はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(推し)


life.69 不死鳥狩り④

「なぁ、ライザー。先ずはゲームをやらねぇか? なに、簡単な話だ。あの一騎討ちのリベンジマッチさ」

 

 黒い繭によって仕立て上げられたフィールド。一切の音のしない静寂な世界の真ん中で、一誠とライザーは睨み合う。それはまさしく、かつての一騎討ちの再現だった。

 ただし二人を巡る状況は大きく変わってしまったし、彼らが望んでいた女性はもう蚊帳の外である事を除けば、の話だが。

 

「……″禁手化(バランス・ブレイク)″」

 

 龍を宿した少年は見捨てられ、裏切られ、その果てに復讐を誓った。″SSS級はぐれ悪魔″の烙印を押された大犯罪者となった。何もかもを失った彼は代わりに愛する女性と力を手に入れ、冥界に牙を剥いたのだ。

 そして長い道程の末に、こうして己を陥れた元凶の一人──かつて敗北した相手に二度目の戦いを挑んでいる。

 

「……良いだろう。不死鳥の炎を再び見せてやろう」

 

 不死鳥たる男は少年の可能性を何よりも恐れた。何時か報復に来るかもしれないと脅え、上層部や魔王を抱き込んでまで彼を排除した。当時はその選択こそが正しいと信じて疑わなかった。結果として男は冥界壊滅のトリガーを自ら引いてしまったことにも気付かずに。

 そして、復讐を果たさんとする少年に──かつて陥れた相手に再び戦いを挑まれている。

 

「懐かしいな。式場に乱入してきたお前は、生意気にもリアスを要求して来やがった。あろうことか俺に一騎討ちを挑んできた」

「……」

「あの時、お前は俺に手も足も出なかった。サンドバッグみてぇにボコボコにされたんだ。忘れた訳じゃないよなぁ!! 俺の恐怖を、強さを!! 今でもトラウマだもんなぁ!?」

 

 少年はかつて、絶対に負けられない勝負で敗れてしまった。愛していた女性を助けると誓ったにも関わらず、彼女の前で敗北した。忘れられる筈がない。

 当時の自分はあまりにも弱く、ただ吠えるだけの雑魚にも等しい存在だった。

 故に、仮に因縁の相手(ライザー)が怖くないのかと訊ねられれば、それは嘘になる。

 

「……前の俺からすれば、お前は遥かに強大な存在だったさ。純血の上級悪魔で何度倒しても立ち上がってくるフェニックス。どうやって勝つんだ、なんて泣き叫んだよ」

 

 眼を閉じれば今でも鮮明に思い出す。

 小猫、木場、アーシア、朱乃。皆が一人ずつ倒されていって、残るは一誠とリアスだけ。本当に何もしない内にリアス陣営は壊滅させられたのだ。

 そうしてライザーに特攻を仕掛けた一誠は呆気なくリタイアとなり、守る者のない剥き出しの″王″となったリアスは投了。

 伝説の赤龍帝を宿したと騒いで、領地に侵入した″はぐれ悪魔″や堕天使を討伐して調子に乗っていた少年少女は、強くなったつもりで弱いままだった。だから敗北しただけの話である。

 

「そんな雑魚が復讐なんて出来る筈ねーからさ、必死に鍛えた。トレーニング室に朝から晩まで閉じ籠ったし、オーフィスに手伝って貰って地獄染みた特訓もこなした。お陰で自信と体力だけはついたよ」

「……ッ!! それがどうした!! お前如きが鍛えたところで、俺が負ける理由にはならねぇ!! 俺は不死身だ!!」

「いや、お前には()()()()()。そうでないと……」

 

 一誠は、真っ直ぐにライザーを見据えた。

 

「──俺の復讐が果たされないんだ」

 

 直後、一誠の拳がライザーの顔に突き刺さる。

 一瞬で最高速度にまで加速させた、ドラゴンの一撃。

 速度に比例して威力を数十倍にまで膨れさせた拳は油断していたライザーの顔面を抉り取る。衝撃を真っ正面かつノーガードで喰らった彼は、あっさりと障壁に身体を叩き付けられる。

 

 何が起きたのか、今の数秒間で自分はどうなったのか。

 

 再生の炎を撒き散らしながら立ち上がる。ライザーには先程の攻撃がまるで見えていなかった。

 或いはそれも仕方無いのかもしれない。

 二十回分の倍加によって、百四万と凡そ八千倍にまで強化された身体能力を全て一点に集中させただけのストレートパンチ。それが肉眼で見えるとすれば神や魔王クラスに限られるだろう不可視の攻撃。彼程度の悪魔に受け止められる筈がないのだから。

 

「おい、さっさと立てよ。まだ眠る時間には早いだろ。なんたって……お前は不死身なんだからさ」

「この、クソッタレがぁぁぁぁぁぁああ!!!」

 

 反撃しようと即座に焔を拡げるライザーだが、一誠はその間にも距離を詰め寄って怒濤のラッシュを展開していく。

 それは″赤龍帝″の有する″倍加″能力を活かした超高速戦闘術であり、彼が得意とする肉弾戦に特化させた戦法であった。強化した脚力でフィールドを縦横無尽に駆け巡り、翻弄された相手をひたすらに殴り続ける。

 腕、脚、背、腹。それらを骨からへし折り、切り裂く。再生の炎を纏う片っ端から潰していくのだ。

 

 そして、それこそが純粋に()()()()()()フェニックスの攻略法である。

 神にも匹敵する一撃で一気に大ダメージを与えてしまうか、精神を再起不能にしてしまう。皮肉にも、リアスに教えられたことそのままだった。

 

「″神器″頼りのクズが調子に乗りやがって!! 火の鳥、鳳凰! 不死鳥(フェニックス)と讃えられた我が一族の業火、その身に受けて燃え尽きろッ!!!」

 

 格下な筈の相手に圧される焦燥から、とうとう爆炎を滾らせて、大技を繰り出そうとするライザー。一気に勝負を着けようという算段だ。それが証拠に、再生した右手に纏う炎は今までの比では無い。

 一帯を更地にしてしまう温度の炎。怒りと焦りに呼応して飛躍的に火力の高まった爆撃で一誠を倒そうというのだ。

 

 だが彼は選択を間違えた。そんな馬鹿げた威力を叩き出す自慢の大技を、高速戦闘を主体とする敵の前で繰り出すべきでは無かった。

 何故ならば、そのような大技の発動時には、致命的な隙が生じてしまうからだ。

 

 一誠が、その隙を見逃す筈が無いからだ。

 

「死ね、死ね! 死ねぇぇぇぇぇえ!!!」

「焼きが回ったな、ライザー。そんなチンケな炎で俺が倒される訳が無いだろう」

「黙れ、テロリスト風情がッ!! もう死ねよぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!」

「……一つだけ、お前に言っといてやる」

 

 隕石、もしくは羽ばたく強大な不死鳥と化して迫り来る炎火。一誠の体躯を軽く数十倍は上回るだろう莫大な質量の攻撃は、まさしくライザーに出せる最大火力の一撃であり、火力だけであれば最上級悪魔にも匹敵する程の規模を誇った。

 

 だが足りないし、届かない。

 地殻変動をも引き起こすドラゴンの戯れには、かつて単騎で世界を相手取った二天龍には。

 

「神如きが、魔王如きが!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!』

 

 はぐれてしまった少年には。かつて陥れた少年には。

 

「──不死鳥如きが!!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!』

 

 そして、今まさに灼熱の檻をものともせずに飛び出して、掻き鳴らされる相棒龍の音声を左手に纏わせ続けている兵藤一誠には。

 

「──俺の邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

 

 敵う筈が無いのだから。

 

「こんな筈が、この俺がぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

「墜ちろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 赤い龍の執念の一撃が不死鳥の腹の真ん中に深くめり込んで、それでも意識を飛ばすことを許さないと宣言するように、回転を加えながら自身共々に急降下していく。

 先程の攻撃を全身に喰らった反動か、赤い鎧はとっくに解除されて、一誠は生身のままで戦っている。

 血塗れになって拳を潰して、それでも復讐対象(ライザー)の無防備な腹に全身全霊の攻撃──積年の憎悪を、叩き込んだのだ。

 

 

「……赤龍帝」

 

 ただ一人、繭の外に居て戦闘を見守っていたオーフィスはふと溢した。

 燃え移った炎に焼かれながらも抗う一誠の姿に、彼女は帝王と称されたドライグ──否、ドラゴンという種族の本質を垣間見た。

 

 気高く、力強く、誇り高く。その気になれば戯れで世界を滅ぼすような種族。それこそがドラゴンであり、″赤龍帝(ドライグ)″だ。

 そして悪魔はドラゴンの誇り(プライド)を踏みにじった。逆鱗に触れてしまったのである。

 

 故に彼らは滅ぼされる。それだけの話だ。

 

「……兵藤、一誠」

 

 愛しそうに呟くオーフィスの瞳に不死鳥や悪魔は映っていない。決着を告げる激しい衝突音が聞こえても、オーフィスは特に反応を示さなかった。

 彼女もまた紛れもない龍神(ドラゴン)であるが故に。

 

「……?」

 

 そして、自分の身体の変化に気付くことも。

 

 ──life.69 不死鳥狩り④──

 

 ライザーは焦っていた。不死鳥たる自分が負ける理由はないのだと本気で思っていたからで、赤龍帝を一度倒した経験が生まれ持った傲慢さに拍車をかけた。

 自信満々で大胆不敵な襲撃予告も、本当はハッタリに過ぎない。どうせ無限を侍らせていなければ何もできやしない。

 そう思い込むことでしか彼等は己を鼓舞することも、恐怖を拭うことも叶わなかった。どうせ一度は倒した相手なのだから、と。

 

 それが蓋を開ければ、彼は一誠に圧倒されていた。腕と脚と翼は再生が間に合わない速度で集中攻撃を受け続けて使い物にならない。文字通り手も足も出ない状態に追い込まれた。

 だからこそ最強の炎を持って一誠を倒そうとした。今までで最高火力だろう攻撃は容易く彼を呑み込んで、そのまま焼き尽くす筈だった。

 

「こんな筈が、この俺がぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 されど一誠は爆炎の境界線をも潜り抜けて、赤い拳を延ばしてきた。鎧を失いながらも尚、本物のドラゴンの両腕に馬鹿げた数の″倍加″を並べて。

 炎の中から迫り来る一誠はもう人間でも悪魔でも無い。スローモーションと化した世界で、ぼんやりとそんな一文が脳裏に過るライザー。

 

 墜ちて行く不死鳥の視線の先には一つの幻影があった。全身が赤い鱗で包まれた巨大なドラゴンの姿を、ライザーは最後に垣間見た。

 

 ああ、と漸く彼は納得した。あんな化物に勝てる訳が無い。一誠の言葉の意味にも気付かないままで。

 

 ──悪魔は、選択を間違えた。

 


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