「見るが良い、兵藤一誠よ！ 冥界に仇なすテロリストよ！！ 古の赤い龍を宿す者よ！！」
ディハウザーが一誠の前に進み出たとき、彼は三大勢力連合が織り成す防衛陣の半ばまで進撃していた。天使、堕天使、悪魔の躯を山と築き上げ、その頂点に立ち尽くす姿は神秘的な輝きをも感じさせた。
無敗の王者の叫びに、三大勢力の軍勢は立ち止まって何事かとディハウザーを見つめる。対して、一誠もまた片手に掴んでいた有象無象の首を放り投げると、ディハウザーを睨んだ。
一時停止したのは彼らだけではない。映像を通じて戦争の行く末を見守っていた民衆、そして密かに監視していた各神話群の神々もディハウザーの唐突な行動に驚愕していた。
「……無敗の称号を失いたいのか？ ベリアルよ。ならば挑むが良い。そして悪魔に産まれたことを悔やみながら死ね」
同時に、魔力の波動がシトリー領全域を襲う。何処までも黒い波はさながら餓えた蛇にもなって軍勢を丸呑みにしてしまった。無論、一誠にとって単なる余興であることは明らかで、集められた精鋭も辛うじて持ち堪えるだけの余力はあった。
だがそれはあくまでも一部の話。多くの兵達は先の交戦で既に満身創痍であった。そこに″赤龍帝″のオーラを浴びれば抗える筈もなく、戦死した兵に加えて更に大量の脱落者が出た。
ここで一誠は目の前の″皇帝″に感心した素振りを見せる。至近距離で波動を受けたディハウザーは、確かに軽傷こそ負ったものの然程消耗した様子は無かったのだ。
流石はトップランカーだと言いたげに笑う一誠。それでも余裕の笑みを浮かべているのは己の実力を知っているからか、幾重の策を巡らせているからか。
「何とでも言え！ 貴様の策は既に見切っている！！ 貴様と内通し、政府への反乱を起こしたビィディゼは私とロイガンで討ち取った！！」
「……ッ！！」
二十万の兵力を動員しシトリー領に敷き詰めた。フェニックス家という犠牲を捧げてまで討伐を成し遂げんとした。魔王は敵の計画を察知した上で対抗策を編み出した。
されど兵藤一誠が余裕の笑みを失ったのは、これが最初だった。
内心でどう思っていたかは、定かで無い。
──life.76 影響──
「……随分とまぁ、面白いように遊ばれちゃって。やっぱ今の悪魔は揃いも揃ってクソザコだな。俺のテコ入れも無駄にしちゃってさぁ？」
戦争から三日が経過した。冥界並びに三大勢力は激変の兆しを迎えている。
中でも傷痕が大きかったのは悪魔勢力だった。何せ連合軍の兵力で最も割合を占めていたのだ。それだけに死傷者数も無視出来ない人数となっている。
上層部、特に総指揮を務めていたファルビウムの立場は非情に不味い。以前の襲撃の復興作業を後回しにして無謀な討伐を決行したとバッシングを受けているのだ。
回復の目処が立たないサーゼクスとセラフォルー。追い詰められたファルビウム。勢いを完全に失ってしまった魔王派だが、逆に立場を強めた者達も居る。
「ディハウザー、それにロイガン。ビィディゼの反乱を鎮圧し、結果として兵藤一誠を撤退にまで追い込んだ英雄ってな。自身をトップに添えた派閥まで立ち上げて、その支持率は四大魔王を上回る程だ」
両名共に英雄として華々しく凱旋し、その功績を持って新たに皇帝派として政界進出。世論と貴族連中の絶大な支援を背景に着実に発言権を強めつつあった。
もしくは戦後取材の場で、「必ずテロリストを討ち取り、冥界を復興させる」と演説したのが効果を発揮したのかもしれない。
兎に角、二人は次期魔王筆頭候補にまで名を連ねる名声を獲得したのだ。ファルビウムにとってこれ程の屈辱は他に無いだろう。何せ彼は全てを知っていながらどうする事も出来なかったのだから。
そして演説と言うならば兵藤一誠が去り際に告げた言葉も該当する。
──虐げられし者よ、理不尽を被りし者よ、悪魔であれと押し付けられてきた全ての者達よ！ 俺の下に集え！！ 二天龍に続け！！
──武器を取れ！ 誇りと自由を取り戻せ！！ 生きる意味を己に問え！！
──決起せよ、反逆せよ！！ 今こそ俺達と力を合わせ、憎き悪魔共を打倒せよ！！
──戦え！ 戦え！！ 戦えッッ！！
彼は転移していく直前に、冥界全土に向けて叫んだ。何れ″はぐれ悪魔″となるであろう悪魔社会の被害者に向けて高らかに叫んだ。″赤い龍の帝王″は最後に起爆剤をばら蒔いて見せたのだ。
今は未だ表立って民衆は動いていない。大規模な反乱は影も形も見えていないように思える。
「……だが貴族様は別だわな。下手すりゃ眷属に寝首を掻かれるんだから。食事に毒でも盛られたらどうしようもないよなぁ」
だが、奴隷として扱ってきた連中やオークションを主催してきた輩の心情は想像に難しくない。
特に上層部はコレクションと称して他種族をまるでペットや家畜として見てきた。眷属の中にも無理矢理に悪魔にされたり、明らかに悪魔に有利な契約で眷属となったり、拉致誘拐同然に連れて来られた被害者もある筈だ。
被害者は永遠に覚えている。自分の受けた屈辱を。
だからこそ、ディハウザー達は貴族達の支持を延ばしているのかもしれない。彼らは、「被害者とも向き合っていき、反乱を未然に阻止すべく努力する。悪魔同士で殺し合うような事態にはさせない」と演説で約束している。加えて反乱を鎮圧した実績もある。
ともなれば上層部や貴族連中は本当に反乱が勃発した場合はディハウザーとロイガンが出向くだろうし、彼らに責任を押し付ければ良いと考えているのかもしれない。
「こうなったら止められねぇよ。天界も堕天使も上層部は辞職寸前。総入れ替えまで秒読み段階なんだ。悪魔に構ってる余裕なんざ無いだろうし、最悪の場合は和平条約も無効化だ」
残る二勢力は未だ公式に声明を発表していないが、悲惨な内情は容易に思い浮かぶ。
平和を焦った首脳陣は責任を取るべく退陣。代わって新しいトップが就任したとして、その者達が再び手を取り合えるとは限らない。
尚且つ、堕天使陣営はコカビエルの思想を受け継いだ勢力──過激派が台頭しつつある。これで戦争屋が新総督になった暁にはそれこそ和平どころか三大勢力戦争に一直線だ。
どの勢力が勝利しても三竦みは今度こそ立ち直れなくなり、彼らに恨みを持つ連中には格好の餌食となってしまう。
「うひゃひゃひゃひゃ！ ったく、本当に面白い存在だよ、イッセーきゅんは！ おじさんは久し振りにドキがムネムネしちまうぜ♪ だからさぁ……ちょっかいを出したくなるのも当然だよなぁ？」
一誠の計画には全て前提条件にして絶対条件が存在する。それは、第三勢力の介入を考慮していない、という点だ。
彼の計画は、敵が三大勢力のみであると事前に想定してから練り込まれている。元々の目標が復讐であることを考慮するならば確かに効率的かつ確実な立案方式で、細部まで作り込んでいたからこそ実際に三大勢力を翻弄したのだ。
だが、縦からの強大な力には強くとも、横からの不意討ちには弱いのではないか？
想定外の事態に陥った場合、全作戦は一気に崩壊してしまうのではないか？
「イッセーきゅんは不死鳥狩りをやってのけたんだって？ じゃあ、俺も挑んでみるとしましょうか。伝説のドラゴン様を相手にさ」
霧に包まれた城の玉座で、銀髪の男──リゼヴィム・リヴァン・ルシファーは愉快そうに嗤う。
「──さあ、ドラゴン狩りの時間だ」