『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!』
「死に晒せ、雑魚共がぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
一誠は舞う。悪意が飛び交う戦場の真ん中で、″赤い龍″は戦い続ける。
襲い来る天使あればその者の胴体に大穴を穿つ勢いで殴り飛ばし、遠巻きにして仕留めんとする堕天使あれば魔力砲撃で撃ち落とし、悪魔は問答無用で消し炭にした。
彼は全世界に向けて叫んだ。俺の邪魔をするな、と有らん限りの声を振り絞って宣言した。敢えて古の二天龍の台詞をそのまま流用したのは彼らの絆か、共有する憎悪か。
ただの拳の一撃で地を崩し、百の天使が呑まれた。放たれた魔力が空を裂き、千の堕天使が墜とされた。
されど未だ足りないとばかりに暴れ狂う一誠は、まるで本物のドラゴンのようだ。
「……クソッタレ、なんてデタラメな野郎だ」
アザゼルは思わず舌打ちをする。彼は最終防衛ラインの指揮を行っており、一誠の戦っている前線には参加していない。しかし最前線と後衛は距離が離されているにも関わらず、激しい轟音のみならず極大の魔力弾までが時折降ってくるのだ。
恐らくは流れ弾に過ぎない、一誠からすれば牽制の攻撃は着弾と同時に爆発を起こし、結果として陣形を滅茶苦茶に壊されてしまった。
いや、或いは
心底厄介そうに顔を歪めるアザゼル。対して同じように戦場を眺めるファルビウムは余裕を崩さない。
「策がありそうだな」
「当たり前だよ。どうして奴が軍勢との交戦を決めたのか、考えてみなよ。結局は自分のパフォーマンスがより派手になるからだ」
一誠の手口は、他ならぬ悪魔が一番良く知っている。囮作戦が彼の十八番であることも、この戦争が茶番であることも、彼らはとっくに気が付いていた。それでも一誠の茶番に乗るしか無かったのはその状況になるまで追い詰められた首脳陣の不手際だろう。
しかし、今までは確かに誘導され、結果的に多大な被害を出してきたが、今回は違う。
「敵は兵藤一誠のみ。つまり主犯格の彼さえ捕らえてしまえば、後はどうとでもなる。そう思い込ませることこそが彼の目的なんだろうね」
一誠が少し予告をしただけで、三大勢力は警戒する。貴族領を襲って回れば信憑性は増していき、貴族や民衆からの圧力も強くなる。対応を迫られた上層部はシトリー領の襲撃予告に飛び付いた。
しかもご丁寧に襲撃時間だけは隠しておけば、それだけ集まった精鋭も注目も釘付けにできるのだ。本当の目的を果たすに充分過ぎる程の時間が稼げてしまう。
「わざわざ幾つも襲撃したのは、シトリー領襲撃に説得力を持たせて僕達が集める戦力を上乗せする為だろうね。それと
「そこまで分かってれば対応も可能って訳か。そんで、もう一つの目的ってのは?」
「うん、これはあくまでも僕が調べた結果なんだけど──内通者の存在を隠す為だよ」
ファルビウムは、以前よりフェニックス家が狙われている事を察知していた。そして破滅が近い彼らを徹底的に利用して一誠討伐作戦に繋げようと考えたのも、魔王ならば当然の流れである。
彼は以前から内通者の存在を疑っていた。でなければ一誠の練った策があんなにも上手く成功する筈がない。恐らくは、上層部に容易く近付ける立場の協力者を悪魔勢力に作り、そこから内部情報を得ていたのだろうと踏んだ。
ともなれば後は炙り出してやれば良い。
ライザーが領地の巡回をしているという情報を疑わしい者達にわざと流す。それも時間帯とコースは全員バラバラ。
後はライザーが一誠に襲撃されれば、その時間や地点から内通者が割り出せるカラクリだ。
「……通用すんのかねぇ。相手はあの兵藤一誠だぜ?」
「何もしないよりはマシだろ」
「ま、それもそうか。で、お前さんが目星を付けたのは誰だ?」
アザゼルの問いに、ファルビウムは淡々と答える。
「──ディハウザー・ベリアル」
ディハウザー・ベリアル。レーティング・ゲーム四大大会を統べる序列一位の絶対王者にして、魔王にも匹敵する実力者の最上級悪魔、冥界でその名前を知らぬ者はない程の大悪魔である。
その名声と勇猛さはアザゼルも知っており、だからこそファルビウムの言葉を簡単には信じられずにいた。
果たして悪魔嫌いの一誠がディハウザーを勧誘するだろうか。確かに戦力になるし、何より上層部とも繋がりを持つ彼ならば内部情報も容易に掴むことができる。
内通者として換算するなら最高の人材だ。故に多少の嫌悪を押し留めても欲しがる理由は分かる。
「だが、あの″皇帝″が簡単に冥界を裏切るのか? 一誠の襲撃による遺族や難民を援助していたし、率先して自領への受け入れも行っていたじゃねーか」
「そうだよねぇ、お陰でディハウザーの株は天井知らず。逆に有効な政策を出せなかった僕達は非難の的だ。普通は考えにくいよねぇ」
しかし、ファルビウムは把握していた。彼が密かに冥界上層部に憎悪を募らせていることを。レーティング・ゲームの闇を知ってしまったが故に謀殺された従姉妹の復讐を虎視眈々と狙っていることを。
ならばこそ、ディハウザーは一誠の誘いに応じるかもしれない。疑惑を持つに至った最大の根拠である。
そう考えると一誠が襲撃行為を繰り返したのも、ディハウザーの名声を高め、彼の立場を引き上げさせる為のマッチポンプだったと納得出来るのだ。無能な政府という比較対象がある現在なら容易に達成可能だ。
全てが陽動にして本命。
つくづく計算され尽くした戦術だと舌を巻くファルビウム。自分達はシトリー領に軍勢を敷き詰めることで先手を取ったつもりでいたが、それすらも予想通りだったのだから。
「挙げ句、途中で気付かれても戦争中にディハウザーを捕縛される可能性は低い……ったく、サーゼクスは本当に馬鹿な真似をしてくれたもんだよ」
「あの年齢にしてこれ程の策略を練るとは恐ろしいもんだ。それに本人の強さも折り紙つき。後十年もすりゃ、神クラスにもなれる器だろう」
──悪魔は、選択を間違えた。
まさしくその通りだ。彼らは致命的で決定的な過ちを犯していた。ファルビウムは選択を間違えてしまった。
何故なら、彼の読みが合っていたのは半分だけだったからだ。
魔王は、ディハウザー・ベリアルだけを内通者として疑った。その仮説を前提にして一誠の策を看過しようとしていた。だが、もしも前提条件からして誤りであったのならば。
例えば、内通者が
──life.73 内通者①──
時は少しだけ遡る。最上級悪魔にしてトップランカーのロイガン・ベルフェゴールは最前線の指揮を任され、兵藤一誠と激戦を繰り広げていた。
修羅場を潜り抜けてきた猛者である彼女すらも一誠の猛攻に押され、飛び交う魔力弾を避けるだけで精一杯でとても攻撃など出来るような戦況では無かった。
戦争開始から一時間が経過した頃だろう。前衛を切り崩して進んでいく一誠の後ろ姿を、ロイガンは黙って眺めていた。彼女自身は消耗していないのだが味方は壊滅状態に陥っていて、追撃を行うだけの体力も魔力も、気力すらも残されていない。
それも当然の話だ。無惨に散っていく同胞を何千と見せられて誰が立ち向かえるものか。地面は血と死体だらけで、辛うじて生き残った者も心をへし折られ、最早立ち上がることもしなかった。
悲惨な現実に深い溜め息を吐くロイガン。そんな彼女に唐突に話しかける者があった。
「随分と手酷くやられたらしいな? ロイガンよ」
前衛の左翼を担っていたビィディゼである。数百の手勢を引き連れて現れた彼は全くの無傷だった。部下もまた同様である。
幾らなんでも妙な話だ。あれ程の激戦を傷一つ無く生き残れる訳がない。ましてや部下達も揃ってだ。
ロイガンの表情が一変した。対して、余裕の笑みを浮かべるビィディゼ。
「……お前は無傷で切り抜けたとでも?」
「当然だ。あの程度の攻撃で倒れるものか」
「不可能だ」
ビィディゼの能力は異空間へ通じる穴を自由自在に操り、敵の攻撃を吸い込んでしまうといったもの。
確かに一対一での戦闘ならば無類の強さを発揮するが、馬鹿げた火力線と持久力を持つ一誠の前では無力に等しい。
つまり無傷で耐えられる筈が無いのだ。
「……裏切ったのか」
「賢い選択をしたと言ってくれたまえ」
その直後、暴虐が過ぎ去った筈の戦場で。新たな戦いが始まった。