一誠からのある命令をこなした後で、フリードは小高い丘に立ってシトリー領の方角を眺めていた。三大勢力軍が蝗の群れになって空を覆っている。
果たして彼らは誰と戦っているのだろう。
あまりにも現在地との距離が離れすぎていて見えないが、フリードも、そして世界中のあらゆる勢力も、相手の正体を知っていた。
「……始まったな。ああ、始めちまったぞ」
計画通りとはいえ、あまりに無謀な作戦だ。事実、内容を知らされた当初、フリードは腰を抜かしたものだ。どうすれば、三大勢力の軍勢に飛び込むという発想に至るのやら。上司の考える事は理解できない、と溜め息を吐く。
それから、もう一つの理解できない点に視線を送った。フェニックス家への復讐を終えて戻ってきた一誠から預けられた少女──レイヴェル・フェニックスだ。
「……私はどうすれば良いのです? フリード様と合流しろ、としか言われなかったのですわ」
「なんでお嬢様がおるん?」
「再就職したクチですの。実家は潰れましたので」
大体の事情は察した。恐らくは訳有りか、手駒に使えるからと拾ったのだろう。そうでなければ、レイヴェルと名乗った少女はとっくに家族もろとも殺されている筈だ。
しかし、幾ら手駒になるとはいえ、悪魔嫌いの一誠が簡単に仲間に引き入れるだろうか。そもそもレイヴェルは復讐対象であるフェニックス家の一員だ。
それを命を助けたばかりか、部下の預かりにするなど裏があるとしか思えない。
「そうかい。取り敢えずは拠点に退く。俺の仕事は終わったんでな」
「……ふうん? まあ、何でも仰って下さいまし。新入りですもの、何だってこなして見せますわ」
自信満々に胸を叩くレイヴェル。立派なドリルとメロンが揺れるが、フリードは特に大した反応を見せない。確かに美少女ではあるのだが、悪魔祓いたる彼にとっては悪魔の時点でアウトだ。
寧ろ少しでも粗相をやらかした瞬間に殺そうと企んでいる辺りは上司に似ている気がする。
尤も、これまで雑務を一手に引き受けていたフリードからすれば有難い話でもあった。
一誠をリーダーとして活動する赤龍帝派は、作戦の規模に反比例して所属人員は少ない。リーダーの一誠、食客扱いのオーフィス、雑用係のフリードの三人だけである。
故に個々の実力は兎も角、派閥として見るならば力不足が目立ってしまい、作戦実行にはどうしても旧魔王派やヴァーリなど他の面々に頼らざるを得なかった。
「ま、黙って見てな。今から拠点を案内するから」
「お気遣い感謝致しますわ。ところで、オーフィス様はどうなさるおつもりですの?」
「あー、俺も大将から何も言われてねーんだよ」
そう言ってオーフィスに視線を移す二人。フェニックス家襲撃から戻ってきた一誠に預けられて以降、彼女はお腹をさすっては首を傾げるばかりを繰り返していた。
最初は食べ過ぎで腹の調子を悪くしたのかとも思ったのだが、″無限の龍神″がそんなことで体調を崩しはしないだろう。
突拍子の無い発想だが、思い当たる節は一つだけある。というよりもオーフィスの仕草と最近のイチャイチャ事情からそれしかないのだ。
「火種にしかなりませんわね」
「子種だよ、バーロー」
「座布団を差し上げますの」
なんだかんだと言いつつも息ピッタリな漫才を披露するフリードとレイヴェルであった。
「……我、身体が変?」
──life.74 オーフィス③──