いて挙げるのなら瞳には失望の色が濃く宿った程度だ。
リゼヴィムは周囲に積まれたゲームを眺めるのと似たような眼で、ヴァーリが現れるだろう城の入口の方向を見つめる。やがて蓄えた銀の髭を撫でつつ、彼は告げる。
「あの吸血鬼の嬢ちゃんをここに連れて来い。それからマリウスに部隊を預けて部屋を包囲させろ。独断行動を絶対にするなと重ねて命じておけ」
彼には策があった。ヴァーリが例の少女を救おうとしているのなら、その感情を利用してしまえば良い。つまりヴァレリーを囮にして包囲してしまおうというのだ。
復讐にしろ少女にしろ、或いは常に先を行くライバルにしろ、拘ると視野が狭まれ、結果として深みに嵌まるものである。
果たしてヴァーリは己の策略に気付くのだろうか。
「いや……無理だな」
リゼヴィムはほくそ笑みながら頷いた。何故なら、ヴァーリは既に泥沼から抜け出せないでいるのだ。
「どうやって煽ろうかなー。ヴァレリーちゃんを犯したら激昂するかなぁ、でも吸血鬼共の使い古しを貰うのも癪だし……ユークリッドくん、従順な
「銀髪なら考えましたけどね。私とて愛しい人はいますし、自力で奪い取りますよ……それこそが悪魔の本懐でしょう? でなければ、わざわざ仮面やスーツで姿を誤魔化してまで暗躍する甲斐がありません」
「おっ、名言だねー! 流石、ルキフグスは言うことが違う!! ヘタレの孫にも見習って欲しいよ! 折角、ルシファーの血を引いてるってのにさ!! うひゃひゃひゃひゃ♪」
手の中の聖杯を弄びながら、リゼヴィムは笑うのだった。