はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(聖杯編開始)


Lucifers.
llfe.77 幽世の聖杯


 上手く進めてるじゃないか、とヴァーリは一人、愉快そうに呟いた。手元に浮かべた文字の羅列──映像術式は、冥界の様子をリアルタイムで映し続けている。画面の中央には″赤龍帝の鎧″を纏った一誠が立っており、三大勢力の軍勢を相手に激戦を繰り広げていた。

 とはいえ、両者の戦いは果たしてそれと呼称すべきか疑わしく、まるで赤子と大人のような差とその結果が画面にあった。

 

 画面上の一誠が、今また新手の悪魔の群れへと突っ込んだ。

 

『BoostBoostBoostBoostBoost!!!』

 

 内に宿りしドライグが"倍加"を宣言する。

 瞬間、暴風が吹き荒れた。

 一誠は自身の身の丈をも上回る赫翼を大きく拡げ、上空へ飛翔した。連続する加速とそれに伴い生み出されたトップスピードを目視出来た者は誰もおらず、悪魔達は地上に取り残されたままだ。連中を天高くから見下ろしながら、一誠は両腕に魔力を集中させる。

 熱風混じりの赤い波動が、悪魔のみならず、周辺に展開して一誠を取り囲んでいた天使や堕天使までも一息に呑み込んだ。

 

「莫大な質量だ」

 

 ヴァーリは、これが攻撃の前兆であることを忘れて驚嘆を漏らした。

 燃え落ちていく黒炭と悲鳴が彼の視界を埋め尽くす。実力者を集めたと三大勢力の首脳陣は豪語していたが、どうやらドラゴン(一誠)の前には等しく虫けらに過ぎないらしい。

 固唾を呑んで次の攻撃を見守ろうとする彼を見かねて、苦言が投げられた。

 

『ヴァーリ、魅入られ過ぎだ。もう少し今の状況を把握しろ』

 

 長年苦楽を共にしてきたアルビオンの忠告に、しかしヴァーリは気にした様子もなく、画面から眼を離さない。

 

「そう言うがな、アルビオン」

 

 ここで初めて顔を上げて、グルリと周囲を見渡す。

 ヴァーリは現在、黒いスーツを纏った集団に包囲されている真っ最中だ。にも関わらず余裕綽々といった顔で一誠の蹂躙劇を観戦しているのは、一目見た瞬間に連中の力量を悟ったからだ。

 偶然に鉢合わせてしまった彼らからは、たかが下級悪魔クラスの魔力しか感じ取られず、捨て駒扱いの尖兵であることは容易に理解出来た。根っからの戦闘狂いであるヴァーリが彼らを敵とすら見なさないのも当然の話だ。

 

『放置するのも面倒だろうが』

 

 アルビオンは呆れたように言い切った。言葉の端々に疲労が漂っているのは、相棒の戦闘狂の側面を知り尽くしている為だろう。

 

「良いとこだったのに……さっさと片付けるか」

 

 苛立ちを隠そうともせずヴァーリは舌打ちして、それから連中を睨んだ。

 

 ──life.77 幽世の聖杯──

 

 鬱蒼と木々の繁った、霧の濃い森だ。ルーマニアの奥深くに位置するこの森は古来より、吸血鬼達の国と人間界の境界線的な役割を果たしてきた。昼でも一筋の陽射しの存在すら許されないこの場所には、日本の神隠しに似た都市伝説が幾つも語られている。

 ヴァーリが、一誠が三大勢力連合と衝突したタイミングを見計らって森に足を踏み入れたのには訳があって、"幽世の聖杯(セフィロト・グラール)"を宿した吸血鬼が現れた、との情報を掴んだからだった。

 "幽世の聖杯"とは、生命の理を超越し得る程の能力を持つと称されている″神滅具″の一つだ。もし仲間に引き入れることが叶えば、″禍の団″の戦力強化にも繋がる。

 

 曹操が情報を入手し、一誠が提案した今回の作戦に名乗りを挙げたのは、意外にもヴァーリだった。

 とはいえ、戦力拡大を目論んでの行動ではなく、彼を突き動かしたのは一重に"聖杯"所有者である吸血鬼の生い立ちを知ったのが理由だ。

 所有者は吸血鬼の父と人間の母の間に産まれたハーフであり、その出自故に疎まれ、長らく幽閉されていたという。

 

 断じて同情ではないと言い張りつつも、「俺が救う」と言ったヴァーリの決意は強く、結果的に彼の熱意に周囲が圧される形で、任務担当となったのだ。

 尤も、あくまでもヴァーリにとっての最優先事項は強者との戦闘である。それだけに吸血鬼の一団に囲まれようと平然としていたのだが、当然ながら相手からすれば誇りを傷つけられたに等しく、種族的な性質もあってか全員が怒りに身を震わせていた。

 そしてようやっと戦意を見せた彼に、今すぐ飛び掛からんばかりの表情で其々が武器を構えたのだ。

 

「禁手を使わなくても良さそうだ」

 

 欠伸をしながら、ヴァーリもまた白銀の翼を展開する。

 

「兵藤一誠の真似事と洒落ようじゃないか」

 

 全員の視界からヴァーリの姿が消失したのは、その直後だ。

 大きく脚に力を込め前方に跳躍し、そのまま地を這うようにして滑空する。特筆すべき点もない単なる遊技なのだが、吸血鬼達からすれば消えたようにしか思えず、慌てて辺りを探すしかなかった。

 

『その段階で底が知れる』

 

 アルビオンの溜め息をBGMに聴きつつ、ヴァーリはますます跳躍と加速を繰り返す。

 

「何も期待しちゃいない」

 

 ヴァーリは右手に魔力をかき集めつつ、吐き捨てた。同時に今一度強く地面を蹴り飛ばし、宙に身を放り投げる。そして動けないままの吸血鬼達に向けて、魔力弾を雨にして乱射する。

 砂煙が晴れた時には、その場に立っている者は誰一人として残されていない。それを確認するとヴァーリはゆっくりと降下して、降り立つ。

 

『全員を始末してどうする……情報が聞き出せんだろ』

「どうせこれから嫌でも出てくるさ」

 

 光翼を消すと、ヴァーリは不敵に歩き始めた。

 


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