コカビエルの起こしたエクスカリバー騒動から一夜明けた。″
未だ目を覚まさない一誠と、それに付き添うオーフィスを除いて、室内には各派閥のリーダーが集合していた。そして長机の中央に浮かんでいる画面は昨夜の記録映像であった。こっそりとヴァーリが魔法陣を仕組んだのだ。
映像を見終わった曹操は興味が無いという顔をしていた。
「たかが堕天使幹部と、その彼にすら勝てない雑魚を記録して何になるんだ?」
「そんな事を言うな。後で何かの役に立つかもしれないだろう。リアス、ライザー並びにその眷属達の戦力とかな」
ヴァーリは画面に映るリアス達を眺めていた。リアスやライザーは別にどうでも良いが、その眷属は若手悪魔の中でも何かと注目している。
″
今は封印されているが、ギャスパーという元吸血鬼も時間停止の神器を持っていると聞く。
順調に成長すれば上級の上、何れは最上級にも届くかもしれない才能が眷属達にあった。
戦闘狂を認めるヴァーリは、何時か彼らと対峙する事になるだろうと予想していた。だからこそ雑魚と侮る曹操に注意を促した。そして曹操にはそれを聞けるだけの強さがあった。
「ふむ、すまない。訂正しよう。将来の敵と言った方が良いのか。それなら今のうちに芽を摘むのか?」
「止めておけ。あれは兵藤一誠の獲物だ。──手を出せば、死ぬぞ」
「そうか、それもそうだな」
曹操は深くは追求しなかった。それを確認したヴァーリは映像を切り替える。
次に映し出されていたのは、一誠の写真と幾つかのグラフだった。
「これは兵藤一誠の身体能力を数値化したグラフだ。見て解ると思うが、ここ最近の成長率は目を見張るものがある」
それでこそ二天龍だ、とヴァーリは含み笑いを付け加えたが、集まった一同は提示されたグラフに戦慄すらしていた。
折れ線グラフは、″禍の団″に入った直後の一誠とつい最近の一誠、其々の身体能力おそこから割り出された客観的な戦闘力を表している。言わずもがな入った直後の軽く倍は越えていた。
オーフィスとの特訓、″禁手″、ヴァーリとの死闘。それら全てが彼の強さを構成する元となったのだ。あれほど叫んでいた煩悩を消し去り、特訓と復讐のみに生きる。言うのは楽だが実践するには余程の覚悟がいる。
ヴァーリと曹操は目を輝かせた。彼はあの呟きを現実にするつもりだと今更ながら気付いた。信用しなかった訳ではないのだ。単に明確な証拠が無かったからであり、こうして証拠たるグラフを突きつけられれば認めるしか無い。
「確かに強いですね。恐らくは真なる魔王である私達よりも」
「……珍しいな。カテレアがそんな発言をするとは」
歯軋りをしながら言う旧魔王派のトップ、カテレア・レヴィアタンに、二人は少し驚いた。
真魔王を自称する彼らは他の種族や転生悪魔を頑なに認めようとしない。それをトップ自らが認める趣旨の発言をしたのだから驚くのも当たり前だ。それは彼女の部下も同じだったらしく戸惑いを顕にするが、カテレアが一喝する。
「目を背けるな。彼の強さは事実。否定したところでそれは変わらない。″蛇″を呑んだ私達とは違うのよ」
曹操が笑いながらカテレアに視線を向けた。可笑しな物を見たといった様子で顔は少し笑っていた。
「カテレア、どういう風の吹き回しだ。レヴィアタンらしく
「失礼な、あんなに莫大な魔力を放出されれば認めざるをえないでしょう。戦争中を思い出したわ」
そうだろうな、と今度はヴァーリが話を続ける。彼もまだ笑っているがそれだけ彼女の言葉がツボにはまったのだ。
「兵藤一誠は二天龍が一角、
ヴァーリはぐるりと会議室を見渡した。先程のカテレアの発言に感化されたのか、一誠を侮る者は居ない。ざわついていた旧魔王派の者達も緊張した顔付きで立っている。話を切り出すには好都合な雰囲気だ。
今を逃してはなるまい、とヴァーリは決意した。
「ヴァーリ・ルシファーは、兵藤一誠を新たな派閥のリーダーに推薦する」
騒ぐ者は誰も居なかった。この間の一誠とヴァーリの戦闘は団員全てが知っている。白龍皇であるヴァーリと互角の戦いを繰り広げた一誠の実力を皆が思い知らされた。余波で殆どの者を卒倒させた男なら異論はあるまい。チラリとカテレアを見るが、首を横に振る事は無かった。
今のところメンバーはたったの一人。しかし一誠だけで過剰戦力。今後彼は幹部の一人に名を連ね、組織の中枢を担うだろう。その影響力は最大と言われる旧魔王を抜き去り、英雄派やヴァーリチームと同格。
最小にして最強の派閥、赤龍帝派が誕生した瞬間である。
──life.8 赤龍帝派──
冥界、首都リリス。冥界有数の巨大都市である。その中心には魔王城が聳え立っており、絶えず屈強な衛兵達が監視している。
その最上階に設けられた執務室に魔王サーゼクス・ルシファーは居た。先の戦争で戦死した先代魔王からルシファーの名前を受け継いだサーゼクスは、今日も大量の書類と睨み合っている。
何時もは眷属に押し付けて実妹のところに転がり込むが、今回ばかりはそうもいかなかった。コカビエルの件があったからだ。
珈琲を飲み一息つこうとした矢先に連絡用魔法陣が浮かび上がった。少々不機嫌になりながら確認すると、相手はアザゼルであった。
「何かな、アザゼル。今は忙しいんだけどね」
魔法陣の向こうから気の抜けた声が聞こえる。
『あぁ、すまんな。最重要機密だから、二人だけで話したかったんだよ』
「──予定されている件かな?」
『そうだ。今が良いタイミングだからな。不満もあるだろうが、ここいらで行っておきたい』
サーゼクスは珈琲を一口啜ると、またアザゼルに再び意識を戻した。
「ミカエルに話は通っているのだろうね」
『無論だ、奴さんも参加するってよ。……ところで、赤龍帝を″SSS級はぐれ悪魔″にしたんだってな?』
暫く無音になり、サーゼクスは絞り出すように告げた。
「……そうだ。彼の事は仕方無かった。そうするしか他に無かったんだ」
仕方無かった──。
彼から吐き出されたその言葉に、アザゼルは違和感を覚えた。はっきりと言えないが、何処か嘘偽りのように思えたのだ。
だが彼は事情を知らない。
その為に偽りだとは断言出来なかったが、サーゼクスと自分との間に線が引かれた気がした。
『俺も人に言えた立場では無いけどな。友として警告するぞ、サーゼクス。──その赤龍帝は恐らく復讐を考えている』
「その時は、話し合おうと思っている」
『それだけで済んだら良いけどな』
そして魔法陣の点滅は終わった。サーゼクスは魔法陣を消すと珈琲をまた一口啜った。窓に映る自分の背後に赤龍帝が立っている気がした。
憎悪に燃える眼が自分を貫く。
その時は近くまで来ているだろうと、サーゼクスは何となく思っていた。