はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(♡)


life.72 戦いの降臨

 シトリー領に集められた三大勢力連合軍。屋敷前の広大な敷地を埋め尽くさんばかりの大軍は理路整然と整列し、たった一人の敵を今か今かと待ち構える。

 選りすぐりの屈強な戦士達を率いるは、何れも劣らぬ曲者揃い。

 

 積み上げた連続無敗記録から″皇帝(エンペラー)″と称された、レーティング・ゲームの覇者。

 ″神の雷光″を名の由来に持ち、遥か古の戦争時代から戦い続けてきた堕天使幹部。

 四大熾天使の一角にして、数々の戦場を潜り抜けてきた女天使。

 

 そして全軍を指揮するのは三大勢力を率いる三人の男。

 魔王、堕天使総督、熾天使。

 各々もまた古き神話の時代を駆け抜けてきた猛者であり、未だ見せぬ全力は神々にも届くと言う。

 

「彼は果たして来るのでしょうか。この軍勢を察知すれば、普通ならば交戦を避けるでしょう?」

「いんや、奴さんは絶対に現れる筈だ。いや、寧ろ現れなければならねぇ」

「パフォーマンスは続けることに意味があるんだよ。だから仮に完全包囲されたとしても、兵藤一誠は必ずやって来る」

 

 その規模を見た者は、かつての戦争を思い浮かべ、また古の戦いを始めるのかと嘆いた。何故なら三大勢力戦争から数千数万の年月が流れた現在、これ程までの軍勢が用意されたのは今日が初めてなのだから。

 故に他神話の神々は、戦争に干渉しない、との緊急声明を発表し、固唾を呑んで行方を見守っている。領民達は他領への避難指示に従い、あちらこちらに散らばった。

 

 これから始まる戦いは全世界を巻き込んで、最早本人達の意思に関係無く、戦争の領域にまで突入していた。或いは参戦する当人も自覚しているのかもしれない。

 たかが元人間の″はぐれ悪魔″、それも一人の少年を相手取るにはあまりにも桁違いな戦力は、もう戦争と呼称する他はないのだと。

 

「……ったく、前代未聞だぜ。何が嬉しくて赤龍帝狩りをもう一度せにゃならんのだ」

「嘆いても今更どうしようもないね。こうなったら総力を挙げて討ち取るしかないから」

「ですが、気掛かりな点が一つ。″無限の龍神″がどう動くかです。彼女に攻められれば数十万の大軍を集めたところで容易に潰されてしまう」

 

 軍の士気は異様に高く、怒号は空を染め上げる狼煙の如く。まるで尚も衰えぬ威勢を世界中に見せ付けるように彼等は己を鼓舞した。それ程までに彼等は″赤龍帝″の恐ろしさを知っている。ドラゴンたる者の真髄を覚えている。

 咆哮は山を砕き、尻尾は地を裂き、翼は一度の羽ばたきで遥か上空にも舞い上がる。戯れで世界をも滅ぼしてしまえるような怪物。

 

 それこそがドラゴン。

 

 それこそが″赤い龍の帝王″。

 

「オーフィスは出してこねーだろ。もし助力を乞うならとっくに頼んでる。そうしないのは訳有りか、もしくは奴さんにとっての誇り(プライド)がそうさせるのか」

「……解せませんね。使えるかもしれない戦力を捨て置くなど」

「僕達にとっては理解できないし、そもそも理解されたくもないだろうね。さて、どうやら開戦の狼煙は上がったみたいだ。フェニックス家が壊滅したとの報告が来たよ」

 

 この戦争はあらゆる意味で前代未聞だ、と後世の歴史家かぶれ達は語る。

 

 赤龍帝との二度目の戦争であり、″駒王協定″を結んで平和となった筈の時代における戦争であり、皮肉にも三大勢力の結束が強まった戦争であり、世界と時代の行く末を決める戦争であり、

 

「ほう、随分と歓迎してくれるねぇ。大人気で俺は嬉しいよ」

 

 たった一人のドラゴンを相手にした戦争でもあるのだから。

 

 ──life.72 戦いの降臨──

 

「やっはろー、三大勢力の諸君。盛大な歓迎を感謝するよ」

「よくも一人で顔を出せたもんだ。お前さん、この状況が分かってんのか? ──三大勢力連合軍、合計二十万の兵に囲まれてんだぞ?」

「足りねぇよ、ボケ」

 

 悪魔、堕天使、天使。三大勢力の軍勢の真ん中に現れた一誠は赤い鎧を着込んでおり、酷く不気味だった。

 これまでも大胆な策を幾つも成功させてきた彼だが今回は流石に無謀が過ぎる。連合軍二十万の群れに飛び込むなど正気の沙汰では無い。

 

 事実として、軍には多少の動揺が見られた。一誠には以前にも長距離魔力攻撃をやってのけた前科がある。

 果たして今回はどのような奇策を用意してきたのか。アリーナの光景を思い出して身構える。

 

 そして、ファルビウムやアザゼルの額にも僅かながら冷や汗が流れる。彼らはあくまでもオーフィスは連れてくるだけで、実際の襲撃には参加させないと踏んでいた。それだけにたった一人で現れた一誠に驚愕を隠せなかった。

 

「……言ってくれるじゃねえか、小僧が」

「餓鬼だって成長するものだよ。アザゼル総督殿」

「あまり嘗めるなよ?」

 

 軍の先頭に立つアザゼルと空に浮かんで軍を見下ろす一誠。二人の会話、読み合い、その一挙手一投足に全世界が注目する。テレビ中継を介して見守る悪魔達も、監視網を駆使して状況を見極めんとする諸神話も、決して見逃すまいと彼らの次の言葉を待った。

 既に二人の脳内では幾百幾千もの舌先の攻防が始まっている筈だ。これは未だ前哨戦にもならない幕上げ前の余興に過ぎないのだが、だからと言って引き下がる訳にもいかない。

 だからこそアザゼルと一誠は黙って睨み合い、神々は続くだろう言葉を必死に掴み取ろうとしているのだ。

 

「自慢の嫁さんはどうした? 遂に愛想を尽かされたか?」

「まさか。軍勢の相手は俺一人で充分だってことさ」

「よく言うぜ」

 

 オーフィスの居場所を暗に問い質されるも、のらりくらりとはぐらかす。

 この場においては関係の無い質問であるし、別に居場所を明かす義理も意味も見当たらない。尤も、アザゼル自身も素直に答えてくれるとは考えておらず矛を下げる。

 

 だが、此処に来て収穫があった、と当人や観戦する神々は即座に理解した。どうやら彼女は何らかの理由で別行動をしているらしい。そうでなければ毎度のように侍らせているか、先程ハッキリと答えている。

 

 オーフィスの不在。劣勢を覚悟していた三大勢力にとってはようやっと見えた一筋の光に等しかった。

 今まではオーフィスが常に近くに居たせいで手出しができなかったのだ。それが今回に限っては別行動だと言う。もう誰が見ても確かな勝機である事は疑いようが無い。

 

「……質問だ。何故、オーフィスを置いてきた? アレは君の生命線だろう?」

 

 唐突なファルビウムの問いは、まさしく会話を聴いていた全員の代弁であった。失踪してから最初に公に姿を見せた駒王会談襲撃から二人は行動を共にしており、以降の作戦でも必ず同伴させていた。それは完全無欠のボディーガードであり、作戦実行にあたって必要不可欠な筈なのだ。

 だからこそ、今日に限って彼女を置いてきた理由が分からないのだ。

 戦場で敵の目的が不明なこと程に恐ろしい物はない。鉄火場を潜り抜けてきた魔王とあって、その辺りの判断は早かった。

 

 対して一誠は露骨に顔を歪めている。さりとてファルビウムの指摘に苛立ったとか核心を突かれたという理由ではなく、オーフィスを単なる盾役扱いにした彼にどうしようもない怒りを自覚したのだ。

 

「……答える必要は無い」

「だろうね。訊いてみただけだよ」

「やっぱり悪魔は嫌いだ。それも、殺したくなるレベルに」

「そりゃどーも。″SSS級はぐれ悪魔″の兵藤一誠くん?」

 

 瞬間、魔力を全身から迸らせて対峙する二人。

 龍帝と魔王。高質量の魔力は、本人達を包む大渦の柱となり紫天をも真っ二つに穿つ。それは空気中にプラズマを発生させるまでに放たれ、正面衝突の余波は不可視の衝撃と化してシトリー領全域を駆け巡った。

 集結した連合の猛者は瞬時にガードしていくも、襲い来る衝撃波に加えて高密度の魔力までは堪えきれなかったようで何名かが意識を落とした。難なく持ち堪えて見せた大多数も額には汗が浮かんでいる。

 

 今の一瞬の唾競り合い。一誠の放った魔力は最上級悪魔クラスを越えて魔王と同等、或いはそれ以上の規模だった。しかも涼しい顔でファルビウムの牽制を受け流した本人は、息切れしていなければ顔色すらも変えていない。つまり本気を見せていなかった。

 これまで兵藤一誠を情報でしか知らなかった者、特に天使や堕天使の軍勢は目の前で繰り広げられた衝突に、改めて彼の危険度を感じ取った。

 

「やるねぇ。軽く流されるとは思わなかったよ」

「吐くならマシな嘘を吐け。適当な様子見をぶつけた癖によ」

「バレてたか。うん、それじゃあ今度は……」

 

 光の槍、魔力。合図によって一斉に各々の武器を整える軍勢。その全員が最上級悪魔も凌ぐ猛者というのに、一誠は落ち着いていた。ただ静かに倍加の音声を連続させていく。

 

「──全力といこうか」

「かかってこいよ、三大勢力連合」

 

 冥界を襲撃する兵藤一誠。

 迎え撃つは三大勢力連合軍、その数凡そ二十万。

 

 戦争の火蓋が、切って落とされた。

 


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