一誠の予告から一週間後、つまり襲撃当日。シトリー領は朝から三大勢力の連合軍を主軸に厳重な警戒体制が敷かれていた。それも今までの軟弱な悪魔達ではなく、三大勢力から選び抜いた精鋭のみで構成されている。
トップランカーの″皇帝″ディハウザー・ベリアルを筆頭に、最強の女性悪魔の一人であるロイガン・ベルフェゴール、復帰したビィディゼ・アバドンといった最上級悪魔クラスの実力者を有する悪魔軍。
武闘派のバラキエルが率いる堕天使軍。
ガブリエル配下の天使軍。
何れも他に劣らぬ軍勢であり、生半可な弱小神話ならば一月で攻め落とせる程の量と質だ。
そんな血気盛んな軍を見つめる三人の男。
魔王ファルビウム、堕天使総督アザゼル、熾天使ミカエル。
三大勢力の首脳が現場で直接指揮を取るという。たかが″はぐれ悪魔″に前例の無い戦力投下である。それだけ彼らは兵藤一誠を危険視していて、総力を挙げて討ち取ろうと考えているのだ。
「……圧巻だ」
「あの戦争を思い出す」
現在は仮設本部となっているシトリー家の屋敷に首脳陣は集まり、窓から見える無数の軍勢を見つめる。
相反する三つの軍が集まったのはこれで二度目だ、とアザゼルは冗談めかして笑う。前回は互いに殺し合う敵同士の関係だった。それが今は、たった一人の少年を討伐する為だけに集まっている。
「しかも相手は赤龍帝だ。皮肉なもんだぜ。二天龍と再び戦争する羽目になるとは」
「文句は悪魔に言って下さい。そもそもの責任は彼らにあるのですから」
「あぁ、僕も申し訳なく思ってるよ。だから面倒なのを我慢して現場に出てきたんじゃないか」
ミカエルの嫌味をさらりとスルーして、再び窓の光景に視線を移すファルビウム。
三勢力合わせて総勢十万。それが今回、赤龍帝を狩るのに導入した人員の数である。
上層部や世論には、「過剰ではないか」との指摘もあったし、三大勢力合同での討伐作戦には反対意見も根強い。されど現状と一誠の手口を良く把握している首脳陣は是が非でも協力しなければならなかった。
堕天使側はコカビエルを処分してからというもの過激派の反発が強まっていた。特に最近は上層部の失策が目立ち、代わりにコカビエルの意見が認められつつあるという点も加えて、堕天使組織内では大きな派閥を形成している。
アザゼルは彼等の意見を抑え込む材料を求めていた。故にファルビウムからの協力要請に応じた。
天使側は他の二勢力と違って直接的な被害は受けていない。にも関わらず軍を派遣したのは彼らと同盟を結んでいる立場上からである。
そして根本的な話ではあるが、自分達に恨みを持つ敵は一誠だけとは限らない。敵が未知数である以上は判明している戦力から潰すしかないのだ。故にミカエルはファルビウムからの要請を受けた。
「……ま、これでも一回目に比べたら少ないんだよね。あの時は軽く見積もっても倍はあったし、何より神も初代魔王も生きていた」
「……だな。それで、奴さんは
「分かっている癖に。というか選択肢なんて最初から一つだよね」
諦めた魔王。諦めていない堕天使。二人の男は互いに視線を合わせないままで告げる。
「「──フェニックス」」
──life.67 不死鳥狩り②──
「……このコート、暑い」
「悪いが我慢してくれ。俺達は避難民ということになってるんだ。
「……赤龍帝、ロリコン変態。違う?」
一誠の手口は単純明快にして変わらない。自身を、或いは目的の分かりやすい襲撃作戦を囮にすることで、本当の目的から眼を逸らさせる。
先のアリーナ攻撃や旧魔王派による首都リリス襲撃が正しくそれであり、二つが注目を集めているその裏で本命──グレモリー家の没落を成功させている。
「違うって。俺はオーフィスが好きなだけの、健全な青少年だよ」
『いや、旦那は正真正銘のロリコンっすわ。だって旦那らの部屋の前を通ったら喘ぎ声が半端無いっすもん』
「……通信術式越しに話を聞いてんじゃねーよ、フリード。脳の水分を倍に増やすぞ」
囮作戦自体はありふれたものであるし、手口を知られると対策も容易にされてしまう。
ただし彼の織り成す作戦が厄介と称される理由は、
魔力攻撃そのものは外に配置されていた警備を狙ったもので、恐らくは敷かれていた防衛体制を麻痺させる狙いもあった。
後に自分がアリーナに降り立つ点を考慮すれば邪魔者は少ない程に良い。囮としての目的なら妥当だろう。されど最初から『本命』として見るならば話は全く違う。
「……大丈夫。ロリコンな赤龍帝も、我は応援してる」
「おい、どっから電波を受信してきた」
『そう言えばさぁ、こないだボス様にアニメを見せてみたんだけどさー。これが思ったより食い付いてさー』
「ぶっ殺すぞ、フリード」
一誠はパフォーマンスを重視する。それはまるでスズメバチの体に施された警戒色のように、より派手に、より分かりやすく、自分は危険で有能な存在だとアピールしている。
危険な″SSS級はぐれ悪魔″だと三大勢力を恐れさせ、連中を壊滅寸前にまで追い詰める有能な手駒だと各神話体系に売り込み、哀れな復讐者だと全世界に同情を誘う。
そして、悪魔上層部には一誠の実力と恐怖を刷り込んだ。アリーナ襲撃時の大規模な魔力攻撃によって。
目論みは見事に達成され、結果的に彼らは一誠が恐くて堪らなくなってしまった。それこそグレモリー家やシトリー家を簡単に見捨てるまでに。
つまりは復讐対象への報復を同時にこなしているのだ。大勢の犠牲を払った上で。
「……赤龍帝は、今まで食った幼女を覚えているのか?」
「いや、オーフィスだけだから! てか完全にアウトだから!!」
では、三大勢力は指を咥えて眺めているしか無いのだろうか。
そんなことは無い。極めて綿密で残酷な作戦ではあるが、所詮は十代後半の子供が考えた計画だ。本人が気付けなかった穴もあれば、対策もそれなりに存在する。
例えば今の状況──ソーナの襲撃予告、という囮を設置されても、待ち受ける三大勢力側からすれば実はごく簡単な策だけで対処可能だ。
一誠の目的は復讐であり、当然ではあるが逆算すると本命・囮を含めて全ての作戦が復讐に行き着く。
そして首脳陣は、彼の復讐対象が誰なのかも把握している。ならば話は簡単だ。
本命であろう人物を生け贄にしてしまえば良い。
「ハァ、そろそろ静かにしろ。もうすぐ
「……分かった。お口、チャックする」
『でも旦那の下のチャックは!?』
「ハッハッハ、死ね」
魔王であり超越者でもあるサーゼクスを失うのは痛手だが、種族を守る為に犠牲になってもらおう。
リアスを失っても別に問題は無いし、冥界の為に死んでもらおう。
上層部は寧ろ消してくれた方が嬉しいし、喜んで人柱になってもらおう。
フェニックス家を失うのは痛手だが、そもそも元を辿ればライザーが全ての原因なのだ。つまり全ての責任は彼にあり、子の不始末は親が責任を取るべきなのでフェニックス夫妻に責任を押し付けてしまおう。
兵藤一誠の憎悪も民衆の怒りも、何もかもを押し付けてしまって、ついでに退場してもらおう。フェニックスらしく冥界の傷を癒す為に身を捧げてもらおう。
「行こう、オーフィス。最初の終幕だ」
「……ん」
──